箱入り娘とのキワドイ生活——生活力ゼロの家出お嬢様が転がり込んできた

雨巣

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04 キワドイ生活①

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「ちょ、お兄ちゃん! 誰よその人!」

 翔太の背後に立っている美少女を見て、鈴菜が愕然とする。

「翔太、この子が妹?」

 純香は食卓に着いている鈴菜を指差しながら聞いてきた。

「ああ、そうだ。こいつが妹の神川鈴菜かみかわすずな。鈴菜、この人は立花純香たちばなすみかさんだ」

「お兄ちゃん、いつのまに彼女なんて作ったんだよぉ。お兄ちゃんのパートナーは永遠に鈴菜って決まってるのに……」

 鈴菜が切ない顔で嘆く。

「立花は彼女じゃないし、鈴菜とパートナーになった覚えもないぞ」

 キッパリと否定する。
 誤解を生みかねない発言は早急に打ち消すのが大切だ。

「翔太は妹とそういう関係なの?」

 翔太の対応虚しく、しっかり誤解が生まれる。

「違うわ! 断じて違うわ!」

「お兄ちゃん、そんなに全力で否定するなんて酷いよ……鈴菜は邪魔者なんだね、鈴菜は障害物なんだね……」

 全力否定が逆効果になり、鈴菜がうなだれる。
 完全に板挟みだ。

「そこまでは言ってないんだが……」

「翔太、妹を泣かせるのはサイテー」

「そうだっそうだっ! いいぞ~もっと言ってやれ!」

「兄を困らせる妹もサイテー」

「な、なな、掌返しだと!? やはりこの人は鈴菜の敵……許さん、断じて許さん! お兄ちゃんは渡さない!」

 鈴菜は純香を睨み、純香は涼しい顔で見つめ返している。2人とも個性が強すぎて、会話がめちゃくちゃだ。

「あの、おふたりさん。一旦落ち着こっか」


***


 3人で食卓を囲み夕食を取りながら、ことの成り行きを鈴菜に説明する。
 今日のメニューはカレー。翔太の隣に座る純香はお腹を空かせていたようで、一度も手を止めずに食べ続けている。

「——というわけだ、鈴菜。だからとりあえず立花は今日ここに泊まるしかない。さすがに1日頭冷やせば自分の家に……」

「帰らないわ」

 翔太が説明し終わるよりも早く、純香が即答する。

「……じゃあ立花はいつまでいるつもりなんだ?」

「ずっと」

 けろりとした顔で言う。

「ずっと、って……いつかは屋敷に帰らなきゃ。自分の意志を強く持つのは良いことだと思うけど、まだ根本的には何も解決してないよ」

「わたしはもっと自由を知りたいだけ」

 純香がうつむく。

「おれの意見の伝え方も悪かった。親に反抗的な態度を示せ、ってことじゃないんだ。あくまで正当な話し合いで……」

「私は帰らない」
 
 ただの意地なのか、それとも考えあってのことなのかは未知だが、純香は頑なに拒み続けた。

「……うちは部屋足りてるしなんとかなるけど。もう一度お父さんと話してみるべきだと思う」

「うん……」

 純香は返事こそしたものの、今は他人の意見を聞く気がないようだ。下を向いたまま懸命にカレーを口に運んでいる。
 
「お兄ちゃん、純香さんに甘くない? 普通、今日出会ったばかりの人を家に泊めたりしないよ?」

 鈴菜が鋭い口調で言う。
 予想もしていなかった妹の正論にぎくっとする。

「仕方ないだろ、少なからずおれのせいみたいな部分もあるし……うわっ、立花こぼしすぎ」

 そう言い訳しながら、隣で純香が食卓にこぼしたカレーを丁寧に拭き取ってやる。

「ほら、そういうところ! 鈴菜には厳しくするのにぃ」

 純香の口周りまでおしぼりで拭いてあげている翔太を見て、鈴菜は憤慨した。

「鈴菜は妹だから、あえて厳しくしてるの。特別扱いみたいなもんだよ」

「それはわかってるけどさぁー。鈴菜としてはお兄ちゃんを独り占めしたいっていうかー、日常が崩れるのが嫌っていうかー」

「鈴菜、翔太を困らせないで」

「それは純香さんでしょ!」

 また言い合いが始まる。

「はぁ……」

 翔太はため息をついた。
 そんな気はしていたが、この2人は相性が最悪かもしれない。


***


「洗い物が3人分なんて、不思議な気分だ」

 食べ終わった皿を片付けながら呟いた。
 妹との2人暮らしが始まって、そろそろ5年が経つ。両親が何度か日本に帰ってきたが、その場合は外食に行くことがほとんどで、こうして妹以外に自分の料理を出したのは初めてかもしれない。

