75 / 80
第四部
27
しおりを挟む
「馬鹿な。いくら兄上の子だからといって、塔にずっと幽閉されていた者が王になれるはずがない。王としての教養もない者がふさわしいはずがない」
ドミニク三世が叫いた。誰も彼を助けに来ないと言われても、まだ自分が正しいと言い張るだけの執念はあるようだ。カミーユに詰め寄ろうとして兵士たちに取り押さえられる。
カミーユはゆっくりと彼に歩み寄った。
随分と窶れた姿はおそらく王宮で瘴気の影響を受け続けた結果かもしれない。漂っていた瘴気は薄かったが、王都じゅうの瘴気が王宮に流れ込んでいたのだから。
けれど目だけはまだ執着を示しているかのように暗い光をはらんでいる。自分と同じ色の瞳なのに、どこか濁っているように見える。
……あなたはどうしてそんなに王座がほしかったのか。それはわたしには理解できない。
「あなたの言うとおりかもしれない。けれど、王に最初からふさわしい人などいるだろうか。わたしの父は即位してから祖父の代からの旧臣たちに阻まれ、思うような政治を行えなかった。けれど自分の意見を押し通すように努力していたと聞いている。それを不甲斐ないと言う人はいるだろう。けれど、あなたはそれを見て批判するだけで助けることもしなかった」
あの日あれほど恐ろしかったこの男が卑小な存在に思える。恨みも怒りもない。
おそらく父にとっては王座は親から受け継いだだけの重い役割だった。けれど、この人にとっては自分を周囲に認めさせるための場所だったのだろう。
「……ふさわしくあろうと努力した父をわたしは尊敬している。あなたよりもよほどあの人のほうが国王にふさわしい」
ドミニク三世が即位してから不慣れな官僚による失策が続き、税は上がり氾濫対策の土木工事が中止になったことで水害が起きた。外交政策でも不手際が続いて他国からも侮られている。
このまま国力が低下すれば、周辺国から攻め入られるだろう。
塔の中にいたわたしですら、危ういと思っているのに。
「本当はわたしはあなたが自分の罪を認めて下さるなら、王位から引きずり降ろすつもりはなかった。けれど、もうあなたを擁護するつもりはない」
「……引きずり降ろすつもりはない? 何を言っている。私が憎いのではないのか? それなら私がやったこととどこが違う?」
「……叔父上。わたしはあなたを憎んではいません」
おそらくこの人は父上の遺言が後で発見されてもいいように、わたしの異母兄たちを処刑したのだ。わたしのことは王位継承権を持たない王女だと思っていたし、将来【祝福】を得るためにも殺すつもりはなかったのだろう。
「……お前も処刑しておくのだった。あの日お前の瞳の色を見た時、何故か背筋が凍ったような気がした」
あの処刑場でこの人の顔はよく見えなかった。あの時この人はわたしの瞳に怯えていたのか。父が紛れもなく王家の血を引いた正統な王だったと突きつけられて。
「ではあなたも間違えることがあるただの人ということではありませんか?」
ドミニク三世はそれを聞いて黙り込んだ。自分の過ちや後悔を自分で口にしておいて、まだ認めたくないのだろう。
彼はそのまま兵士たちに連行されていった。
……元国王、ということになるのだろうか。それともただの王弟ということか。
遺言の正当性が認められたら、あの人が即位したこと自体がなかったことになる。
「わたしが戴冠してもいいのだろうか」
カミーユは神官たちやエルネストに眼を向けた。
「わたしはダイモスに嫁いだ身だ。ダイモスの王太子配としての立場がある」
エルネストが穏やかに微笑んだ。
「いえ。それが過去に前例があるのです。百二十年程前、ある国と緊急で同盟を結ぶ必要ができた折りに、我が国の王と相手国の女王が婚姻をしました。後に二国は併合しましたが」
「それは確か相手国を保護する必要があったからで、併合を前提にしていたものだ。それに……」
カミーユは歴史の書物でそのことは聞いたことがある。二人の子が即位したことで両国は円満に併合した。けれど自分たちには決定的な問題がある。
……わたしはアレクと子を成すことはない。だからアレクの後継はグラントリーを指名している。けれど、この国の王となる後継者をどうすればいいのだ。
「いろいろと問題があるのは承知の上です。結論を急ぐ必要はないでしょう。不肖このエルネスト、全力で摂政としてお支えいたします。何よりも、この国に必要なのは正しい王ではなく、民を見捨てぬ王です」
