孤独なお針子が拾ったのは最強のペットでした

鈴木かなえ

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「おまえがナディアだな?」

 私の家に突然やってきた三人の男は、明らかに害意のある目で私を見ていた。
 私を力でねじ伏せて危害を加えるつもりであるということを隠してもいなかった。
 だというのに、人攫いでも強盗でもない。
 どう見ても立派な身形の騎士なのだ。

「そうですが……私になにか?」

 よくわからないけど、服装からして私の住む田舎町にいる騎士より明らかに身分が高そうだ。
 こんな騎士様が、なぜ私なんかを害意をもって訪ねて来たのだろうか。
 その疑問は、次の一言で解消された。

「おまえには内乱罪の嫌疑がかかっている。よって、おまえを王都まで連行する」

 内乱罪?
 私は耳を疑い、即座に敬意とか礼儀をかなぐり捨てて、私の倍くらい体重がありそうな騎士に食ってかかった。

「なに言ってるのよ!こんな田舎で一人暮らししてる地味な女になにができるっていうのよ!内乱罪だなんて、頭おかしいんじゃないの!?」
「おまえの意見など聞いていない」
 面倒くさそうな顔をした騎士の一人が私の腕を掴んで家の外に引きずり出した。

「放しなさいよ!私はなにもしてないわ!」
「それは尋問の場で聞かせてもらう。畏れ多くも将軍が直々に尋問なさるそうだ」
「え?将軍って?」

 まさか、と私は青ざめた。

「サミュエル・ギャラガー将軍だ。おまえのような下賤の女でも名前ぐらいは知っているだろう」

 やっぱり!
 いつかこんな日がくるのではないかと思っていたけど、冤罪をかけられて無理やり連行するだなんて、いくらなんでも酷すぎる!

 私は掴まれた腕を振り払おうと必死で暴れた。

「嫌よ!王都になんて行かない!」
「暴れるな。我々は、おまえが抵抗するなら斬れとの命を受けている。そうしてほしいのか?」

 三人とも重そうな剣を腰に下げている。
 それでなくても、小柄な私を殺すのも押さえつけて動きを封じるのも簡単だろう。

「そうすればいいわ!誰が泣き虫サミーの言いなりになるもんですか!」

 小さい頃によく言われていたあだ名を口にしたら、三人はわかりやすく表情を変えた。

「この女!オルランディア王国を救った英雄に泣き虫などとよく言えたものだ!」
「王都まで連れていくまでもない。不敬罪だ。ここで斬り捨ててくれよう」

 一人が剣を引き抜いた。
 ギラリと光を反射する刃に背筋が凍った。

「まぁ待てよ。そう慌てるな」

 もう一人の騎士が剣を抜いた騎士を押しとどめた。

「どうせ殺すんなら、少しその前に楽しんでもいいじゃないか」

 ニヤニヤと下卑た笑いを顔にはりつけたその騎士は、私の顎を掴んで覗き込んできた。
 なにを楽しむのか、というのは考えるまでもない。
 私はキッと騎士を睨みつけた。

「最低!それでも騎士なの!?」
「戦場ではよくあることだ。おまえみたいな跳ねっ返りを組み敷くのは愉しいものだ」
「ここは戦場じゃないわ!」
「そうだな。だからといって見逃してもらえると思うか?」

 そう言って、さっき私を引きずり出したばかりの家に、今度は私を引きずり込もうとする。
 冗談じゃない!

