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第3部

06 決意

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 銀山の奥、お祖母様の残した財産は当然のように全て無くなっていた、それでもアリアの日記のようなものが残されていた。

「燃やすのか?」

「これは残しておかない方がいいでしょう……」

 苦しみと呪詛に塗れた文章だった。

 土の権能で作り出した火打ち石で火をつける。

 燃えて灰になっていく日記。

 その中でアリアは、黒い森に打ち捨てられ、子供達の亡骸から自分の肉体を作り、修道院へたどり着いて私を見つけ、つまみ出され、家族を訪ねては拒絶され、世界に絶望していた。

 運命や神に対する恨みと憎しみが、ひたすら書き綴られていた。

 その中で《制約》に関する一文が最後に。

 "私は、この名前を捨てる。私はもう二度とクララと名乗らず、呼ばれる事を拒む。そうだ、これを私の《制約》にしよう。私は一人で生きる。私はたった一人でこの世に呪詛を独唱としよう。たった一人の"アリア"として"


◆◆◆◆◆◆◆◆


 街にいたのは全て亡者だけだった。

 生者は誰一人としていなかった。

 それは大聖堂にも。

「……やはり、何もありませんね」

 一応、探索したけども、アリアへ繋がるものは見当たらなかった。

「クララ、これは何だ……?」

 獣さんは、神像を見上げて呆然としていた。

「何と言われましても……神像ですよ、この国の教えを司る……」

「それは何の冗談だ……?これは?」

 わたしには、何がおかしいのかわからなかった。

 神像に何かおかしな点は見当たらない。

 私には見慣れた、"泡立ち爛れた雲のような肉塊で、のたうつ黒い触手、黒い蹄を持つ短い足、粘液を滴らす巨大な口を持つ姿"の見事な漆黒の彫像だ。

「……なるほど、歪めたというのはそういう事だったか。クララ、先代が契約していた女神というのは……コレだ。俺たちがかつて、邪神と呼んでいた存在だ……」

「……そう……なんですね」

 邪神……女神と書いてあった祖母の手紙から見て、隠された別の存在だと思っていた。

 でも違う、私達の運命を狂わせた存在は、ずっと側で、私達を嘲笑っていたんだ。

 そして、これが私達の母親なのだ。

 私はずっと騙されていた、清く正しく生きれば、救われると思っていた。

 しかし、その先に待っているのは、この異形にとって都合のいい救済。

 アリアが憎しみに囚われるのも無理もないだろう。

 私の信じたものは崩れて、次々に私の掌から、零れ落ちていくような気がする。

 私の命も、あとどれくらい保つのか分からない。

 信じたモノはどれもまやかしだった。

 アリアを殺したとしても、復讐の連鎖の中に組み込まれるだけだろう。

「……だから、どうしたというのです」

「クララ……?」

「なんでもありません、行きましょう……」

 アリアに復讐する。

 レオンハルトに復讐する。

 帝国に復讐する。

 教会に復讐する。

 こんな運命を作り出した神、私達の連鎖を生み出した神を……殺す。

 でも、その為には……力が……足りない、時間も。

 アリアと同程度、いやそれ以上の力がなければ……《契約》なら?獣や毛玉以上に権能を持つ存在と……?

 だめだ、そんな都合のいい存在何処にもいない…………いや。

 そうだ、その力を完全に使えれば……

 頭の中で線と線が繋がっていく気がする。



 ……でも、獣さんとの約束は、守れそうになさそうだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆


 風が荒れ始めた。

「次は、獣の国です。アリアの《制約》は2つしかわかっていませんが、アリアの殺戮を遅らせれば、これ以上の強化を防げます……急がないと」

 暗い空には、おどろおどろしい瘴気が流れていく。

「……また瘴気が濃くなっている。女神とやらの復活まで、本当に時間がなさそうだな。クララ、まだ追手の気配はない。目立つかも知れないが、馬車で街道の最短距離を行った方がいい」