「神殿としてもあなた様をお支えいたします。聖人としてもふさわしい力を持つお方がこの国の王に立つことは喜ばしいことでございます」
カミーユは頷いた。そして自分の隣に歩み寄ってきたアレクに問いかける。
「……王になってもアレクの伴侶でいさせてくれるだろうか」
「何言ってるの。僕が君を手放すわけがないでしょ。転送魔法の仕掛けを置いておけば一瞬で会えるんだから。ああそうか、それならこっちで執務したって問題ないし、いっそ僕もこっちに住んじゃおうかな。カーネルの領主にはグラントリーを任じればいいし」
「……え?」
アレクの手が伸びてきて、カミーユの肩を抱いた。
「君は亜人でも人族でも分け隔てなく助けようとした。君の父を非難して死に追いやった王都の人たちが瘴気に晒されるのを止めた。きっと僕より立派な国王になるだろう。だから僕も君を支えるよ。どうせ僕の父上は可愛くないからそう簡単に倒れたりはしないだろうからね。君はこの国を建て直すことに専念すればいい。先のことはゆっくり考えればいい」
そう言ってカミーユの頬に素早く口づけた。
『どうか逃げ延びて幸せになってほしい。幸せになってくれ』
父の最後の声が頭をかすめた。
……父上。どこかでわたしを見てくださっているだろうか。
カミーユはアレクに微笑みかけた。
わたしは幸せだから、父上もどうか冥府で母上とお幸せに過ごしてほしい。
ドミニク三世が叫いた。誰も彼を助けに来ないと言われても、まだ自分が正しいと言い張るだけの執念はあるようだ。カミーユに詰め寄ろうとして兵士たちに取り押さえられる。
カミーユはゆっくりと彼に歩み寄った。
随分と窶れた姿はおそらく王宮で瘴気の影響を受け続けた結果かもしれない。漂っていた瘴気は薄かったが、王都じゅうの瘴気が王宮に流れ込んでいたのだから。
けれど目だけはまだ執着を示しているかのように暗い光をはらんでいる。自分と同じ色の瞳なのに、どこか濁っているように見える。
……あなたはどうしてそんなに王座がほしかったのか。それはわたしには理解できない。
「あなたの言うとおりかもしれない。けれど、王に最初からふさわしい人などいるだろうか。わたしの父は即位してから祖父の代からの旧臣たちに阻まれ、思うような政治を行えなかった。けれど自分の意見を押し通すように努力していたと聞いている。それを不甲斐ないと言う人はいるだろう。けれど、あなたはそれを見て批判するだけで助けることもしなかった」
あの日あれほど恐ろしかったこの男が卑小な存在に思える。恨みも怒りもない。
おそらく父にとっては王座は親から受け継いだだけの重い役割だった。けれど、この人にとっては自分を周囲に認めさせるための場所だったのだろう。
「……ふさわしくあろうと努力した父をわたしは尊敬している。あなたよりもよほどあの人のほうが国王にふさわしい」
ドミニク三世が即位してから不慣れな官僚による失策が続き、税は上がり氾濫対策の土木工事が中止になったことで水害が起きた。外交政策でも不手際が続いて他国からも侮られている。
このまま国力が低下すれば、周辺国から攻め入られるだろう。
塔の中にいたわたしですら、危ういと思っているのに。
「本当はわたしはあなたが自分の罪を認めて下さるなら、王位から引きずり降ろすつもりはなかった。けれど、もうあなたを擁護するつもりはない」
「……引きずり降ろすつもりはない? 何を言っている。私が憎いのではないのか? それなら私がやったこととどこが違う?」
「……叔父上。わたしはあなたを憎んではいません」
おそらくこの人は父上の遺言が後で発見されてもいいように、わたしの異母兄たちを処刑したのだ。わたしのことは王位継承権を持たない王女だと思っていたし、将来【祝福】を得るためにも殺すつもりはなかったのだろう。
「……お前も処刑しておくのだった。あの日お前の瞳の色を見た時、何故か背筋が凍ったような気がした」
あの処刑場でこの人の顔はよく見えなかった。あの時この人はわたしの瞳に怯えていたのか。父が紛れもなく王家の血を引いた正統な王だったと突きつけられて。
「ではあなたも間違えることがあるただの人ということではありませんか?」
ドミニク三世はそれを聞いて黙り込んだ。自分の過ちや後悔を自分で口にしておいて、まだ認めたくないのだろう。
