塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白

文字の大きさ
40 / 80
第三部

8

しおりを挟む
 アレクは行事続きの中でも通常の執務をこなさなくてはならないらしい。早朝から執務室に連れ戻されたという。
 新床の翌日は妃には公務を課さないのが通例らしく、カミーユは部屋で一人過ごしていた。自分の作った刺繍のハンカチとそうでないものを見比べてみたり、妃教育の課題をやっていた。
 聞くところによると、アレクことサミュエル・アレクサンダー新王太子は「王位に最も遠い王子」とされていたので、昨日の婚礼に出席した大使たちは情報集めに必死になっているらしい。
 アレクは王都にいたら異母弟や他の王族たちが嫌がらせをしてくるし、剣の稽古にかこつけて暴力を振るってくるのが嫌になって、領地経営と称して年の半分は王宮を出ていた。
 そして冒険者登録してふらふらと国内外で活動していたというのだから、彼の人となりを知る人は王宮内にはあまりいないだろう。
「そういえば、鳥の民にはお会いしていないけれど……」
 昨日の晩餐会やその合間の面談でも鳥の亜人には会わなかった。アレクにとっては母方の身内なのに。
「元々滅多に里から出てこない民ですから、祝いの品だけを届けてきたのでしょう。不思議ではありません。ただ、鳥の民は殿下が決闘で負けて一族の元に戻られるのを期待していたようですよ。貴重な先祖返りですし、許嫁候補も選んでいたようで」
 バルバラがそう説明してくれた。ということは、アレクが王太子になることもカミーユと結婚することもよく思っていないのか。
「……ということは、わたしは彼らにとって余計な事をした人族だと思われてるんだ」
 グレンダ王妃があまりに優しく接してくれるから、今まで他の鳥の亜人のことを考えてこなかった。
 ……あの決闘騒ぎには大勢の人たちがそれぞれの思惑で動いていたんだろう。表向きは口に出さなくても、思惑が外れて不満を感じている人もいるだろう。
「カミーユ様が気にかける必要はありません。あちらの勝手な願望なのですから」
「そうだね……」
 カミーユはそう呟いた。
 人はいろんなことを願い望むもので、それがすべて叶うとは限らない。
 その時に次の願いを叶えようと切り替えられる人ばかりではないのだろう。恵まれた人を羨んで憎んで、引きずり降ろそうとする人もいる。
 人の望みは厄介だ。
 ……バルバラはわたしに望むように生きれば良いと言ってくれた。けれど、わたしがアレクを伴侶に望んだことで、鳥の亜人たちの願いを潰してしまったのだと聞かされると胸が重苦しくなる。
 今まで多くの人と接してこなかったカミーユには、全ての人が自分とは全く違う考えと思惑を持っていることは、身が竦むような恐怖だった。
 ……全ての人に憎悪を向けられる瞬間を知っている。だから余計に怖いのかもしれない。
 人の上に立つ者は施政者は、いつそんな立場になるかわからない。民の望みを蔑ろにしていれば……。
 カミーユの気持ちが沈んでいくのに気づいたのか、バルバラが問いかけてきた。
「……カミーユ様。この先殿下をお支えすることが不安ですか?」
「不安だよ。アレクが絞首台に上るようなことは絶対させたくない。わたしはアレクを守りたい。……それでも、あの処刑の日のことがずっと頭のどこかにあるんだ」
 わたしは世間を、人を知らない。この国に来て間もないから習慣や儀礼にも詳しくない。足りないことだらけだし、人族の妃も前例がないから反発を招くだろう。
「……わたしの一番の望みはアレクが父のように処刑されないことだ。もし、わたしがいないことでそれが叶うのなら……と思ってしまう」
「それはなりません。鳥の亜人は伴侶を失うと長くは生きられないのです。鳥の民たちもカミーユ様に思う所があっても、口にはできません。婆はカミーユ様を強くお育てしたつもりです。あなた様の望みを妨げる者を拳で叩きのめすことができるように」
「……拳……」
 叩きのめすのはさすがにどうかとは思うけれど、こちらが弱気になれば相手の思惑にはまってしまう。父が貴族たちに逆らえなくなったように、身動きが取れなくなる。
 アレクにはまだ敵が多い。熊や狼の亜人たちは非力そうな鳥の亜人が国王になることには反感を抱いているだろう。そして現国王の部下たちも露骨にはしていないがアレクの手腕を疑っている。
「幸いこの国には決闘で相手を黙らせるという制度があるのです。殿下を蔑ろにする者は力でねじ伏せれば良いのです。カミーユ様にはそれができます」
「……政敵を決闘で倒せと?」
 この国には決闘で決着をつけるという謎な慣習があって、時には判決の難しい裁判さえ決闘で解決するらしい。ただし、決闘には代理人を指名できる。つまり決闘に持ち込まれたらカミーユが相手と戦えばいい。
 いや、いくらなんでも亜人相手に……でも、わたしが今まで稽古つけてくれていたバルバラも亜人だし……できなくはない……んだろうか。いや、さすがにそれはマズいのでは?
「そうです。愚かにも力こそ正義という制度を作ったのは熊や狼たちです。自分たちよりも強い者がいないから。それをひっくり返せるのは殿下とカミーユ様だけです」
「……そうか。それなら知識が足りないわたしでもアレクの役に……って言うとでも? 決闘で暴れまくる王妃ってどうなの? バルバラみたいに『血まみれ』とか呼ばれるの?」
 バルバラは若い頃のあだ名が「血まみれ熊騎士バルバラ」といい、群がる求婚者全員と決闘してぼっこぼこに叩きのめした伝説があるのだとか。その中にちゃっかり当時の王も含まれていたらしい。この最強侍女が世が世なら王太后様だった……とか怖すぎる。
 その真似をしていたら、どんな二つ名がつけられることか。「血まみれ暴れん坊王妃」だのと言われたらアレクに申し訳がない。
「おや。良いではありませんか。カミーユ様は婆の一番弟子ですからね」
「絶対に嫌だ」
 わたしはずっと強くなりたいとは思っていたけれど、それは何か違う。
 カミーユは首を横に振った。
 バルバラの極論を聞いたせいで、さっきまでの沈んだ気持ちはどこかに消えていたけれど、それには気づいていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち
BL
ラズは城で仕える下級使用人の一人だ。竜を追い払った騎士団がもどってきた祝賀会のために少ない魔力を駆使して仕事をしていた。 突然襲ってきた魔力枯渇による具合の悪いところをその英雄の一人が助けてくれた。魔力を分け与えるためにキスされて、お礼にラズの作ったクッキーを欲しがる変わり者の団長と、やはりお菓子に目のない副団長の二人はラズのお菓子を目的に騎士団に勧誘する。 貴族を嫌うラズだったが、恩人二人にせっせとお菓子を作るはめになった。 お菓子が目的だったと思っていたけれど、それだけではないらしい。 やがて二人はラズにとってかけがえのない人になっていく。のかもしれない。

