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外伝~蛍火~
4。
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ラクナスの身体に刻まれた十か所は超える切り傷からは彼の持つ真っ赤な髪に引けを取らない鮮血が絶え間なく流れていた。
こちらの攻撃は無効化される。
しかし、相手の攻撃は有効。おまけに決して塞がらない。
全くなす術のないラクナスは相手の攻撃を避けるしかなかったが、徐々に奪われていく体力と、それと共に増えていく傷にとうとう動きが止まった。
辛うじて立っている。顔はうつむいていてどんな表情かは分からない。
そんなラクナスを見て、システィスは攻撃を止めた。
「人が血を流す様はいつみても綺麗ですね」
動く気配を見せないぼろぼろのラクナスを見ながら嗤う。
「もう動けませんか?つまらない」
恐怖で這いずり回りながら逃げるのを、止めを刺さずにいたぶるのが面白いのに。
その時ラクナスがゆっくりと顔を上げて苦笑した。
「サドだな」
力のない笑みだった。
しかしその一言にシスティスは怒り出し、ぎり、と歯ぎしりをして闇の剣を構えなおす。
「・・・いいでしょう。そんなに望むならさっさと死ぬがいい!!」
システィスが怒りと共にラクナスめがけて大きく剣を振り下ろす。
その時。
虚ろ気だったラクナスの眼がはっきりと見開かれた。
「!?」
システィスがおかしいと思った時はもう遅かった。
システィスの攻撃が届かぬ内に、ラクナスが高々と叫ぶ。
「召喚“光(サニエス)”!!」
その言葉が終わるや否やラクナスの足元に一筋の閃光が一気に魔法陣を形取り、その光が魔法陣を書き終わるや否や、目も眩むほどの光がその場に一瞬にして解き放たれた。
システィスは断末魔の悲鳴を上げ、顔を抑えながらうずくまる。
ラクナスがふと周りを見渡せば、先ほどの光は消えて、辺りは再び月明りの差し込む聖堂の長い廊下が見えた。
召喚獣―サニエス。一角獣に翼が生えたような形のものだが、眩しい光を纏っているため朧げでしかその姿を確認出来ない。
召喚獣は異世界からの使者の為、黒魔法のくくりには入らないだろうと予想したラクナスの読みは見事当たった。
システィスはうずくまったまま煙を上げ、どんどん小さくなっている。
そして最後には溶けてなくなった。
システィスが完全に溶け切ったのを見届けてから、ラクナスは初めて安堵のため息をもらす。
その時、急に忘れていた十か所以上の切り傷がじくじくと痛み出した。
「あ~、そういえば自然治癒させてくれなかったんだっけ・・」
疲れたように呟くと、ラクナスはふらつきながら下りの階段の方向へ少しずつ歩みだした。
ここ最近聖堂内の見回りが見たものはシスティスの仕業なのだろう。
ならばもうこれ以上見回りを続ける必要もないはず。
勝手に納得してこれ以上の見回りは止めた。
長い廊下に残ったのは、システィスの溶けカス。
それは彼の着ていた神官服だった。
「倒します」
ウェルザはきっぱりと断言すると先ほどボタンを取られた上着を脱いだ。それをしばらくは手に持っていたが、飛びかかってきたヴィレイスの顔に思い切り被せる。
「うっ!」
ヴィレイスが体勢を崩しながらもなんとか着地するのを見ながらウェルザは素早く呪文を唱える。
ヴィレイスが顔にかけられた上着を荒々しく剥ぎ取り、再びウェルザを見定めた時には彼の呪文はすでに完成していた。
「天上の精霊達よ。このさまよえる霊を安住の地に導き給え」
ウェルザは両手を高々と天井に掲げた。
それが大きな隙だと確信したヴィレイスが暗く嗤いながら短剣を突き立てて走り出す。
ウェルザの元へ。
しかしあと数センチで短剣がウェルザの胸を貫こうという時、突如ウェルザの身体が掲げていた両手からものすごい速さで光を帯び始めた。
その光に短剣が触れるや否や、ヴィレイスは壁に思い切り当たったかのような衝撃を受けて弾き飛ばされた。
何が起きたのか分からない。
呆気に取られて弾き飛ばされた状態のまま尻もちをついているヴィレイスにウェルザは穏やかな声で言い放つ。
「まずは剣を封じます。精霊達、力を貸してください」
ウェルザがそう言うと、纏っている光から一つの光球が生まれた。
それはしばらくうろうろしていたが、ヴィレイスが握っている短剣を発見すると、ものすごい速さでその短剣に突っ込んでいった。
光球が短剣に入ると同時に、その短剣はヴィレイスの手から弾き飛び、乾いた音を立てて床を滑った。短剣は淡い光を帯び、そして。
開いていた眼が― 閉じた。
ウェルザはその出来事を見届け、ほっとした笑みを浮かべた。そして再びヴィレイスの方へ向き直り、彼にそっと話しかけた。
まるで眠っている者を優しく起こすかのように。
「ヴァリオン。私の声が聞こえますか?もし聞こえたならその身をもって私に応えて下さい」
その台詞にヴィレイスは嘲笑う。
「無駄だ、無駄。そんな事を言ったって中のこいつには通じないよ」
そう言ってヴィレイスはヴァリオンの顔で自身の胸を親指で叩く。
「それにその光の奴らはオレがこの身体が出ないと手の出しようがないんだろ?そうだよなあ。中はどうであれ表面上はれっきとした「人間」だからな。ってことは」
そう言うとヴィレイスはいきなりウェルザの腕をつかんだ。
「ヴァリオン!」
ウェルザは呼びかけを止めない。
「やっぱり。これならばこの身体から出ない限り光は効かない」
確認するように呟いてからヴィレイスはとうとうウェルザの両腕を掴んだ。
「あんたには何の罪もないが、いると邪魔なんでね。殺させてもらうよ」
ウェルザは必死に抵抗してみるが、ヴィレイスに掴まれた両腕はびくともしない。
しかし、ウェルザはそっと笑った。
「でも、今の貴方は私の腕を掴んでいるだけでも辛いんじゃないですか?」
「ほう」
それはヴィレイスにとって興味を引く一言だった。
ウェルザは下から覗きこむような形でヴィレイスを見上げ、その美しい眉を少し潜めながら心配をするかのように、
「苦しくないですか?」
と尋ねた。
その仕草にヴィレイスは一瞬胸の高鳴りを覚えたが、慌てて首を振り平常心を保とうとする。
「何がだ」
そう聞き返せばウェルザは笑い、
「分かりませんか?」
と問いかけられる。
しかしこの問いほどヴィレイスの身を凍らせる一言はなかっただろう。
それはヴィレイスも薄々気づいてきていたことだったから。
ウェルザは再び問いかけてくる。
「もう一度言います。苦しくはありませんか?」
この男の言う事にどんな保証がついているというのか。
ヴィレイスはそれを知りながらも、知らないふりをした。
「何が苦しいっていうんだ」
ヴィレイスは笑みを作る。
が、その瞳は笑っていなかった。
「ヴァリオンが目覚めかかっているからですよ。そのせいで貴方は内側から追い出されつつある。しかもそこから一歩でも貴方が出れば私を纏う光によって消滅しますしね」
図星だった。
確かに中のヴァリオンがウェルザの呼びかけに応えるように徐々に自我を取り戻しつつあるのが分かる。さらに光が徐々にこの身体に染み込んできているような気がする。
ヴィレイスは内心焦っていた。
その一瞬の動揺をウェルザは見逃さなかった。
少々手荒ではあるが、ヴァリオンの腹を膝で思い切り蹴った。
「う・・・ぐっ・・・」
ヴィレイスは呻いて思わずウェルザを離した。よろめきながら腹を押さえうずくまるその金髪が少し曇った気がした。
いや。確かに曇った。
何故か。
