【完結済】ラーレの初恋

こゆき

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 朝がきた。
 鏡でいつもより念入りに身支度を整える。

 ぴょんぴょんしやすいくせっ毛をなんとかなだめつけて、しっかり顔を洗う。
 目ヤニとかついてたら恥ずか死しちゃうからね!

 そして、いつものように、口角を上げる。

「……よしっ、行ってきます!」

 今日は、私の誕生日。
 イキシアに会うのが、こんなにもドキドキする日が来るなんて思わなかった。



「おはよう! イキシア」
「ああ。おはよう」

 食堂へ行くと、すでにイキシアが朝食をとっていた。
 ……珍しいなぁ。いつも私が来るのを待っててくれるのに。

 それに、なんだろう……。
 なんか、いつもと違う、ような……。

 いつもは、私が挨拶をすると優しく微笑んでくれて。
 挨拶のキスを一番にしてくれて。

 ──こんなふうに、興味がまったくない、みたいに目をそらしたりしないのに。

 どくどくと、心臓がうるさい。
 朝の浮足立っていた感情が、一気に叩き落されるような、そんな感覚。

「あっ、あの! イキシア……!」
「……? なんだ?」

 私が固まっている間にも、朝食をとり終えたイキシアはさっさと立ち上がってしまう。
 慌てて声を掛けたけど、言葉が出てこない。

 いや、違う。
 ──言葉にしてしまうのが、怖かっただけ。

「用がないなら、行くぞ」
「あ……ごめん。あ、の、イキシアは今日、何か予定があるの?」

 期待した。
 昨日言っていた、あの言葉。

 ──ああ。……その子の誕生日が来たら、言うつもりなんだ。

 だって、言ってくれた。
 私に、言ってくれたんだ。

 ──……待っててほしい。

 そう、言ってくれたのに。

「……? 今日は町で仕事だ。……お前に関係あるのか?」

 すこし小首をかしげて、眉間にシワを寄せて言われた言葉。
 よく知ってる。それは、イキシアが不快だと思っている時に出る、彼の癖。

 全部、全部私の知ってるイキシアのものなのに、何だか、全く知らない人と会話しているかのようで。

 彼が食堂を出るその時まで、私は動くことができなかった。



 お昼も過ぎ、いつものシスターのいびりによって、やっと落ち着いてきた。
 いびりで日常を取り戻す日が来るなんて思ってもなかったよ。今日だけはありがとう、シスター。
 床掃除をして、水汲みをして、ジャガイモの皮むきを無心でやっていたらやっと色々考える余裕が出てきた。

「とりあえず、今日のイキシアはおかしい」

 と、いうか今日は皆がおかしい。

 神父様は私に「教会に残っていい」と言ったのを忘れていたし、ザンカはマシロに一緒に名付けたことすら記憶になっかた。とりあえずザンカは一発殴っといた。

 そして、イキシアは言わずもがな、だ。

 私が今まで都合の良い夢を見ていただけかとも思ったけど、子供たちに「イキシアと喧嘩したの?」と心配されたからそれもない。
 しかもあのシスターすら変化に戸惑っていたくらいだ。

「……共通点、は……」

 ──おかしくなった人は、全員『攻略対象者』だという、こと。

 そこまで考えて、特大のため息を吐いてずるずると机に突っ伏す。

 なんて分かりやすいんだろう。
 けど、なんで今さら?

 原作開始の年になって『こう』なるならわかるけど、新年はとっくに過ぎてる。
 年度初めだとしても、今はもう五月の半ばだ。
 タイミングおかしくない?

 正直頭がいいとは自負してないけど、少なくとも人生二回目なおかげでそこそこ要領よく生きてこれたはずなんだけど……。

「まさかこんな罠が潜んでいるなんて……!」
「なに唸ってるんだい、まだ終わらないのかい!?」
「ぴっ!」

 ぐおおお、なんて唸り声をあげていたら、シスターが扉を勢いよく開けて台所に入ってきた。
 その手には新しいお肉。
 おかしいな、お肉とかは人数分しか用意されないのに。

「……? 急なお客様ですか?」
「違うわよ! まったく、あのお人よし神父様ときたら! イキシアも何を考えていることやら……」

 ──ドクン。

 朝の比じゃないくらい、心臓が音を立てた。
 シスターの質問の答えとも言えない愚痴が、頭の上を通り過ぎていく。

 ……そうだ、もう一つ、あるじゃないか。
 分かりやすい「始まる日」が。

「ああ、ラーレ。今日からご飯支度が増えるよ。ぐずぐずしないで支度しな」

 その言葉を聞いた瞬間、私は台所を飛び出していた。
 後ろから聞こえるシスターの怒鳴り声さえ、今は気にする余裕もない。

 この小さな教会で唯一大きな部屋。
 みんなが集まる場所。
 食堂を兼ねた礼拝堂からかすかに聞こえる、聞いたことのない声。

「ここが礼拝堂だよ。ご飯はここで皆で……おや、ラーレ。丁度よかった」

 駆け込んだ私に、顔色一つ変えずに話しかけてくる神父様。
 イキシアは、ちらりとこっちを見ただけで、何も言わない。

 いつもなら、「そんなに息を切らしてどうしたんだい?」って、聞いてくれるのに。

 いつもなら──駆け寄ってきてくれて、ハンカチを差し出してくれて、「どうした?」って、目を合わせて、くれるのに。

 じわりと視界がにじんでいく。
 それにも構わず、「ストーリー」は進み続ける。

「今日からここで暮らすことになった、ストレリチアだよ」
「初めまして! 年の近い子がいるって聞いてたから、会えるの楽しみだったの。レリアって呼んでね!」

 そこにいたのは、鮮やかなオレンジの瞳に、青い綺麗な髪を持つ、一人の少女──ヒロイン、ストレリチアだった。
 
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