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18 将軍閣下と舞踏会②
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隣国プロテアはパーシヴァルにとってなかなか厄介な関係にある国だ。
かの国は三十年前この国とプロテアの間に存在したアルテア神聖王国に攻め滅ぼしたあげく併呑した。戦争というよりも一方的で暴力的な蹂躙だった。その後、アルテアの国民は立ち上がり、プロテアの支配よりもこのストケシア王国と組むことを決め、ストケシアの援助を受けて抵抗運動を続けた。
十年後、ついにアルテアの地はプロテアからこの国の領土となった。元々宗教も風習もちがう国だったこともあり、アルテアは自治が認められた王領とされた。
納得しなかったのはプロテアだ。勝手に攻め滅ぼしておきながら、その地はプロテアの国土だと言い張り、執拗に軍を差し向けてきた。それを追い返し続けてきたのがパーシヴァルだった。
そして、六年前プロテアとの停戦が成立し、アルテア自治領はパーシヴァルに軍功の報償として与えられた。それはプロテアに対するけん制の意味が大きいだろう。
プロテア女王イヴリンはまだアルテアの地を取り戻すことを諦めてはいない。
もし、ハルがアルテア王家の直系だと知れたら。
それが今パーシヴァルが一番危惧していることだった。
パーシヴァルはハルが師匠とダンスを始めたのを見届けてからそっと会場の外に出た。
プロテア女王イヴリンの特使である王配クリスティアンの姿が先ほどから見えない。
両国の関係があまり良くなかったこともあってプロテア国内の情報は多くはないが、クリスティアンの派手な女性関係については有名だった。
何かやらかしていなければいいが。
そう思っていると、廊下にいた二人の女性がこちらに顔を向けてきた。
「ラークスパー公爵閣下」
パーシヴァルはその女性に見覚えがあった。以前レイン商会を訪れていた前タフト公爵の夫人たちだ。
「お会い出来て良かったですわ。お耳に入れておきたいことがございますの」
「私にですか?」
「ええ。夫がおかしな妄言を口にしているのです。『あの娘を手に入れれば、アルテアの地が手に入る』と。さらには、すでにプロテアの女王と約束したのだとか……。他国と通じて悪事を働いていたとなれば、わが公爵家にも罪が及びます」
ハルことハリエットに言い寄っていたタフト公爵、いや前公爵は現在夫人たちによって軟禁状態にある。ハルがそれ以上問題にはしないでほしいと望んだので、表向きは王宮の官職を自ら辞して隠居したということになっている。
だが、単に欲望だけで「ハリエット」を狙ったのならまだしも、アルテアの事を口にしていたとなると、話が違ってくる。
しかも、プロテアと関係が?
「失礼ながら、タフト公爵家はプロテアと関係が?」
「亡くなった夫の母がプロテアの出だと聞いています。若い頃にプロテアに留学経験があり、クリスティアン殿下とも旧知の仲だとか自慢していました」
「このことは他に誰が知っているのですか?」
「今のところ当家の者しか存じません。閣下にとって大事なことではないかと思い、お話しようとお待ちしていた次第です」
夫人たちからすれば、今まで浮気だ愛人だとやりたい放題だった夫をやっと隠居に追い込んだのに新たな問題が表沙汰になるのは困る。だからパーシヴァルに情報を伝えて対処して欲しいと考えているのだろう。
「わかりました。なるべく内密に調査しましょう」
パーシヴァルは夫人たちに丁重に礼を告げて、足早にその場を立ち去った。
……クリスティアンがこの国に来た狙いは、陛下への嫌がらせではないのでは?
思ったよりもことは単純ではない。タフト公爵はクリスティアンが神殿の巫女に言い寄っていたことを知っていたに違いない。
その巫女が夫と子供をつれてこの国に逃げ込んだことも。
おそらくレイン商会で働いているハリエットに興味を抱いて、素性を調べるうちに気づいたのだろう。だから執拗に脅しをかけてでも、手に入れようとしていたのではないか。
二十年前、この国に旧アルテアが併合された後、元国民たちは王族の中で唯一生死不明だった王女を探そうとしていた。そして王女がプロテア神殿に保護されていたことが判明したものの、すでに神殿を飛び出した後だった。
ストケシア王国側は王女が入国してからの足取りは確認できていたらしい。彼らは旧アルテアを目指すことなく王都に来て、市井の医師として働いていた。その足取りも、五年前の疫病騒ぎの混乱で見失ってしまっていた。
……けれど、彼らの子がどうなったのか、知っていた者もいる。
ハルが危ない。
そう確信したパーシヴァルが会場に戻ろうとした途端に、聞き覚えのある大声が響いた。
「おやめ下さい。誰であれ招待状もなくここに入ることはできません」
舞踏会会場の警備は王宮騎士団と近衛兵団の担当だ。そして、王宮騎士団の団長ディヴィッドが部下数人とともに誰かと押し問答をしている。
……だから声が大きすぎる。
相手の声は聞こえないのに、ディヴィッドの大声だけが反響するほど響いている。
王宮内部まで入って来られたということは、おそらく元々王宮に出入りできる地位の者だろう。それで招待されていないというのは一体誰なのか。
会場が静まりかえった気配がした。おそらく中にも先ほどの大声が聞こえたのだろう。
中からこちらを窺うように出てきた者たちもいる。
ディヴィッドはそれに気づいてか、部下に命じて口論の相手を連行して行った。
「とにかく父上、ここでは人目につきますから」
彼には珍しく少し声を落としていたが、パーシヴァルにははっきり聞き取れた。
ディヴィッド・オグバーンの父ミランダ侯爵。
アーティボルトがハルの行方を掴めなかったのは、当時ショーンがブラッドバーン家の名前ではなく妻の姓を名乗っていたからだ。後にショーンは家督を継ぐことになってブラッドバーン姓に戻ったのだ。
……だから、ハルが引き取られた相手がブラッドバーン男爵家だと知る者は多くない。
それなのに、ディヴィッドが父から聞いたからと、そのことをあっさりと口に出した。
……よほど執拗に調査でもしていないとわかるはずがない。ハルの母に色目を使っていただけにしては、その子供に対してかなり執着しているような印象を受けた。
その男が何故今になって王宮に現れたのか。王宮で騒動を起こしてから領地に引きこもっていたはずなのに。
嫌な予感がして、パーシヴァルは会場に戻った。騒ぎのせいかざわついていたものの、音楽の演奏が再開され、人々はダンスに歓談にと思い思いに過ごしているように見えた。
けれど、その会場のどこを見ても、ハルと彼と一緒にいたはずの「師匠」の姿がなかった。
「閣下」
そこへ駆け寄ってきたのが、パーシヴァルの副官ジョセフだった。彼は父エルム伯爵の名代で出席すると聞いていた。
「ハリエットを見なかったか?」
「さっきまでいましたけど。異国風の男とダンスを……あれ? さっき、ちょっと会場内でも一騒ぎあって、来賓が退場してしまったので見落としてしまいました」
「騒ぎ?」
「各国の特使が連れていたご令嬢たちが喧嘩を始めて、すぐに会場から出て行ったんですが……同時に外でも騒ぎがあったでしょう?」
……それで人々が騒ぎに気を取られているうちに、ハルたちが姿を消した?
目立つところにいるよう言い含めておいたのだから、彼らがどこかに隠れているわけがない。
それにプロテアを始めとする国外からの来賓がすっかり姿を消している。
……騒ぎに乗じて連れ出されたか?
パーシヴァルはジョセフに向き直った。
「私が探しに行く。悪いが陛下に報告を頼む」
「待って下さい、すぐに警備担当者に協力を要請しますから」
「頼む。できるだけ人を回してもらえるようにしてくれ」
「了解です。交渉してきます」
ジョセフは珍しく無駄口を挟まずすぐに会場を出て行った。
さっきから一斉にあちこちで騒ぎが起きていた。狙い澄ましたように。
まさか、ハルが何者なのか、すでにプロテアが掴んでいたということか。おそらく教えたのはタフト公爵、そしてミランダ侯爵だろう。
ハルの父親がプロテアの元王族であること、そして、母親が旧アルテアの王族であること。それを利用される可能性は充分あったのだ。
だから、公爵家の一員に迎えれば他国はそう簡単に手出しできないと考えていた。
……渡してたまるか。
パーシヴァルは久しぶりに大きく怒りに感情が振り切れた。
今までどれほどの理不尽にも耐えてきた。けれど、ハルを奪われることは受け入れがたい。
五年前戦場から戻って家督を継ぐことになって、忙しくて心理的な余裕も失われかけた頃、初めて庭師の手伝いをしている奇妙な少年を見かけた。
珍妙な自作の作業着姿で、顔がほとんど見えないほど分厚い眼鏡をかけていた。
気難しい職人気質の庭師や、メイドたちとも明るく話をする姿を見ているうちに、自分にも話しかけてくれないかと思うようになった。けれど屋敷の主と使用人の子では会話の機会などそうそう巡ってくるはずもない。
それ以来自室の窓から庭を見ると、彼を目で追いかけるようになった。
パーシヴァルはそうしてやっと気づいたのだ。
自分がこんなにも何かを追い求める気持ちになったのは初めてではないかと。
……もし、彼を手に入れたら、自分にも「幸せ」が訪れるだろうか。
話してみると彼自身は奇抜な性格をしているわけではなく、むしろ利発で物事をわきまえた真面目な少年だった。そして、戦場しかしらない自分より遙かに多くの世界を見聞きしているように見えた。
いい大人の男の情けない下半身の悩みまで馬鹿にしないで聞いてくれて、親身になってくれる。これ以上甘えたら彼無しには生きていけなくなりそうな気がした。
いや、もうその時には彼を手放したくないと思っていた。
舞踏会の会場から出ると、パーシヴァルは大きく息を吐いた。
怒りで頭はいっぱいだが、冷静さを失うわけにはいかない。
騒ぎの起きた一角とは真逆の出入り口。おそらく外から戻ってきたパーシヴァルと出くわさなかったからにはここから連れ出されたのだろう。
……まだ王宮の外に連れ出されてはいないはずだ。それに、ハルの師匠のバーニーという男はそうやすやすと誘拐されるような人間ではないだろう。
敵味方入り混じった戦場に、まったくの無傷で現れたくらいだ。
それに、犯人たちもハル自身を手に入れたいなら彼に傷をつけることはしないだろう。
パーシヴァルはわずかな手がかりでさえ見逃すまいと周囲をゆっくりと見回した。
……必ず連れ戻す。彼はラークスパー公爵家に必要な存在なのだから。
かの国は三十年前この国とプロテアの間に存在したアルテア神聖王国に攻め滅ぼしたあげく併呑した。戦争というよりも一方的で暴力的な蹂躙だった。その後、アルテアの国民は立ち上がり、プロテアの支配よりもこのストケシア王国と組むことを決め、ストケシアの援助を受けて抵抗運動を続けた。
十年後、ついにアルテアの地はプロテアからこの国の領土となった。元々宗教も風習もちがう国だったこともあり、アルテアは自治が認められた王領とされた。
納得しなかったのはプロテアだ。勝手に攻め滅ぼしておきながら、その地はプロテアの国土だと言い張り、執拗に軍を差し向けてきた。それを追い返し続けてきたのがパーシヴァルだった。
そして、六年前プロテアとの停戦が成立し、アルテア自治領はパーシヴァルに軍功の報償として与えられた。それはプロテアに対するけん制の意味が大きいだろう。
プロテア女王イヴリンはまだアルテアの地を取り戻すことを諦めてはいない。
もし、ハルがアルテア王家の直系だと知れたら。
それが今パーシヴァルが一番危惧していることだった。
パーシヴァルはハルが師匠とダンスを始めたのを見届けてからそっと会場の外に出た。
プロテア女王イヴリンの特使である王配クリスティアンの姿が先ほどから見えない。
両国の関係があまり良くなかったこともあってプロテア国内の情報は多くはないが、クリスティアンの派手な女性関係については有名だった。
何かやらかしていなければいいが。
そう思っていると、廊下にいた二人の女性がこちらに顔を向けてきた。
「ラークスパー公爵閣下」
パーシヴァルはその女性に見覚えがあった。以前レイン商会を訪れていた前タフト公爵の夫人たちだ。
「お会い出来て良かったですわ。お耳に入れておきたいことがございますの」
「私にですか?」
「ええ。夫がおかしな妄言を口にしているのです。『あの娘を手に入れれば、アルテアの地が手に入る』と。さらには、すでにプロテアの女王と約束したのだとか……。他国と通じて悪事を働いていたとなれば、わが公爵家にも罪が及びます」
ハルことハリエットに言い寄っていたタフト公爵、いや前公爵は現在夫人たちによって軟禁状態にある。ハルがそれ以上問題にはしないでほしいと望んだので、表向きは王宮の官職を自ら辞して隠居したということになっている。
だが、単に欲望だけで「ハリエット」を狙ったのならまだしも、アルテアの事を口にしていたとなると、話が違ってくる。
しかも、プロテアと関係が?