「嫌!助けて!助けて!アーレン!」

 私がそう叫んだ瞬間。

 さっき剣を抜いた騎士が横に吹き飛んだ。

「わっ!」
「なんだ!」

 私の腕を掴んでいた二人も驚きの声を上げ腰の剣に手を伸ばそうとしたが、その前に殴り倒されてしまった。

 音もなく空から飛来し、瞬く間に三人もの騎士を叩きのめしたのは。

 大きな二対の翼と体を覆う羽毛は、闇夜を切りとったような漆黒。鷲のような形の足。鋭い金色の爪が伸びた手。そして、その上には羽と同じ漆黒の髪をした青年の顔。

 首から下は漆黒の異形だというのに、それすらもその整った顔の秀麗さを際立たせるようだった。
 金色に輝く瞳が私を捉えた。

「ナディア、無事か」

 耳に心地よいバリトンが私の名を呼んだ。

「アーレン!」

 私は駆け寄ってその柔らかな羽毛に顔を埋めた。

「すまない、遅くなった」 

 アーレンは腕だけでなく翼も使って私を抱きしめてくれた。
 そうされるのが私は大好きだということを、アーレンはよく知っている。
 大きな漆黒に包み込まれて安堵の溜息をつくと同時に、涙が滲んだ。

「ひぃっ!ば、化け物!」

 せっかく浸っているところを邪魔するように、聞き苦しい悲鳴が響いた。
 聞き覚えのある声だ。
 私がなにか言うより早く、アーレンが素早く動いて木の陰に隠れていた男を引き倒した。

「待って!」

 アーレンが騎士たちと同じように昏倒させようとしたところを止め、私はつかつかとその男に歩み寄った。

「ベイカー」
「な、ナ、ナディア……」

 アーレンに腹部を踏みつけられて仰向けで地面に転がされたまま、ベイカーは涙目で私を見上げた。

「太っちょベイカー。あんたがアレを案内してきたのね?」

 私は顎をしゃくってぴくりとも動かない騎士三人を示した。

「そうだよ!しかたないだろ!」
「ふーん?私のこと口説いてたくせに、あっさり見捨てたんだ?」
「だって!王都から来た騎士に逆らえるわけないじゃないか!」

 まぁ、それはそうかなと私も思うけど。

「ナディア。この男はきみに手を出そうとしていたのか?」

 アーレンの金色の瞳が剣呑な光を帯び、ベイカーは恐怖に息をのんだ。

「うん、町に行くたびに言い寄られてたのよ。私のことを都合のいい愛人にしたかったみたい。ウザったくて仕方なかったわ」
「ほう……?」

 ベイカーを踏みつけているアーレンの足のかぎ爪が、ぎりっとベイカーの腹に食い込んだ。

「ぎゃあ!痛い!ナディア!こ、これ、なんなんだよ!魔物なのか!?」
「失礼ね!アーレンが魔物なわけないでしょうが!」
「じゃあ、なんだっていうんだ!」

 私は胸を反らし、高々と宣言した。

「決まってるじゃない!アーレンは、私のペットよ!」
「ぺ、ペット?」

 冷や汗をかきながらも唖然とするベイカーを私はせせら笑った。
 いつも高圧的に私に迫っていたくせに、今は地べたに這いつくばっているその姿に私は胸がすっとした。

「そうよ。他になにがあるっていうのよ。アーレンは私が拾ったの。だから私のペットよ」
「そうだ。俺はナディアのペットだ。ペットがご主人様を守るのは当然のことだ」

 アーレンも面白がっている。

「さて、ご主人様。これからどうする?大人しく王都に行くか?」
「そうねぇ、サミーを殴りに王都に行くのも面白そうだけど……それも面倒ね」
「そうだろうな。じゃあ、どこかに逃げるか」
「そうするしかないでしょうね。というわけで、太っちょベイカー」

 私はベイカーに冷笑を向けた。

「私は逃げるわ。浮気者で、嘘つきで、恩知らずで、最低男な泣き虫サミーに伝えて。私は利用されるのは真っ平だってね。英雄だろうが将軍だろうが関係ないわ」
「ナディア……俺は」

 なにか言おうとするベイカーを無視して、私はアーレンに視線を戻した。

「アーレン。コレの身ぐるみ剥いで、枷をつけて」
「お安い御用だ。氷で特製の枷をつくってやろう。あっちの騎士たちも同じにするよ」
「うん、お願いね。私はその間に荷造りするから」

 なにか喚いているベイカーに背を向け、私は急いで家の中に入った。

 持って行くべきものはそう多くはない。
 ありったけの現金と、仕事道具でもある裁縫箱。着替えと、パンとチーズとベーコンと、おばあちゃんの形見のペンダント。
 あとは、アーレンが狩った魔物の魔石。これは嵩張らないし売ればいい値がつくはずだ。
 それらを二つのリュックに詰め込んで、一つは背中に背負い、もう一つはお腹側に抱えた。

 外に出ると、下履き一枚にされた騎士三人とベイカーが、冷たそうな氷の枷をつけられて地面に転がされていた。
 騎士たちはまだ意識が戻っていない。

「荷造り終わったわよ。そっちは?」
「ああ、だいたい終わった。ほら、意外と金目のものがあったぞ。しばらく路銀に困ることはなさそうだ」

 アーレンはニヤリと笑って騎士から奪ったらしい財布を渡した。
 開けてみると、確かにそれなりの金額が入っている。
 他にも、指輪や高価そうな魔法具。これも売ればいい値がつきそうだ。
 
 アーレンは一度家の中に入り、シーツと毛布を手に戻ってきた。

「上空は冷えるからな。これも持って行こう」

 私の肩に毛布をかけ、シーツを風呂敷のようにして騎士が持っていた剣やらブーツなどを器用に包んだ。

「忘れ物はないか?」
「大丈夫よ。この家とも、お別れね……」

 町はずれの、森の中にある一軒家。
 粗末な家ではあるけど、おばあちゃんとの思い出がたくさん詰まった家。
 最近はアーレンとの思い出もある。
 私が去った後は、ただ朽ちるだけだろう。

「そう悲観するな。必ずここにまたきみを連れてくるから。それに、ほら」

 アーレンは家に掌を向けて何かの呪文を呟いた。
 アーレンの掌から私の握りこぶしくらいの光の球が飛び出し、それが薄く大きく一枚の布のように広がって家全体を包み込み、そしてふっと消えた。

「なにをしたの?」
「状態維持の魔法をかけた。これで、この家にはもう誰も触れない。雨風で傷むこともない。この魔法が解除できるのは、俺か、俺以上の魔力を持つものだけだ。そんなのは、オルランディア王国には一人もいないはずだ。だから、次に俺たちがここに戻ってくるまでこの家は安全だ」
「すごい!そんなことができるのね!流石アーレンだわ!」

 私は手をたたいて喜んだ。
 本当に大切なものは持って行くにしても、諦めないといけないもののことを考えると悔しくて仕方がなかったのだ。

「ナディア……どこに逃げるつもりだ」

 恨みがましいベイカーの声。
 私はまたせせら笑った。

「そんなの教えてあげるわけないでしょ!」
「だが……軍に目をつけられて、逃げ場所なんてあるのか」
「あんたの目は相変わらず節穴なのね」

 私はアーレンの漆黒の翼に触れた。

「この翼があれば、山脈を超えた隣の国も、海の向こうにだって一飛びよ!どこにだって逃げられるわ!」

 だからこそ、私は逃げるという決断をしたのだ。

「さよなら、太っちょベイカー。あんたのことは嫌いだったけど、ローズさんは好きだったわ。今までありがとうって伝えておいてね」

 ローズさんというのは、ベイカーのお母さんだ。
 おばあちゃんに恩があるということで、私にもとてもよくしてくれた。

「行きましょう」
「ああ」

 アーレンは私を毛布でぐるぐる巻きにして、逞しい腕で抱え上げた。
 それからシーツの包みを片足のかぎ爪に引っ掛け、二対の翼を大きく広げて音もなく空へと舞い上がった。

 こうして、私とアーレンの逃亡生活?が始まった。
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