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第三部
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国王夫妻から午後のお茶を一緒にという誘いが入った。アレクも招かれていると聞いて、カミーユは身支度にかかることにした。
王宮に来てから国王夫妻とは幾度か会っているけれど、個人的な話をする機会がなかなか取れなかった。
……もしかしたらエドガー陛下はわたしの父とも交流があったのかもしれない。詩集を送ってもらったとバルバラが聞いていたらしいし。父のことを何か伺えないだろうか。
エドガー陛下は美的感覚が普通の亜人よりも人族に近いものを持っている気がする。亜人は力強く逞しいものを美とするけれど、王宮に飾られている絵画はどれも繊細な色使いのものだった。
ドミニク三世が若い頃からこの国に出入りしていたと聞いていたし、父のことは放蕩な王と言われていた。けれどエドガー陛下なら違う目線で見ていたかもしれない。
アレクはエドガー陛下がわたしをこの国に呼び寄せようとしたのはドミニク三世の執着を利用して人質にしようとしているからではないか、と以前に言っていた。
どうもアレクはエドガー陛下に対して警戒心が強い。実の親子なのに、とカミーユは思うけれど人と人との関係はそう簡単にひとくくりにできるものではないのかもしれない。
もし、機会があればエドガー陛下の真意を伺いたい。もし、父のことを何か知っているなら教えて欲しい。そう思っていたカミーユにとって内輪だけのお茶会は好機だった。
時間になるとアレクが迎えに現れた。忙しかったのか少し疲れた様子に見えた。
「カミーユは疲れていない? ごめんね、一人にして」
「わたしは大丈夫。アレクこそ……」
「大丈夫だよ。書類はぜんぶやっつけてきたからね。褒めて褒めて」
そう言いながらカミーユを抱き寄せる。
「ホントにもう儀式やらなんやらで嫌になる。全部終わったらカーネル領に引きこもろうか? 新婚旅行だって言って」
おそらく今まであまり有望視されていなかったのもあって、いきなり王太子として人前に出されて疲れているのではないだろうか、とカミーユは思った。
「それは素敵だね。わたしも楽しみだ」
カミーユが明るく答えると、アレクはそれで気を取り直したようだった。それから少し真面目な表情になってぽつりと告げた。
「多分、今日のお茶会は答え合わせだと思うんだ」
「答え合わせ?」
「この先のことを僕たちがどう考えているのか、それが父上にとって正解かどうか、それを問われる気がする。どうして君を僕の妃に指名したのか、父上は僕に教えてくれていない。だから僕が警戒してるのも気づいてると思う」
カミーユへの縁談は、結局カミーユを塔から連れ出す口実になったけれど、エドガー王がどういうつもりなのかわかっていない。アレクは心配していろいろと考えてくれていた。
それに、バルバラから話を聞くまでは世間の噂しか知らなかったカミーユもドミニク三世が自分に執着するのは母を本気で愛していたからだろうかと思っていたくらいだ。
「父上は直接聞いたって素直に教えてくれない。まずは自分で考えろってことだろうね。……とりあえずは向こうの出方を見よう。母上もいるんだから無茶振りはしてこないと思うし」
「そうだね。人の頭の中のことが全てわかるはずもないんだし」
あれこれ身構えて考えるよりもその方が良い。カミーユはそう考えることにした。
「こちらはシーニュの第一王子ロラン殿だ」
エドガー王が紹介してくれた相手に、カミーユもアレクも一瞬固まってしまった。
お茶会の席には国王夫妻とは別にもう一人、カミーユとそう歳格好が変わらない青年がいた。赤みがかった褐色の髪と栗色の瞳。表情は穏やかで温厚で控えめそうな印象を受けた。
「……では……ドミニク三世陛下の……?」
「はい。お初にお目にかかります。カミーユ妃殿下」
視覚阻害のヴェールと首飾りを完全装備しているカミーユの顔は彼からは見えないだろう。けれど、何とかして見透かそうとするような目線を感じた。
「ロラン殿下はこのたび我が国への留学が決まった。その準備のために先日からこちらに非公式に滞在中だったんだ。……表向きはな」
「……はい。私はいずれこの国への亡命を希望しています」
ロランははっきりとそう口にした。
「亡命……? 将来王太子になるお方が?」
アレクが問いかけると、ロランは力が抜けたような笑みを浮かべた。
「まさか。父上はむしろさっさと出ていってほしいと思っていますよ。私はずっと領地に置かれ、王子として公式な場に出ることもありません」
「どうしてそこまで……」
カミーユが思わずそう呟くと、ロランは他人事のように軽い口調で説明した。
「私の瞳の色が気に入らないのでしょう。『王家の瞳を持たない偽物の王』だと兄を王座から引きずり降ろしたのに、皮肉なことに私も弟も父の瞳の色を受け継がなかった。弟の瞳はまだ淡い青色なので私よりは気にかけてもらえるので大丈夫でしょう。……父上は妄執に取り憑かれているのかもしれません。王家の瞳を持つ者でないと次の王にはできないと。……カミーユ様。あなたが王家の瞳を持っているという噂を耳にしましたが、それは事実ですか?」
叔父上が王家の瞳を持たない息子を冷遇している? 我が子なのに?
