28 / 80
第二部
16
しおりを挟む
王宮の東側に国軍関連の施設がある。練兵場などに広大な敷地が当てられている。闘技場もその一つだ。
鍛錬のための武術大会などが行われる時は市民にも公開されているとのことで、円形のすり鉢状に設けられた席には多くの人々が集まっていた。
カミーユはバルバラを伴って闘技場にある王族専用の観覧席に座ってその広さに圧倒されていた。
人々が待ちきれない様子で騒いでいる熱気を見ていると、急に過去に引き戻されそうになった。
五歳のとき、あの処刑場に連れ出されたときの記憶が甦ってくる。
……偽物の王を吊せ。
人々がそう叫び、一人、また一人と処刑が行われるたびに歓声が上がった。
『父や兄たちと最後の別れができたか?』
震えるだけのカミーユにかけられた冷淡な声。
思わず顔を覆って冷静になれ、と念じた。アレクは処刑されるわけじゃない。けれど膂力で圧倒的な差がある相手との決闘をさせられるのだから、公開処刑に等しい。
アレクが魔法で勝ち残ると信じてはいても、あの時の記憶がカミーユに恐怖を呼び起こす。
わたしにできることはここでアレクの帰りを待つことだ。それくらいできないでどうする。わたしはもう五歳の子供ではないのだ。
「カミーユさん。一人でいたら不安でしょう? こちらにいらっしゃいな」
グレンダ妃が歩み寄ってきた。ヴェール越しで表情はわからないけれど、その言葉には温かみがあった。隣でグラントリーも心配そうにこちらを見ている。
グレンダの席は国王の隣でその向こうには第二妃たちの席がある。派手なドレスを着て勝ち誇ったように取り巻きをつれているのに比べて、グレンダ妃の周りには侍女と護衛以外誰もいない。
誰もアレクが勝つとは思っていないかのようで、カミーユは差し出されたグレンダの手を取った。緊張しているのかひんやりとした手にカミーユは自分の事ばかり考えていた自分を恥じた。
母として我が子が決闘させられるのはどれほど辛いか、カミーユには察することさえできない。
「どうかご一緒させてください」
「一緒に応援しましょうね。あの子は決して弱くはないんだから」
「お姉様。僕も応援します」
グラントリーがそう言ってカミーユの隣に来た。
そうして地面が揺れるような歓声が起きた。決闘が始まるのだ。
最初の対戦はアレクとイアン公子。現国王の亡き王弟の子で十九歳。アレクより頭一つ背が高く、隆々とした筋肉を見せびらかすように上半身は剥き出しだ。武器は双剣。
対するアレクは武器を持たず、上着なしの軽装で長い杖を手にしていた。魔法にはかならずしも杖は必要ないけれど、魔法のみを使って戦うという意思表示のためだと聞いていた。
軽装ゆえにアレクの細身が目立つ。入場してきたとき一瞬こちらを見たように思えた。
軽く杖を掲げて笑みを浮かべたのがわかった。
「サミュエル・アレクサンダー王子殿下とイアン公子殿下との対戦を行います」
審判役らしい髭を蓄えた男が闘技場の中央に立って宣言した。闘技場はほぼ真四角の舞台のような造りになっていた。
決闘はその舞台から落ちて一定時間が過ぎるか、倒れて動けなくなるか、どちらかが降参するまで行われる。
人々が口々にイアンやアレクの名前を叫ぶ。
「こちらも応援してくれる人がいるのですね」
カミーユがそう呟くと、グレンダ妃が教えてくれた。
「あれは賭けをしているからですわ。どちらに賭けているかだけのことです」
そうか。純粋にアレクが王になって欲しいと思っている訳ではないのか。
少しがっかりしたけれど、それでも応援は応援だ。アレクの力になってくれればいい。
「カミーユさんもあの子に賭ければよろしいのに。お小遣いになりますわよ?」
しれっとグレンダ妃が言う。どうやら我が子に賭けているらしい。
……やっぱりこの人アレクのお母さんだ。何でも楽しんでしまうところがどこか似ている。
カミーユは両手を祈るように組んで、対戦開始の合図が鳴る瞬間を迎えようとした。
勝負は一瞬だった。
アレクが手にした杖をまっすぐに向けると、轟音とともに壁面に大穴が開いていた。幸い観客席のない場所だったけれど、対戦相手の真横を巨大な火の塊が横切っていったのは誰もが見ていたはずだ。
相手も観客もついでに何故かアレク本人も固まっていた。しげしげと杖を眺めている。
そこへイアンが立ちあがって剣を振りかざしてきた。一瞬で間合いを詰めてきた。
カミーユは思わず腰を浮かしかけた。
あれでは防御が間に合わない。
その時だった。アレクの周りがぱっと明るく光ってイアンが場外まで吹き飛ばされた。
壁に叩きつけられたイアンは気絶したのかその場から動かなくなった。
……いつの間に防御魔法を展開していたんだろう。
アレクは短縮詠唱や無詠唱も使えるとは聞いていた。けれどあの一瞬でそこまでできてしまうとは思わなかった。
「やった。兄上の勝ちだ」
グラントリーがぴょんぴょん跳び上がりながらグレンダとカミーユに笑いかけた。
「よかった……」
カミーユがほっと胸を押さえると、隣にいたグレンダが首を傾げた。
「あの光……あれは鳥の民の魔法ではありませんわ。あの子、いつの間にあんなに腕を上げたのかしら」
観客たちは驚きと混乱と賭けに外れた悔しさとで一頻りざわついたあと、アレクの勝利を讃えた。
アレクは杖を掲げてその歓声に応えた後で、カミーユの方に顔を向けてひらひらと手を振ってきた。
……よかった。とりあえず一人……。
カミーユはこっそりとヴェールの下で手を振り返した。
鍛錬のための武術大会などが行われる時は市民にも公開されているとのことで、円形のすり鉢状に設けられた席には多くの人々が集まっていた。
カミーユはバルバラを伴って闘技場にある王族専用の観覧席に座ってその広さに圧倒されていた。
人々が待ちきれない様子で騒いでいる熱気を見ていると、急に過去に引き戻されそうになった。
五歳のとき、あの処刑場に連れ出されたときの記憶が甦ってくる。
……偽物の王を吊せ。
人々がそう叫び、一人、また一人と処刑が行われるたびに歓声が上がった。
『父や兄たちと最後の別れができたか?』
震えるだけのカミーユにかけられた冷淡な声。
思わず顔を覆って冷静になれ、と念じた。アレクは処刑されるわけじゃない。けれど膂力で圧倒的な差がある相手との決闘をさせられるのだから、公開処刑に等しい。
アレクが魔法で勝ち残ると信じてはいても、あの時の記憶がカミーユに恐怖を呼び起こす。
わたしにできることはここでアレクの帰りを待つことだ。それくらいできないでどうする。わたしはもう五歳の子供ではないのだ。
「カミーユさん。一人でいたら不安でしょう? こちらにいらっしゃいな」
グレンダ妃が歩み寄ってきた。ヴェール越しで表情はわからないけれど、その言葉には温かみがあった。隣でグラントリーも心配そうにこちらを見ている。
グレンダの席は国王の隣でその向こうには第二妃たちの席がある。派手なドレスを着て勝ち誇ったように取り巻きをつれているのに比べて、グレンダ妃の周りには侍女と護衛以外誰もいない。
誰もアレクが勝つとは思っていないかのようで、カミーユは差し出されたグレンダの手を取った。緊張しているのかひんやりとした手にカミーユは自分の事ばかり考えていた自分を恥じた。
母として我が子が決闘させられるのはどれほど辛いか、カミーユには察することさえできない。
「どうかご一緒させてください」
「一緒に応援しましょうね。あの子は決して弱くはないんだから」
「お姉様。僕も応援します」
グラントリーがそう言ってカミーユの隣に来た。
そうして地面が揺れるような歓声が起きた。決闘が始まるのだ。
最初の対戦はアレクとイアン公子。現国王の亡き王弟の子で十九歳。アレクより頭一つ背が高く、隆々とした筋肉を見せびらかすように上半身は剥き出しだ。武器は双剣。
対するアレクは武器を持たず、上着なしの軽装で長い杖を手にしていた。魔法にはかならずしも杖は必要ないけれど、魔法のみを使って戦うという意思表示のためだと聞いていた。
軽装ゆえにアレクの細身が目立つ。入場してきたとき一瞬こちらを見たように思えた。
軽く杖を掲げて笑みを浮かべたのがわかった。
「サミュエル・アレクサンダー王子殿下とイアン公子殿下との対戦を行います」
審判役らしい髭を蓄えた男が闘技場の中央に立って宣言した。闘技場はほぼ真四角の舞台のような造りになっていた。
決闘はその舞台から落ちて一定時間が過ぎるか、倒れて動けなくなるか、どちらかが降参するまで行われる。
人々が口々にイアンやアレクの名前を叫ぶ。
「こちらも応援してくれる人がいるのですね」
カミーユがそう呟くと、グレンダ妃が教えてくれた。
「あれは賭けをしているからですわ。どちらに賭けているかだけのことです」
そうか。純粋にアレクが王になって欲しいと思っている訳ではないのか。
