18 / 57
⑱
しおりを挟む
普通の令嬢だったらとても寂しく心細い思いをするところだろうが、私はもちろんそんなことはない。
「さて、さっさと荷物を整理してしまいましょう。
今夜は皆で無礼講の晩餐会よ。
私も腕を振るうわ!」
ヘンリックが絶賛していたという私考案のレシピに興味津々だった料理番と協力し、私はハンバーグやフライドチキンやサンドイッチなどをたくさんつくり、フューゲル侯爵家から来てくれている使用人たちと同じテーブルで夕食をとった。
お酒も飲みすぎない程度にふるまったこともあり皆に大喜びされ、初日から私の株は急上昇した。
エルヴィンも酔って気が大きくなった庭師のおじさんに腕相撲を挑まれ圧勝し、男性陣から一目おかれるようになった。
それはよかったのだが、「ここでは野暮ったい恰好しなくっていいんだよ!」とメイド頭に言われて、それもそうかとマリアンネがメイドキャップを外したところ、私たち三人以外の全員が目を丸くして絶句した。
マリアンネの艶やかなストロベリーブロンドは珍しい色ではあるが、そんなに驚かれるほどではないはずなのに。
「……あんた、マリアンネっていう名前だったよね」
「はい、そうですが」
首を傾げる私たち三人と、さっきまで賑やかに騒いでいたのに神妙な顔を見合わせる使用人たち。
「どうしたの? マリーがなにか?」
私が問いかけると、メイド頭の夫である初老の家令が代表して答えてくれた。
「ええと、その……
坊ちゃまがお戻りなられたら、はっきりすると思いますので」
「ヘンリック様に関係することなの?」
「はい……それ以上は、私たちの口からはなんとも……」
どうやら、使用人の立場では口出しできない内容なようだ。
使用人たちはただ困惑しているだけで、マリアンネや私たちに対する隔意や悪意は感じられない。
それなら、別に構わない。
「よくわからないけど、ヘンリック様を待つしかないわけね。
どちらにしろそうするつもりなのだし、当面の予定は変わらないわ。
のんびりお帰りを待つことにしましょう」
ヘンリックにも言われた通り、普通にのんびり過ごすだけだ。
使用人たちも異論はないらしく、そろって頷いてくれたので、私もそれ以上この話題を掘り下げるようなことはしなかった。
こうして始まった生家を離れての暮らしは、とても快適だった。
初日に一瞬だけ妙な雰囲気になったが、それもあの時だけで、優秀な使用人たちはごく普通に私たちに接してくれる。
皆とても親切で、ちょっかいをかけてくるような不埒者はいないから、マリアンネだけでなくエルヴィンも素顔を晒している。
快適なのは私だけでなく、エルヴィンとマリアンネもキルステン伯爵家にいた時よりも明るい表情で過ごしている。
思い切って契約結婚を持ちかけてよかったと心から思いながら、このような環境を与えてくれたヘンリックに感謝しつつ彼の無事を祈っていた。
そして、彼がやっと帰国したのは、結婚式の三日前だった。
「おかえりなさい、ヘンリック様。
ご無事でなによりです」
出迎えた私に、ヘンリックは少し疲れた様子ながらも穏やかな笑顔を向けた。
「ただいま、クラリッサ。
なんとか結婚式前に帰ってこれたよ。
式の準備はどうなってる?」
「万事抜かりなく。延期はしなくて済みそうですわね」
「そうだね、よかった……」
言葉を切った彼は、疲労を滲ませていても美しい顔に見ているこちらが驚くくらいの驚愕の表情をうかべた。
大きく見開かれたエメラルドの瞳は、私の後ろを見つめている。
その視線を追うと、そこにいたのはマリアンネだった。
彼女がきれいな顔をしているのは確かだが、そこまで驚くほどのことだろうか。
マリアンネもその隣のエルヴィンも、そんなヘンリックに困惑している。
ヘンリックはよろよろとおぼつかない足取りで、マリアンネに歩み寄った。
エルヴィンはさっと彼女を背中に庇うように立ち、私は慌ててヘンリックの腕を引っ張った。
「ヘンリック様! 突然どうなさったの⁉」
「マリア……マリア!」
マリア? それって、マリアンネのこと?