それにわたしの瞳の色に何の意味があるというのか。
カミーユは背筋が寒くなった。
まさか、叔父上がわたしに執着していた理由は……。
「父上はカミーユ王女を成人と同時に自分の側妃にするつもりだと母から聞かされました。王家の瞳を持つ相手となら、子供も……と言われたのだとか。私はそれを聞いた時、母を蔑ろにされたことにも腹が立ちましたし、カミーユ様にとってあまりに酷い仕打ちだと思いました。だから徹底的に邪魔してやろうと思ったんです」
まるで天気の話をしているかのようなのどかな口調でそう言うと、ロランは優雅な仕草でお茶を口に運んだ。
「実は、カミーユ姫をアレクの妃にしたのはロラン王子からの書状を受け取ったからだ」
エドガー王はそう言って微笑んだ。
ロラン王子は一年以上前からダイモス王国へ行くことを望んでいた。そのためエドガー王と密かに書状を交わしていた。
「父上が兄の遺児に手を出そうとしていることをエドガー陛下にお伝えしたのです」
「たまたま半年前の事件があって、我が国が補償を要求する立場になった。それでまだ縁談のまとまらない第一王子の妃にと要求したのだ。まあ、ドミニクが狙っていた王女を横からかっさらうのも一興だと思ったし、マルク王とはいくらかご縁があったからな」
エドガー王は獰猛な笑みを浮かべる。
「ご縁……って、父上はマルク王とお会いしたことがあるのですか?」
「王子時代に一度会っている。芸術に造詣が深くて話が弾んでな。本を贈り合ったり手紙をやりとりしていた。即位してからは次第に疎遠になったが。だから、マルク王の子にも興味はあった」
半年前にシーニュ王国内で起きたダイモス王国の特使への暴行事件。それを引き起こしたのがドミニク三世の腹心の身内だったらしい。それによって一触即発になっても仕方ない状況だった。
それを先代国王の子で幽囚の身のカミーユを差し出すだけで済むのなら、断れるはずもない。
ドミニク三世はまさかカミーユに縁談が来るなどと思ってもいなかったのだろう。
一旦はその条件に同意したものの、あとからあれこれ言い訳をつけて断ろうと画策していた。その隙にアレクがカミーユをこの国に連れ出してくれた……ということらしい。
「つまりはロラン殿下がカミーユを助けてくれたということですか」
アレクが問いかけた。ロランは首を横に振る。
「いえいえ。私はエドガー陛下にこっそり密告することしかできませんでした。サミュエル殿下ご自身がカミーユ様を攫って行ったと聞いたときは、いい気味だと、胸がすくような思いでした」
そう言ってふふっと笑う。カミーユはそれを見て穏やかそうだけど、ロランはちょっと意地悪な一面もあるのかもしれないと思った。
きっと父親との関係がこじれたこともあって、ひねくれているのかも。
「ですから、私はお二方のことは応援しています。存分に仲良くなさってください。そうすれば父上はさぞかし悔しがるでしょうからね」
ロランは楽しげにそう言うと、ヴェール越しにカミーユに目を向けてきた。
「そんなわけで、是非今後ともよろしくお願いします」
王宮に来てから国王夫妻とは幾度か会っているけれど、個人的な話をする機会がなかなか取れなかった。
……もしかしたらエドガー陛下はわたしの父とも交流があったのかもしれない。詩集を送ってもらったとバルバラが聞いていたらしいし。父のことを何か伺えないだろうか。
エドガー陛下は美的感覚が普通の亜人よりも人族に近いものを持っている気がする。亜人は力強く逞しいものを美とするけれど、王宮に飾られている絵画はどれも繊細な色使いのものだった。