「そうですね。……どちらにしても、のんびりは、できませんし」

 獣の提案で、獣の国へ通じる街道を行く。

 国境へ近づくと、真っ黒だった空は、ほんの少しだけ光を取り戻していく。

 どんよりした曇り空だという事に変わりないが、帝国の中央部と違って、昼なのか夜なのかわかるだけ、まだマシだった。

 しかし、街道にも関わらず道中には人の往来がまるでなく、相変わらず不気味な静けさが空気を支配していた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 たどり着いた帝国の街道の果て、獣の国との境。

 そこには、物々しい石の要塞が立ち塞がっていた。

「……いつの間に……」

 国境は物理的に存在しているものではない、国同士の約束の中と、人の頭の中にだけ存在している。

 そこを跨いだからと言って、劇的に風景が変わるわけでもなければ、天気が変わる筈もない。

 と言うのが、私が知りうる限りの国境というものだった。

 生まれ育った修道院から隣国への国境まではそれ程の距離はなく、むしろ、この土地は元々帝国のものではなかったから、隣国の影響が大きかった、それほど隔絶された土地だという認識はなかった。

 生前の祖母は良く隣国の話をしていた。

 聞いていた話によると、帝国の中央部程ではないにしても、それなりに栄えていた……彼女は長く生きすぎているから、それがいつの事なのかは分からない。

 後の亡命の為に話していただけ、なのかも知れないけど。

 それがまさか──壁で全周囲が物理的に覆われているだなんて、考えもしなかった。

 16年もあれば、容易いのだろう、不死の軍勢がいる。

 あるいは、私が世間を知らなかっただけで、この国の国境は昔から壁で覆われていたのかも知れない。それを少し伸ばして塞いだだけなのかも知れない。

「……侵入して通り抜けるか?」

 森に隠れた私達は様子を伺う。

「……いえ、時間がありません。ここは──地盤からひっくり返してやりましょう」

 終末には天のラッパが鳴って、地が揺れるという。ならば、文字通りにしてやろうではないか。その為の権能は私の手の中にあるのだから。

「スゥー……みんな、頑丈なモノに捕まってください。獣さん、私を守って」

 大きく息を吸い込む。

「まて、そのきぼの──」

 感づいた毛玉が止めようとする。

「《土よ──!》」

 剣を大地へ突き立てる。

 刀身から体に、呪印が巡っていくのを感じる。

 赤と灰色の手足が焼ききれそうな程に、熱く感じる。

「《眼前一切、大地を揺るがし、遍く全てを──打ち崩せ!》」

 地は鳴り、揺れた。

「クララ!」

 獣さんが私を抱き寄せる。

 巨大な力の波が押し寄せるように、地面が波打って激しく振動する。

「な、なな!同盟者よ!流石にやり過ぎだ!」

 アトラが慌てて、糸を伸ばし私達を固定する。

「《──それを裂け!》」

 砦を乗せた大地は、軋む音を立てながら、2つに裂け、砦は轟音を立て、土煙と共にゆっくりとその裂け目へ崩れていく。

「………ふぅ……はぁ……これでよし!」

「……大丈夫なのか?」

 獣さんの目は憂慮の色を浮かべる。

「……もう遠慮しないことに決めたのです。もう、まどろっこしいのはやめです、私は鉄の塊を振り回して、何も考えずにぶん殴る方が性に合ってます。アリアは絶対に後悔させます、レオンはぶっ飛ばします、帝国は滅ぼしますし、教会も無かったことにしてやります!さあ!ついて来なさい!」

「……っふは、ふはは、そうだな、もはや状況は複雑を極めているな、分かりやすい方がよい、いいだろう、クララ!全部ぶっ倒そう!」

「そのさきに、うまいものさえあれば」

「な、仲間外れにするな!同盟者がそう望むなら余もそうする!余の軍略が、ついに生かされる時が来たの!」

 獣さん達は皆、付いて来てくれるだろう。

 私にもう、足りないものは、ない。
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