孤独なお針子が拾ったのは最強のペットでした

鈴木かなえ

文字の大きさ
57 / 61
番外編 サミュエル

しおりを挟む
 ナディアからもらったハンカチをポケットに入れて持ち歩くようになってから二か月ほど経ったある日。

 俺は精鋭部隊を率いて王都の外れにある古い一軒家を包囲していた。
 
 騎士団は以前から違法薬物や盗品が出品されるという闇オークションの捜査を行っていた。
 そしてついにそれが開催される場所と日時をつきとめ、こうして摘発に乗り出したのだ。
 
 部下たちが一軒家になだれこんでいく。
 中には悪徳貴族も含む多くの人々がいるはずだが、完全に包囲されている敷地内から逃げるのは不可能だ。
 犯罪組織も、それを助長する輩も、一気に叩ける絶好の機会だ。
 もう真夜中ながら、俺も部下たちもやる気に満ちていた。

「制圧が完了しました!中のものたちは全員捕縛してあります」

「よし。よくやった。俺も中に入る」

 古い一軒家ではあるが、元は貴族の邸宅だったとのことで、かなりの広さがある。
 その廊下や玄関ホールに、手枷についた鎖で数珠繋ぎにされた逮捕者が並べられている。
 身形のいい逮捕者のなかに口枷までつけられているものがいるのは、往生際悪く喚き散らしたものだろう。
 目元を覆う仮面で顔を隠しているが、そのうちの一人は某侯爵家の次男のようだ。
 気乗りがしないまま参加した夜会で、尊大な態度ながら媚びを売ってきたので印象に残っていたのだ。
 なんとなく嫌な感じだったのでこちらから接触することはなかったのだが、こんなところに出入りしていたのか。
 父である侯爵は真面目な文官なのに、どうやらその資質は次男には遺伝しなかったようだ。 
 なんとも残念なことである。

 優秀な部下たちの働きにより、闇オークションを運営していた組織はあっさりと全員捕縛された。
 もちろん、参加者たちも同様だ。
 今夜参加しておらず難を逃れたヤツらも、押収した書類や帳簿などから明らかになるだろう。

 真夜中の捕物劇は部下たちの尽力により大成功に終わった。

 これからしばらく忙しい日々が続くであろうが、久々に清々しい気分を味わうことができた。
 だが、それに浸る前に、部下の一人が俺を呼びに来た。

「将軍!こちらにお願いします!」

 部下に先導されて向かった部屋は、どうやらオークションに出品される商品がまとめて保管されている部屋だったようだ。
 元平民の俺にはなにがいいのかわからない美術品や、こんなのつけたら肩がこるのではないかと無駄な心配をしてしまうくらい重そうな宝石がついた首飾りなど、値が張りそうなものがたくさん並んでいる。
 だが、部下が俺に見せたかったのはそれではないことは部屋に入ってすぐにわかった。

 部屋の片隅に、騎士団が持ってきたのとは違う手枷をつけられた人々が蹲っていたのだ。

「オークションに商品として出品される予定だったそうです」

「なんと……人身売買まで行っていたのか」

 俺は思わず顔を顰めた。
 
「手枷の鍵がみつかりました!」

「よし。外してやれ」

 どこかから鍵を見つけてた部下が手枷を手早く外した。

 ぱっと見たところ、怪我をしている人はいないし、健康状態もそう悪くはなさそうだ。
 弱らせたら商品としての価値が下がってしまうのだから、当たり前か。

 人数は、ちょうど十人。
 いや、十一人だ。
 最後の一人は、小さな子供だったので見えなかったのだ。
 可哀想に、怖かったことだろう。

 淡い色の金髪をした男の子は、五歳くらいだろうか。
 母親らしい同じ色の髪の女性にしがみついている。
 
 女性は薄汚れたドレスを着ているが、背筋がしゃんと伸びていて姿勢がいい。
 女性が顔を上げて俺を正面から見た。

 その瞳を見て、俺はどきりと心臓が跳ねるのを感じた。

 乱れた金髪の間から覗いていたのは、懐かしい誰かを思わせる菫色の瞳だったのだ。

「皆さんは、騎士団本部で保護します。
 そこで医師の診察を受けた後、個別に証言をしていただくことになります」

 思わずその女性に歩み寄りかけたが、バーナードの事務的な声ではっと正気に戻った。

 ぞろぞろと出ていく人々を見送り、俺は気持ちを切り替えて仕事に集中した。




「例の女性と子供。まだ行先が決まらないそうです」

 バーナードがそんな報告をしてきたのは、闇オークション摘発から五日後のことだった。
 保護された人々は、それぞれに家族や頼れる縁者の元に引き取られていったのだが、あの母子だけは引き取り先がなく、まだ騎士団本部に留まっているらしい。

