塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白

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第四部

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『……シーニュ暦一三六年六の月十の日。愛しい吾子へ。不甲斐ない父を許せとは言わない。どうか逃げ延びて幸せになってほしい。幸せになってくれ』
 あのペンダントにいくつか入っていた画像の最後はドミニクが挙兵した日だった。
 バルバラにカミーユを逃がすよう伝えてきたときのものだという。酷く疲れてやつれていた。慌ただしく早口でそう告げただけで映像は途切れた。
 ……わたしは自分が不幸せだったとは思っていない。そもそも比べるものがなかったから、自分が人より不幸せなのかわからなかった。
 けれど、今のわたしは十二分に幸せだ。帰る場所も大切な人もできた。できることも増えた。
 だけど父上、わたしはあなたとちゃんとお話がしたかった。あなたにも幸せになってほしかった。
 だから、あなたが懸命にこの国の王として民を守ろうと努力していたのなら、わたしもそうありたい。
 ……この国を見捨てるようなことはしない。たとえあなたを死なせた人々であっても、この国の民なのだから。

「カミーユ。カミーユ。目を開けて」
 間近でアレクの声が聞こえて、カミーユは現実に引き戻された。
「アレク……わたしは……」
 目を開けると顔を覗き込んでいるアレクの肩越しに青い空が見えた。いつの間に外に連れ出されたんだろう。周囲の悪い気配はもう感じない。薄い瘴気の流れも。
「ごめん。君は魔法の扱いにまだ慣れてないのに。無茶させちゃったね」
「もしかして、気を失っていた?」
「うん。そんな長い時間じゃないけど……僕のほうがちょっとやらかしちゃって」
「え?」
 カミーユは周囲を見回した。崩れた壁、罅の入った大理石の床。
 ……もしかしてここって。
「ごめん。君が倒れるから動転しちゃって、うっかり王宮壊しちゃった」
 へらりと笑うアレクを見て、カミーユは何も言えなかった。
 ずるい。さんざん私にはみじん切りはダメとか言ってたくせに。王宮を破壊するなんてどれほど魔法を暴走させたんだ。
 鳥の亜人の執着って恐ろしすぎないか。
 何とか立ちあがって周囲を見る余裕ができたカミーユはその執着の結果に、細かいことを指摘するのはやめようと決意した。
 周囲には砕けた天井や壁の破片、そして瓦礫が二人の周りを避けるように散らばっていた。アレクが最初に展開した魔法陣は防御魔法を展開するためのものだった。
 だからアレクにもカミーユにも傷一つついていない。カミーユの肩に鼠の姿のノアがいて、心配そうにつぶらな瞳を向けてきていた。
 残った柱に貴族たちや兵士たちをまとめて縛っている。ドミニク三世はその傍らに座り込んでいるが、俯いて身動き一つしない。
 ……どうやら瘴気は消え去ったようだけど、これを一体どう決着づければいいんだ?
 そこへ兵士たちを連れたダルトワ侯爵エルネストがかけつけてきた。破壊されつくした謁見の間をぐるりと見回すと芝居がかった仕草で一気にまくし立てた。
「ご無事ですか。ああ、何ということだ。いきなり瘴気が噴き上げるなど、一つ間違えば大惨事になるところでした。さすがダイモスで高名な魔法使いであらせられる王太子殿下でございますな。しかし、さぞかし恐ろしい思いをされたでしょう。さあ、皆様今すぐ安全な場所へお連れしますから」
 柱に縛られていた貴族たちはやってきたのがエルネストだと知ると顔を強ばらせた。彼がドミニク三世と折り合いが悪いことを知っているからだろう。
「……瘴気だと? 何か知っているのか」
 さっきまで床に座り込んだままだったドミニク三世が、険しい顔でエルネストを見る。
 エルネストはこともなげに肩を竦めると、穏やかに告げた。
「知っております。ですがこれは当家と王家の密約にて、双方の正統な後継者にのみ伝えられることになっております。あなた様は正しき王であらせられるのですから、当然ご存じのことと思っておりました」
 正統な後継者。先代国王を処刑して即位した彼には後継者としての知識はない。
 エルネストはそれを知っていて、ダルトワ侯爵一門を王宮から去らせたのだ。
「無論、カミーユ殿下はご存じでいらっしゃるでしょう?」
「それは……そうだけど」
 知ったというより、カミーユは鉱山で浄化したときから瘴気を感じ取れるようになった。それで正しい結論にたどり着いただけで、特段に王としての教育を受けていたわけではない。
「どういうことだ? それは私に対する侮辱のつもりか?」
「事実を申し上げているまでです。私どもが王宮を去った時に引き留めなかった。それであなたが何もご存じないことを私は気づいておりました。……元々この王宮は王都を建設した時にできた瘴気溜まりの上に建てられたのです。それが百五十年前のことでした」
 エルネストはそう言いながら兵士たちに指示して柱に縛られている者たちを連行させた。ドミニク三世だけを残して。
「当時近隣国を併合して新たな国を守る門出になるはずでした。そのために王都には大がかりな工事が行われていたのです。そこで瘴気溜まりが発生してしまった。せっかく築いた街を瘴気のせいで手放すことも、民を追い出すこともできなかった。だから王宮をここに移すことにしたのです。王都で湧いた瘴気を集めて王宮の地下から地面深くに戻すための装置を作った上で。そうしないとその後も瘴気に当たって病気になる人々が増える一方だったでしょう。さらにそれが逆流して地上にあふれないように、王宮には瘴気が嫌う光魔法や聖魔法の属性持ちを優先して採用していたのです。だからこそダルトワ侯爵家は目立つ功績がなくとも王宮で官職を得ていたのです。それを馬鹿にしたり甘く見るような方は多かったようですが」
 甘く見てダルトワ侯爵家の娘を騙そうとしたドミニクは、呆然としていた。
 光属性を持つ者が多く家系に現れるからこそ、ダルトワ侯爵家は王都を守っていたのだ。
「……そんな……私はそんなことは何も……」
「王位継承者には知らされる話ですし、不慮の事故の際でも用意された文書があるはずです。けれどマルク王はそれをあなたに伝える余裕も与えられなかったのです。ろくな尋問もなく、すぐさま処刑されたのですから。まあ、それがあったところであなたに兄君の言葉を受け入れる度量があったかについては、私からは何も言えませんが」
 エルネストは冷淡にそう告げると、背後に目を向けた。
「さて、ここであなた様に申し上げなくてはなりません。先代国王陛下が命じたという『ディマンシュの虐殺』で犠牲になった亜人たちがどうしたわけかあなたの領地で奴隷になっていた。帳簿も全てこちらの手の中にありますから、今さら隠滅は無理ですよ。それに代官を締め上げたら喜んで全て話してくださいましたよ」
 エルネストの後ろから現れたのはロラン王子だった。
「父上、亜人たちはすでに鉱山から連れ出しました。それに鉱山で瘴気に当てられて病にかかっていた職員や兵士たちも。鉱山にできていた瘴気溜まりもカミーユ殿によって浄化されました。なぜ病を隠蔽していたのですか。……かつて領地で起きていた疫病騒ぎも、ダルトワ侯爵家を頼ればよかったのです。なのに父上は多くの亜人を捕らえて鉱山奴隷に仕立てて病は放置、さらにはダルトワ侯爵を敵に回した。汚名は全て先代の陛下に押しつけた。……それは正しいことなのですか」
「カミーユが……?」
 エルネストが不快げに眉を吊り上げた。
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