【完結済】ラーレの初恋

こゆき

文字の大きさ
1 / 18

1

しおりを挟む
 私、元気なアラサーオタク!
 驚異の十五連勤を乗り越えもぎっとた有休で爆睡してたら自分の大好きな中世ヨーロッパ系乙ゲー世界に転生してたの!

 何を言ってるかわからない? 大丈夫私もだよ。
 というか私は誰に語り掛けてるんだろうな。この間同僚が虚空に話しかけて運ばれてったばっかなのにね。

 まあ、多分死んだんだろうな、前世の私。
 生まれつき体に火傷の痕みたいな痣あって、それを親に不気味がられて捨てられたっぽいから、多分マンション火災にでも巻き込まれたんだろうなあ。お隣さん前から素行悪かったっぽいし。

「ラーレ! 早くおし!」
「はーい! 今行きまぁす」

 シスターに怒られながら、床掃除を終えた。
 痣のせいで醜女と蔑まれているせいか、私だけ扱いが目に見えて雑。おいおい、シスターでしょそれはどうなのよ。

 かじかんで痛む指をさすりながら、足早に食堂へと戻る。
 夕飯を食いっぱぐれるのは勘弁だ。こちとら(肉体は)育ち盛りの十三歳ぞ?

 走りながら窓ガラスに映った自分の容姿は、前世とはかけ離れたもの。

 淡い金髪のくっせけに、鮮やかな黄色い瞳。
 ぶっちゃけめちゃくちゃ美少女だと思うが、なんせ顔の半分くらいにどでかい火傷痣があるもんだから台無しである。

 貧しい暮らし。
 いびられる毎日。
 ぶっちゃけ虐待。

 正直私のメンタルが元気なアラサーでよかったな、と思う。
 これが肉体年齢通りの十三歳の少女だったら病んでたぞ。
 というか普通にアラサーでも堪えるわ、これは。

 急いで食堂に駆け込んだが、案の定私のご飯はなかった。
 間に合わなかったかーーー。くそう……。

 でも! 私は大丈夫。
 なぜならば!

「ラーレ。……大丈夫か?」
「イキシア! もしかしてご飯確保してくれたの?」

 最推しが私のことを気にかけてくれるからです!!
 
「当然だろ。……シスターは悪い人じゃないのに、なんでラーレにだけあたりがキツイんだ」
「まあ、この顔だからね、仕方ないよ」

 パンありがとう! とカチカチのパンにかじりつけば、イキシア……我が最推しは、ぐっと眉間にシワを寄せる。それは許せないこと、不快なことに遭遇した時の、彼の癖。
 うんうん、その癖をナマで見れるとはなぁ……。推しを拝みながらの食事はカチカチのパンすら高級焼きたてパンに思えるから不思議だ。

 イキシア。
 黒い肩までの短髪に、シルバーグレーの瞳。
 まだ十五だというのに、神様が遣わせた天使だと言われても納得する完璧すぎる美貌。

 プライドが高く、けれども他人を放っておけないお人よし。
 教会に逃げ込んできたヒロインを最初に見つけるもの彼だ。

 彼はここ、『救いの鐘の唄』、通称『すくうた』のメインヒーローだ。

『すくうた』は王都から田舎の教会に逃げてきた、歌姫たるヒロインをイキシアが見つけることから始まる。
 ヒロインの唄声には悪しきものを浄化する力があり、それはこの国で代々受け継がれる王家の能力。
 そして、それを証明する手の甲へと生まれつき現れる痣。

 そう、ヒロインは王家の落胤だったのだ──!

 と、いうのが前置き。
 ヒロインの能力、ひいては存在を狙う王都の追っ手や王子様。
 彼らを時に欺き、時に戦い。
 ヒロインを守り愛をはぐくんでいく……。
 それがイキシアのルート。

「ラーレは、綺麗だろ」
「ぅおっふ。……ありがとう」

 悲痛な顔をして私の頬を撫でないでー! 顔がいい!
 ただ痛々しい痣を触っているだけなんだけど!
 手つきが! 優しいのよ! 好き!!

 なぁんて脳内は大騒ぎだけど、表には出さないのがアラサーメンタル。
 え? オタクの鳴き声が漏れてた? 気のせい気のせい。

 最近はやりの悪役令嬢とかいう死亡フラグへの転生とかでもないし、私は推しを思う存分愛でることに人生を賭けよう。
 そしてあわよくば恋人になりたい。

 だって歳の近い子供が少ないせいか、今イキシアとめちゃくちゃイイ感じなんだもの!
 期待するなってのが無理な話でしょ!?
 イキシアは痣なんて気にするような器の小さな男でもないし!

「ラーレ、髪。また絡まってる」
「んんん、くせっけなのよねぇ……。イキシアの真っすぐな髪が羨ましい」
「そうか? ふわふわで可愛いけどな」

 ほらね! これですよ奥さん!!
 寝る準備に取り掛かると、くすりと柔らかく微笑んで、優しく私の髪をブラシで梳くイキシア。その目はこれでもかと甘い。

 こんなん期待するやろ。
 惚れてまうやろ。なぁ???

 うん、環境のせいで色々とみすぼらしいところは多いけど、自分磨きは常に頑張ろう。
 乙女ゲームの世界でも、しょせん私はモブ。
 生れ落ちちゃったものは仕方ないんだし、好きに生きさせてもらいましょう。

「おやすみ、ラーレ」
「おやすみなさい! イキシア」

 うん、今日も私は幸せだ。
 
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

ずっとお慕いしております。

竹本 芳生
恋愛
婚約破棄される令嬢のお話。 アンハッピーエンド。 勢いと気分で書きました。

愚かな恋

はるきりょう
恋愛
そして、呪文のように繰り返すのだ。「里美。好きなんだ」と。 私の顔を見て、私のではない名前を呼ぶ。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

優柔不断な公爵子息の後悔

有川カナデ
恋愛
フレッグ国では、第一王女のアクセリナと第一王子のヴィルフェルムが次期国王となるべく日々切磋琢磨している。アクセリナににはエドヴァルドという婚約者がおり、互いに想い合う仲だった。「あなたに相応しい男になりたい」――彼の口癖である。アクセリナはそんな彼を信じ続けていたが、ある日聖女と彼がただならぬ仲であるとの噂を聞いてしまった。彼を信じ続けたいが、生まれる疑心は彼女の心を傷つける。そしてエドヴァルドから告げられた言葉に、疑心は確信に変わって……。 いつも通りのご都合主義ゆるんゆるん設定。やかましいフランクな喋り方の王子とかが出てきます。受け取り方によってはバッドエンドかもしれません。 後味悪かったら申し訳ないです。

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

すべてはあなたの為だった~狂愛~

矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。

悪役令嬢の大きな勘違い

神々廻
恋愛
この手紙を読んでらっしゃるという事は私は処刑されたと言う事でしょう。 もし......処刑されて居ないのなら、今はまだ見ないで下さいまし 封筒にそう書かれていた手紙は先日、処刑された悪女が書いたものだった。 お気に入り、感想お願いします!

処理中です...