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39 キープ・カスタマー・サティスファイ◇-3

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「いいかマナ。合言葉は、強火で一気に炒める、復唱」

 ベストラさんは東国(彼女の故郷?らしい)の調理服に着替えて髪を纏め、厨房にいた料理人らしき達を追い払ってそんなことを言った。

 私も同じ服を着せてもらっている。

「強火…一気…に…炒める!」

「声が小さい。強火で一気に炒める!」

「強火…で…一気に…炒める!」

「その為に大事なのは火の扱い。火の通し方。三分做サンフェンツォー七分火功チーフェンホーゴン!」

「さんふぇ…?ちー…ふぇんほ…ごん?」

「三分做!七分火功!」

「三分…做!七分…火功!」

「作り方が三割、後の七割は火の通し方だ」

「それ…ベストラ…さん…国…言葉?」

「違う」

 違うんだ……

「さて、これがその為の道具」

 火を吹き、燃え盛る石の窯……コンロに、大きな鉄の鍋。

 近くにいると凄く暑い、私はちょっと立ってるのがやっとなくらい。

「今日は炒飯だ」

「ちゃ……?」

「必要なのは、ネギ、卵、米。味は塩胡椒で十分、出汁が有れば尚良し。入れるなら卵と一緒に、後は油」

 ベストラさんは細い野菜をさっと刻み、卵に塩胡椒を混ぜて溶き、米?(白い粒の集まり?)を釜からお碗によそう。

「え…その…」

 何もかもが一瞬だった。

「分量は大体、適量」

「適量……?」

 大体なんだ……

「一人分ならネギ三分の1、卵一個、米はお椀一杯、量を増やすなら、その分倍にすれば良い、油は1.5倍くらいかね」

 適量ってけっこう細かいんだ……?

「先ずは鍋をかんかんに……少し煙が出るくらいに熱する……十分だ。先ずは油を投入」

 ジュウ、と音が鳴り、煙が上がる。

「油がいい感じになったら、卵を投入、泡立ってきたら白飯、ネギを」

 あっという間に卵が焼け、米とネギが炒められていく。

「は、はやい」

「材料は一つずつ入れる。強火で一気に炒める」

 ベストラさんが鍋を振るい、具材が宙を舞う。

「均等に炒めて、香りが立ってきたら鍋から下ろす。炒めすぎると香りがなくなる」

「す、すごい」

「最後に大事なのは」

「なのは?」

「愛情」

「愛情……?」

「ああ、何かが足りないときは、大体愛が足りない」

「…愛って、何?」

「料理で言うなら、力仕事する奴や酒を飲む奴のを塩辛くしたり、最後に相手に合わせて調整することかな」

「それは、愛……?」

「…そっちか。……多分、好きってことさ」

「…好きって?」

「大切な人のことを思うことかね、多分」

 そして皿に盛られた炒飯。

 香ばしい湯気が上る。

「相手のために考えて作られたものは美味い」

「わ……」

「ほら、食べてみなさい」

「う、うん」

 差し出されたスプーンで掬い、まだ熱いそれを口にする。

「……美味しい」

「本業には及ばないが、良いだろう?」

「これ……私……作れる?」

「まだ、難しいかもしれないね」

「……また…来る…から」

「なら、その時は幾らでも練習させてやろう、さ、後は座って待ってなさい」

 ベストラさんは笑う。
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