ドミニク三世が若い頃からこの国に出入りしていたと聞いていたし、父のことは放蕩な王と言われていた。けれどエドガー陛下なら違う目線で見ていたかもしれない。
アレクはエドガー陛下がわたしをこの国に呼び寄せようとしたのはドミニク三世の執着を利用して人質にしようとしているからではないか、と以前に言っていた。
どうもアレクはエドガー陛下に対して警戒心が強い。実の親子なのに、とカミーユは思うけれど人と人との関係はそう簡単にひとくくりにできるものではないのかもしれない。
もし、機会があればエドガー陛下の真意を伺いたい。もし、父のことを何か知っているなら教えて欲しい。そう思っていたカミーユにとって内輪だけのお茶会は好機だった。
時間になるとアレクが迎えに現れた。忙しかったのか少し疲れた様子に見えた。
「カミーユは疲れていない? ごめんね、一人にして」
「わたしは大丈夫。アレクこそ……」
「大丈夫だよ。書類はぜんぶやっつけてきたからね。褒めて褒めて」
そう言いながらカミーユを抱き寄せる。
「ホントにもう儀式やらなんやらで嫌になる。全部終わったらカーネル領に引きこもろうか? 新婚旅行だって言って」
おそらく今まであまり有望視されていなかったのもあって、いきなり王太子として人前に出されて疲れているのではないだろうか、とカミーユは思った。
「それは素敵だね。わたしも楽しみだ」
カミーユが明るく答えると、アレクはそれで気を取り直したようだった。それから少し真面目な表情になってぽつりと告げた。
「多分、今日のお茶会は答え合わせだと思うんだ」
「答え合わせ?」
「この先のことを僕たちがどう考えているのか、それが父上にとって正解かどうか、それを問われる気がする。どうして君を僕の妃に指名したのか、父上は僕に教えてくれていない。だから僕が警戒してるのも気づいてると思う」
カミーユへの縁談は、結局カミーユを塔から連れ出す口実になったけれど、エドガー王がどういうつもりなのかわかっていない。アレクは心配していろいろと考えてくれていた。
それに、バルバラから話を聞くまでは世間の噂しか知らなかったカミーユもドミニク三世が自分に執着するのは母を本気で愛していたからだろうかと思っていたくらいだ。
「父上は直接聞いたって素直に教えてくれない。まずは自分で考えろってことだろうね。……とりあえずは向こうの出方を見よう。母上もいるんだから無茶振りはしてこないと思うし」
「そうだね。人の頭の中のことが全てわかるはずもないんだし」
あれこれ身構えて考えるよりもその方が良い。カミーユはそう考えることにした。
「こちらはシーニュの第一王子ロラン殿だ」
エドガー王が紹介してくれた相手に、カミーユもアレクも一瞬固まってしまった。
お茶会の席には国王夫妻とは別にもう一人、カミーユとそう歳格好が変わらない青年がいた。赤みがかった褐色の髪と栗色の瞳。表情は穏やかで温厚で控えめそうな印象を受けた。
「……では……ドミニク三世陛下の……?」
「はい。お初にお目にかかります。カミーユ妃殿下」
視覚阻害のヴェールと首飾りを完全装備しているカミーユの顔は彼からは見えないだろう。けれど、何とかして見透かそうとするような目線を感じた。
「ロラン殿下はこのたび我が国への留学が決まった。その準備のために先日からこちらに非公式に滞在中だったんだ。……表向きはな」
「……はい。私はいずれこの国への亡命を希望しています」
ロランははっきりとそう口にした。
「亡命……? 将来王太子になるお方が?」
アレクが問いかけると、ロランは力が抜けたような笑みを浮かべた。
「まさか。父上はむしろさっさと出ていってほしいと思っていますよ。私はずっと領地に置かれ、王子として公式な場に出ることもありません」
