22 / 37
第二幕
13.秘密の求愛者-7(※三人称視点)
しおりを挟む
たった一つの恋文が、様々勘違いを産んで行く。
ボタンのかけ違いどころではなかった。
この滑稽な事件が、もし、一枚のシャツなのだとしたら、もう既に人間には着れない状態になっている事だろう。
一つ一つのボタンは、当たり前のような顔をして布を噛んでいるのに、それぞれあるべき場所になく、ひっくり返ったり、逆転した場所についているのだから手に負えない。
この混乱を解くに、ややこしい鍵は何一つとして必要ないはずだったのだが、たった二つのミスが産んだ波紋は、今や大きな波となってアイリスへ帰って来ようとしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「アリステラ、ここにいたのか」
興奮冷めやらぬナローシュは、アトランタを部屋へ帰し、作戦の結果を待っていたアイリスを発見した。
「ナローシュ様?なんの御用ですか?私はこれから立哨の交代に行かねばならないのですが」
別にそんな予定は無かったのだが、ただ何となくナローシュとは会話したくなかったアイリスは適当な事を言った。
「そんな些事はいい、次からお前はベルミダ付きの騎士として働け」
「ベルミダ様の……?承知致しました、しかしよろしいのですか?」
「俺の判断に何か問題があるとでも言いたいのか?」
「いえ、滅相もありません。では引き継ぎをしてから参りますので……」
「いい、不要だ。あんな暑いだけの場所に立っているだけでは何の意味もない。だいたいお前の方が新参だろうが」
「……そうでしたね」
王宮やその付近の事を知り尽くしているアイリスからすれば、ナローシュの侮った立哨警備程度だとしても、疎かにすれば危険が迫るだろうと感じていた。
特にアルサメナの従者のような、暗殺者じみた存在は、全て排除したはずだったつもりだったが、現にこの国に残っている事から余計に危機感を募らせていた。
しかし、今ここでそれを断る理由はない。
今後の為にベルミダへ近づく理由が出来るならば、渡りに船と言ったところだった。
「では、ベルミダ様の警護に移らせて頂きます。失礼致し──」
「ああ、いや、待て、まだ用はある」
去ろうとするアイリスの肩を掴み、引き止める。
「なんでしょうか?」
「これを見ろ!」
ナローシュがアイリスに見せたのは手紙のようなもので、一目でわかるような恋文だった。
「……これが?」
「聞きたいか?聞きたいだろう?」
どうしても話したいらしいナローシュの様子に、そんな物に興味ないと、はっきり言ってやりたくなったアイリスだった。
「…………はい」
興味はなかったが、今は一応臣下であった事を思い出して、王が望む返事を返す。
「そうか!ならば仕方ないな!これは俺に宛てられた恋文なのだ!」
「ナローシュ様宛に……?」
アイリスは困惑した。
自分以外の何者が、今の彼に恋文なんて送るなんて考えられなかった。
「ああ、これは俺の事を愛する、あの気まぐれな暗い金髪の娘から送られたものなのだ!」
「なん……と……!」
衝撃が走った。
アイリスは、この王宮で暗い金髪の娘と言ったら、ベルミダの事だと思い込んでいたからだ。
「それは……大変な事で……」
ナローシュの片思いだったならまだしも、相思相愛であった事に絶望し、気が遠くなりそうになるアイリス。
「ああ!実に大変な事だ。王妃に迎えるとならば考えなければならないからな!」
「そうですね……私は少々体調が優れないので……少し休んでからベルミダ様の方へ向かいましょう」
「大丈夫か?顔が真っ青だぞ……?」
「お気になさらず……なんの問題もありません……はい……なんともありませんので」
アイリスはこの"一大事"をアルサメナへ伝える為に、その場を足早に去った。
「……なんだ?そんなに立哨が辛かったのか……?軟弱な奴だな……ふ、くく、しかし二人とも俺を……笑いが止まらん……」
ナローシュは暗号から"書き写した"恋文を広げては、眺め返し、ご満悦だった。
その文章を元々書いたのが、弟のアルサメナであるとも知らずに。
ボタンのかけ違いどころではなかった。
この滑稽な事件が、もし、一枚のシャツなのだとしたら、もう既に人間には着れない状態になっている事だろう。
一つ一つのボタンは、当たり前のような顔をして布を噛んでいるのに、それぞれあるべき場所になく、ひっくり返ったり、逆転した場所についているのだから手に負えない。
この混乱を解くに、ややこしい鍵は何一つとして必要ないはずだったのだが、たった二つのミスが産んだ波紋は、今や大きな波となってアイリスへ帰って来ようとしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「アリステラ、ここにいたのか」
興奮冷めやらぬナローシュは、アトランタを部屋へ帰し、作戦の結果を待っていたアイリスを発見した。
「ナローシュ様?なんの御用ですか?私はこれから立哨の交代に行かねばならないのですが」
別にそんな予定は無かったのだが、ただ何となくナローシュとは会話したくなかったアイリスは適当な事を言った。
「そんな些事はいい、次からお前はベルミダ付きの騎士として働け」
「ベルミダ様の……?承知致しました、しかしよろしいのですか?」
「俺の判断に何か問題があるとでも言いたいのか?」
「いえ、滅相もありません。では引き継ぎをしてから参りますので……」
「いい、不要だ。あんな暑いだけの場所に立っているだけでは何の意味もない。だいたいお前の方が新参だろうが」
「……そうでしたね」
王宮やその付近の事を知り尽くしているアイリスからすれば、ナローシュの侮った立哨警備程度だとしても、疎かにすれば危険が迫るだろうと感じていた。
特にアルサメナの従者のような、暗殺者じみた存在は、全て排除したはずだったつもりだったが、現にこの国に残っている事から余計に危機感を募らせていた。
しかし、今ここでそれを断る理由はない。
今後の為にベルミダへ近づく理由が出来るならば、渡りに船と言ったところだった。
「では、ベルミダ様の警護に移らせて頂きます。失礼致し──」
「ああ、いや、待て、まだ用はある」
去ろうとするアイリスの肩を掴み、引き止める。
「なんでしょうか?」
「これを見ろ!」
ナローシュがアイリスに見せたのは手紙のようなもので、一目でわかるような恋文だった。
「……これが?」
「聞きたいか?聞きたいだろう?」
どうしても話したいらしいナローシュの様子に、そんな物に興味ないと、はっきり言ってやりたくなったアイリスだった。
「…………はい」
興味はなかったが、今は一応臣下であった事を思い出して、王が望む返事を返す。
「そうか!ならば仕方ないな!これは俺に宛てられた恋文なのだ!」
「ナローシュ様宛に……?」
アイリスは困惑した。
自分以外の何者が、今の彼に恋文なんて送るなんて考えられなかった。
「ああ、これは俺の事を愛する、あの気まぐれな暗い金髪の娘から送られたものなのだ!」
「なん……と……!」
衝撃が走った。
アイリスは、この王宮で暗い金髪の娘と言ったら、ベルミダの事だと思い込んでいたからだ。
「それは……大変な事で……」
ナローシュの片思いだったならまだしも、相思相愛であった事に絶望し、気が遠くなりそうになるアイリス。
「ああ!実に大変な事だ。王妃に迎えるとならば考えなければならないからな!」
「そうですね……私は少々体調が優れないので……少し休んでからベルミダ様の方へ向かいましょう」
「大丈夫か?顔が真っ青だぞ……?」
「お気になさらず……なんの問題もありません……はい……なんともありませんので」
アイリスはこの"一大事"をアルサメナへ伝える為に、その場を足早に去った。
「……なんだ?そんなに立哨が辛かったのか……?軟弱な奴だな……ふ、くく、しかし二人とも俺を……笑いが止まらん……」
ナローシュは暗号から"書き写した"恋文を広げては、眺め返し、ご満悦だった。
その文章を元々書いたのが、弟のアルサメナであるとも知らずに。
1
あなたにおすすめの小説
わたしの婚約者なんですけどね!
キムラましゅろう
恋愛
わたしの婚約者は王宮精霊騎士団所属の精霊騎士。
この度、第二王女殿下付きの騎士を拝命して誉れ高き近衛騎士に
昇進した。
でもそれにより、婚約期間の延長を彼の家から
告げられて……!
