【完結済】ラーレの初恋

こゆき

文字の大きさ
5 / 18

5

 朝がきた。
 鏡でいつもより念入りに身支度を整える。

 ぴょんぴょんしやすいくせっ毛をなんとかなだめつけて、しっかり顔を洗う。
 目ヤニとかついてたら恥ずか死しちゃうからね!

 そして、いつものように、口角を上げる。

「……よしっ、行ってきます!」

 今日は、私の誕生日。
 イキシアに会うのが、こんなにもドキドキする日が来るなんて思わなかった。



「おはよう! イキシア」
「ああ。おはよう」

 食堂へ行くと、すでにイキシアが朝食をとっていた。
 ……珍しいなぁ。いつも私が来るのを待っててくれるのに。

 それに、なんだろう……。
 なんか、いつもと違う、ような……。

 いつもは、私が挨拶をすると優しく微笑んでくれて。
 挨拶のキスを一番にしてくれて。

 ──こんなふうに、興味がまったくない、みたいに目をそらしたりしないのに。

 どくどくと、心臓がうるさい。
 朝の浮足立っていた感情が、一気に叩き落されるような、そんな感覚。

「あっ、あの! イキシア……!」
「……? なんだ?」

 私が固まっている間にも、朝食をとり終えたイキシアはさっさと立ち上がってしまう。
 慌てて声を掛けたけど、言葉が出てこない。

 いや、違う。
 ──言葉にしてしまうのが、怖かっただけ。

「用がないなら、行くぞ」
「あ……ごめん。あ、の、イキシアは今日、何か予定があるの?」

 期待した。
 昨日言っていた、あの言葉。

 ──ああ。……その子の誕生日が来たら、言うつもりなんだ。

 だって、言ってくれた。
 私に、言ってくれたんだ。

 ──……待っててほしい。

 そう、言ってくれたのに。

「……? 今日は町で仕事だ。……お前に関係あるのか?」

 すこし小首をかしげて、眉間にシワを寄せて言われた言葉。
 よく知ってる。それは、イキシアが不快だと思っている時に出る、彼の癖。

 全部、全部私の知ってるイキシアのものなのに、何だか、全く知らない人と会話しているかのようで。

 彼が食堂を出るその時まで、私は動くことができなかった。



 お昼も過ぎ、いつものシスターのいびりによって、やっと落ち着いてきた。
 いびりで日常を取り戻す日が来るなんて思ってもなかったよ。今日だけはありがとう、シスター。
 床掃除をして、水汲みをして、ジャガイモの皮むきを無心でやっていたらやっと色々考える余裕が出てきた。

「とりあえず、今日のイキシアはおかしい」

 と、いうか今日は皆がおかしい。

 神父様は私に「教会に残っていい」と言ったのを忘れていたし、ザンカはマシロに一緒に名付けたことすら記憶になっかた。とりあえずザンカは一発殴っといた。

 そして、イキシアは言わずもがな、だ。

 私が今まで都合の良い夢を見ていただけかとも思ったけど、子供たちに「イキシアと喧嘩したの?」と心配されたからそれもない。
 しかもあのシスターすら変化に戸惑っていたくらいだ。

「……共通点、は……」

 ──おかしくなった人は、全員『攻略対象者』だという、こと。

 そこまで考えて、特大のため息を吐いてずるずると机に突っ伏す。

 なんて分かりやすいんだろう。
 けど、なんで今さら?

 原作開始の年になって『こう』なるならわかるけど、新年はとっくに過ぎてる。
 年度初めだとしても、今はもう五月の半ばだ。
 タイミングおかしくない?

 正直頭がいいとは自負してないけど、少なくとも人生二回目なおかげでそこそこ要領よく生きてこれたはずなんだけど……。

「まさかこんな罠が潜んでいるなんて……!」
「なに唸ってるんだい、まだ終わらないのかい!?」
「ぴっ!」

 ぐおおお、なんて唸り声をあげていたら、シスターが扉を勢いよく開けて台所に入ってきた。
 その手には新しいお肉。
 おかしいな、お肉とかは人数分しか用意されないのに。

