迷信聖女は不要らしいので、私は騎士と幸せを探しに行きます。

銀杏鹿

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54 ベイビー・ドライバー◇-1

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 海を深く潜るオルキヌスから見える景色は、いつか夢で見た海中とよく似ていた。

 あの、群れを持たない一頭の鯨が見ていた風景と。

 色鮮やかな珊瑚礁や魚達の海は既に通り過ぎて、水面から差し込む光は遠く、行く先は何処までも暗い水底。

 でも、不思議と違和感を感じなかった。

 ずっと同じ夢を見ていたからもしれない。

「同じなんだ……ここがあの海なんだ……じゃあ、あの鯨もここに……?」

「◾︎◾︎◾︎◾︎……?」

「絶対そう、あの鯨はここに……いる」

 オルキヌスから見えるガラス越しのような景色に、私の顔は映らない。

 もし、あの鯨がここにいるのなら。

 ……あれは私が見ていた夢でも、ましてや私自身でもない。

「じゃあ……どうして私の夢に……」

 海は答えない。ただ、そこにあっていつまでも静かなまま。

 私はオルキヌスと共にただひたすら、潜航し続ける。

 すると、暗いはずの深海にぼんやりとした光が見えた。

「あれが……?オルキヌス、あそこに──え?」

 遠くに見えた光は、あっという間にこちらへ近づいて、私達はそれに飲み込まれた。

「ん……?どうなったの……?オルキヌス……?」

 枝のような珊瑚が立ち並び、仄かな光が舞う祭壇のような場所に私は立っていた。

 乗っていたはずのオルキヌスは何処にも見えない。

 祭壇の外は、数えきれない程の海獣や魚達、珊瑚や貝類の泳ぐ海だった。

 水の中なのに、息出来て苦しくも無い不思議場所に、私はいた。

「……ここが……アドリア?」

『そうです、マナ』

 その声は、私のよく知った、フカミルの言葉だった。

『誰?私を知ってるの?』

『ええ、貴女よりずっと前から』

『え──』

 見上げると、巨大な鯨が私を見ていた。

 私が見ていた夢の鯨が、そこに居た。

『久しぶりです、マナ。ずっと待っていました、ここで』

 鯨は静かにそう言った。

 私と同じ言葉で。


◇◇◇◇◇◇◇


『大きくなりましたね』

『……鯨に言われても』

『……ああ、この姿で直接会うのは初めてでしたね』

『あの夢は、あなたが見てた景色なの?』

『そうです、私の見るアドリアの景色を、その宝石を介して貴女に伝えていたのです』

『これを……?どうやって?』

 母の形見は特に変わった様子はない、いつもの暗い虹色だ。

 これを使って……?

 じゃあ、つまりこの鯨は……

『マレルターは知っていますよね?ラッコのような彼らは、イムラーナに乗って空を漂い、人々の儚い夢や希望を集めているのです。彼らにお願いして、私の見たものを貴女の夢へと運んでもらいました』

『……どうしてこの景色を私に……?』

『海を見せたかったのです。一人、あの庭園で眠る貴女にせめて、美しい夢を』

 その言葉に……私はどうしようもないやるせなさと……憤りを覚えた。

『たった一人で、群れにも入れないような寂しい夢を……?誰一人、言葉の通じない悲しい旅の夢を……?』

『……違います、私は……一人でも、人と違う存在でも、生きていけるのだと、貴女は決して間違った存在などでは無いと……伝えたかったのです……』

『……そんなの……分かんないよ……』

 言いたい言葉はいくらでもあった。

『マナ……』

『そんなの……分からないよ……綺麗なだけの夢より、少しでも話せる方が何倍も良かった……ずっと、そうしてくれた方がずっと良かった!』

 だけど溢れ出すのは、こんな言葉だった。

『そう……だったのですね……』

『お父様は私のことを愛していたなんて、お兄様は言うけれど、動けないだけなら、手紙か伝言の一つくらい、くれてもいい!いくら私の為を思っていたって!私の為にやってくれたって!私にはそんなこと分からない!』

『それは……』

『私は……私は自分を石だって思うしか無かった!石は痛みを感じない!石で出来た島は涙を流さない!そう思って……そう思ってこれまでずっと……生きてきたのに……私は本当の子供ですらない……血の繋がりも無ければ人間ですらない……私の騎士は私を生かした……でも、生きていて何の意味があるというの……?生きているだけで世界が壊れていくというのに……どうして……私を生かしたのなら、最後まで一緒にいてよ……私の為って言うなら、私を置いて何処かになんか、行かないでよ!ねぇ、どうして……なんで私を置いていったの…………お母様……!』

『マナ……ごめんなさい……』

『謝られたって嬉しくないよ……私はずっと待ってた、ずっと、ずっと待ってた!返してよ……あの庭園で待った時間を!そんなに愛しているって言うなら、私を抱きしめるくらい簡単だったでしょう!』

『私たちは……マナの事想って……』

『自分勝手に思っていることが、子供に伝わる訳ない!そんなことも分からないの!?』

 どうしてこんな言葉を言ってしまったのか、自分でも驚く程だった。

 言いたい言葉はこんなはずじゃ無かったのに、止まらなかった。

『マナ……ごめんなさい』

『う、うぁぁ──』

 水の中なのに、涙は頬を伝い、流れる。

 ただ、赤子のように。
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