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㉑サミュエル視点

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 ジェラルド殿下の口から語られたのは、恐ろしい真実だった。

「そ……それでは……アーレン殿下は、呪いで化け物に姿に変えられたと……」

 なんということだ。やっぱり事故死なんかではなかったのだ。

「アーレン殿下は……王妃様にもよくしてもらったと……それなのに、どうして!」
「母上は、ずっとアーレンを憎んでいたのだそうだ。身分の低い側妃が産んだ子だから、という理由でね。偶然あの呪いのことを知って、それでずっと呪いをかける機会を待っていた。将軍がブリジットと婚約したことで、アーレンがいなくなってもその穴を将軍が埋めてくれると思ったのだろう」

 そんな理由で!?
 オルランディアにとって、どれだけアーレン殿下がかけがえのない存在であるかわからないのか!?

「無理です!アーレン殿下がいなくなった穴なんて、だれにも埋められない!」
「わかっているよ。母上には、それがわからなかったようだけど」

 アーレン殿下……!
 オルランディアのために身を削り魔物と戦い続けた、あの方こそ英雄だというのに。
 命を懸けて守ったものに裏切られ、どんな思いでナディアのもとに向かったのだろう。

「それで……将軍は、どうしたい?」
「どう、とは」
「このままナディアを諦めるかどうかだ」

 諦める?ナディアを?

「諦めたく、ありません」

 ナディアは俺の唯一だ。
 いくらアーレン殿下にでも譲ることはできない。

「ちなみに、王都にこっそり連れてきて、どうするつもりだったの?」
「小さな邸宅を準備してあります。そこに住まわせる予定でした」
「それは、ナディアを愛人として囲うということかな」
「……見かけ上は、そうなるでしょう」
 
 見かけ上もなにも、そうするしかないと思っていた。
 俺とブリジット王女は婚約していて、それが覆ることはないのだから。
 それでも、ナディアに側においておくつもりだった。
 七年も放置しておいて、虫のいい話だったと今は思う。
 ナディアが嫌がるのも当然だ。
 だが、こうなる前までは、ナディアはずっと一人で俺が迎えに来るのを待ってくれていると根拠もないのに信じていた。
 喜んで俺の元に来て、七年前と変わらぬ愛を俺に注いでくれると思っていた。
 ナディアが他の男の手をとり、俺から逃げ出すなんて思ってもいなかった。
 俺の中で、ナディアは俺のことが大好きな、無垢で孤独な少女のまま時が止まっていたのだ。

 俺は捨てられて当然のことをしたというのに、まだその現実を受け止められないでいる。

 ふぅ、と殿下は溜息をついた。

「詰めが甘いね。そんなの、すぐブリジットにバレるに決まっている」
「そうですね……実際、まだ連れてきてもいないのにバレてしまって、この通り逃げられてしまいました」

 俺は苦い思いを噛みしめた。
 もしアーレン殿下がいなかったら、今頃ナディアはボロボロにされていただろう。
 そうなったら、悔やんでも悔やみきれないところだった。

 ブリジット王女を甘く見ていた。
 可愛らしいブリジット王女も、アーレン殿下を憎み虎視眈々と破滅させる機会を狙っていた王妃様の娘なのだ。
 恋敵を惨殺することくらい簡単にやってのけるのだろう。

 貴族とはそういったものだとここ数年の経験でわかっていたはずなのに、ナディアを危険に曝してしまった。
 これは完全に俺の落ち度だ。

「なんで最初に僕に相談してくれなかったの。これほどの加護を付加することができる人なら、僕の名のもとに保護することだってできたのに」
「……アーレン殿下に、言われたのです。ナディアを守りたいなら、このことは誰にも口外するなと」
「その忠告は正しい。だけど、それは祝福に関してのことだよね。将軍の女性関係のことに関してではなかったはずだ」
「……おっしゃる通りです」

 ブリジット王女がナディアを害しようとしたのは、ナディアが祝福を持っているからではない。
 ナディアが俺の婚約者だったからだ。

 アーレン殿下の忠告の意味をはき違えていたわけだ。

「将軍は、ブリジットと婚約している。過去の婚約者について、僕に相談しにくかったのはわかるけど、もう少し考えてほしかったね」

 俺はなにも言い返せず、ただ俯いた。

「……それで、将軍はナディアを諦めたくないんだね」
「……はい」
「彼女を王都に連れてきたとして……愛人として囲う、というのは無理だ。確実に彼女は殺される。わかるね」
「……はい」
「彼女を安全に庇護下におくとしたら、王都から離れた田舎町にでも匿うしかないだろう。そして、将軍は二度と彼女には会ってはいけない」
「…………はい」
「その上で、こちらが指定した加護をつけた刺繍を刺してもらう、というのが理想だけど……それを彼女が了承してくれる可能性は低いだろう」
「……そうでしょうね」
「将軍は彼女の安全を確保したい。僕はアーレンが今どうなっているのかを確かめたい。アーレンと彼女が一緒にいることは、状況からして間違いないだろう。彼女が見つかれば、アーレンも見つかるはずだ。というわけで、彼女を行方不明者として探すことにしよう」
「行方不明者、ですか」
「そう。犯罪者として指名手配なんてしたら、また逃げられてしまうよ。どこかの貴族令嬢が駆け落ちしたということにして、懸賞金までつけたら、身柄を確保した後も危害を加えられる恐れはないだろう」

 なるほど、それならナディアの安全を保ちながら探すことができそうだ。
 俺も最初からそうすればよかったのだろうか。

「とはいっても、確実に見つかるわけでもないし、既に国外に逃げられていたら打つ手はない。見つかる可能性は低いということは覚悟しておいてほしい。それに、仮に見つかったところで、また逃げられる可能性がある。空を飛んで逃げられたら、追うのは不可能だ」
 
 アーレン殿下。
 魔物が溢れる戦場で、声を張り上げ指揮をする姿がまだ瞼に焼きついている。
 土で汚れ返り血にまもれてもなお美しいその姿に士気が鼓舞され、戦線が維持できたことも何度もあった。
 その背中を追いかけ、横に並べるだけの力がほしくて俺は必死で強くなったのだ。
 あの美丈夫が、黒い翼が生えた異形の姿になっているなんて想像もできない。
 
「彼女を探す手筈はこちらで整える。将軍は、この件にこれ以上関わらない方がいい」
「はい……ですが」
「なにか情報を掴んだらこっそり知らせるよ。ナディアのことだけじゃなく、アーレンのことも知りたいだろうしね」
「わかりました……よろしくお願いいたします」

 俺は深々と頭を下げた。

 もしナディアが保護できたとしても、もう二度と会えないのかもしれない。
 そう思うと胸が痛むが、同時にアーレン殿下のことも気になる。
 ナディアにもアーレン殿下にも、叶うことならもう一度会いたい。
 どちらのことも、俺は違う意味で心から愛していたのだ。

 扉がノックされ、外から侍従の声がした。

『ブリジット王女殿下が面会にいらっしゃいました。お通ししてよろしいでしょうか』

 俺がジェラルド殿下に会いに来ていると聞きつけてやってきたのだろう。

「わかっているな。気取られるな」

 俺が強く頷くと、殿下は入室を許可する旨を伝えた。


「サミュエル!」

 ブリジット王女が部屋に飛び込んできたのはその直後だった。
 そのまま真っすぐに俺の胸に飛び込んでくるのはいつものことだ。

「こらこら、ブリジット。ちゃんと入室の挨拶くらいしなさい。おまえももう成人したのだから」
「だって!わたくし、サミュエルと三日も会えなかったのですよ!」

 小言を言うジェラルド殿下に、ブリジット王女は可愛らしく頬を膨らませて言い返した。
 今年十八歳になり、俺と婚約までしたことでブリジット王女も大人の仲間入りをした。
 だが、まだまだ言動は幼さが残る。
 王妃様とジェラルド殿下が甘やかしたせいだ、とアーレン殿下が仰っていた。
 今朝までは、そんなところも可愛らしいと思っていたのだが……

「サミュエル!お兄様とのお話はもう済んだの?」
「はい、ちょうど終わったところですよ」
「よかった!なら、わたくしのサロンへ参りましょう。美味しいお菓子があるのよ」

 美味しいお菓子なんて、とても食べる気分じゃない。
 なにより、虫も殺せなさそうに見えるこの美少女がナディアを害しようとしたのだ。
 そう考えると、笑顔がひきつりそうになった。

「おや、僕は誘ってくれないの?」

 そんな俺からブリジット王女の注意を逸らすようにジェラルド殿下が茶化した。

「お兄様!わたくしとサミュエルの邪魔をしないでくださいませ!」
「ごめんごめん、冗談だよ。可愛い妹がもうすぐお嫁に行くのかと思うと、なんだか寂しくてね」
「もう、嫌だわ。遠くに嫁ぐわけでもありませんのに。いい加減、妹離れしてくださいな」
「それがなかなか難しくてね。ほら、おいで」

 ジェラルド殿下が両腕を広げると、ブリジット王女は当然のようにその中に収まった。

「可愛いブリジット。次は僕もお茶会に招いてくれるかな」
「もちろんですわ。お兄様のお好きなお茶を準備しておきますから」

 いつものように妹を可愛がる兄の顔をしながら、俺には鋭い視線を向けてくる。
 しっかりしろ、と言われているのだ。

「それは楽しみだね。さあ、もう行きなさい。将軍は忙しいのだから、あまり時間をとらせてはいけないよ」
「はぁい。わかっていますわ」

 なんとか気を取り直して、努力をして甘い笑顔を浮かべて手を差し出すと、ブリジット王女の労働を知らない白い手がその上に乗せられた。

「それでは、失礼いたします。お時間をとっていただきありがとうございました」
「失礼いたします、お兄様」

 二人でジェラルド殿下に礼をして場を辞した。
 ブリジット王女が背を向けた瞬間、ジェラルド殿下がすっと真顔になったのが見えた。

 俺もできることなら真顔になりたかったが、そうもいかない。
 ここで怪しまれるようなことをしたら、ブリジット王女がまたなにかよからぬ謀をするかもしれない。
 それだけは避けなければ。

 俺はここ数年で身に着けた表面的な笑顔を顔に張りつけ、本来なら楽しいはずの婚約者と二人だけのお茶会に臨んだ。
 高級な菓子も茶も、全く味が感じられなかった。
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