「明日の昼はどうしようか。今日買い物したから材料はあるし、弁当作るか……」

「翔太」

 声がした方を向くと、リビングの入り口に歯ブラシを咥えた純香が突っ立っていた。

「どうした?」

「歯磨き手伝って」

「それ、自分でやるって宣言してなかったっけ」

 夕方のことを思い出す。
 たしか、純香は観覧車の中で「自分で歯を磨いてみるわ」と言っていた。

「自分でしてみたけど、歯磨き粉が言うこと聞かない」

「たしかにその様子じゃ家の中が歯磨き粉だらけになりそうだ……」

 よく見ると、歯磨き粉が純香の口周りや髪の毛に飛び散っている。

「いつもは歯磨きどうやってるんだ?」

「メイドに磨いてもらってる」

「どんな感じで?」

「隅から隅まで」

 歯ブラシを咥えたまま喋りづらそうに答える。

「手伝うというか、全負担だな」

 クレームを入れつつも、純香を洗面所に連れて行き、ティッシュで口やら髪やらについた歯磨き粉を拭いてやった。

「ほら、上向いて口開けて」

 歯ブラシを受け取り、ご要望通り隅から隅まで丁寧に磨く。
 目をつぶって全てを翔大に委ねている純香の姿は、とても同い年とは思えない。ほぼ介護だ。純香に会うまでは、これほどまでに生活力がないお嬢様がいるとは想像もしなかった。
 ひとつ悔しいのは、こんなに奇妙な状況でさえ、目の前で無防備に、無自覚に美貌を晒されると、少なからず胸の鼓動が速くなってしまうことだ。

「よし、一通り磨いたぞ。さすがにうがいはでき……?」

「る」

「だよな、箱入り娘とはいえ、さすがにそれくらいはな!」

 コップを手に取る純香をみて、胸を撫で下ろす。

「翔太、次、お風呂よ」

 純香が口に水を含みながらモゴモゴと喋った。
 あまりよく聞き取れなかったが、さらっと恐ろしいことを言った気がする。

「……聞き間違いか?」

「お風呂、手伝って」

 うがいを終えた純香は、はっきりとそう言った。
 翔太はひどく困惑した。
 純香の脳内に男女の概念はないのだろうか。これ以上健康的な男子を困らせるのは辞めていただきたい。

「理解に苦しむ……」

「お風呂、ヘルプ」

「言語が理解できないとかではなく! 男が女の入浴を手伝うのは無理があるだろ!」

「わたしは翔太の理性を信じるわ」

「おれは男の理性にそんな絶大な信頼を寄せてないぞ」

 純香と出会ったのが自分でまだ良かったかもしれない、と翔太は思った。もっとワイルドな男子だったら今頃えらいことになっている。

「1人じゃ絶対無理なのか?」

「湯船で溺れたかけたことがある」

 純香は、なぜか誇らしげに言った。

「いつの話だよ……」

「高1」

「おいおい、けっこう最近だな」

 てっきり幼児時代の話かとおもった。
 高1がお風呂で溺れる方法を逆に知りたい。

「だから怖いの、トラウマってやつよ」

「でもな……」

 さすがに一緒にお風呂は、過保護とか介護とかそれ以前の生物学的な問題だ。

「そうだ、鈴菜に頼めばいいじゃないか」

「鈴菜には体を触らせるのはダメな気がするの」

 純香は腕を組みながら偉そうに言い切った。

「おれのほうがもっとダメだわ!」

 純香と話していると頭が痛くなってくる。通常の理屈がまったく通用しない……。

「じゃあお風呂の外に居てくれるだけでもいい」

 純香に諦める気はないらしい。

「……いや……」

「だめ?」

「……ん……まぁ、それなら……」

 翔太は、普通の生活が崩れ去っていくのをまざまざと感じながら、純香の案を了承した。

 
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