「……? 急なお客様ですか?」
「違うわよ! まったく、あのお人よし神父様ときたら! イキシアも何を考えていることやら……」

 ──ドクン。

 朝の比じゃないくらい、心臓が音を立てた。
 シスターの質問の答えとも言えない愚痴が、頭の上を通り過ぎていく。

 ……そうだ、もう一つ、あるじゃないか。
 分かりやすい「始まる日」が。

「ああ、ラーレ。今日からご飯支度が増えるよ。ぐずぐずしないで支度しな」

 その言葉を聞いた瞬間、私は台所を飛び出していた。
 後ろから聞こえるシスターの怒鳴り声さえ、今は気にする余裕もない。

 この小さな教会で唯一大きな部屋。
 みんなが集まる場所。
 食堂を兼ねた礼拝堂からかすかに聞こえる、聞いたことのない声。

「ここが礼拝堂だよ。ご飯はここで皆で……おや、ラーレ。丁度よかった」

 駆け込んだ私に、顔色一つ変えずに話しかけてくる神父様。
 イキシアは、ちらりとこっちを見ただけで、何も言わない。

 いつもなら、「そんなに息を切らしてどうしたんだい?」って、聞いてくれるのに。

 いつもなら──駆け寄ってきてくれて、ハンカチを差し出してくれて、「どうした?」って、目を合わせて、くれるのに。

 じわりと視界がにじんでいく。
 それにも構わず、「ストーリー」は進み続ける。

「今日からここで暮らすことになった、ストレリチアだよ」
「初めまして! 年の近い子がいるって聞いてたから、会えるの楽しみだったの。レリアって呼んでね!」

 そこにいたのは、鮮やかなオレンジの瞳に、青い綺麗な髪を持つ、一人の少女──ヒロイン、ストレリチアだった。
 
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】祈りの果て、君を想う

とっくり
恋愛
華やかな美貌を持つ妹・ミレイア。 静かに咲く野花のような癒しを湛える姉・リリエル。 騎士の青年・ラズは、二人の姉妹の間で揺れる心に気づかぬまま、運命の選択を迫られていく。 そして、修道院に身を置いたリリエルの前に現れたのは、 ひょうひょうとした元軍人の旅人──実は王族の血を引く男・ユリアン。 愛するとは、選ばれることか。選ぶことか。 沈黙と祈りの果てに、誰の想いが届くのか。 運命ではなく、想いで人を愛するとき。 その愛は、誰のもとに届くのか── ※短編から長編に変更いたしました。

『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、 結婚初日から気づいていた。 夫は優しい。 礼儀正しく、決して冷たくはない。 けれど──どこか遠い。 夜会で向けられる微笑みの奥には、 亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。 社交界は囁く。 「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」 「後妻は所詮、影の夫人よ」 その言葉に胸が痛む。 けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。 ──これは政略婚。 愛を求めてはいけない、と。 そんなある日、彼女はカルロスの書斎で “あり得ない手紙”を見つけてしまう。 『愛しいカルロスへ。  私は必ずあなたのもとへ戻るわ。          エリザベラ』 ……前妻は、本当に死んだのだろうか? 噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。 揺れ動く心のまま、シャルロットは “ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。 しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、 カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。 「影なんて、最初からいない。  見ていたのは……ずっと君だけだった」 消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫── すべての謎が解けたとき、 影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。 切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。 愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる

悪女は愛より老後を望む

きゃる
恋愛
 ――悪女の夢は、縁側でひなたぼっこをしながらお茶をすすること!  もう何度目だろう? いろんな国や時代に転生を繰り返す私は、今は伯爵令嬢のミレディアとして生きている。でも、どの世界にいてもいつも若いうちに亡くなってしまって、老後がおくれない。その理由は、一番初めの人生のせいだ。貧乏だった私は、言葉巧みに何人もの男性を騙していた。たぶんその中の一人……もしくは全員の恨みを買ったため、転生を続けているんだと思う。生まれ変わっても心からの愛を告げられると、その夜に心臓が止まってしまうのがお約束。  だから私は今度こそ、恋愛とは縁のない生活をしようと心に決めていた。行き遅れまであと一年! 領地の片隅で、隠居生活をするのもいいわね?  そう考えて屋敷に引きこもっていたのに、ある日双子の王子の誕生を祝う舞踏会の招待状が届く。参加が義務付けられているけれど、地味な姿で壁に貼り付いているから……大丈夫よね? *小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】時計台の約束

とっくり
恋愛
あの日、彼は約束の場所に現れなかった。 それは裏切りではなく、永遠の別れの始まりだった――。 孤児院で出会い、時を経て再び交わった二人の絆は、すれ違いと痛みの中で静かに崩れていく。 偽りの事故が奪ったのは、未来への希望さえも。 それでも、彼を想い続ける少女の胸には、小さな命と共に新しい未来が灯る。 中世異世界を舞台に紡がれる、愛と喪失の切ない物語。 ※短編から長編に変更いたしました。

【完結済み】私達はあなたを決して許しません

asami
恋愛
婚約破棄された令嬢たちがそれぞれに彼女らなりの復讐していくオムニバスストーリーです

【完結】この地獄のような楽園に祝福を

おもち。
恋愛
いらないわたしは、決して物語に出てくるようなお姫様にはなれない。 だって知っているから。わたしは生まれるべき存在ではなかったのだと…… 「必ず迎えに来るよ」 そんなわたしに、唯一親切にしてくれた彼が紡いだ……たった一つの幸せな嘘。 でもその幸せな夢さえあれば、どんな辛い事にも耐えられると思ってた。 ねぇ、フィル……わたし貴方に会いたい。 フィル、貴方と共に生きたいの。 ※子どもに手を上げる大人が出てきます。読まれる際はご注意下さい、無理な方はブラウザバックでお願いします。 ※この作品は作者独自の設定が出てきますので何卒ご了承ください。 ※本編+おまけ数話。

どうしてか、知っていて?

碧水 遥
恋愛
どうして高位貴族令嬢だけが婚約者となるのか……知っていて?

【完結】どくはく

春風由実
恋愛
捨てたつもりが捨てられてしまった家族たちは語る。 あなたのためだったの。 そんなつもりはなかった。 だってみんながそう言うから。 言ってくれたら良かったのに。 話せば分かる。 あなたも覚えているでしょう? 好き勝手なことを言うのね。 それなら私も語るわ。 私も語っていいだろうか? 君が大好きだ。 ※2025.09.22完結 ※小説家になろうにも掲載中です。