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第3部
05 期限
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祖母の部屋には、特にアリアの《制約》に関連しそうな物は特になく、祖母が行っていた領地経営の資料しかない。
手紙と一緒に置いてあった地図には、銀山に関しての資料もまとめてあったけど、それだけ。
修道院の書庫からは数冊持ち出されたように、本を繋ぐ鎖は切られていた。
アルラウネは、持ち出された本の内容については知らず、主に祖母が収集していた過去の邪教に関する本だった事しか知らないらしい。
「……あの子の事を頼んだよ」
アルラウネは最後まで、アリアの事をあの子と、まるで保護者のようにそう、呼んでいた。
「……約束はできません」
私にはそう言う他なかった。
「……君達に残りの時間がそうある訳でもない……仕方ないか」
別れる際に、見せた表情は、それまでのヘラヘラとしたものではなく、なんとも言えない無力感のようなものを感じさせた。
「ああそうだ、クララ。ちょっと耳貸しなよ」
「何ですか?」
「……"その身体"が崩れて無くなる前に、決めることだね」
私だけに聞こえるように、アルラウネはそう言った。
その意味は……問うまでもなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「はー、やっと陰気な森ともおさらばできたの!……いや、外も別に陽気というわけではないか」
森から出たアトラは伸びをしつつ呟くが、暗い空を見て、我に帰ったように言う。
「あのてがみの、とおりなら、めがみのえいきょう、だろうな。おそらく、そらをおおっている、あんうんは、すべて"しょうき"だろう」
「クララ、次の目的地はどうする?銀山とやらに向かうか、それとも……」
「っ……そうですね……」
軽い頭痛と目眩を感じた。
「?」
大したことない、大した事じゃない。
「……財産の方は、全て使い果たしているかも知れませんが、アリアは間違いなくそこに行っているはずです。何か……手掛かりがあるかも知れません。…….ただ、近くの街には大聖堂があった筈なので、恐らくアリアの手の者がいるでしょうが……ですが、行かない理由はありません、幸い、ここからの距離は、ここまでの道のりに比べればまだ近い方です」
私たちが用があるのは山であって、街ではない。用がなければ、入らなければ良い。それだけだ。
私には明確に目的がある、やらなければならない事がある……だから、私は。
◆◆◆◆◆◆◆◆
大聖堂のある街は、古くからイルツカステンと呼ばれる山で採れた銀によって栄え、そこを治めていた公家が途絶えても、衰退することなく発展していたらしい。
本来なら、帝国の直轄地として接収されているはずが、突然現れた公家の甥にあたる者が引き継ぎ、伯爵となったとの事だった。
ここまでは、修道院にあったこの土地の歴史書に書いてあること。
しかし、手紙と一緒になっていた資料によれば、その正体は祖母が手を回した結果の名義だけの存在で。
祖母の代に、聖女へ任されている領地の収入が私の時よりも多かった理由は、銀山と自分の領地の収入を平均化して、銀山の収入を隠していたからだった。
おまけに、銀山が枯れ始めていると報告し、死の直前にはその収入の多くを隣国へ横流ししていた。
恐ろしいことに、その受け取り先すら、隣国に持っている名義だけの存在で、亡命先の身分と財産というのは、こういうことだった。
優しいだけに見えた祖母は、なんだかんだいって強かだったらしい。
200年もの間、権謀術数が渦巻く帝国の中枢にいた人間なのだから、不思議ではないのだけれど……そう考えると、私が自分の無能に甘えて、なにもして来なかった事がよくわかってしまう。
もし仮に、レオンハルトがよく言っていたように、身を守る為の手段を講じようとしていたのなら、この手紙が無くとも、祖母の真意を理解することは出来たはずなのだから。
先代のような老獪ではない私は、周りの人間にしてみては都合のいいカモだったわけだ。
道中で祖母の経営の資料を眺め、ようやくレオンハルトの忠告の意味を理解していた。
……もしや彼は本当に私の身を心配して、ああ言った皮肉や、言葉を口にしていたのだろうか。
最終的には裏切ったというのに。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「入り口には着いたが……」
茂みから覗き込む銀山の入り口を、変異を抱えた鉱夫達が、何度も出入りしていく。
彼らの目は虚ろ、人形のような動きで作業を繰り返す姿は、ひどく不気味で、生き物というよりは、そういう道具のようにしか見えなかった。
「……獣よりも、人間性を失っているような気がするが……これが一般的な帝国民の姿かの?」
アトラは呆れたように言う。
「修道院に来ていた人達はもう少し……え……?」
ひたすら銀鉱石を運ぶ鉱夫の列の中に、いつか見た顔があった。
その顔は忘れるはずも無い。
「アルサメナ……?」
この世で唯一、血を分けた弟。
その中に彼の姿があった。
「知り合いか──」
「アルサメナっ!」
獣の問いかける声が、背後へ流れていく。
気が付けば、駆け出していた。
「……?」
鉱夫の列から引きずり出したアルサメナは、呆然とこちらを見ていた。
「アルサメナ!どうしてこんな……!」
「……どちらさま……ですか……?」
か細い声だった。
違う。全然違う声だった。
全く知らない誰かを見る目だった。
全然違う顔をしていた。
「……離してくれ……我々は銀を掘り続けなければならない……」
動き続けている鉱夫達は私に目もくれない。
「……ごめんなさい……人違いでした」
鉱夫は無言で去り、作業に戻っていった。
私を避けて鉱夫達はただ、歩いて行く。
何も起きていないように。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「……ここにいるのは、もうじゃ、だな。おそらく、ありあが、しえきしているのだろう」
「近くには居ないはず……」
「たんじゅんな、めいれいだけで、うごいているのだろう、われわれにもはんのうしない」
毛玉は隣を歩いていた鉱夫を突くが、避ける以外の反応は何もない。
彼の言う通り、ここにいる鉱夫達は生きた人間ではないらしい。
拍子抜けだった。侵入するのは酷く簡単だった。
これで情報も容易に……容易に……
「クララ?」
「……間違いないんです……あの子は……私の……人違いなんかじゃない……」
彼の血が吹き上がる瞬間が、目に浮かび上がり、繰り返し、繰り返し──
「大丈夫か……?」
獣さんの声に引き戻される。
「あ、いえ……はい……冷静さを欠いていました」
落ち着いて、私。
こんなところにアルサメナがいる訳ない。
あそこにいたのは別人。
何で私はこんなことを……そんなのわかりきってる。
今の私は、感情が抑えられなくなりつつある。
最近、怒りやすくなったり、獣の相手に焦り過ぎて我を失ったり。
急に力が抜けたり、あの時、魔力が上手く使えなかったのもお酒のせいじゃない。
ずっと不調なのは……そうだ。
私は多分──壊れ始めてるんだ。
手紙と一緒に置いてあった地図には、銀山に関しての資料もまとめてあったけど、それだけ。
修道院の書庫からは数冊持ち出されたように、本を繋ぐ鎖は切られていた。
アルラウネは、持ち出された本の内容については知らず、主に祖母が収集していた過去の邪教に関する本だった事しか知らないらしい。
「……あの子の事を頼んだよ」
アルラウネは最後まで、アリアの事をあの子と、まるで保護者のようにそう、呼んでいた。
「……約束はできません」
私にはそう言う他なかった。
「……君達に残りの時間がそうある訳でもない……仕方ないか」
別れる際に、見せた表情は、それまでのヘラヘラとしたものではなく、なんとも言えない無力感のようなものを感じさせた。
「ああそうだ、クララ。ちょっと耳貸しなよ」
「何ですか?」
「……"その身体"が崩れて無くなる前に、決めることだね」
私だけに聞こえるように、アルラウネはそう言った。
その意味は……問うまでもなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「はー、やっと陰気な森ともおさらばできたの!……いや、外も別に陽気というわけではないか」
森から出たアトラは伸びをしつつ呟くが、暗い空を見て、我に帰ったように言う。
「あのてがみの、とおりなら、めがみのえいきょう、だろうな。おそらく、そらをおおっている、あんうんは、すべて"しょうき"だろう」
「クララ、次の目的地はどうする?銀山とやらに向かうか、それとも……」
「っ……そうですね……」
軽い頭痛と目眩を感じた。
「?」
大したことない、大した事じゃない。
「……財産の方は、全て使い果たしているかも知れませんが、アリアは間違いなくそこに行っているはずです。何か……手掛かりがあるかも知れません。…….ただ、近くの街には大聖堂があった筈なので、恐らくアリアの手の者がいるでしょうが……ですが、行かない理由はありません、幸い、ここからの距離は、ここまでの道のりに比べればまだ近い方です」
私たちが用があるのは山であって、街ではない。用がなければ、入らなければ良い。それだけだ。
私には明確に目的がある、やらなければならない事がある……だから、私は。
◆◆◆◆◆◆◆◆
大聖堂のある街は、古くからイルツカステンと呼ばれる山で採れた銀によって栄え、そこを治めていた公家が途絶えても、衰退することなく発展していたらしい。
本来なら、帝国の直轄地として接収されているはずが、突然現れた公家の甥にあたる者が引き継ぎ、伯爵となったとの事だった。
ここまでは、修道院にあったこの土地の歴史書に書いてあること。
しかし、手紙と一緒になっていた資料によれば、その正体は祖母が手を回した結果の名義だけの存在で。
祖母の代に、聖女へ任されている領地の収入が私の時よりも多かった理由は、銀山と自分の領地の収入を平均化して、銀山の収入を隠していたからだった。
おまけに、銀山が枯れ始めていると報告し、死の直前にはその収入の多くを隣国へ横流ししていた。
恐ろしいことに、その受け取り先すら、隣国に持っている名義だけの存在で、亡命先の身分と財産というのは、こういうことだった。
優しいだけに見えた祖母は、なんだかんだいって強かだったらしい。
200年もの間、権謀術数が渦巻く帝国の中枢にいた人間なのだから、不思議ではないのだけれど……そう考えると、私が自分の無能に甘えて、なにもして来なかった事がよくわかってしまう。
もし仮に、レオンハルトがよく言っていたように、身を守る為の手段を講じようとしていたのなら、この手紙が無くとも、祖母の真意を理解することは出来たはずなのだから。
先代のような老獪ではない私は、周りの人間にしてみては都合のいいカモだったわけだ。
道中で祖母の経営の資料を眺め、ようやくレオンハルトの忠告の意味を理解していた。
……もしや彼は本当に私の身を心配して、ああ言った皮肉や、言葉を口にしていたのだろうか。
最終的には裏切ったというのに。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「入り口には着いたが……」
茂みから覗き込む銀山の入り口を、変異を抱えた鉱夫達が、何度も出入りしていく。
彼らの目は虚ろ、人形のような動きで作業を繰り返す姿は、ひどく不気味で、生き物というよりは、そういう道具のようにしか見えなかった。
「……獣よりも、人間性を失っているような気がするが……これが一般的な帝国民の姿かの?」
アトラは呆れたように言う。
「修道院に来ていた人達はもう少し……え……?」
ひたすら銀鉱石を運ぶ鉱夫の列の中に、いつか見た顔があった。
その顔は忘れるはずも無い。
「アルサメナ……?」
この世で唯一、血を分けた弟。
その中に彼の姿があった。
「知り合いか──」
「アルサメナっ!」
獣の問いかける声が、背後へ流れていく。
気が付けば、駆け出していた。
「……?」
鉱夫の列から引きずり出したアルサメナは、呆然とこちらを見ていた。
「アルサメナ!どうしてこんな……!」
「……どちらさま……ですか……?」
か細い声だった。
違う。全然違う声だった。
全く知らない誰かを見る目だった。
全然違う顔をしていた。
「……離してくれ……我々は銀を掘り続けなければならない……」
動き続けている鉱夫達は私に目もくれない。
「……ごめんなさい……人違いでした」
鉱夫は無言で去り、作業に戻っていった。
私を避けて鉱夫達はただ、歩いて行く。
何も起きていないように。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「……ここにいるのは、もうじゃ、だな。おそらく、ありあが、しえきしているのだろう」
「近くには居ないはず……」
「たんじゅんな、めいれいだけで、うごいているのだろう、われわれにもはんのうしない」
毛玉は隣を歩いていた鉱夫を突くが、避ける以外の反応は何もない。
彼の言う通り、ここにいる鉱夫達は生きた人間ではないらしい。
拍子抜けだった。侵入するのは酷く簡単だった。
これで情報も容易に……容易に……
「クララ?」
「……間違いないんです……あの子は……私の……人違いなんかじゃない……」
彼の血が吹き上がる瞬間が、目に浮かび上がり、繰り返し、繰り返し──
「大丈夫か……?」
獣さんの声に引き戻される。
「あ、いえ……はい……冷静さを欠いていました」
落ち着いて、私。
こんなところにアルサメナがいる訳ない。
あそこにいたのは別人。
何で私はこんなことを……そんなのわかりきってる。
今の私は、感情が抑えられなくなりつつある。
最近、怒りやすくなったり、獣の相手に焦り過ぎて我を失ったり。
急に力が抜けたり、あの時、魔力が上手く使えなかったのもお酒のせいじゃない。
ずっと不調なのは……そうだ。
私は多分──壊れ始めてるんだ。
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