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㊸アーレン視点

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 ドラゴンが俺に向かって突進してくる。
 巨体の割には小回りが利くようだが、それくらいで俺を捉えることなどできない。
 ナディアの加護のおかげで、俺の俊敏性も反射速度も飛躍的に向上している。
 どれだけ質量があろうと、攻撃が当たらなければどうしようもないのだ。

 俺は水魔法の応用で、体の周りに濃い霧を発生させた。
 ドラゴンは避けられずにそれに体ごと突っ込んで、急に視界が奪われたことに慌てたようだ。
 闇雲に炎を吐き散らしているが俺には掠りもしない。
 霧の範囲を広めながらドラゴン周囲を飛び回り、あまり魔力を消費しない魔法攻撃をいくつも放ち続けた。
 ドラゴンは視覚情報に頼りきりなようで、霧の中では俺の姿を捉えることができない。
 対する俺は気配を察知することができるし、なによりドラゴンの巨体は大きな的でもあるのだ。
 
 苛立ったような咆哮を上げて、ドラゴンは周囲を水平に薙ぎ払うように炎を吐いた。
 いい感じだ。
 思わずにやりと笑いながら放った氷の刃は、ドラゴンの首のあたりにぶつかって砕けた。
 それに対しまた怒りの咆哮が上がり、炎がなにもない空間を貫いた。

 俺が効きもしない魔法攻撃を続けているのは、炎を吐き出させるためだ。
 いくらドラゴンでも、こんなにも強力な炎を無限に吐き続けられるわけがない。
 いつか打ち止めになる時が来るはずで、それを狙ってのことだ。
 あの炎による攻撃さえなくなれば、あとはかなり楽になるだろう。

 だが、さすがにそう上手くはいかなかった。
 ドラゴンが風魔法を使ったのだ。
 ドラゴンを中心に強風が巻き起こり、濃霧を吹き飛ばし始めた。 

 そんなこともできるのか、と驚きはしたが慌てはしない。

 これくらいの風では俺の動きを妨げることはできない。
 霧が完全に消えてしまう前に俺はドラゴンの下側に回り込んだ。
 さっき背中側から攻撃されたからか、ドラゴンの注意は上に向けられている。
 そこに俺は下から急上昇して迫り、鋭く長い爪で喉を切り裂いた。

 血が噴き出ると思ったのだが、吹き出したのは炎だった。
 どうやら、あの辺りに炎をつくりだす器官があったようだ。
 狙ったわけでもないのに、ドラゴンの弱点に攻撃が直撃するという幸運に恵まれたのは、ナディアがつけてくれた幸運の加護によるものなのだろう。

 喉が傷ついたからか咆哮を上げることもできず、ドラゴンは空中でもがきながら傷口から炎を垂れ流している。
 こうなってしまえば、炎が尽きるのも時間の問題だ。

 俺は今度は背中側に周り、上空から大き目の氷の刃を複数撃ちだした。
 ガキンと音をたててほとんどの刃がまた鱗により弾かれたが、そのうちの一つが狙ったところに突き刺さった。
 
 俺が蹴りつけたことで鱗が剥がれた、右の翼の付け根だ。

 鱗の下の肉は魔法耐性がないようで、氷の刃は深々とドラゴンを貫いた。

 苦痛により悲鳴を上げようとしてできなかったのか、喉の傷口から勢いよく炎が噴き出した。
 怒りに燃える深紅の瞳が俺を睨み、突撃してきた。
 右の翼はやや動きが悪くなっているようだが、まだ飛べるらしい。

 だが、もう炎を思うように吐くこともできず、動きも鈍くなったドラゴンの攻撃など怖くない。
 風魔法も強風を起こすくらいのことしかできないようだ。
 魔力の制御というのは、地道に努力と経験を積み重ねてやっとコツを掴めるのだ。
 どれだけ魔力が豊富で素質があっても、ぶっつけ本番で上手くできるようなものではない。 
 ドラゴンも人もそこはきっと同じはずだと予想していたが、思った通りだったようだ。
 
 俺を喰い殺そうと牙を剥き迫るドラゴンをあっさりと躱し、すれ違いざまに左の翼の飛幕を爪でざっくりと切り裂いた。
 両方の翼を負傷したドラゴンは、流石にもう飛んでいられなくなり、炎をまき散らしながら落下していく。
 風魔法で落下速度を緩めようとしているようだが、そんなことはさせない。
 それを上回る風魔法で上から押さえつけ、ついでに全力の蹴りまで加えて固い地面に思い切り叩きつけた。

 ズシンという重い音と同時に砂煙が上がり、遠くから五千人分の歓声が響いた。

 ドラゴンは地に墜ちたが、まだ終わりではない。
 俺が至近距離まで近づいて物理攻撃をしかけないといけないことに変わりはないのだ。
 爪も牙も尾も、十分に脅威になり得る。
 あれが掠りでもしたら、大怪我では済まないだろう。

 砂煙の中から勢いよくドラゴンが飛び出してきた。
 翼ではなく強靭な四肢で垂直に跳び、上空にいた俺に牙を突きたてようと襲い掛かってきたのだ。
 産まれたてのドラゴンにしてはいい攻撃だったと思うが、残念ながら相手が悪すぎる。
 もう炎を吐き出すこともできない口を大きく開きながら迫ってくるなんて、俺からすればそこを魔法で攻撃してほしいといっているようなものだ。

 炎を吐くくらいだから、もしかしたら口の内部も魔法耐性があるかもしれないと思いつつも、遠慮なく氷の刃を撃ちこんでみると、きちんと効果があったようだ。
 バランスを崩したドラゴンは再び地面に体を叩きつけた。
 その口からは、今は炎ではなく大量の血が吐き出されている。
 そして、喉の傷口から漏れ出していた炎がついに止んだ。
 やっと打ち止めになったのだ。

 ドラゴンが立ち上がる前に追撃を仕掛けることにした。
 明らかに弱っているドラゴンに肉迫し、その頭部を横から蹴りつけた。
 俺の祝福とナディアの加護により増強された筋力に加え、上空から急降下する勢いも全てのせた一撃に、ドラゴンの首が妙な方向に曲がった。
 それでも俺を払いのけようと振り回された前脚を掻い潜り、剣くらいの長さの氷の刃を撃ちだすのではなく素手で握って、さっきまで炎が噴き出していた喉の傷口に突き刺した。
 そして、氷を介してドラゴンの体内に魔力を一気に流し込み、そこで氷魔法へと変換させた。
 つまり、ドラゴンの体内で氷魔法を放ったようなものだ。
 魔法耐性があるのは外側の鱗だけだとわかったので、内側から攻撃することにしたのだ。
 こうする方が、外から攻撃を加え続けるよりも簡単だ。
 体を内側から凍らされたら、ドラゴンだってたまったものではないだろう。
 ドラゴンはすぐに動けなくなり、邪魔が入らなくなった俺は集中して巨体の隅々まで魔力を行き渡らせ、全体を凍らせていった。
 目と口と、背中の傷口から俺の魔力でできた氷が鋭い棘のように突き出し、赤黒い鱗の表面に霜がおりて白っぽくなった。
 辺りにはしんとした冷気が漂い、ドラゴンの巨体の芯まで完全に凍りついた。

 俺が氷から手を放しドラゴンから離れると、また歓声が響いた。

 ドラゴンは斃れ、俺は生き残った。
 これで愛する妻の元に帰ることができる。
 五千の兵たちも同じだ。
 全員無事に、家族の元に帰還できるのだ。

 これも全て、ナディアがくれた加護と、俺に祝福を授けてくれた精霊のおかげだ。
 俺はごく自然に黒い大鷲の姿をしていたという精霊に感謝の祈りを捧げた。

『やれやれ、やっと繋がったか』

 突然、頭の中で声が響いたのはその時だった。

『まだ終わりではないぞ』
 
 これが誰の声なのか、俺は本能的に悟った。

「黒い大鷲の精霊……」
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