彼はそのまま兵士たちに連行されていった。
……元国王、ということになるのだろうか。それともただの王弟ということか。
遺言の正当性が認められたら、あの人が即位したこと自体がなかったことになる。
「わたしが戴冠してもいいのだろうか」
カミーユは神官たちやエルネストに眼を向けた。
「わたしはダイモスに嫁いだ身だ。ダイモスの王太子配としての立場がある」
エルネストが穏やかに微笑んだ。
「いえ。それが過去に前例があるのです。百二十年程前、ある国と緊急で同盟を結ぶ必要ができた折りに、我が国の王と相手国の女王が婚姻をしました。後に二国は併合しましたが」
「それは確か相手国を保護する必要があったからで、併合を前提にしていたものだ。それに……」
カミーユは歴史の書物でそのことは聞いたことがある。二人の子が即位したことで両国は円満に併合した。けれど自分たちには決定的な問題がある。
……わたしはアレクと子を成すことはない。だからアレクの後継はグラントリーを指名している。けれど、この国の王となる後継者をどうすればいいのだ。
「いろいろと問題があるのは承知の上です。結論を急ぐ必要はないでしょう。不肖このエルネスト、全力で摂政としてお支えいたします。何よりも、この国に必要なのは正しい王ではなく、民を見捨てぬ王です」
「神殿としてもあなた様をお支えいたします。聖人としてもふさわしい力を持つお方がこの国の王に立つことは喜ばしいことでございます」
カミーユは頷いた。そして自分の隣に歩み寄ってきたアレクに問いかける。
「……王になってもアレクの伴侶でいさせてくれるだろうか」
「何言ってるの。僕が君を手放すわけがないでしょ。転送魔法の仕掛けを置いておけば一瞬で会えるんだから。ああそうか、それならこっちで執務したって問題ないし、いっそ僕もこっちに住んじゃおうかな。カーネルの領主にはグラントリーを任じればいいし」
「……え?」
アレクの手が伸びてきて、カミーユの肩を抱いた。
「君は亜人でも人族でも分け隔てなく助けようとした。君の父を非難して死に追いやった王都の人たちが瘴気に晒されるのを止めた。きっと僕より立派な国王になるだろう。だから僕も君を支えるよ。どうせ僕の父上は可愛くないからそう簡単に倒れたりはしないだろうからね。君はこの国を建て直すことに専念すればいい。先のことはゆっくり考えればいい」
そう言ってカミーユの頬に素早く口づけた。
『どうか逃げ延びて幸せになってほしい。幸せになってくれ』
父の最後の声が頭をかすめた。
……父上。どこかでわたしを見てくださっているだろうか。
カミーユはアレクに微笑みかけた。
わたしは幸せだから、父上もどうか冥府で母上とお幸せに過ごしてほしい。
33
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人
「後1年、か……」
レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
【BLーR18】箱入り王子(プリンス)は俺サマ情報屋(実は上級貴族)に心奪われる
奏音 美都
BL
<あらすじ>
エレンザードの正統な王位継承者である王子、ジュリアンは、城の情報屋であるリアムと秘密の恋人関係にあった。城内でしか逢瀬できないジュリアンは、最近顔を見せないリアムを寂しく思っていた。
そんなある日、幼馴染であり、執事のエリックからリアムが治安の悪いザード地区の居酒屋で働いているらしいと聞き、いても立ってもいられず、夜中城を抜け出してリアムに会いに行くが……
俺様意地悪ちょいS情報屋攻め×可愛い健気流され王子受け
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
転生したら最強辺境伯に拾われました
マンスーン
BL
現代日本人・東堂裕太が目を覚ますと、そこは異世界。クズな婚約者に魔力を限界まで搾取され、ボロボロになって森に捨てられる悲惨な青年・ルカに転生していた。
死を覚悟した裕太だったが、そんな彼を拾い上げたのは、帝国最強の武力を誇り「氷の死神」と恐れられる辺境伯・ラーク。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる