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① お試しの結婚だからこそ
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私は意を決して大きな扉をコンコンと叩き、返事を待たずにするりと中に入りこんだ。
「クレイグか? なにかあったのか」
暗い室内から響く低い声には、昼間に聞いた時と同じ張りがある。
寝ようと寝台に入ったが、まだ眠りに落ちてはいないというところだったのだろう。
私としては好都合。
「クレイグ?」
「私です。クレイグではございません」
そう声をかけると、寝台の上の人物がガバッと跳ね起きる気配がした。
ここはホールデン王国の南端、アボットを治めるマクドゥーガル辺境伯家の屋敷の主寝室だ。
そして、寝台の上にいるのは、ダスティン・マクドゥーガル辺境伯様。
昨日結婚したばかりの、私の旦那様だ。
辺境伯様が寝台の脇のテーブルに置かれていた魔法ランプに灯りを灯すのと同時に、私は羽織っていたガウンを床に落とし、薄い夜着一枚の姿になった。
「な……エメライン嬢⁉ ここでなにをしている⁉」
「それは愚問というものですわ」
この状況で、他になにがあるというのか。
ふふふ、と笑いながら寝台に乗り上げる私を、辺境伯様は化け物を見るような目で見ている。
「ま、待ってくれ!
これはお試しの結婚だと、きみが言ったのではないか!
こんなことをする必要はない!」
「そうです。お試しの結婚です。
だからこそ、閨も試してみなくては」
「なぜそうなる⁉ 俺はそんなつもりで引き受けたのではない!」
「では、白い結婚を望まれると?」
「当然ではないか! きみは若く美しい。
きみならきっと、俺と別れたらすぐに良縁に恵まれるだろう」
「まあ! 私のことを美しいと思ってくださっているのですね!
それなら、なおのこと。どうぞ遠慮なく抱いてくださいませ」
「だから、なぜそうなるのだ!」
「だって、考えてもみてください。
もし私たちの結婚が白いままだとあの王太子殿下に知られたら、私はまた別の殿方に無理矢理嫁がされるかもしれませんわ。
私たちへの嫌がらせのために、御璽まで持ち出すような考えなしですもの。
そういうこともあり得ると思いませんか?」
辺境伯様は凛々しい眉を寄せて、口をつぐんだ。
きっと同意してくれているのだろう。
「と、いうのは建前です。
本当は……ただ単純に、辺境伯様に抱いてほしいのです。
だって私……ずっと前から、辺境伯様をお慕いしておりましたから」
「俺を慕って……? きみのような、王都育ちの令嬢が? 嘘だろう?」
本心から言っているのに、全く信じてくれない。
だが、そんなことも想定内。
ここまできて引き下がるつもりはない。
「嘘など申しておりません」
「だが……きみは俺のことをなにも知らないだろう。
それに、俺はこんな容姿だ。令嬢に好かれるはずがない」
「辺境伯様は、王太子殿下に貶められた私を守ろうとしてくださったではありませんか。
今までそんなことをしてくださる人はだれもいませんでした。
それだけでも、お慕いする理由には十分ですわ」
辺境伯様がまた眉を寄せた。
私が日常的に貶められていた、というのがわかったからだろう。
やっぱり優しい方だ。
「それから、辺境伯様の容姿ですけれど、私はとても素敵だと思います」
「はぁ⁉ そんなはずない!」
「私の好みが、王都の一般的な令嬢から外れているのは自覚しております。
私は、辺境伯様のような逞しい方が好きなのです」
基本的に、王都では細身できれいな顔をした優男がモテる。
それこそ、あの王太子殿下のような。
「だが、俺の肌はこんなだし、顔だけでなく体にも傷跡があるんだぞ」
辺境伯様のお母様は、南方の国出身の異国人だった。
だから、辺境伯様はこの国では珍しい褐色の肌をしているのだ。
「肌の色など気になりません。
むしろ、精悍で好ましいと思います。
お顔の傷も、先の戦役の時に負われたものなのでしょう?
