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第四部
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「おい、王子を名乗る嘘つきは貴様らか。この……」
前触れもなく乱暴に開いた扉とともにそう大声で叫んだ人物は、最後まで言い切ることはできなかった。素早く駆け寄ったバルバラによって床に組み伏せられて腕をひねり上げられてしまったからだ。
追いかけて来たお供の者たちにバルバラは鋭い目を向ける。
「ダイモス連合王国のエドガー王陛下の名代にして、王太子ご夫妻の御前であるぞ。これが祝賀に訪れた賓客に対するこの国の対応か」
空気を震わせるほどの怒気が込められた一喝に全員がその場で頭を下げた。
ダイモスはこの国と友好関係にあるとは言い切れない。度々起きる亜人差別によって心証を悪化させてきたからだ。
そして、国力も軍事力もダイモスの方が上。怒らせてはいけない相手だと知っているはずだ。
「離せ、このクソババア。痛てててっ」
どうやら知らない者もいるらしい。しかも、バルバラに喧嘩を売るとは命知らずな。
そう思いながらカミーユは相手を観察した。
バルバラに床に倒されたのは少年と言ってもいいくらいの若い男だ。明るい栗色の髪と淡い青の瞳。この歳格好と態度からすると、該当しそうなのは一人しかいない。
「この私をクソババアと呼んでいいのはカミーユ様だけです。年齢のせいかこの頃力加減ができないもので、撤回なさらぬならうっかりこの腕を折ってしまうかもしれません」
バルバラが冷淡にそう告げると少年は悲鳴を上げて「撤回する」と叫んだ。
……塔にいた頃は聞こえないようにババアよばわりしていたけど、耳の良いバルバラにはバレていたんだ。
カミーユはそう思って自分まで叱られた気分になって軽く首を引っ込める。
やっとバルバラから解放された少年は、手の届かないところまで後ずさりしてからカミーユに目を向けた。そして絶望したように顔を歪める。
「お前がカミーユなのか……」
カミーユが答える前にアレクがそれを遮った。そして少年に向き直る。
「どなたかは存じ上げないが、いきなり嘘つき呼ばわりしたうえに、僕の妃を呼び捨てかな? この国はよほど我が国と事を構えたいのだろうか」
少年はアレクの静かだけれど怒りを隠そうとしない口調にやっと自分が何をしたのか気づいたのだろう。目の前にいるのは隣国の王太子とその妃、そして記念式典に招待された賓客なのだ。
「……申し訳ありません。僕が軽率でした」
彼がロラン王子の弟ヤニク。顔立ちは少し似ている印象を受けるが性格は違うらしいとカミーユは感じた。
側近が止めていたのに賓客の部屋に無遠慮に押しかけるとは、血気盛んな年頃に加えて兄よりも自分が認められていると増長している印象だ。
「謝罪は必要ない。この件は正式に国王陛下に抗議させていただく」
アレクはそう言ってから王子の側近に声をかけた。
「それとも、礼儀作法を知らぬ子供の戯れ言だと片付けたほうがいいだろうか? 言っておくけれどなかったことにはできないよ。亜人にとって伴侶を侮辱されるのは何より耐えがたいことだからね。……わかったら、さっさと出ていってくれるかな?」
子供の戯れ言で片付ければ、ヤニク王子には外交問題を理解していないという問題が明らかになってしまう。本来なら彼を王太子にするつもりだったドミニク三世にとっては不快だろう。
わたしは別に嘘つき呼ばわりくらいで腹は立たないけれど。アレクやバルバラが先に怒ってくれたので、何も言うことができなかった。
ヤニク王子にとっては突然王女だったはずの者が王子を名乗って来たのだから、反発する気持ちもあったのだろうし。
「申し訳ございません。後ほど正式な謝罪をさせていただきます」
王子よりも事態の重要性を理解しているらしい側近たちは慌てて王子を促して去って行った。
足音が遠ざかったのを確かめてから、バルバラが笑みを浮かべる。
「腕一本くらい折っておいたほうが良い薬になったでしょうか?」
「いやいや、侍女にねじ伏せられただけでも相当屈辱だと思うよ? あのお年頃は繊細だからね」
アレクもへらりとした笑みで応じる。
「ロラン殿下もちょっと危なっかしいけれど、まだ大人だね」
「どうもあの絵といい、じわじわと探りを入れてきているようですね」
「他にもこの部屋に何か仕掛けがしてあるのかな?」
アレクとバルバラが話している間、カミーユはふと視線を感じて壁に目をやった。
壁の装飾の部分が小さく光ったように見えた。
……のぞき穴?