「失礼ながら、タフト公爵家はプロテアと関係が?」
「亡くなった夫の母がプロテアの出だと聞いています。若い頃にプロテアに留学経験があり、クリスティアン殿下とも旧知の仲だとか自慢していました」
「このことは他に誰が知っているのですか?」
「今のところ当家の者しか存じません。閣下にとって大事なことではないかと思い、お話しようとお待ちしていた次第です」
夫人たちからすれば、今まで浮気だ愛人だとやりたい放題だった夫をやっと隠居に追い込んだのに新たな問題が表沙汰になるのは困る。だからパーシヴァルに情報を伝えて対処して欲しいと考えているのだろう。
「わかりました。なるべく内密に調査しましょう」
パーシヴァルは夫人たちに丁重に礼を告げて、足早にその場を立ち去った。
……クリスティアンがこの国に来た狙いは、陛下への嫌がらせではないのでは?
思ったよりもことは単純ではない。タフト公爵はクリスティアンが神殿の巫女に言い寄っていたことを知っていたに違いない。
その巫女が夫と子供をつれてこの国に逃げ込んだことも。
おそらくレイン商会で働いているハリエットに興味を抱いて、素性を調べるうちに気づいたのだろう。だから執拗に脅しをかけてでも、手に入れようとしていたのではないか。
二十年前、この国に旧アルテアが併合された後、元国民たちは王族の中で唯一生死不明だった王女を探そうとしていた。そして王女がプロテア神殿に保護されていたことが判明したものの、すでに神殿を飛び出した後だった。
ストケシア王国側は王女が入国してからの足取りは確認できていたらしい。彼らは旧アルテアを目指すことなく王都に来て、市井の医師として働いていた。その足取りも、五年前の疫病騒ぎの混乱で見失ってしまっていた。
……けれど、彼らの子がどうなったのか、知っていた者もいる。
ハルが危ない。
そう確信したパーシヴァルが会場に戻ろうとした途端に、聞き覚えのある大声が響いた。
「おやめ下さい。誰であれ招待状もなくここに入ることはできません」
舞踏会会場の警備は王宮騎士団と近衛兵団の担当だ。そして、王宮騎士団の団長ディヴィッドが部下数人とともに誰かと押し問答をしている。
……だから声が大きすぎる。
相手の声は聞こえないのに、ディヴィッドの大声だけが反響するほど響いている。
王宮内部まで入って来られたということは、おそらく元々王宮に出入りできる地位の者だろう。それで招待されていないというのは一体誰なのか。
会場が静まりかえった気配がした。おそらく中にも先ほどの大声が聞こえたのだろう。
中からこちらを窺うように出てきた者たちもいる。
ディヴィッドはそれに気づいてか、部下に命じて口論の相手を連行して行った。
「とにかく父上、ここでは人目につきますから」
彼には珍しく少し声を落としていたが、パーシヴァルにははっきり聞き取れた。
ディヴィッド・オグバーンの父ミランダ侯爵。
アーティボルトがハルの行方を掴めなかったのは、当時ショーンがブラッドバーン家の名前ではなく妻の姓を名乗っていたからだ。後にショーンは家督を継ぐことになってブラッドバーン姓に戻ったのだ。
……だから、ハルが引き取られた相手がブラッドバーン男爵家だと知る者は多くない。
それなのに、ディヴィッドが父から聞いたからと、そのことをあっさりと口に出した。
……よほど執拗に調査でもしていないとわかるはずがない。ハルの母に色目を使っていただけにしては、その子供に対してかなり執着しているような印象を受けた。
その男が何故今になって王宮に現れたのか。王宮で騒動を起こしてから領地に引きこもっていたはずなのに。
嫌な予感がして、パーシヴァルは会場に戻った。騒ぎのせいかざわついていたものの、音楽の演奏が再開され、人々はダンスに歓談にと思い思いに過ごしているように見えた。
けれど、その会場のどこを見ても、ハルと彼と一緒にいたはずの「師匠」の姿がなかった。
「閣下」
そこへ駆け寄ってきたのが、パーシヴァルの副官ジョセフだった。彼は父エルム伯爵の名代で出席すると聞いていた。
「ハリエットを見なかったか?」
「さっきまでいましたけど。異国風の男とダンスを……あれ? さっき、ちょっと会場内でも一騒ぎあって、来賓が退場してしまったので見落としてしまいました」
「騒ぎ?」
「各国の特使が連れていたご令嬢たちが喧嘩を始めて、すぐに会場から出て行ったんですが……同時に外でも騒ぎがあったでしょう?」
……それで人々が騒ぎに気を取られているうちに、ハルたちが姿を消した?
目立つところにいるよう言い含めておいたのだから、彼らがどこかに隠れているわけがない。
それにプロテアを始めとする国外からの来賓がすっかり姿を消している。
……騒ぎに乗じて連れ出されたか?
パーシヴァルはジョセフに向き直った。
「私が探しに行く。悪いが陛下に報告を頼む」
「待って下さい、すぐに警備担当者に協力を要請しますから」
「頼む。できるだけ人を回してもらえるようにしてくれ」
「了解です。交渉してきます」
ジョセフは珍しく無駄口を挟まずすぐに会場を出て行った。
さっきから一斉にあちこちで騒ぎが起きていた。狙い澄ましたように。
まさか、ハルが何者なのか、すでにプロテアが掴んでいたということか。おそらく教えたのはタフト公爵、そしてミランダ侯爵だろう。
ハルの父親がプロテアの元王族であること、そして、母親が旧アルテアの王族であること。それを利用される可能性は充分あったのだ。
だから、公爵家の一員に迎えれば他国はそう簡単に手出しできないと考えていた。
……渡してたまるか。
パーシヴァルは久しぶりに大きく怒りに感情が振り切れた。
今までどれほどの理不尽にも耐えてきた。けれど、ハルを奪われることは受け入れがたい。
五年前戦場から戻って家督を継ぐことになって、忙しくて心理的な余裕も失われかけた頃、初めて庭師の手伝いをしている奇妙な少年を見かけた。
珍妙な自作の作業着姿で、顔がほとんど見えないほど分厚い眼鏡をかけていた。
気難しい職人気質の庭師や、メイドたちとも明るく話をする姿を見ているうちに、自分にも話しかけてくれないかと思うようになった。けれど屋敷の主と使用人の子では会話の機会などそうそう巡ってくるはずもない。
それ以来自室の窓から庭を見ると、彼を目で追いかけるようになった。
パーシヴァルはそうしてやっと気づいたのだ。
自分がこんなにも何かを追い求める気持ちになったのは初めてではないかと。
……もし、彼を手に入れたら、自分にも「幸せ」が訪れるだろうか。
話してみると彼自身は奇抜な性格をしているわけではなく、むしろ利発で物事をわきまえた真面目な少年だった。そして、戦場しかしらない自分より遙かに多くの世界を見聞きしているように見えた。
いい大人の男の情けない下半身の悩みまで馬鹿にしないで聞いてくれて、親身になってくれる。これ以上甘えたら彼無しには生きていけなくなりそうな気がした。
いや、もうその時には彼を手放したくないと思っていた。
舞踏会の会場から出ると、パーシヴァルは大きく息を吐いた。
怒りで頭はいっぱいだが、冷静さを失うわけにはいかない。
騒ぎの起きた一角とは真逆の出入り口。おそらく外から戻ってきたパーシヴァルと出くわさなかったからにはここから連れ出されたのだろう。
……まだ王宮の外に連れ出されてはいないはずだ。それに、ハルの師匠のバーニーという男はそうやすやすと誘拐されるような人間ではないだろう。
敵味方入り混じった戦場に、まったくの無傷で現れたくらいだ。
それに、犯人たちもハル自身を手に入れたいなら彼に傷をつけることはしないだろう。
パーシヴァルはわずかな手がかりでさえ見逃すまいと周囲をゆっくりと見回した。
……必ず連れ戻す。彼はラークスパー公爵家に必要な存在なのだから。
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