それは彼の頭部から黒いもやが出てきたからだ。
精霊達はこれを見逃さなかった。
ウェルザの身体を纏っていた光が全てその黒いもやに突っ込んでいく。
光に包まれたもやは瞬時に霧散した。
倒れかかるヴァリオンをウェルザは急いで駆け寄って受け止める。
緊張した面持ちでヴァリオンの生死を探る。死んではいないだろうが、精神を乗っ取られていたのだ。どこまで疲弊しているのか・・・。
しばらく見つめていたらやがてヴァリオンの口からうめき声のような声が聞こえてウェルザは緊張の糸をほどく。
「ヴァリオン、大丈夫ですか?」
「・・・ません。すみません」
ヴァリオンから発せられる言葉はひたすら謝罪の言葉のみだった。
見ると彼は泣いていた。
ウェルザはそんな彼に優しく問いかける。
「霊に心当たりが?」
ヴァリオンは頷いた。額からは汗が噴き出ている。体力が限界に近いのだろう。
それでもヴァリオンは語りだした。
「昔、と言っても聖堂に入る少し前の事なんですが・・・。私の両親は・・・霊に憑りつかれて亡くなったんです。ここに入ったのは・・・そんな両親を祈る為でした・・・。ですが、ウェルザ様が・・・あなたが・・霊に憑りつかれて死んだ者は己も・・・霊になって・・・、誰かに救ってもらわない限り・・・神のもとへはいけないと・・・言われたので・・」
泣きながら。
息を弾ませながら。
それでもヴァリオンは続けた。
「僕は・・・両親を助けようと・・・必死に心の中で呼びかけ、祈っていたら・・・憑りつかれてしまった・・・のです」
ウェルザは何も言わず、ただヴァリオンの言葉を聞いていた。
「その時、霊に憑りつかれた両親の気持ちが・・・分かりました・・・。意識のずっと奥に・・・閉じ込められて・・・。身体が思い通りに動かず・・・声も出せずに・・・。ただ見ている事しか・・・出来なかった!きっと、きっと両親が・・・憑りつかれた両親が僕を、殺そうと、した時もそうだったんですね・・・。本当に、辛かったんだ・・・」
きつく眉根を寄せて、ぎゅっと眼をつぶる。
涙で視界がぼやけすぎて目が開けられなかった。
ウェルザはただただ静かに聞いていた。
「ウェルザ様が、僕を呼んでくださった時・・・、僕を閉じ込めていた物が、一筋の光を伝って崩れていきました・・・。ありがとうございます・・・。僕は、僕は・・・・実は両親を・・・どこかで憎んでいました。・・・もっと抵抗出来たんじゃないか。心のどこかに、僕を殺したい気持ちが・・・あったんじゃ・・・ないか、だから・・・とか。でも・・・実際はこんなにも・・・辛かったなんて・・・・」
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ヴァリオンから出る言葉はただそれのみで。
しばらくしてから、ゆっくりと再び涙で濡れた眼を開けたヴァリオンは縋るようにウェルザを見上げた。
「こんな僕でも・・・、貴方は、この聖堂は僕を受け入れてくれますか・・・?・・・赦してくれますか?」
その問いに。
「大丈夫です」
何気ない一言だったかもしれない。
でもきっぱりと言ってくれた。
しっかりと言い切ってくれた。
その力強い一言はヴァリオンの心に染み込んで、安堵と共に身体中に広がった。
ヴァリオンは心からほっとして、ウェルザに泣きながらもにっこりと微笑んで。
「良かった」
その一言だけ言うと、糸が切れた操り人形のように急にヴァリオンの身体から力が抜けた。
「ヴァリオン!?」
ウェルザは急の出来事に対処しきれず、思わず膝を折った。
その時背後から声が聞こえた。
ウェルザが慌てて振り向くと、そこには満身創痍の友の姿が。
「あ、こんなところにいたのか。ウェルザ、やっと見つ・・・け・・・」
言いかけてラクナスも崩れ落ちた。
「ラクナス!?」
ウェルザはラクナスの傷を見てびっくりしたが、その後途方に暮れた。
二人の男を自分一人でどうやって運んだらいいのだろう・・・。
こちらの攻撃は無効化される。
しかし、相手の攻撃は有効。おまけに決して塞がらない。
全くなす術のないラクナスは相手の攻撃を避けるしかなかったが、徐々に奪われていく体力と、それと共に増えていく傷にとうとう動きが止まった。
辛うじて立っている。顔はうつむいていてどんな表情かは分からない。
そんなラクナスを見て、システィスは攻撃を止めた。
「人が血を流す様はいつみても綺麗ですね」
動く気配を見せないぼろぼろのラクナスを見ながら嗤う。
「もう動けませんか?つまらない」
恐怖で這いずり回りながら逃げるのを、止めを刺さずにいたぶるのが面白いのに。
その時ラクナスがゆっくりと顔を上げて苦笑した。
「サドだな」
力のない笑みだった。
しかしその一言にシスティスは怒り出し、ぎり、と歯ぎしりをして闇の剣を構えなおす。
「・・・いいでしょう。そんなに望むならさっさと死ぬがいい!!」
システィスが怒りと共にラクナスめがけて大きく剣を振り下ろす。
その時。
虚ろ気だったラクナスの眼がはっきりと見開かれた。
「!?」
システィスがおかしいと思った時はもう遅かった。
システィスの攻撃が届かぬ内に、ラクナスが高々と叫ぶ。
「召喚“光(サニエス)”!!」
その言葉が終わるや否やラクナスの足元に一筋の閃光が一気に魔法陣を形取り、その光が魔法陣を書き終わるや否や、目も眩むほどの光がその場に一瞬にして解き放たれた。
システィスは断末魔の悲鳴を上げ、顔を抑えながらうずくまる。
ラクナスがふと周りを見渡せば、先ほどの光は消えて、辺りは再び月明りの差し込む聖堂の長い廊下が見えた。
召喚獣―サニエス。一角獣に翼が生えたような形のものだが、眩しい光を纏っているため朧げでしかその姿を確認出来ない。
召喚獣は異世界からの使者の為、黒魔法のくくりには入らないだろうと予想したラクナスの読みは見事当たった。
システィスはうずくまったまま煙を上げ、どんどん小さくなっている。
そして最後には溶けてなくなった。
システィスが完全に溶け切ったのを見届けてから、ラクナスは初めて安堵のため息をもらす。
その時、急に忘れていた十か所以上の切り傷がじくじくと痛み出した。
「あ~、そういえば自然治癒させてくれなかったんだっけ・・」
疲れたように呟くと、ラクナスはふらつきながら下りの階段の方向へ少しずつ歩みだした。
ここ最近聖堂内の見回りが見たものはシスティスの仕業なのだろう。
ならばもうこれ以上見回りを続ける必要もないはず。
勝手に納得してこれ以上の見回りは止めた。
長い廊下に残ったのは、システィスの溶けカス。
それは彼の着ていた神官服だった。
「倒します」
ウェルザはきっぱりと断言すると先ほどボタンを取られた上着を脱いだ。それをしばらくは手に持っていたが、飛びかかってきたヴィレイスの顔に思い切り被せる。
「うっ!」
ヴィレイスが体勢を崩しながらもなんとか着地するのを見ながらウェルザは素早く呪文を唱える。
ヴィレイスが顔にかけられた上着を荒々しく剥ぎ取り、再びウェルザを見定めた時には彼の呪文はすでに完成していた。
「天上の精霊達よ。このさまよえる霊を安住の地に導き給え」
ウェルザは両手を高々と天井に掲げた。
それが大きな隙だと確信したヴィレイスが暗く嗤いながら短剣を突き立てて走り出す。
ウェルザの元へ。
しかしあと数センチで短剣がウェルザの胸を貫こうという時、突如ウェルザの身体が掲げていた両手からものすごい速さで光を帯び始めた。
その光に短剣が触れるや否や、ヴィレイスは壁に思い切り当たったかのような衝撃を受けて弾き飛ばされた。
何が起きたのか分からない。
呆気に取られて弾き飛ばされた状態のまま尻もちをついているヴィレイスにウェルザは穏やかな声で言い放つ。
「まずは剣を封じます。精霊達、力を貸してください」
ウェルザがそう言うと、纏っている光から一つの光球が生まれた。
それはしばらくうろうろしていたが、ヴィレイスが握っている短剣を発見すると、ものすごい速さでその短剣に突っ込んでいった。
光球が短剣に入ると同時に、その短剣はヴィレイスの手から弾き飛び、乾いた音を立てて床を滑った。短剣は淡い光を帯び、そして。
開いていた眼が― 閉じた。
ウェルザはその出来事を見届け、ほっとした笑みを浮かべた。そして再びヴィレイスの方へ向き直り、彼にそっと話しかけた。
まるで眠っている者を優しく起こすかのように。
「ヴァリオン。私の声が聞こえますか?もし聞こえたならその身をもって私に応えて下さい」
その台詞にヴィレイスは嘲笑う。
「無駄だ、無駄。そんな事を言ったって中のこいつには通じないよ」
そう言ってヴィレイスはヴァリオンの顔で自身の胸を親指で叩く。
「それにその光の奴らはオレがこの身体が出ないと手の出しようがないんだろ?そうだよなあ。中はどうであれ表面上はれっきとした「人間」だからな。ってことは」
そう言うとヴィレイスはいきなりウェルザの腕をつかんだ。
「ヴァリオン!」
ウェルザは呼びかけを止めない。
「やっぱり。これならばこの身体から出ない限り光は効かない」
確認するように呟いてからヴィレイスはとうとうウェルザの両腕を掴んだ。
「あんたには何の罪もないが、いると邪魔なんでね。殺させてもらうよ」
ウェルザは必死に抵抗してみるが、ヴィレイスに掴まれた両腕はびくともしない。
しかし、ウェルザはそっと笑った。
「でも、今の貴方は私の腕を掴んでいるだけでも辛いんじゃないですか?」
「ほう」
それはヴィレイスにとって興味を引く一言だった。
ウェルザは下から覗きこむような形でヴィレイスを見上げ、その美しい眉を少し潜めながら心配をするかのように、
「苦しくないですか?」
と尋ねた。
その仕草にヴィレイスは一瞬胸の高鳴りを覚えたが、慌てて首を振り平常心を保とうとする。
「何がだ」
そう聞き返せばウェルザは笑い、
「分かりませんか?」
と問いかけられる。
しかしこの問いほどヴィレイスの身を凍らせる一言はなかっただろう。
それはヴィレイスも薄々気づいてきていたことだったから。
ウェルザは再び問いかけてくる。
「もう一度言います。苦しくはありませんか?」
この男の言う事にどんな保証がついているというのか。
ヴィレイスはそれを知りながらも、知らないふりをした。
「何が苦しいっていうんだ」
ヴィレイスは笑みを作る。
が、その瞳は笑っていなかった。
「ヴァリオンが目覚めかかっているからですよ。そのせいで貴方は内側から追い出されつつある。しかもそこから一歩でも貴方が出れば私を纏う光によって消滅しますしね」
図星だった。
確かに中のヴァリオンがウェルザの呼びかけに応えるように徐々に自我を取り戻しつつあるのが分かる。さらに光が徐々にこの身体に染み込んできているような気がする。
ヴィレイスは内心焦っていた。
その一瞬の動揺をウェルザは見逃さなかった。
少々手荒ではあるが、ヴァリオンの腹を膝で思い切り蹴った。
「う・・・ぐっ・・・」
ヴィレイスは呻いて思わずウェルザを離した。よろめきながら腹を押さえうずくまるその金髪が少し曇った気がした。
いや。確かに曇った。
何故か。
それは彼の頭部から黒いもやが出てきたからだ。
精霊達はこれを見逃さなかった。
ウェルザの身体を纏っていた光が全てその黒いもやに突っ込んでいく。
光に包まれたもやは瞬時に霧散した。
倒れかかるヴァリオンをウェルザは急いで駆け寄って受け止める。
緊張した面持ちでヴァリオンの生死を探る。死んではいないだろうが、精神を乗っ取られていたのだ。どこまで疲弊しているのか・・・。
しばらく見つめていたらやがてヴァリオンの口からうめき声のような声が聞こえてウェルザは緊張の糸をほどく。
「ヴァリオン、大丈夫ですか?」
「・・・ません。すみません」
ヴァリオンから発せられる言葉はひたすら謝罪の言葉のみだった。
見ると彼は泣いていた。
ウェルザはそんな彼に優しく問いかける。
「霊に心当たりが?」
ヴァリオンは頷いた。額からは汗が噴き出ている。体力が限界に近いのだろう。
それでもヴァリオンは語りだした。
「昔、と言っても聖堂に入る少し前の事なんですが・・・。私の両親は・・・霊に憑りつかれて亡くなったんです。ここに入ったのは・・・そんな両親を祈る為でした・・・。ですが、ウェルザ様が・・・あなたが・・霊に憑りつかれて死んだ者は己も・・・霊になって・・・、誰かに救ってもらわない限り・・・神のもとへはいけないと・・・言われたので・・」
泣きながら。
息を弾ませながら。
それでもヴァリオンは続けた。
「僕は・・・両親を助けようと・・・必死に心の中で呼びかけ、祈っていたら・・・憑りつかれてしまった・・・のです」
ウェルザは何も言わず、ただヴァリオンの言葉を聞いていた。
「その時、霊に憑りつかれた両親の気持ちが・・・分かりました・・・。意識のずっと奥に・・・閉じ込められて・・・。身体が思い通りに動かず・・・声も出せずに・・・。ただ見ている事しか・・・出来なかった!きっと、きっと両親が・・・憑りつかれた両親が僕を、殺そうと、した時もそうだったんですね・・・。本当に、辛かったんだ・・・」
きつく眉根を寄せて、ぎゅっと眼をつぶる。
涙で視界がぼやけすぎて目が開けられなかった。
ウェルザはただただ静かに聞いていた。
「ウェルザ様が、僕を呼んでくださった時・・・、僕を閉じ込めていた物が、一筋の光を伝って崩れていきました・・・。ありがとうございます・・・。僕は、僕は・・・・実は両親を・・・どこかで憎んでいました。・・・もっと抵抗出来たんじゃないか。心のどこかに、僕を殺したい気持ちが・・・あったんじゃ・・・ないか、だから・・・とか。でも・・・実際はこんなにも・・・辛かったなんて・・・・」
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ヴァリオンから出る言葉はただそれのみで。
しばらくしてから、ゆっくりと再び涙で濡れた眼を開けたヴァリオンは縋るようにウェルザを見上げた。
「こんな僕でも・・・、貴方は、この聖堂は僕を受け入れてくれますか・・・?・・・赦してくれますか?」
その問いに。
「大丈夫です」
何気ない一言だったかもしれない。
でもきっぱりと言ってくれた。
しっかりと言い切ってくれた。
その力強い一言はヴァリオンの心に染み込んで、安堵と共に身体中に広がった。
ヴァリオンは心からほっとして、ウェルザに泣きながらもにっこりと微笑んで。
「良かった」
その一言だけ言うと、糸が切れた操り人形のように急にヴァリオンの身体から力が抜けた。
「ヴァリオン!?」
ウェルザは急の出来事に対処しきれず、思わず膝を折った。
その時背後から声が聞こえた。
ウェルザが慌てて振り向くと、そこには満身創痍の友の姿が。
「あ、こんなところにいたのか。ウェルザ、やっと見つ・・・け・・・」
言いかけてラクナスも崩れ落ちた。
「ラクナス!?」
ウェルザはラクナスの傷を見てびっくりしたが、その後途方に暮れた。
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