近づこうと足を踏み出したとたんに、床に衣類が散らばっているのに気づいた。
「ノア?」
そういえばさっきから姿が見えない。一体どこに……。
すると、鼠が物陰から出てきて衣類の中に潜り込んだ。すぐに人の姿を取る。
「すみません、妃殿下。何か壁の向こうに人の気配がしたので見てきました。隣室の物置に繋がっていて、そこの穴からこちらをのぞけるんです」
「さっき覗いていたのはノア? 誰かいたの?」
「はい、僕が行く前に、数人の男が物置から出てきました」
やはり、この部屋は見張られていたんだ。
王宮に滞在するように誘ってきていたけれど、もしそうしていればどうなっていたか。
「ノア。覗いていた男の顔は覚えているかい?」
アレクが問いかけてきた。こちらの話を聞いていたらしい。
「はい。顔と匂いは覚えてます」
「わかった。それじゃノアは謁見の間は鼠の姿で僕の上着の中にでも隠れていて。残りの皆は……」
アレクが告げた言葉に護衛とバルバラまでも呆れた顔をしていた。
「……売られた喧嘩は買うのが亜人の流儀だから。今まで僕はその流儀が気にいらなかったんだけど、何かやっちゃえって気分なんだよねえ」
「アレク……やっぱりエドガー陛下の息子なんだね……」
カミーユが呟くと、アレクは美貌が台無しなくらい力の抜けた笑みを浮かべた。
「そんなこと言わないでよ。僕、傷つくからね?」
そう言いながらカミーユに抱きついてきて、耳元で小さく囁いた。
「……それに、そろそろ君も反撃したいでしょ?」
前触れもなく乱暴に開いた扉とともにそう大声で叫んだ人物は、最後まで言い切ることはできなかった。素早く駆け寄ったバルバラによって床に組み伏せられて腕をひねり上げられてしまったからだ。
追いかけて来たお供の者たちにバルバラは鋭い目を向ける。
「ダイモス連合王国のエドガー王陛下の名代にして、王太子ご夫妻の御前であるぞ。これが祝賀に訪れた賓客に対するこの国の対応か」
空気を震わせるほどの怒気が込められた一喝に全員がその場で頭を下げた。
ダイモスはこの国と友好関係にあるとは言い切れない。度々起きる亜人差別によって心証を悪化させてきたからだ。
そして、国力も軍事力もダイモスの方が上。怒らせてはいけない相手だと知っているはずだ。
「離せ、このクソババア。痛てててっ」
どうやら知らない者もいるらしい。しかも、バルバラに喧嘩を売るとは命知らずな。
そう思いながらカミーユは相手を観察した。
バルバラに床に倒されたのは少年と言ってもいいくらいの若い男だ。明るい栗色の髪と淡い青の瞳。この歳格好と態度からすると、該当しそうなのは一人しかいない。
「この私をクソババアと呼んでいいのはカミーユ様だけです。年齢のせいかこの頃力加減ができないもので、撤回なさらぬならうっかりこの腕を折ってしまうかもしれません」
バルバラが冷淡にそう告げると少年は悲鳴を上げて「撤回する」と叫んだ。
……塔にいた頃は聞こえないようにババアよばわりしていたけど、耳の良いバルバラにはバレていたんだ。
カミーユはそう思って自分まで叱られた気分になって軽く首を引っ込める。
やっとバルバラから解放された少年は、手の届かないところまで後ずさりしてからカミーユに目を向けた。そして絶望したように顔を歪める。
「お前がカミーユなのか……」
カミーユが答える前にアレクがそれを遮った。そして少年に向き直る。
「どなたかは存じ上げないが、いきなり嘘つき呼ばわりしたうえに、僕の妃を呼び捨てかな? この国はよほど我が国と事を構えたいのだろうか」
少年はアレクの静かだけれど怒りを隠そうとしない口調にやっと自分が何をしたのか気づいたのだろう。目の前にいるのは隣国の王太子とその妃、そして記念式典に招待された賓客なのだ。
「……申し訳ありません。僕が軽率でした」
彼がロラン王子の弟ヤニク。顔立ちは少し似ている印象を受けるが性格は違うらしいとカミーユは感じた。
側近が止めていたのに賓客の部屋に無遠慮に押しかけるとは、血気盛んな年頃に加えて兄よりも自分が認められていると増長している印象だ。