「どうしてそこまで……」
カミーユが思わずそう呟くと、ロランは他人事のように軽い口調で説明した。
「私の瞳の色が気に入らないのでしょう。『王家の瞳を持たない偽物の王』だと兄を王座から引きずり降ろしたのに、皮肉なことに私も弟も父の瞳の色を受け継がなかった。弟の瞳はまだ淡い青色なので私よりは気にかけてもらえるので大丈夫でしょう。……父上は妄執に取り憑かれているのかもしれません。王家の瞳を持つ者でないと次の王にはできないと。……カミーユ様。あなたが王家の瞳を持っているという噂を耳にしましたが、それは事実ですか?」
叔父上が王家の瞳を持たない息子を冷遇している? 我が子なのに?
それにわたしの瞳の色に何の意味があるというのか。
カミーユは背筋が寒くなった。
まさか、叔父上がわたしに執着していた理由は……。
「父上はカミーユ王女を成人と同時に自分の側妃にするつもりだと母から聞かされました。王家の瞳を持つ相手となら、子供も……と言われたのだとか。私はそれを聞いた時、母を蔑ろにされたことにも腹が立ちましたし、カミーユ様にとってあまりに酷い仕打ちだと思いました。だから徹底的に邪魔してやろうと思ったんです」
まるで天気の話をしているかのようなのどかな口調でそう言うと、ロランは優雅な仕草でお茶を口に運んだ。
「実は、カミーユ姫をアレクの妃にしたのはロラン王子からの書状を受け取ったからだ」
エドガー王はそう言って微笑んだ。
ロラン王子は一年以上前からダイモス王国へ行くことを望んでいた。そのためエドガー王と密かに書状を交わしていた。
「父上が兄の遺児に手を出そうとしていることをエドガー陛下にお伝えしたのです」
「たまたま半年前の事件があって、我が国が補償を要求する立場になった。それでまだ縁談のまとまらない第一王子の妃にと要求したのだ。まあ、ドミニクが狙っていた王女を横からかっさらうのも一興だと思ったし、マルク王とはいくらかご縁があったからな」
エドガー王は獰猛な笑みを浮かべる。
「ご縁……って、父上はマルク王とお会いしたことがあるのですか?」
「王子時代に一度会っている。芸術に造詣が深くて話が弾んでな。本を贈り合ったり手紙をやりとりしていた。即位してからは次第に疎遠になったが。だから、マルク王の子にも興味はあった」
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ドミニク三世はまさかカミーユに縁談が来るなどと思ってもいなかったのだろう。
一旦はその条件に同意したものの、あとからあれこれ言い訳をつけて断ろうと画策していた。その隙にアレクがカミーユをこの国に連れ出してくれた……ということらしい。
「つまりはロラン殿下がカミーユを助けてくれたということですか」
アレクが問いかけた。ロランは首を横に振る。
「いえいえ。私はエドガー陛下にこっそり密告することしかできませんでした。サミュエル殿下ご自身がカミーユ様を攫って行ったと聞いたときは、いい気味だと、胸がすくような思いでした」
そう言ってふふっと笑う。カミーユはそれを見て穏やかそうだけど、ロランはちょっと意地悪な一面もあるのかもしれないと思った。
きっと父親との関係がこじれたこともあって、ひねくれているのかも。
「ですから、私はお二方のことは応援しています。存分に仲良くなさってください。そうすれば父上はさぞかし悔しがるでしょうからね」
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