そういえば、彼がマリアンネの素顔を見るのは今日が初めてなのだ。
「もしかして……ヘンリック様の初恋の相手って……」
「薔薇色の髪……あの頃の面影もある……きみは、私がずっと探してたマリアだ!」
「ええぇ⁉」
マリアンネの髪と素顔を見た使用人たちが、あんな反応をした理由がわかった。
彼らは、ヘンリックが長い間探している初恋の女の子の特徴を知っていたのだ。
なんたるめぐり合わせ。
事実は小説より奇なりというが、まさにそれだ。
あまりに予想外な展開に、私たちは顔を見合わせた。
「さて、さっさと荷物を整理してしまいましょう。
今夜は皆で無礼講の晩餐会よ。
私も腕を振るうわ!」
ヘンリックが絶賛していたという私考案のレシピに興味津々だった料理番と協力し、私はハンバーグやフライドチキンやサンドイッチなどをたくさんつくり、フューゲル侯爵家から来てくれている使用人たちと同じテーブルで夕食をとった。
お酒も飲みすぎない程度にふるまったこともあり皆に大喜びされ、初日から私の株は急上昇した。
エルヴィンも酔って気が大きくなった庭師のおじさんに腕相撲を挑まれ圧勝し、男性陣から一目おかれるようになった。
それはよかったのだが、「ここでは野暮ったい恰好しなくっていいんだよ!」とメイド頭に言われて、それもそうかとマリアンネがメイドキャップを外したところ、私たち三人以外の全員が目を丸くして絶句した。
マリアンネの艶やかなストロベリーブロンドは珍しい色ではあるが、そんなに驚かれるほどではないはずなのに。
「……あんた、マリアンネっていう名前だったよね」
「はい、そうですが」
首を傾げる私たち三人と、さっきまで賑やかに騒いでいたのに神妙な顔を見合わせる使用人たち。
「どうしたの? マリーがなにか?」
私が問いかけると、メイド頭の夫である初老の家令が代表して答えてくれた。
「ええと、その……
坊ちゃまがお戻りなられたら、はっきりすると思いますので」
「ヘンリック様に関係することなの?」
「はい……それ以上は、私たちの口からはなんとも……」
どうやら、使用人の立場では口出しできない内容なようだ。
使用人たちはただ困惑しているだけで、マリアンネや私たちに対する隔意や悪意は感じられない。
それなら、別に構わない。
「よくわからないけど、ヘンリック様を待つしかないわけね。
どちらにしろそうするつもりなのだし、当面の予定は変わらないわ。
のんびりお帰りを待つことにしましょう」
ヘンリックにも言われた通り、普通にのんびり過ごすだけだ。
使用人たちも異論はないらしく、そろって頷いてくれたので、私もそれ以上この話題を掘り下げるようなことはしなかった。
こうして始まった生家を離れての暮らしは、とても快適だった。
初日に一瞬だけ妙な雰囲気になったが、それもあの時だけで、優秀な使用人たちはごく普通に私たちに接してくれる。
皆とても親切で、ちょっかいをかけてくるような不埒者はいないから、マリアンネだけでなくエルヴィンも素顔を晒している。
快適なのは私だけでなく、エルヴィンとマリアンネもキルステン伯爵家にいた時よりも明るい表情で過ごしている。
思い切って契約結婚を持ちかけてよかったと心から思いながら、このような環境を与えてくれたヘンリックに感謝しつつ彼の無事を祈っていた。
そして、彼がやっと帰国したのは、結婚式の三日前だった。
「おかえりなさい、ヘンリック様。
ご無事でなによりです」
出迎えた私に、ヘンリックは少し疲れた様子ながらも穏やかな笑顔を向けた。
「ただいま、クラリッサ。
なんとか結婚式前に帰ってこれたよ。
式の準備はどうなってる?」
「万事抜かりなく。延期はしなくて済みそうですわね」
「そうだね、よかった……」
言葉を切った彼は、疲労を滲ませていても美しい顔に見ているこちらが驚くくらいの驚愕の表情をうかべた。
大きく見開かれたエメラルドの瞳は、私の後ろを見つめている。
その視線を追うと、そこにいたのはマリアンネだった。
彼女がきれいな顔をしているのは確かだが、そこまで驚くほどのことだろうか。
マリアンネもその隣のエルヴィンも、そんなヘンリックに困惑している。
ヘンリックはよろよろとおぼつかない足取りで、マリアンネに歩み寄った。
エルヴィンはさっと彼女を背中に庇うように立ち、私は慌ててヘンリックの腕を引っ張った。
「ヘンリック様! 突然どうなさったの⁉」
「マリア……マリア!」
マリア? それって、マリアンネのこと?
そういえば、彼がマリアンネの素顔を見るのは今日が初めてなのだ。
「もしかして……ヘンリック様の初恋の相手って……」
「薔薇色の髪……あの頃の面影もある……きみは、私がずっと探してたマリアだ!」
「ええぇ⁉」
マリアンネの髪と素顔を見た使用人たちが、あんな反応をした理由がわかった。
彼らは、ヘンリックが長い間探している初恋の女の子の特徴を知っていたのだ。
なんたるめぐり合わせ。
事実は小説より奇なりというが、まさにそれだ。
あまりに予想外な展開に、私たちは顔を見合わせた。
74
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ
ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」
ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。
「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」
何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。
都合のいい女は本日で卒業。
今後は、余暇を楽しむとしましょう。
吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。
〈完結〉前世と今世、合わせて2度目の白い結婚ですもの。場馴れしておりますわ。
ごろごろみかん。
ファンタジー
「これは白い結婚だ」
夫となったばかりの彼がそう言った瞬間、私は前世の記憶を取り戻した──。
元華族の令嬢、高階花恋は前世で白い結婚を言い渡され、失意のうちに死んでしまった。それを、思い出したのだ。前世の記憶を持つ今のカレンは、強かだ。
"カーター家の出戻り娘カレンは、貴族でありながら離婚歴がある。よっぽど性格に難がある、厄介な女に違いない"
「……なーんて言われているのは知っているけど、もういいわ!だって、私のこれからの人生には関係ないもの」
白魔術師カレンとして、お仕事頑張って、愛猫とハッピーライフを楽しみます!
☆恋愛→ファンタジーに変更しました
〈完結〉伯爵令嬢リンシアは勝手に幸せになることにした
ごろごろみかん。
恋愛
前世の記憶を取り戻した伯爵令嬢のリンシア。
自分の婚約者は、最近現れた聖女様につききっきりである。
そんなある日、彼女は見てしまう。
婚約者に詰め寄る聖女の姿を。
「いつになったら婚約破棄するの!?」
「もうすぐだよ。リンシアの有責で婚約は破棄される」
なんと、リンシアは聖女への嫌がらせ(やってない)で婚約破棄されるらしい。
それを目撃したリンシアは、決意する。
「婚約破棄される前に、こちらから破棄してしてさしあげるわ」
もう泣いていた過去の自分はいない。
前世の記憶を取り戻したリンシアは強い。吹っ切れた彼女は、魔法道具を作ったり、文官を目指したりと、勝手に幸せになることにした。
☆ご心配なく、婚約者様。の修正版です。詳しくは近況ボードをご確認くださいm(_ _)m
☆10万文字前後完結予定です
公爵令嬢ルチアが幸せになる二つの方法
ごろごろみかん。
恋愛
公爵令嬢のルチアは、ある日知ってしまう。
婚約者のブライアンには、妻子がいた。彼は、ルチアの侍女に恋をしていたのだ。
ルチアは長年、婚約者に毒を飲ませられていた。近年の魔力低下は、そのせいだったのだ。
(私は、彼の幸せを邪魔する障害物に過ぎなかったのね)
魔力不足に陥った彼女の余命は、あと一年だという。
それを知った彼女は自身の幸せを探すことにした。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです
ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
【死に役転生】悪役貴族の冤罪処刑エンドは嫌なので、ストーリーが始まる前に鍛えまくったら、やりすぎたようです。
いな@
ファンタジー
【第一章完結】映画の撮影中に死んだのか、開始五分で処刑されるキャラに転生してしまったけど死にたくなんてないし、原作主人公のメインヒロインになる幼馴染みも可愛いから渡したくないと冤罪を着せられる前に死亡フラグをへし折ることにします。
そこで転生特典スキルの『超越者』のお陰で色んなトラブルと悪名の原因となっていた問題を解決していくことになります。
【第二章】
原作の開始である学園への入学式当日、原作主人公との出会いから始まります。
原作とは違う流れに戸惑いながらも、大切な仲間たち(増えます)と共に沢山の困難に立ち向かい、解決していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる