塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白

文字の大きさ
39 / 80
第三部

7

しおりを挟む
「ところでそろそろ私は席を外しませんと。お二人の新床をお邪魔するのも……」
 バルバラは並んで座っているカミーユとアレクを見てそう告げた。
 そういえばそうだった。とカミーユは思い出した。バルバラから内密の話を聞き出す機会にちょうどいいとこの場を利用したのだけれど、普通ならいわゆる新婚初夜だったのだ。
「もう記録係も下げてしまったから、今日はこのまま休むことにするよ。バルバラもゆっくり休んでくれ。今日は朝から忙しかっただろうし」
 アレクがそう言うと、バルバラは一礼して寝室から出て行った。
「……君も疲れたよね? 眠れそう?」
 アレクはそう問いかけてきた。
 初めて会った母方の叔父にも驚いたし、大勢の前に出なくてはならなかったし、バルバラの話に頭が混乱している。
 眠れそうにもない気分だったけれど、自分が起きていたらアレクも休めないので素直に頷いた。
「難しいことは寝る前に聞くもんじゃないね。でも、何かちょっと嬉しかったよ。カミーユの父上は世間で言われているような酷い人ではなかったんだね」
 優しく微笑みかけられると、カミーユは目頭が熱くなった。
「……わたしは何もしらなかった。一度も父上は会いに来てはくださらなかったと思っていた。顔すらも……知らない。目の前で処刑されていたのに……何もできなかった……」
 カミーユが生まれてから父が処刑されるまでの五年のあいだ、何度忍んできてくれたのだろう。一度くらいうっかりと目を覚ましていればよかったのに。そうすれば……。
 アレクはカミーユの頬に優しく口づけた。
「きっと今頃冥府からこちらを見て、カミーユが立派な貴婦人になったと安心していらっしゃるよ」
「そう……待って。立派な貴婦人じゃむしろ安心してないんじゃないか。わたしは……」
 わたしはマルク王の遺児として……恥じない生き方ができているだろうか。
 そう思って言葉を詰まらせると、ふわりと抱きしめられた。
「ごめん。冗談だよ。でも、きっとカミーユの父君は今日まで生き残ってくれたことを喜んでいるよ。立派とかそういうことじゃなく、生きていてくれるだけで嬉しいと思うはずだよ」
「……そうだろうか……怒ってないだろうか……」
 カミーユが呟くと、アレクの白い指先が頬に触れてきた。
「だって、王妃が君を傷つけないようにわざと遠ざけたり、最悪の事態の前にわざわざ逃げろって言ってきたり……君の父君が望んでいたのは、君が生きることだよ? 喜んでるに決まっているよ。まあ、僕のことは不甲斐ない夫だと思ってるかもしれないけど、いや、確実にそう思われてるだろうけど……そこは頑張って認められるようにするから」
「アレク……」
「君が幸せに生きてさえいてくれれば、君のご両親はきっと喜んでくれるよ?」
 そう言いながら顔を寄せてくる。唇が触れ合う。
 ああ、もし彼岸にいる両親に言葉が届くなら……今の気持ちを伝えられるのに。
 そして、アレクをわたしの伴侶だと胸を張って報告できるのに。
 カミーユは目を伏せて、アレクに身を委ねた。
「……わたしは両親の顔すらちゃんと覚えていないから、喜んでいる顔も想像できないけれど……。本当に喜んでいてくださるといいな……」
 父も母も一緒に過ごせた時間はほんのわずかだった。それでも、気にかけてもらえていたことがカミーユには嬉しかった。
「あの……カミーユ。休むとは言ったけど……僕も君を愛してるってわかってほしいんだけど」
 アレクの手が腰からするりと降りて、ナイトドレスごしに際どい場所に触れてくる。
 ここにもわたしを愛してくれる人がいる。これはとても贅沢なことじゃないだろうか。
「……じゃあ……教えて?」
 カミーユはアレクの背中に手を回した。
 どちらにしても、今夜は眠れそうにない。 

「殿下はやはり鳥の亜人ですね。のんびりなさっているようで伴侶の心が自分以外に向くのはお嫌なのでしょう」
 翌朝、カミーユの身支度のために寝室にやってきたバルバラは少しあきれ気味にそう言った。結局バルバラを下がらせた後で何があったかは察してくれているのだろう。
 何も言われないほうがいたたまれない気分になる。
「……バルバラには迷惑をかけてばかりだよね……」
「何をおっしゃいますか。婆にとってはカミーユ様が表舞台に立つ日が来たのが何よりの褒美でございます。さらに申し分ない夫君を得て、大事にされているのですから。侍女としてお仕えできることが誇らしゅうございます」
「叔父上はわたしを表に出したくなかったはずだね。そうなると何か仕掛けてくるだろうか。アレクやバルバラが巻き込まれるのは困るのだけれど……」
 バルバラの話では、ドミニク三世にとってカミーユはたとえ王女であっても目障りな存在だ。カミーユが王家の瞳を持つからには、父マルク王を「不義の子で王の血を引いていない偽物の王」だと批判して追放したことが間違いだった証明になる。
 そして、王子であれば正当な王位継承者として名乗りを上げることができる。
「少々の刺客ごときなら、遅れをとることはありません。婆も殿下も【祝福】をいただいた身ですから」
 どうやら昨夜のバルバラの話からすると、カミーユが守りたいという情を向けたものや人に対して【祝福】が付与されてしまうらしい。
 それは身体能力の向上や魔法の威力を倍増させるもので、攻撃からも守護してくれる。
 ……バルバラには刺繍したものをプレゼントしているし、彼女自身にも【祝福】が上乗せされている。人族はおろか亜人でも勝てないんじゃないだろうか。
 それにアレクにも。
 だからと言って安心できるかどうかは、実感がないだけにカミーユには断言できない。
「昨日届いた結婚祝いの品は、現在神殿関係者が精査しております。毒物の類はみられませんでしたが、魔法が仕掛けられている可能性もあります。この国では魔法の知識がある人は少ないですから。シーニュの使者は立王太子式までは滞在予定ですし、その随員にも監視が必要でしょう。殿下も油断はなさらないはずです」
「そうだね。エルネスト叔父上を疑いたくはないけれど……」
 ドミニク三世が民衆を噂や偽情報で操り、巧妙にカミーユの父を貶めてきたのを知らされると、彼は自分の手を汚さずにカミーユが戻らざるを得ない状況を作り出すのではないかという気がした。
「殿下の御身にも注意が必要でしょう。夫を失えば呼び戻す口実になります。ただ、カミーユ様の【祝福】を受けている上に魔法使いでもあるあの方に危害を加えるのは難儀でしょうけれど」
「……そんなに効果があるものなの? わたしには全然わからないのだけれど」
 無自覚に施してしまった【祝福】の効果などカミーユにはわからない。アレクは魔力が倍増した気がすると言っていたし、バルバラは年齢を感じさせない膂力と機動力を保っている。
 ……誰彼かまわずそんな状態になったら大変なことにならない? 自分が怖いんだけど。
「カミーユ様はそれでよろしいのです。ご自分の望むようになされば。今まで沢山我慢をしていらしたのです」
 バルバラはそう言って微笑んだ。
「……今までの人生分の我が儘をやってしまっていいってこと? ものすごい贅沢だね」
 カミーユも釣られて笑みを浮かべた。
 ただ、何を我慢させられていたのか自覚のないカミーユは、我が儘と言われても何をすれば良いのかまったく思いつかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人 「後1年、か……」 レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

【BLーR18】箱入り王子(プリンス)は俺サマ情報屋(実は上級貴族)に心奪われる

奏音 美都
BL
<あらすじ>  エレンザードの正統な王位継承者である王子、ジュリアンは、城の情報屋であるリアムと秘密の恋人関係にあった。城内でしか逢瀬できないジュリアンは、最近顔を見せないリアムを寂しく思っていた。  そんなある日、幼馴染であり、執事のエリックからリアムが治安の悪いザード地区の居酒屋で働いているらしいと聞き、いても立ってもいられず、夜中城を抜け出してリアムに会いに行くが……  俺様意地悪ちょいS情報屋攻め×可愛い健気流され王子受け

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

​転生したら最強辺境伯に拾われました

マンスーン
BL
現代日本人・東堂裕太が目を覚ますと、そこは異世界。クズな婚約者に魔力を限界まで搾取され、ボロボロになって森に捨てられる悲惨な青年・ルカに転生していた。 ​死を覚悟した裕太だったが、そんな彼を拾い上げたのは、帝国最強の武力を誇り「氷の死神」と恐れられる辺境伯・ラーク。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

処理中です...