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番外編
番外編3 記録に残さなかった出来事
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「馬鹿な人ね」
国王は、ベッドに横になる自分の妻から告げられた突然の一言に、リンゴを剥く手を止めた。
窓の外からは、息子達の賑やかな笑い声が聞こえてくる。
「いきなりひでえな。どうしたよ」
「あら、馬鹿馬鹿って言ってるのは前からじゃない」
「そーゆーこったねぇよ」
くすくすと笑う妻の首筋に流れるやわい金糸は、次男のものとよく似ている。
こう思うと、よくもまあ息子2人揃って己に似なかったものだ。どちらも国王の愛した女そっくりである。
「馬鹿よ。厄介な『秘術』の一族の生き残りなんて、サクッと首を切って淘汰しちゃえばよかったのに」
──そうすれば、『彼女』に拗ねられることもなかったんじゃない?
長男によく似た、美しく気の強い女。
側室となった彼女は現在、東の離れで国王からの面会謝絶を貫いている。
と言っても、側室と正室たる妻の関係は良好だ。
純粋に国王がつまはじきにされているだけである。
言われた言葉に、国王はカリカリと頭をかいた。
「……仕方ねえだろ、お前を切り捨てられなかったんだから」
きまりが悪そうに、そっぽを向いて呟く国王に、妻はまたころころと笑った。
彼女と国王の出会いは、20年以上昔に遡る。
***
物心ついた彼女が知っていた景色は、限られていた。
質素な部屋、格子のついた窓から見える空。
そして、本の中でだけ知る外の世界。
それが、ここ、ハイル帝国の『秘術の一族』の生き残りであった、彼女が知る全てだった。
ハイル帝国の『秘術』は、術者が一生に一度しか使えないものだ。
そのため、その一族唯一の生き残りたる彼女は、それはそれは大事に囲われていた。
はっきりとした言い方すると、『幽閉』されていたのだ。
──生まれてこの方、ずっと。
そして、その狭い世界を壊したのが──その時はまだ王太子だった、現国王だったのだ。
彼は彼女を救い出し、傍に置いた。
己の婚約者として。
──そうでもなければ、彼女は国の重鎮の手に落ちていただろう。
「ほんと、馬鹿ね」
この一言は、その頃からの彼女の口癖だった。
「だって馬鹿じゃない。そのせいで本気で惚れた女の1人も正室に出来なくて」
「うっせ」
彼女は知っていた。
国王が、ただの同情で正室にまでするほど甘い男ではないということを。
国王は、知っていた。
彼女が、己の寿命に気付いていることを。そのために、国王に愛する女を探せと常にせっついていた事も。
そのおかげで、国王は彼女と同じくらい──もしくは、彼女よりも愛する女性と出会うことができた。
大事だったのだ。
生きて欲しかった。
たくさん、たくさん楽しいことや美しいものを知り、笑っていて欲しかった。
──だから、やれることは全てやった。
それでも、病魔だけは……退けることは、出来なかったが。
「楽しかったわ……すごく。あなたのおかげね」
「……そぉか」
彼女の胸に常に輝いていた、金色のネックレスは、今は息子の胸にある。
『彼女』の『願い』を詰めたその宝石は、いっそう輝きを増している。
横たわる妻。柔らかな木漏れ日の中、彼女はとても幸せそうに微笑んでいた。
どんどん、小さくなっていく彼女の灯火。
国王は、ずっと傍に居続けた。
「……ありがとう」
「──ああ。俺も、……ありがとう」
ふわりと、花が開くように笑って──その花は、直ぐに散り落ちた。
これは、誰も知らない物語。
『彼女』のネックレスが役目を果たす──10年前の話だった。
国王は、ベッドに横になる自分の妻から告げられた突然の一言に、リンゴを剥く手を止めた。
窓の外からは、息子達の賑やかな笑い声が聞こえてくる。
「いきなりひでえな。どうしたよ」
「あら、馬鹿馬鹿って言ってるのは前からじゃない」
「そーゆーこったねぇよ」
くすくすと笑う妻の首筋に流れるやわい金糸は、次男のものとよく似ている。
こう思うと、よくもまあ息子2人揃って己に似なかったものだ。どちらも国王の愛した女そっくりである。
「馬鹿よ。厄介な『秘術』の一族の生き残りなんて、サクッと首を切って淘汰しちゃえばよかったのに」
──そうすれば、『彼女』に拗ねられることもなかったんじゃない?
長男によく似た、美しく気の強い女。
側室となった彼女は現在、東の離れで国王からの面会謝絶を貫いている。
と言っても、側室と正室たる妻の関係は良好だ。
純粋に国王がつまはじきにされているだけである。
言われた言葉に、国王はカリカリと頭をかいた。
「……仕方ねえだろ、お前を切り捨てられなかったんだから」
きまりが悪そうに、そっぽを向いて呟く国王に、妻はまたころころと笑った。
彼女と国王の出会いは、20年以上昔に遡る。
***
物心ついた彼女が知っていた景色は、限られていた。
質素な部屋、格子のついた窓から見える空。
そして、本の中でだけ知る外の世界。
それが、ここ、ハイル帝国の『秘術の一族』の生き残りであった、彼女が知る全てだった。
ハイル帝国の『秘術』は、術者が一生に一度しか使えないものだ。
そのため、その一族唯一の生き残りたる彼女は、それはそれは大事に囲われていた。
はっきりとした言い方すると、『幽閉』されていたのだ。
──生まれてこの方、ずっと。
そして、その狭い世界を壊したのが──その時はまだ王太子だった、現国王だったのだ。
彼は彼女を救い出し、傍に置いた。
己の婚約者として。
──そうでもなければ、彼女は国の重鎮の手に落ちていただろう。
「ほんと、馬鹿ね」
この一言は、その頃からの彼女の口癖だった。
「だって馬鹿じゃない。そのせいで本気で惚れた女の1人も正室に出来なくて」
「うっせ」
彼女は知っていた。
国王が、ただの同情で正室にまでするほど甘い男ではないということを。
国王は、知っていた。
彼女が、己の寿命に気付いていることを。そのために、国王に愛する女を探せと常にせっついていた事も。
そのおかげで、国王は彼女と同じくらい──もしくは、彼女よりも愛する女性と出会うことができた。
大事だったのだ。
生きて欲しかった。
たくさん、たくさん楽しいことや美しいものを知り、笑っていて欲しかった。
──だから、やれることは全てやった。
それでも、病魔だけは……退けることは、出来なかったが。
「楽しかったわ……すごく。あなたのおかげね」
「……そぉか」
彼女の胸に常に輝いていた、金色のネックレスは、今は息子の胸にある。
『彼女』の『願い』を詰めたその宝石は、いっそう輝きを増している。
横たわる妻。柔らかな木漏れ日の中、彼女はとても幸せそうに微笑んでいた。
どんどん、小さくなっていく彼女の灯火。
国王は、ずっと傍に居続けた。
「……ありがとう」
「──ああ。俺も、……ありがとう」
ふわりと、花が開くように笑って──その花は、直ぐに散り落ちた。
これは、誰も知らない物語。
『彼女』のネックレスが役目を果たす──10年前の話だった。
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