アルファ王子に嫌われるための十の方法

小池 月
BL
攻め:アローラ国王太子アルファ「カロール」 受け:田舎伯爵家次男オメガ「リン・ジャルル」  アローラ国の田舎伯爵家次男リン・ジャルルは二十歳の男性オメガ。リンは幼馴染の恋人セレスがいる。セレスは隣領地の田舎子爵家次男で男性オメガ。恋人と言ってもオメガ同士でありデートするだけのプラトニックな関係。それでも互いに大切に思える関係であり、将来は二人で結婚するつもりでいた。  田舎だけれど何不自由なく幸せな生活を送っていたリンだが、突然、アローラ国王太子からの求婚状が届く。貴族の立場上、リンから断ることが出来ずに顔も知らないアルファ王子に嫁がなくてはならなくなる。リンは『アルファ王子に嫌われて王子側から婚約解消してもらえば、伯爵家に出戻ってセレスと幸せな結婚ができる!』と考え、セレスと共にアルファに嫌われるための作戦を必死で練り上げる。  セレスと涙の別れをし、王城で「アルファ王子に嫌われる作戦」を実行すべく奮闘するリンだがーー。 王太子α×伯爵家ΩのオメガバースBL ☆すれ違い・両想い・権力争いからの冤罪・絶望と愛・オメガの友情を描いたファンタジーBL☆ 性描写の入る話には※をつけます。 11月23日に完結いたしました!! 完結後のショート「セレスの結婚式」を載せていきたいと思っております。また、その後のお話として「番となる」と「リンが妃殿下になる」ストーリーを考えています。ぜひぜひ気長にお待ちいただけると嬉しいです!

【完】ラスボス(予定)に転生しましたが、家を出て幸せになります

ナナメ
BL
 8歳の頃ここが『光の勇者と救世の御子』の小説、もしくはそれに類似した世界であるという記憶が甦ったウル。  家族に疎まれながら育った自分は囮で偽物の王太子の婚約者である事、同い年の義弟ハガルが本物の婚約者である事、真実を告げられた日に全てを失い絶望して魔王になってしまう事ーーそれを、思い出した。  思い出したからには思いどおりになるものか、そして小説のちょい役である推しの元で幸せになってみせる!と10年かけて下地を築いた卒業パーティーの日ーー ーーさあ、早く来い!僕の10年の努力の成果よ今ここに!  魔王になりたくないラスボス(予定)と、本来超脇役のおっさんとの物語。 ※体調次第で書いておりますのでかなりの鈍足更新になっております。ご了承頂ければ幸いです。 ※表紙はAI作成です