「そうか……気の毒なことだ」

 脳裏に菫色がよぎる。
 俺にとっては、思い出すたびに後悔で胸が焼かれる色だ。

「はい、これがあの母子の供述調書です」

「……なぜ、これを俺に渡す」

「だって、気になっているんでしょう?」

 なんでもお見通しといった顔のバーナードにイラっとしたが、言い返したところで口で敵うわけがないので黙って差し出された書類を受け取った。

 目を通して、なかなかに酷い内容に顔を顰めた。

 女性の名はサリナ・トバイアス。二十七歳。
 一緒にいた息子はリアム・トバイアス。六歳。
 サリナの夫であるトバイアス子爵家の三男は、ギャンブルに溺れて借金で首が回らなくなり、妻と息子を売り飛ばした。
 しかも、あの夜の逮捕者の中にこの夫もいたというのだから、なお質が悪い。
 オークションの客席から、妻子に値がつけられ売られていくのを眺めるつもりだったようだ。
 悪趣味極まりない。

「会いに行ってはいかがです?」

「俺が会ったところで、どうにもならないだろう」

「そんなことはありませんよ。なんだったら、身元引受人になったらいかがですか。
 将軍なら、なにも問題ないでしょう」

「なにを言っている。問題しかないじゃないか」

「なにも結婚しろなんて言ってるわけじゃありませんよ。
 将軍の邸で住み込みのメイドとして雇ってあげたらどうか、と提案しているのです」

 将軍になり伯爵位を賜った俺は、一応それらしい邸を構えている。
 ただ、俺は家族がいないので、使用人は必要最低限しか雇っていない。
 それで十分ではあるのだが、追加でメイドを一人雇ったところで困ることはない。

「このままずっと騎士団本部にいてもらうわけにもいきません。
 引き取り先もなく放り出されたら、あの母親は娼婦にでもなるしかないでしょうね」

 流石にそれは気の毒すぎる。

「……わかった。一度、話をしてみようか」

 バーナードに上手く誘導された感はあるが、俺は母子に会ってみることにした。



 母子がいるという居室に顔を出すと、母親は慌てて礼をとった。

「サリナ・トバイアスと申します。ギャラガー将軍でいらっしゃいますね」

「ああ、そうだが、畏まる必要はない。楽にしてくれ」

 恐る恐るといった様子で顔を上げた女性に、男の子がまたしがみついている。
 リアムという名の男の子は、俺に好奇心と怯えが入り混ざった瞳を向けてきた。

「行先がないと聞いたのだが」

「はい、お恥ずかしながら、その通りです……実家はもうありませんし、婚家からも絶縁されてしまいましたので」

 三男が身を持ち崩したのは嫁のせいだとして、縁を切られたのだそうだ。
 なんとも酷い話である。
 子連れで住み込みできる働き先など、簡単には見つからないだろうに。

 サリナは憔悴してはいるが、背筋を伸ばして俺を正面から見ている。

 その菫色の瞳に、俺はやはり放ってはおけないという気持ちになってしまった。

 バーナードの言った通りになるのは癪ではあるが、しかたがない。

「だいたいのことは、調書を読んだからわかっている。
 それで、その……もしよければ、俺の邸で、メイドとして働かないか。
 もちろん住み込みで、その子も連れて来て構わないから」

 サリナは目を瞠った。

「将軍のお邸で?」

「ああ。俺の邸は、使用人が少なくてな。メイドの一人くらい増えても問題ない」

「ですが、わたくしのようなものを雇ってよろしいのですか?」

「今いる使用人は、全員退役軍人だ。
 細かいことを気にするようなやつはいないから、大丈夫だ。
 というか、きみたちは完全に被害者ではないか。
 ”ようなもの”などと卑下する必要はない」

「……はい……ありがとうございます……」

 サリナは泣きそうに顔を歪めて顔を伏せた。

「それで、どうする?考える時間が必要なら、また後ででも」

「いいえ、時間は必要ございません。
 どうか、わたくしを雇ってくださいませ。よろしくお願いいたします」

 サリナは息子と一緒に頭を下げた。

 こうして、母子は俺が引き取って面倒を見ることになった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

ワケあってこっそり歩いていた王宮で愛妾にされました。

しゃーりん
恋愛
ルーチェは夫を亡くして実家に戻り、気持ち的に肩身の狭い思いをしていた。 そこに、王宮から仕事を依頼したいと言われ、実家から出られるのであればと安易に引き受けてしまった。 王宮を訪れたルーチェに指示された仕事とは、第二王子殿下の閨教育だった。 断りきれず、ルーチェは一度限りという条件で了承することになった。 閨教育の夜、第二王子殿下のもとへ向かう途中のルーチェを連れ去ったのは王太子殿下で…… ルーチェを逃がさないように愛妾にした王太子殿下のお話です。

『完結・R18』公爵様は異世界転移したモブ顔の私を溺愛しているそうですが、私はそれになかなか気付きませんでした。

カヨワイさつき
恋愛
「えっ?ない?!」 なんで?! 家に帰ると出し忘れたゴミのように、ビニール袋がポツンとあるだけだった。 自分の誕生日=中学生卒業後の日、母親に捨てられた私は生活の為、年齢を偽りバイトを掛け持ちしていたが……気づいたら見知らぬ場所に。 黒は尊く神に愛された色、白は"色なし"と呼ばれ忌み嫌われる色。 しかも小柄で黒髪に黒目、さらに女性である私は、皆から狙われる存在。 10人に1人いるかないかの貴重な女性。 小柄で黒い色はこの世界では、凄くモテるそうだ。 それに対して、銀色の髪に水色の目、王子様カラーなのにこの世界では忌み嫌われる色。 独特な美醜。 やたらとモテるモブ顔の私、それに気づかない私とイケメンなのに忌み嫌われている、不器用な公爵様との恋物語。 じれったい恋物語。 登場人物、割と少なめ(作者比)

冷酷な王の過剰な純愛

魚谷
恋愛
ハイメイン王国の若き王、ジクムントを想いつつも、 離れた場所で生活をしている貴族の令嬢・マリア。 マリアはかつてジクムントの王子時代に仕えていたのだった。 そこへ王都から使者がやってくる。 使者はマリアに、再びジクムントの傍に仕えて欲しいと告げる。 王であるジクムントの心を癒やすことができるのはマリアしかいないのだと。 マリアは周囲からの薦めもあって、王都へ旅立つ。 ・エブリスタでも掲載中です ・18禁シーンについては「※」をつけます ・作家になろう、エブリスタで連載しております

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

ぼっち異世界生活が嫌なので、人型ゴーレムを作ったら過度に執着されて困っています!

寺原しんまる
恋愛
「魔力が無いのに「魔女」と名乗るルーチェとマスター命の人型ゴーレムのお話」 星花は中学の入学式に向かう途中で交通事故に遭う。車が身体に当たったはずが、無傷で富士山の樹海のような場所に横たわっていた。そこが異世界だと理解した星花は、ジオンという魔法使いに拾われてルーチェと名付けられる。ルーチェが18歳になった時にジオンが他界。一人が寂しく不安になり、ルーチェは禁断の魔術で人型ゴーレムを作成してしまう。初めは無垢な状態のゴーレムだったが、スポンジのように知識を吸収し、あっという間に成人男性と同じ一般的な知識を手に入れた。ゴーレムの燃料はマスターの体液。最初は血を与えていたが、ルーチェが貧血になった為に代わりにキスで体液を与え出す。キスだと燃料としては薄いので常にキスをしないといけない。もっと濃厚な燃料を望むゴーレムは、燃料の受け取り方を次第にエスカレートさせていき、ルーチェに対する異常な執着をみせるのだった。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

乙女ゲームの世界に転移したら、推しではない王子に溺愛されています

砂月美乃
恋愛
繭(まゆ)、26歳。気がついたら、乙女ゲームのヒロイン、フェリシア(17歳)になっていた。そして横には、超絶イケメン王子のリュシアンが……。推しでもないリュシアンに、ひょんなことからベタベタにに溺愛されまくることになるお話です。 「ヒミツの恋愛遊戯」シリーズその①、リュシアン編です。 ムーンライトノベルズさんにも投稿しています。

処理中です...