名誉の傷ではありませんか。
辺境伯様のなにもかもが、私の好みにぴったりなのです」
私は辺境伯様のこめかみから左頬にかけてはしる傷跡にそっと指先で触れた。
こんな傷が、きっと服で隠れているところにもあるのだろう。
国を、人々の生活を守るために勇敢に戦って、その際にできた傷なのだ。
武人の勲章のようなものではないか。
辺境伯様は王都の令嬢にはモテないのだろうが、普通の令嬢ではない私には垂涎もののいい男だ。
触れたくて触れてほしくて、昨日からずっとうずうずしていた。
「本気で言っているのか……?」
「どこまでも本気です。
ここまで言葉を尽くしても信じられないとおっしゃるのなら、行動で証明いたしましょう」
「どうやって……って、待て! やめろ!」
私は辺境伯様ににじり寄ると、その体を包む夜着のボタンを素早く外した。
逞しい胸板が露わになり、私はほぅっと溜息をついた。
ああ、ほしい。この男がほしくてしかたがない。
辺境伯様も、口ではやめろと言いながらも私の手を払いのけたりはしない。
褐色の頬は僅かに赤くなり、喉ぼとけがゆっくりと上下するのが見えた。
そして、辺境伯様の榛色の瞳が食い入るように見つめているのは……私の胸元だ。
いける。もう一息だ。
私は心の中でほくそ笑んだ。
辺境伯様の夜着のボタンを全て外し、前を完全に開けさせたところで、鎖骨のあたりに頬をくっつけて縋りついた。
温かな体温と、早鐘のような鼓動と、雌としての私の本能を呼び起こすようないい香り。
ああ、堪らない……
首筋にちゅっとキスをして、私の胸を堅い胸筋に押しつけた。
「お願いです、辺境伯様……私を、抱いてください……」
ゴクリ、と生唾を飲みこむ音が聞こえた。
鋼のような筋肉が盛り上がった腕が、躊躇いがちに私の体にまわされ、そっと抱きしめられた。
「ほ……本当に、いいんだな……?」
「はい……今夜、私を妻にしてください」
直後、私の口は噛みつくような口づけで塞がれた。
「クレイグか? なにかあったのか」
暗い室内から響く低い声には、昼間に聞いた時と同じ張りがある。
寝ようと寝台に入ったが、まだ眠りに落ちてはいないというところだったのだろう。
私としては好都合。
「クレイグ?」
「私です。クレイグではございません」
そう声をかけると、寝台の上の人物がガバッと跳ね起きる気配がした。
ここはホールデン王国の南端、アボットを治めるマクドゥーガル辺境伯家の屋敷の主寝室だ。
そして、寝台の上にいるのは、ダスティン・マクドゥーガル辺境伯様。
昨日結婚したばかりの、私の旦那様だ。
辺境伯様が寝台の脇のテーブルに置かれていた魔法ランプに灯りを灯すのと同時に、私は羽織っていたガウンを床に落とし、薄い夜着一枚の姿になった。
「な……エメライン嬢⁉ ここでなにをしている⁉」
「それは愚問というものですわ」
この状況で、他になにがあるというのか。
ふふふ、と笑いながら寝台に乗り上げる私を、辺境伯様は化け物を見るような目で見ている。
「ま、待ってくれ!
これはお試しの結婚だと、きみが言ったのではないか!
こんなことをする必要はない!」
「そうです。お試しの結婚です。
だからこそ、閨も試してみなくては」
「なぜそうなる⁉ 俺はそんなつもりで引き受けたのではない!」
「では、白い結婚を望まれると?」
「当然ではないか! きみは若く美しい。
きみならきっと、俺と別れたらすぐに良縁に恵まれるだろう」
「まあ! 私のことを美しいと思ってくださっているのですね!
