迷信聖女は不要らしいので、私は騎士と幸せを探しに行きます。

銀杏鹿

文字の大きさ
6 / 64

05 デイ・ドリーム・ビリーバー ◆-2

しおりを挟む
 帝国民にとっては有名な話だった。

 彼女の母親である第一王妃は、随分と前に失踪している。

 それも、ある日突然発狂して。

 意味不明な言葉を言うようになり、精神薄弱なのではないかと疑われてはいた。

 彼女が居なくなる前、しきりに繰り返し口にしていた言葉が、

 "海に行かなければ"

 という言葉だったという。

「私…海…会う…お母様」

「聖女様、王妃様が海に行ったのは、とても前なんだ」

 十年以上前の話だ、無事なら何かしら情報があるはず、それが無いと言うことは。

「分かう…私、見うない…わかうない」

 虚な目をしていたが、確かな意志を感じる言葉だった。

 その言葉を聞いて、ようやく俺の中の違和感がどういうものなのか、理解できた。

 聖女様は……白痴でも精神薄弱でもないのだと。

◆◆◆◆◆◆◆◆


「聖女様」

「おぉど?何…?」

 聖女様は首を傾げた。

「この部屋のお香はいつからある?」

「たくさん、前…あう…頭…はっきりない……ない…頭痛い…吐く」

 この香りはかつて、よく嗅いだことがあるものだ。

 まさか宮殿にはないだろう、という先入観で、すぐには気が付かなかった。

 漂う煙は酩酊作用のある物、庭園に植えられた植物もよく見ると一部は原料になる物。

 そして、中毒者がどうなるのかも俺はよく知っていた。

 やる気がなくなり、外へ出ず、そして会話は出来ても、まともな返答が出来なくなる。

 さらに常用者には中毒症状が起こる。

 まさしく聖女が語ったように。

「聖女様、この香りはあまり吸わない方がいい、頭が痛くなっても我慢するんだ」

「私…病気…お父様…作う…すう…ない…頭、痛い」

 ……あまり強引に言ってはダメか……まさか父親の所為だとは言えないしな。

 唯一の肉親の所為で苦しめられているなんてことを、どうして説明できるだろう。

 言い方に気を付けなければ、その含意を彼女が察してしまうかもしれない。

「薬は、多過ぎると身体に悪い。少しずつ、量を減らそう」

「食べう、物…匂い同じ…どおする?」

 食事に混ぜて常に摂取させているのか……

「俺が食料を持ってくる。運ばれてくるのは俺がどうにかする。あとは俺がいる間は、あのお香を消すんだ」

 他に方法は無い、料理人が知らない筈も無い。

 我ながら下らない正義感だとは思う、これで彼女を救える訳では無い。

 陛下が彼女を閉じ込めているのは間違い無いし、彼女が多少正気を手にした所でここにいる限りは吸わされ続けるのだから。

『やふぁいおぐ』

 よく分からない事を呟いて微笑むマナ。

 全く聞いた覚えが無い響きだった。

 ──この国で使われる言語は殆ど把握している筈なのに。

「……今なんて言ったんだ?」

「私達…言葉…ありがとう」

 私達?……両親は共に、この国の人間の筈だ。

 それに……陛下は一体何を考えてこんな事を?


◆◆◆◆◆◆◆◆


 この時の俺は、気が付かなかった。

 自分の生半可な正義感で踏み入れてしまったのが一体何だったのか。

 それが、人生で二つ目の過ちだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました

夏見ナイ
恋愛
伯爵令嬢リリアーナは、強大すぎる聖女の力を隠し「地味で無能」と虐げられてきた。婚約者の第二王子からも疎まれ、ついに夜会で「お前のような地味な女は不要だ!」と衆人の前で婚約破棄を突きつけられる。 全てを失い、あてもなく国を出た彼女が森で出会ったのは、邪悪な呪いに蝕まれ死にかけていた一人の美しい男性。彼こそが隣国エルミート帝国が誇る「氷の皇子」アシュレイだった。 持て余していた聖女の力で彼を救ったリリアーナは、「お前の力がいる」と帝国へ迎えられる。クールで無愛想なはずの皇子様が、なぜか私にだけは不器用な優しさを見せてきて、次第にその愛は甘く重い執着へと変わっていき……? これは、不要とされた令嬢が、最高の愛を見つけて世界で一番幸せになる物語。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

処理中です...