転生小説家の華麗なる円満離婚計画

鈴木かなえ

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 普通の令嬢だったらとても寂しく心細い思いをするところだろうが、私はもちろんそんなことはない。

「さて、さっさと荷物を整理してしまいましょう。
 今夜は皆で無礼講の晩餐会よ。
 私も腕を振るうわ!」 

 ヘンリックが絶賛していたという私考案のレシピに興味津々だった料理番と協力し、私はハンバーグやフライドチキンやサンドイッチなどをたくさんつくり、フューゲル侯爵家から来てくれている使用人たちと同じテーブルで夕食をとった。
 お酒も飲みすぎない程度にふるまったこともあり皆に大喜びされ、初日から私の株は急上昇した。

 エルヴィンも酔って気が大きくなった庭師のおじさんに腕相撲を挑まれ圧勝し、男性陣から一目おかれるようになった。
 それはよかったのだが、「ここでは野暮ったい恰好しなくっていいんだよ!」とメイド頭に言われて、それもそうかとマリアンネがメイドキャップを外したところ、私たち三人以外の全員が目を丸くして絶句した。

 マリアンネの艶やかなストロベリーブロンドは珍しい色ではあるが、そんなに驚かれるほどではないはずなのに。

「……あんた、マリアンネっていう名前だったよね」

「はい、そうですが」

 首を傾げる私たち三人と、さっきまで賑やかに騒いでいたのに神妙な顔を見合わせる使用人たち。

「どうしたの? マリーがなにか?」

 私が問いかけると、メイド頭の夫である初老の家令が代表して答えてくれた。

「ええと、その……
 坊ちゃまがお戻りなられたら、はっきりすると思いますので」

「ヘンリック様に関係することなの?」

「はい……それ以上は、私たちの口からはなんとも……」

 どうやら、使用人の立場では口出しできない内容なようだ。
 使用人たちはただ困惑しているだけで、マリアンネや私たちに対する隔意や悪意は感じられない。
 
 それなら、別に構わない。

「よくわからないけど、ヘンリック様を待つしかないわけね。
 どちらにしろそうするつもりなのだし、当面の予定は変わらないわ。
 のんびりお帰りを待つことにしましょう」

 ヘンリックにも言われた通り、普通にのんびり過ごすだけだ。

 使用人たちも異論はないらしく、そろって頷いてくれたので、私もそれ以上この話題を掘り下げるようなことはしなかった。

 こうして始まった生家を離れての暮らしは、とても快適だった。
  初日に一瞬だけ妙な雰囲気になったが、それもあの時だけで、優秀な使用人たちはごく普通に私たちに接してくれる。
 皆とても親切で、ちょっかいをかけてくるような不埒者はいないから、マリアンネだけでなくエルヴィンも素顔を晒している。

 快適なのは私だけでなく、エルヴィンとマリアンネもキルステン伯爵家にいた時よりも明るい表情で過ごしている。
 思い切って契約結婚を持ちかけてよかったと心から思いながら、このような環境を与えてくれたヘンリックに感謝しつつ彼の無事を祈っていた。

 そして、彼がやっと帰国したのは、結婚式の三日前だった。

「おかえりなさい、ヘンリック様。
 ご無事でなによりです」

 出迎えた私に、ヘンリックは少し疲れた様子ながらも穏やかな笑顔を向けた。
 
「ただいま、クラリッサ。
 なんとか結婚式前に帰ってこれたよ。
 式の準備はどうなってる?」

「万事抜かりなく。延期はしなくて済みそうですわね」

「そうだね、よかった……」

 言葉を切った彼は、疲労を滲ませていても美しい顔に見ているこちらが驚くくらいの驚愕の表情をうかべた。

 大きく見開かれたエメラルドの瞳は、私の後ろを見つめている。

 その視線を追うと、そこにいたのはマリアンネだった。

 彼女がきれいな顔をしているのは確かだが、そこまで驚くほどのことだろうか。

 マリアンネもその隣のエルヴィンも、そんなヘンリックに困惑している。

 ヘンリックはよろよろとおぼつかない足取りで、マリアンネに歩み寄った。

 エルヴィンはさっと彼女を背中に庇うように立ち、私は慌ててヘンリックの腕を引っ張った。

「ヘンリック様! 突然どうなさったの⁉」

「マリア……マリア!」

 マリア? それって、マリアンネのこと?

 そういえば、彼がマリアンネの素顔を見るのは今日が初めてなのだ。

「もしかして……ヘンリック様の初恋の相手って……」

「薔薇色の髪……あの頃の面影もある……きみは、私がずっと探してたマリアだ!」

「ええぇ⁉」

 マリアンネの髪と素顔を見た使用人たちが、あんな反応をした理由がわかった。
 彼らは、ヘンリックが長い間探している初恋の女の子の特徴を知っていたのだ。

 なんたるめぐり合わせ。
 
 事実は小説より奇なりというが、まさにそれだ。

 あまりに予想外な展開に、私たちは顔を見合わせた。
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