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番外編 ユージィン

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 私がオルランディアというところに一緒に行くと言うと、ユージィンはとても嬉しそうに笑い、小さな友達も嬉しそうに私たちの周りを飛び回った。

「ありがとう、カンナ!絶対に後悔させないからね!と、その前に。いくつかやっておいかないといけないことがある」

 なにをするのだろう?と私が首を傾げると、

「あの魔物の魔石を取り出さないと。間違いなく高値で売れるよ。牙なんかもいけそうだけど……それはやめとこうかな。あと、鱗。これだけきれいなら、装飾用に加工できるよ。嵩張らないしお土産にちょうどいい。母さんと、エレーナと、ロジーナおばさんと、あとは……うん、多めに持って帰ろう。というわけで、ちょっと待ってて」

 ユージィンは布袋から焼き菓子を取り出して私に手渡し、森の中に入っていった。
 バターのいい香りがする焼き菓子はとても美味しくて、少しずつ齧っていると翼のある姿でユージィンが戻ってきた。

「この姿に戻るときに服を着たままだと、服が破れちゃうんだよ」

 ユージィンは手早く服を畳んで布袋の中に入れ、それからオロチの解体を始めた。
 慣れた手つきで胴体を大きく切り裂いて魔石を取り出し、鱗を剥いで、湖の水できれいに洗って、最後に首と胴体を切り離した。
 大変な作業のはずなのに、ユージィンは鼻歌を歌いながらあっさりと終わらせてしまった。

「さて、これで準備完了。というわけで、カンナ」
「は、はい」
「僕は神様になろうと思う」

 神様になる?
 神様じゃないって、さっき自分で言ってなかった?

 また首を傾げた私に、ユージィンは説明してくれた。

「このままだと二十年後にまたここで女の子が縛られて放置されることになる。それは可哀想でしょ。だから、神様だって信じられてるこの魔物はもういないってことを、きみの故郷に知らせないといけない」
 
 それはそうだ、と私は頷いた。
 
「具体的になにをするかと言うと、そこの大蛇の首を持ってきみの故郷に行って、『僕が新しい神様で、花嫁は今後不要』って宣言する。という作戦なんだけど、どう思う?」

 この姿のユージィンが『自分は神様だ!』と言ったら、村の人たちは一発で信じるだろう。

「いいと思うわ!でも……」

 私は巨大なオロチの首に視線を向けた。

「あんなの、どうやって持って行くの?」
「大丈夫だよ。僕なら簡単に運べるから。それより、もっと大きな問題がある」
「大きな問題って?」
「きみのことだよ、カンナ」

 ユージィンは私の前で両腕を軽く広げて見せた。

「きみは僕と一緒にオルランディアに行くって言ってくれたけど、どうやって行くのかわかってる?」
「それは……飛んで行くのではないの?」
「そう、それで正解。つまりね、きみは僕に抱えられて空を飛ぶってことだよ」
 
 ユージィンに抱えられて……?
 
 私はほとんど人と触れ合ったことがない。
 誰も私に触ろうとしなかったし、私が伸ばした手は払いのけられてしまうからだ。
 だから、抱えらえるというのが想像できない。

「ほら、触ってみて」

 目の前に差し出されたのは、大きな翼。
 こんなにきれいな黒を、私は見たことがない。

「この翼はね、とても強い精霊から授けられたものだ。きみを三人くらい抱えて一日中飛んでたって疲れないよ」

 そっと触れてみると思った通り滑らかで、とても気持ちがいい。

「翼だけじゃなくて、体も普通の人より強いんだよ。特に、この姿になってる時はね。ほら、こっちも触って」

 ユージィンは私の手をとり、胸のあたりの羽毛を触らせてくれた。
 こっちは翼と違ってふわふわと柔らかく、思わず顔がほころんだ。

「どう?僕に触れるの怖くない?」
「怖くない……ユージィンって、きれいなだけじゃなくて、気持ちいいのね」
「そう思う?じゃあ、これならどうかな?」
「え?……きゃあ!」

 急に景色が変わって、私は悲鳴を上げた。
 ユージィンが軽々と私を横抱きに抱え上げたのだ。
 私より頭一つ分以上も背が高いユージィンに抱えられ、私の視界も高くなった。

「大丈夫?怖くない?」

 すごく近くで声がする。
 私はなんだか恥ずかしくて、ユージィンの顔を見ることができない。
 抱えられるってこういうことなんだ、とやっと理解できた。

「怖くない……驚いただけ」

 怖くはない。
 ただ、胸がドキドキして落ち着かない。

「それならいいかな。このまま飛んでみるね」

 私の返事を待たず、ユージィンは翼を広げてそのまま空へと舞い上がった。

「きゃあああああ!」

 思わずユージィンの首に腕を回してしがみついた私に、優しい声が囁いた。

「怖がらないで。落としたりしないから」

『大丈夫だよ』
『怖くないよ』
『カンナ一緒に飛べるよ』
『カンナ一緒に飛ぼうよ』

「妖精もついてきてくれてる。見てごらん」
 
 そっと目を開くと、いつも側にいてくれる小さな友達がいるのが見えた。
 全身に強い風があたっていて、不思議な感覚。
 周りを見ると、緑色のものが下にたくさんあるのが見えた。

 あれは……さっきまで私がいた、森だ。

「すごい……」

 空が近い。肌を撫でる風の匂いが違う。
 いつも遠くに見ていた山々が、ぐんぐんと近づいてくる。
 それだけの速度で飛んでいるのだということはわかるけど、全く恐怖は感じない。

 だって、私を抱えているユージィンの腕は揺ぎなく、温かく、触れるととても気持ちいい。

「大丈夫?」

 穏やかな金色の瞳が私を覗き込んだ。

 ユージィンなら大丈夫だ。
 小さい友達もそう言っているのだから。

「うん……ユージィンと一緒なら、もうなにも怖くない」
「……よかった」

 ユージィンは嬉しそうに笑うと、私の額に頬ずりをした。
 それが猫が甘える時の仕草のようで可愛くて、私のことを大切にしてくれているのが感じられて、胸がいっぱいで涙が滲んで、またぎゅっとしがみついた。


 この人を信じよう。
 この人についていこう。
 きっと幸せになれるから……

 ユージィンは翼の角度を変え、大きく弧を描いて旋回した。

「それじゃ、そろそろ行こうか。僕は山の神様。そして、カンナは僕の花嫁だ」
「え?花嫁?」
「そう。きみは神様である僕の花嫁になるんだ!きみに石を投げた連中に、きみがどれだけ尊い存在なのかを見せつけてやろうじゃないか」

 ユージィンは面白い悪戯を見つけた男の子のように笑い、オロチがいた湖に向かって高度を下げていった。
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