触れるな危険

紀村 紀壱
BL
傭兵を引退しギルドの受付をするギィドには最近、頭を悩ます来訪者がいた。 毛皮屋という通り名の、腕の立つ若い傭兵シャルトー、彼はその通り名の通り、毛皮好きで。そして何をとち狂ったのか。 「ねえ、頭(髪)触らせてヨ」「断る。帰れ」「や~、あんたの髪、なんでこんなに短いのにチクチクしないで柔らかいの」「だから触るなってんだろうが……!」 俺様青年攻め×厳つ目なおっさん受けで、罵り愛でどつき愛なお話。 バイオレンスはありません。ゆるゆるまったり設定です。 15話にて本編(なれそめ)が完結。 その後の話やら番外編やらをたまにのんびり公開中。

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

皇帝に追放された騎士団長の試される忠義

大田ネクロマンサー
BL
若干24歳の若き皇帝が統治するベリニア帝国。『金獅子の双腕』の称号で騎士団長兼、宰相を務める皇帝の側近、レシオン・ド・ミゼル(レジー/ミゼル卿)が突如として国外追放を言い渡される。 帝国中に慕われていた金獅子の双腕に下された理不尽な断罪に、国民は様々な憶測を立てる。ーー金獅子の双腕の叔父に婚約破棄された皇紀リベリオが虎視眈々と復讐の機会を狙っていたのではないか? 国民の憶測に無言で帝国を去るレシオン・ド・ミゼル。船で知り合った少年ミオに懐かれ、なんとか不毛の大地で生きていくレジーだったが……彼には誰にも知られたくない秘密があった。

虐げられても最強な僕。白い結婚ですが、将軍閣下に溺愛されているようです。

竜鳴躍
BL
白い結婚の訳アリ将軍×訳アリ一見清楚可憐令息(嫁)。 万物には精霊が宿ると信じられ、良き魔女と悪しき魔女が存在する世界。 女神に愛されし"精霊の愛し子”青年ティア=シャワーズは、長く艶やかな夜の帳のような髪と無数の星屑が浮かんだ夜空のような深い青の瞳を持つ、美しく、性格もおとなしく控えめな男の子。 軍閥の家門であるシャワーズ侯爵家の次男に産まれた彼は、「正妻」を罠にかけ自分がその座に収まろうとした「愛妾」が生んだ息子だった。 「愛妾」とはいっても慎ましやかに母子ともに市井で生活していたが、母の死により幼少に侯爵家に引き取られた経緯がある。 そして、家族どころか使用人にさえも疎まれて育ったティアは、成人したその日に、着の身着のまま平民出身で成り上がりの将軍閣下の嫁に出された。 男同士の婚姻では子は為せない。 将軍がこれ以上力を持てないようにの王家の思惑だった。 かくしてエドワルド=ドロップ将軍夫人となったティア=ドロップ。 彼は、実は、決しておとなしくて控えめな淑男ではない。 口を開けば某術や戦略が流れ出し、固有魔法である創成魔法を駆使した流れるような剣技は、麗しき剣の舞姫のよう。 それは、侯爵の「正妻」の家系に代々受け継がれる一子相伝の戦闘術。 「ティア、君は一体…。」 「その言葉、旦那様にもお返ししますよ。エドワード=フィリップ=フォックス殿下。」 それは、魔女に人生を狂わせられた夫夫の話。 ※誤字、誤入力報告ありがとうございます!

軍将の踊り子と赤い龍の伝説

糸文かろ
BL
【ひょうきん軍将×ド真面目コミュ障ぎみの踊り子】 踊りをもちいて軍を守る聖舞師という職業のサニ(受)。赴任された戦場に行くとそこの軍将は、前日宿屋でサニをナンパしたリエイム(攻)という男だった。 一見ひょうきんで何も考えていなさそうな割に的確な戦法で軍を勝利に導くリエイム。最初こそいい印象を抱かなかったものの、行動をともにするうちサニは徐々にリエイムに惹かれていく。真摯な姿勢に感銘を受けたサニはリエイム軍との専属契約を交わすが、実は彼にはひとつの秘密があった。 第11回BL小説大賞エントリー中です。 この生き物は感想をもらえるととっても嬉がります! 「きょええええ!ありがたや〜っ!」という鳴き声を出します! ************** 公募を中心に活動しているのですが、今回アルファさんにて挑戦参加しております。 弱小・公募の民がどんなランキングで終わるのか……見守っていてくださいー! 過去実績:第一回ビーボーイ創作BL大賞優秀賞、小説ディアプラスハルVol.85、小説ディアプラスハルVol.89掲載 → https://twitter.com/karoito2 → @karoito2

処理中です...