迷信聖女は不要らしいので、私は騎士と幸せを探しに行きます。

銀杏鹿

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52 フォー・リメンバランス◇-2

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 天井のステンドグラスから冷ややかな光が差し込む。その庭園には花々が満ちていた。

 その中心には眠っているアルティア、そして息絶えたブルーが並んでいた。

「《──その者は寛容である》」

 バルバロッサの口から、常人には聞き取れない音が漏れ出る。

「《情け深く/妬まず》」
「《高ぶらず/誇らない》」
「《不作法をせず/利益を求めない》」
「《いらだたない/恨みをいだかない》」
「《不義を嫌い/真理を喜ぶ》」
「《すべてを忍び/すべてを信じ》」
「《すべてを望み/すべてを耐える》」

 庭園が虹色の光で満ちる。

「《その者の名を──》」

 彼は、失ったものを取り戻そうとした。

 ありとあらゆる傷を癒すという女神を呼び出し、何もかも元に戻そうとした。

 だが──失われてしまったものや、失われることが決まっていたものを人間の意思でねじ曲げることは、何よりも重い罪だった。

 彼は自らの愚かさを、愚かさで塗り潰していた。

 故に、呼び出されたのは彼の望むものではない。

「なんだ、なんだこれは、お前は一体……」

 庭園に現れたのは、そこにいるのに見ることができず触れることも出来ない巨大な何か──神だった。

 そして、神は人と言葉を交わさなかった。

 人が獣と言葉を交わさないように、神は人と言葉を交わさなかった。

「な、なにをする貴様!や、やめろ!アルティア!ブルー!連れて行くな!やめろぉ!やめてくれぇ!」

 二人は得体の知れないそれに飲まれて消えた。

「お前が何者でもいい、二人を、二人を返してくれ!それだけじゃない!アルティアを!ブルーを!──インザナを!」

 本来、生まれてくるはずの子供の名前はマナではなく、インザナだった。

 その名をつけたのは彼だった。その名が表すのは黎明、新たな時代。

 希望を託してつけたその名を叫んだ。

 だが、神は人ではない。願いなど聞かない。

 ただそこに存在するだけなのだ。

 返されたのは、アルティアだけだった。

 そして、引き換えとでも言うように、この世界から魔術、魔力が消滅し二度と召喚は出来なくなった。


◆◆◆◆◆◆◆◆

 
 程なくして、アルティアは海が私を呼んでいると言って、行方不明になる。

 南の海岸で発見された際、オルキヌスの中で彼女は赤子を抱いたまま眠っていた。

 その赤子につけられた名がマナだった。

 アルティアがつけたその名の意味は、世界に遍く存在した魔力の源。

 彼女は皇帝に言った。"得体の知れないもの"が、願いを叶えたと。

 それは、神であったと。

 皇帝は自分達の願いが神に届いたのだと思い込んだ。

 マナの瞳は青。王妃とも自身とも異なる色。

 自分が殺した親友の瞳と同じ色だった。


 そして、オルキヌスを調べていた頃、ケトス──機海獣の原型が現れ始め、空を泳ぎ始めた。

 イムラーナと呼ばれる力の流れが空を漂うようになった。

 魔力を無くした代わりにそれを研究し、機海獣を作り出し、その力で帝国は覇権を得た。

 全ては皇帝の思い通りになり、その得体の知れないものを神として信仰してすらいた──が。

 そんな、都合の良いだけの話は無かった

 王妃は再び失踪した。いくら探しても見つからなかった。

 そして、得体の知れない疫病で人が次々と倒れた始めた。それは発狂し、頭から枝のようなものが突き出して死ぬ病だった

 元凶は分からないままだったが、マナを連れていると、不可思議な事が起こる事に気がつく。

 一人で遊んでいたマナの周りを小人のような者達が歩き回り、それらが現れた後に珊瑚のようなものが生えていた。

 マナはそれをフカミルと呼び、得体の知れない言葉を喋った。

 言葉をなかなか覚えなかったマナが、その時ばかりは流暢に。

 疫病で死んだ人間で一番多かったのは宮殿でマナに関わった者達だった事から、皇帝は原因がマナにあると考える。

 他者を接触させないようにして、可能な限り皇帝自身が直接マナを世話した……自らも死の危険があるにも関わらず。

 献身の結果、寝ている間は不可思議な事が起きない事に気がつき、何かが起こるのは、意識がはっきりしている時だけだとわかった。

 だが、マナは放っておくといつまでも動き回り続けるほどの異常な体力を持っていたために、やむおえず彼は薬を使う事にした。

 若い頃に入り浸った下層で幾度も目にしていた薬。

 それがどのような効果を持つか熟知していた。

 少なくとも死ぬことはなく、正気を奪うには一番簡単だった。

 使い続ければどうなるのかも、かつて下層に出入りしていた時に知っていた筈だった。

 だからこそ、早急にマナが人として生活できるように研究を急がせた……が、もう手遅れだった。……マナと過ごし続けることで、彼にはもう、限界が来ていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


『あとは、マナ、君が知っている通りさ』

『そう……だったんですね、でも何故お父様は何も教えてくれなかったんですか……?』

『父上は君の症状を抑えている間に、全てが整うまで、それを言いたくなかったんだろう』

『お父様……』

『マナ、君は捨てられてなんかいない。父上は君のことをずっと愛していたよ』
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