「謝罪は必要ない。この件は正式に国王陛下に抗議させていただく」
アレクはそう言ってから王子の側近に声をかけた。
「それとも、礼儀作法を知らぬ子供の戯れ言だと片付けたほうがいいだろうか? 言っておくけれどなかったことにはできないよ。亜人にとって伴侶を侮辱されるのは何より耐えがたいことだからね。……わかったら、さっさと出ていってくれるかな?」
子供の戯れ言で片付ければ、ヤニク王子には外交問題を理解していないという問題が明らかになってしまう。本来なら彼を王太子にするつもりだったドミニク三世にとっては不快だろう。
わたしは別に嘘つき呼ばわりくらいで腹は立たないけれど。アレクやバルバラが先に怒ってくれたので、何も言うことができなかった。
ヤニク王子にとっては突然王女だったはずの者が王子を名乗って来たのだから、反発する気持ちもあったのだろうし。
「申し訳ございません。後ほど正式な謝罪をさせていただきます」
王子よりも事態の重要性を理解しているらしい側近たちは慌てて王子を促して去って行った。
足音が遠ざかったのを確かめてから、バルバラが笑みを浮かべる。
「腕一本くらい折っておいたほうが良い薬になったでしょうか?」
「いやいや、侍女にねじ伏せられただけでも相当屈辱だと思うよ? あのお年頃は繊細だからね」
アレクもへらりとした笑みで応じる。
「ロラン殿下もちょっと危なっかしいけれど、まだ大人だね」
「どうもあの絵といい、じわじわと探りを入れてきているようですね」
「他にもこの部屋に何か仕掛けがしてあるのかな?」
アレクとバルバラが話している間、カミーユはふと視線を感じて壁に目をやった。
壁の装飾の部分が小さく光ったように見えた。
……のぞき穴?
近づこうと足を踏み出したとたんに、床に衣類が散らばっているのに気づいた。
「ノア?」
そういえばさっきから姿が見えない。一体どこに……。
すると、鼠が物陰から出てきて衣類の中に潜り込んだ。すぐに人の姿を取る。
「すみません、妃殿下。何か壁の向こうに人の気配がしたので見てきました。隣室の物置に繋がっていて、そこの穴からこちらをのぞけるんです」
「さっき覗いていたのはノア? 誰かいたの?」
「はい、僕が行く前に、数人の男が物置から出てきました」
やはり、この部屋は見張られていたんだ。
王宮に滞在するように誘ってきていたけれど、もしそうしていればどうなっていたか。
「ノア。覗いていた男の顔は覚えているかい?」
アレクが問いかけてきた。こちらの話を聞いていたらしい。
「はい。顔と匂いは覚えてます」
「わかった。それじゃノアは謁見の間は鼠の姿で僕の上着の中にでも隠れていて。残りの皆は……」
アレクが告げた言葉に護衛とバルバラまでも呆れた顔をしていた。
「……売られた喧嘩は買うのが亜人の流儀だから。今まで僕はその流儀が気にいらなかったんだけど、何かやっちゃえって気分なんだよねえ」
「アレク……やっぱりエドガー陛下の息子なんだね……」
カミーユが呟くと、アレクは美貌が台無しなくらい力の抜けた笑みを浮かべた。
「そんなこと言わないでよ。僕、傷つくからね?」
そう言いながらカミーユに抱きついてきて、耳元で小さく囁いた。
「……それに、そろそろ君も反撃したいでしょ?」
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**************
公募を中心に活動しているのですが、今回アルファさんにて挑戦参加しております。
弱小・公募の民がどんなランキングで終わるのか……見守っていてくださいー!
過去実績:第一回ビーボーイ創作BL大賞優秀賞、小説ディアプラスハルVol.85、小説ディアプラスハルVol.89掲載
→ https://twitter.com/karoito2
→ @karoito2
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