少しがっかりしたけれど、それでも応援は応援だ。アレクの力になってくれればいい。
「カミーユさんもあの子に賭ければよろしいのに。お小遣いになりますわよ?」
しれっとグレンダ妃が言う。どうやら我が子に賭けているらしい。
……やっぱりこの人アレクのお母さんだ。何でも楽しんでしまうところがどこか似ている。
カミーユは両手を祈るように組んで、対戦開始の合図が鳴る瞬間を迎えようとした。
勝負は一瞬だった。
アレクが手にした杖をまっすぐに向けると、轟音とともに壁面に大穴が開いていた。幸い観客席のない場所だったけれど、対戦相手の真横を巨大な火の塊が横切っていったのは誰もが見ていたはずだ。
相手も観客もついでに何故かアレク本人も固まっていた。しげしげと杖を眺めている。
そこへイアンが立ちあがって剣を振りかざしてきた。一瞬で間合いを詰めてきた。
カミーユは思わず腰を浮かしかけた。
あれでは防御が間に合わない。
その時だった。アレクの周りがぱっと明るく光ってイアンが場外まで吹き飛ばされた。
壁に叩きつけられたイアンは気絶したのかその場から動かなくなった。
……いつの間に防御魔法を展開していたんだろう。
アレクは短縮詠唱や無詠唱も使えるとは聞いていた。けれどあの一瞬でそこまでできてしまうとは思わなかった。
「やった。兄上の勝ちだ」
グラントリーがぴょんぴょん跳び上がりながらグレンダとカミーユに笑いかけた。
「よかった……」
カミーユがほっと胸を押さえると、隣にいたグレンダが首を傾げた。
「あの光……あれは鳥の民の魔法ではありませんわ。あの子、いつの間にあんなに腕を上げたのかしら」
観客たちは驚きと混乱と賭けに外れた悔しさとで一頻りざわついたあと、アレクの勝利を讃えた。
アレクは杖を掲げてその歓声に応えた後で、カミーユの方に顔を向けてひらひらと手を振ってきた。
……よかった。とりあえず一人……。
カミーユはこっそりとヴェールの下で手を振り返した。
48
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人
「後1年、か……」
レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
【BLーR18】箱入り王子(プリンス)は俺サマ情報屋(実は上級貴族)に心奪われる
奏音 美都
BL
<あらすじ>
エレンザードの正統な王位継承者である王子、ジュリアンは、城の情報屋であるリアムと秘密の恋人関係にあった。城内でしか逢瀬できないジュリアンは、最近顔を見せないリアムを寂しく思っていた。
そんなある日、幼馴染であり、執事のエリックからリアムが治安の悪いザード地区の居酒屋で働いているらしいと聞き、いても立ってもいられず、夜中城を抜け出してリアムに会いに行くが……
俺様意地悪ちょいS情報屋攻め×可愛い健気流され王子受け
騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください
東院さち
BL
ラズは城で仕える下級使用人の一人だ。竜を追い払った騎士団がもどってきた祝賀会のために少ない魔力を駆使して仕事をしていた。
突然襲ってきた魔力枯渇による具合の悪いところをその英雄の一人が助けてくれた。魔力を分け与えるためにキスされて、お礼にラズの作ったクッキーを欲しがる変わり者の団長と、やはりお菓子に目のない副団長の二人はラズのお菓子を目的に騎士団に勧誘する。
貴族を嫌うラズだったが、恩人二人にせっせとお菓子を作るはめになった。
お菓子が目的だったと思っていたけれど、それだけではないらしい。
やがて二人はラズにとってかけがえのない人になっていく。のかもしれない。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
転生したら最強辺境伯に拾われました
マンスーン
BL
現代日本人・東堂裕太が目を覚ますと、そこは異世界。クズな婚約者に魔力を限界まで搾取され、ボロボロになって森に捨てられる悲惨な青年・ルカに転生していた。
死を覚悟した裕太だったが、そんな彼を拾い上げたのは、帝国最強の武力を誇り「氷の死神」と恐れられる辺境伯・ラーク。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる