迷信聖女は不要らしいので、私は騎士と幸せを探しに行きます。

銀杏鹿

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41 シー・コールド・ア・キャンドル◆-2

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◆◆◆◆◆◆◆◆


「……調子が狂う」

 ベストラのアジトから出て、濁った街の空気を吸う。

 下層街の空はいつも夜だった。

 それは今も昔も変わらない。

 配管から漏れる排気と、露店や飲食店の香ばしい匂い、そして甘ったるい"草"を炙る煙が混ざった空気。

 澄み切った空気よりも、馴染んだ淀みの方が心なしか落ち着く。

 潔白でない俺には、その方が相応し──

「っ──!?」

 何かが風を切る音を聞き、咄嗟に避ける。

「鈍ってはいないようで、坊ちゃん──今はオード様とお呼びした方が?」

 いつの間にか背後に立っていたのは、白髪の目隠しをした黒服の男。母親の懐刀のヴェリルだった。

「……あの人が世話になってる」

「あの方は一人でもやっていける方ですよ」

「この国が滅んでも一人だけ助かりそうだ」

「くく、そうですね。……散歩ですか?」

「故郷の空気を吸いたくてな」

 歩き始める俺とヴェリル。

 見慣れた灯りと暗闇の街路が俺達を迎える。

 暫くの間、無言で歩き続けた。

「お話しされないのですか?」

 口開いたのはヴェリルが先だった。

「今生の別れでもあるまいし」

「ベストラ様はいつも、オード様の話をされてますよ」

「困ったもんだ」

「貴方も素直じゃない」

「……そうか?……そうだな」

「常に気を張っていると疲れるものです」

「子供でいる訳には行かないんだ。あの子の為に」

「同じことを昔、ベストラさんが言ってきましたよ」

「そうか」

 いくらすぐに追って来られないと言っても、もう余裕は無い。第三王子の戴冠式やパレードもとっくに終わった頃だろう。

 気を抜いてなんていられない。

「……貴方はいつまでも子供ですから」

「……そんなに変わらないか?」

「いつまでも大切な私達の坊ちゃんです。どれだけ背が伸びても、背伸びをしていても」

「背伸び……か」

「オード様。格好つけるのは大事です、辞めたら男じゃない。ですが、素直になるのも大事ですよ」

「素直……?」

「そうですね……自分の願いに正直に生きると言うことでしょうか?」

「願いなんて無い。俺はマナ様の願いを叶える、それだけだ」

「マナ様の願いを叶えたらどうするんですか?」

「っ……」

 言葉が出なかった。

 その質問は何気ない一言だった、ヴェリルは何かを知っている訳ではない。

 だが、俺は何も言えなかった。

 心の奥底では思っていたのかも知れない。

 ……彼女の願いが叶う事は無いのだと。

 海についたとして、それでどうする。

 いつまでも逃げ切れるのか?

 彼女が現実に気が付くとき。

 俺は……俺には。

「願いは叶いますよ」

「何を根拠に……」

「貴方が、それを叶えようとするからです」

「それが保証になるか?」

「ええ。貴方は我々ファミリーの自慢の息子ですから。ベストラ様もそう思っていますよ。ですから、貴方も自分の願いを考えた方がいい」

「……俺は──」

 その時だった。

 暗闇の筈の天井に、突然光が差したのは。

 遥か先の暗闇から光が這い出し、何かが溢れるように落ちてきた。

 そして、異様な、連続した重々しい轟音が闇の街の静寂を破った。

「……なんだ?」

「早くマナ様を連れて逃げて下さい!」

 ヴェリルの深刻な声と殆ど同時くらいだった。

 "それ"が現れたのは。
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