それなら、なおのこと。どうぞ遠慮なく抱いてくださいませ」
「だから、なぜそうなるのだ!」
「だって、考えてもみてください。
もし私たちの結婚が白いままだとあの王太子殿下に知られたら、私はまた別の殿方に無理矢理嫁がされるかもしれませんわ。
私たちへの嫌がらせのために、御璽まで持ち出すような考えなしですもの。
そういうこともあり得ると思いませんか?」
辺境伯様は凛々しい眉を寄せて、口をつぐんだ。
きっと同意してくれているのだろう。
「と、いうのは建前です。
本当は……ただ単純に、辺境伯様に抱いてほしいのです。
だって私……ずっと前から、辺境伯様をお慕いしておりましたから」
「俺を慕って……? きみのような、王都育ちの令嬢が? 嘘だろう?」
本心から言っているのに、全く信じてくれない。
だが、そんなことも想定内。
ここまできて引き下がるつもりはない。
「嘘など申しておりません」
「だが……きみは俺のことをなにも知らないだろう。
それに、俺はこんな容姿だ。令嬢に好かれるはずがない」
「辺境伯様は、王太子殿下に貶められた私を守ろうとしてくださったではありませんか。
今までそんなことをしてくださる人はだれもいませんでした。
それだけでも、お慕いする理由には十分ですわ」
辺境伯様がまた眉を寄せた。
私が日常的に貶められていた、というのがわかったからだろう。
やっぱり優しい方だ。
「それから、辺境伯様の容姿ですけれど、私はとても素敵だと思います」
「はぁ⁉ そんなはずない!」
「私の好みが、王都の一般的な令嬢から外れているのは自覚しております。
私は、辺境伯様のような逞しい方が好きなのです」
基本的に、王都では細身できれいな顔をした優男がモテる。
それこそ、あの王太子殿下のような。
「だが、俺の肌はこんなだし、顔だけでなく体にも傷跡があるんだぞ」
辺境伯様のお母様は、南方の国出身の異国人だった。
だから、辺境伯様はこの国では珍しい褐色の肌をしているのだ。
「肌の色など気になりません。
むしろ、精悍で好ましいと思います。
お顔の傷も、先の戦役の時に負われたものなのでしょう?
名誉の傷ではありませんか。
辺境伯様のなにもかもが、私の好みにぴったりなのです」
私は辺境伯様のこめかみから左頬にかけてはしる傷跡にそっと指先で触れた。
こんな傷が、きっと服で隠れているところにもあるのだろう。
国を、人々の生活を守るために勇敢に戦って、その際にできた傷なのだ。
武人の勲章のようなものではないか。
辺境伯様は王都の令嬢にはモテないのだろうが、普通の令嬢ではない私には垂涎もののいい男だ。
触れたくて触れてほしくて、昨日からずっとうずうずしていた。
「本気で言っているのか……?」
「どこまでも本気です。
ここまで言葉を尽くしても信じられないとおっしゃるのなら、行動で証明いたしましょう」
「どうやって……って、待て! やめろ!」
私は辺境伯様ににじり寄ると、その体を包む夜着のボタンを素早く外した。
逞しい胸板が露わになり、私はほぅっと溜息をついた。
ああ、ほしい。この男がほしくてしかたがない。
辺境伯様も、口ではやめろと言いながらも私の手を払いのけたりはしない。
褐色の頬は僅かに赤くなり、喉ぼとけがゆっくりと上下するのが見えた。
そして、辺境伯様の榛色の瞳が食い入るように見つめているのは……私の胸元だ。
いける。もう一息だ。
私は心の中でほくそ笑んだ。
辺境伯様の夜着のボタンを全て外し、前を完全に開けさせたところで、鎖骨のあたりに頬をくっつけて縋りついた。
温かな体温と、早鐘のような鼓動と、雌としての私の本能を呼び起こすようないい香り。
ああ、堪らない……
首筋にちゅっとキスをして、私の胸を堅い胸筋に押しつけた。
「お願いです、辺境伯様……私を、抱いてください……」
ゴクリ、と生唾を飲みこむ音が聞こえた。
鋼のような筋肉が盛り上がった腕が、躊躇いがちに私の体にまわされ、そっと抱きしめられた。
「ほ……本当に、いいんだな……?」
「はい……今夜、私を妻にしてください」
直後、私の口は噛みつくような口づけで塞がれた。
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