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㊷アーレン視点

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 東の山脈に俺が到着した二日後の朝。
 その時は唐突に訪れた。

 木の板が割れるような音がして、黒い塊の表面に赤いヒビのような模様が現れたのだ。

「始まるぞ!」

 叫んで注意を促すと、着かず離れずの距離にいた騎士二人が駆け寄ってきた。

「アーレン殿下!」

 赤い模様が広がっていく。
 その様はどこまでもヒビのようで、これはやはり卵だったのかと思った。

「できるだけ離れていろ。これがどのように割れるのかはわからないが、危険なことには変わりない。とにかく、危ないと感じたら全力で逃げろ。なんとしてでも生きのびて、ここで目にしたことを全て記録に残せ。それがおまえたちの役割だ。わかっているな」
「は!」
 
 騎士たちは離れて行ったが、俺はそうするわけにはいかない。

 できれば、出てきてすぐのところを叩いてしまいたいところだが、それよりもどのような相手なのかを見極める方がいいだろう。
 卵の状態で、魔法は全て吸収されてしまっていた。
 もしかしたら、ドラゴンになってもそうなのかもしれない。
 それなら、なにも考えずに魔法を撃ちこむのは悪手だ。
 なんの情報もないのだから、まずは手探りでいくしかない。
 
 赤い模様が卵の表面全体に広がった。
 おそらく、もうすぐだろう。

 念のため氷の刃をいくつか作り出し、いつでも撃ちだせるようにしてからその時を待った。

 卵の上部の殻が弾け飛んだ。
 それを皮切りに、次々と殻が破片となって砕け散っていく。
 内側から強い力が加えられたような、そんな砕け方に見える。

 そして、上部の一割ほどの殻が割れた時、バリンと大きな音をたてて全ての殻が砕け飛んだ。
 俺の方に飛んできた破片は、氷の刃で叩き落としたので無傷だったが、周囲の枯れ木はことごとくなぎ倒されてしまった。
 幸いなことに、騎士たちも無事だったようだ。
 
 卵の中から姿を現したのは、全身を赤黒い鱗で覆われた巨大なドラゴンだった。
 鋭い爪の生えた四肢で立ち上がり、翼を大きく広げて太い尾を振り、空に向かって耳をつんざくような咆哮を上げた。
 それは産声というにはあまりにも禍々しく、聞くだけで恐怖に駆られて精神に異常をきたすような音を孕んでいた。
 実際、かなり離れたところにいるというのに、騎士たちは金縛りになってしまったようだ。
 
 心身を鍛え修羅場もくぐってきたはずの騎士でさえそうなってしまうのだから、本来ならかなり厄介な能力のはずだが、俺に対してはほとんど効果がなかった。
 あまりのうるささに耳を塞ぎたくなったくらいだ。
 これは、俺自身の祝福に加えて、ナディアがくれた加護のおかげだ。

 ナディア。早速俺を守ってくれたんだな。

 俺は氷の刃を再び作り出し、ドラゴンの胴体あたりに向けて撃ちこんでみた。
 普通の魔物なら頭蓋骨を貫くほどの威力がある刃なのに、ドラゴンの鱗には傷一つつけることができず、あっさりと弾かれてしまった。
 ただ、弾かれたということは、吸収はされなかったわけだ。
 もっと強い魔法ならダメージを与えられるに違いない。

 ドラゴンの深紅の瞳が俺に向けられた。
 瞳だけでも俺の頭と同じくらいの大きさがある。
 俺のことは煩わしい羽虫くらいに見えていることだろう。
 
「来い!おまえの相手は俺だ!」

 俺は殺気と新たに作り出した氷の刃を放ちながら、翼を広げて空へと舞い上がった。 
 ドラゴンは俺に向かって鋭い牙がずらりと並んだ口を開き、そこから炎を吐き出した。
 もちろん、こういう攻撃も予想済みだ。
 急旋回して避けると、一秒前まで俺がいた空間を炎の柱が貫いた。
 離れた場所からも肌に伝わってくる熱で、恐ろしく高温の炎だったことがわかる。
 直撃すれば、今の俺でも瞬時に消し炭と化すだろう。

 炎による攻撃が躱され、ドラゴンは怒りの咆哮をあげながら羽ばたいて俺を追ってきた。
 俺はドラゴンを山から引き離し、麓に広がる平地の上空へと向かった。
 もちろんサミュエルたちが陣を構えている場所からは、それなりに離れた場所だ。
 ここならどれだけ炎を吐かれても山火事になることはないし、サミュエルたちからもよく見えるから、俺が殺されたら即座に弩と投石器で攻撃開始することができる。
 近隣には人の住む集落もなにもないので好都合なのだ。
 
 ドラゴンはそんな俺の思惑などわかっていないのだろうが、たまに炎を吐き出しながら俺をひたすらに追ってくる。
 俺は悉く炎を躱しながら、たまに魔法で攻撃をしてドラゴンの注意がサミュエルたちに向かないようにした。

 そして、平地の中央くらいに差し掛かった時、俺は翼と風魔法を駆使してさらに上空へと舞い上がった。
 ドラゴンの死角にあたる背中側に素早く回り込み、全力で右の翼の付け根のあたりを蹴りつけた。
 固い鱗がいくつか剥がれ、僅かではあるが血が飛び散った。

 凄まじい咆哮がまた空気を震わせる。
 だが、そこには先ほどまでとは違う音が混ざっていた。
 これは怒りや威嚇のための咆哮ではなく、苦痛の悲鳴なのだ。

 初めて攻撃が通ったわけだが、俺は思わず奥歯を噛みしめた。
 一番効果的にダメージを与えられるのが、俺自身による物理攻撃だということがはっきりしたからだ。

 ここに来るまでに、氷以外の属性の魔法や、かなり魔力を多くつぎこんだ高威力の攻撃魔法を叩き込んだのだが、どれも思ったほど効果がなかった。

 俺の祝福はドラゴンを斃すために精霊に授けられたものらしいので、ドラゴンの鱗でも俺の物理攻撃を防ぐことができないのだろう。
 どれだけドラゴンが強くても、精霊というはるかに上位の存在には敵わないのだ。

 魔法があまり効かないのは面倒だが、そうとわかれば後は徹底的に殴るだけのことだ。
 それに、魔法は攻撃するだけでなく、目くらましとして使う方法もたくさんある。
 このあたりは、積み重ねた実戦経験がものを言う。
 孵化したばかりのデカいトカゲなんぞに俺が負けるはずがないのだ。 
 
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