どうせ待つなら彼の側でとわたしは内緒で精霊魔術師団に
入団した。
そんなわたしが日々目にするのは彼を含めたイケメン騎士たちを
我がもの顔で侍らかす王女殿下の姿ばかり……。
彼はわたしの婚約者なんですけどね!
いつもながらの完全ご都合主義、
ノーリアリティのお話です。
少々(?)イライラ事例が発生します。血圧の上昇が心配な方は回れ右をお願いいたします。
小説家になろうさんの方でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
余命3ヶ月と言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。
特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。
ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。
毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。
診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。
もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。
一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは…
※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いいたします。
他サイトでも同時投稿中です。
ぐうたら令嬢は公爵令息に溺愛されています
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のレイリスは、今年で16歳。毎日ぐうたらした生活をしている。貴族としてはあり得ないような服を好んで着、昼間からゴロゴロと過ごす。
ただ、レイリスは非常に優秀で、12歳で王都の悪党どもを束ね揚げ、13歳で領地を立て直した腕前。
そんなレイリスに、両親や兄姉もあまり強く言う事が出来ず、専属メイドのマリアンだけが口うるさく言っていた。
このままやりたい事だけをやり、ゴロゴロしながら一生暮らそう。そう思っていたレイリスだったが、お菓子につられて参加したサフィーロン公爵家の夜会で、彼女の運命を大きく変える出来事が起こってしまって…
※ご都合主義のラブコメディです。
よろしくお願いいたします。
カクヨムでも同時投稿しています。
大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました
Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。
そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。
「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」
そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。
荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。
「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」
行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に
※他サイトにも投稿しています
よろしくお願いします
全てを捨てて消え去ろうとしたのですが…なぜか殿下に執着されています
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のセーラは、1人崖から海を見つめていた。大好きだった父は、2ヶ月前に事故死。愛していた婚約者、ワイアームは、公爵令嬢のレイリスに夢中。
さらにレイリスに酷い事をしたという噂まで流されたセーラは、貴族世界で完全に孤立していた。独りぼっちになってしまった彼女は、絶望の中海を見つめる。
“私さえいなくなれば、皆幸せになれる”
そう強く思ったセーラは、子供の頃から大好きだった歌を口ずさみながら、海に身を投げたのだった。
一方、婚約者でもあるワイアームもまた、一人孤独な戦いをしていた。それもこれも、愛するセーラを守るため。
そんなワイアームの気持ちなど全く知らないセーラは…
龍の血を受け継いだワイアームと、海神の娘の血を受け継いだセーラの恋の物語です。
ご都合主義全開、ファンタジー要素が強め?な作品です。
よろしくお願いいたします。
※カクヨム、小説家になろうでも同時配信しています。
【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。
大森 樹
恋愛
【短編】
公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。
「アメリア様、ご無事ですか!」
真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。
助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。
穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで……
あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。
★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。
お妃候補に興味はないのですが…なぜか辞退する事が出来ません
Karamimi
恋愛
13歳の侯爵令嬢、ヴィクトリアは体が弱く、空気の綺麗な領地で静かに暮らしていた…というのは表向きの顔。実は彼女、領地の自由な生活がすっかり気に入り、両親を騙してずっと体の弱いふりをしていたのだ。
乗馬や剣の腕は一流、体も鍛えている為今では風邪一つひかない。その上非常に頭の回転が速くずる賢いヴィクトリア。
そんな彼女の元に、両親がお妃候補内定の話を持ってきたのだ。聞けば今年13歳になられたディーノ王太子殿下のお妃候補者として、ヴィクトリアが選ばれたとの事。どのお妃候補者が最も殿下の妃にふさわしいかを見極めるため、半年間王宮で生活をしなければいけないことが告げられた。
最初は抵抗していたヴィクトリアだったが、来年入学予定の面倒な貴族学院に通わなくてもいいという条件で、お妃候補者の話を受け入れたのだった。
“既にお妃には公爵令嬢のマーリン様が決まっているし、王宮では好き勝手しよう”
そう決め、軽い気持ちで王宮へと向かったのだが、なぜかディーノ殿下に気に入られてしまい…
何でもありのご都合主義の、ラブコメディです。
よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる