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第20話 不安な王太子妃

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初めて見たアドガルムの領地は、平和そのものであった。

窓から見える綺麗な街並みにレナンは興奮が押さえられない。

こう言っては不謹慎かもしれないが、とても攻め入られたとは思えない景色だ。

(この平和をお父様たちは壊そうとしたのね)
実の父がしでかしたことを思い出してレナンは落ち込み、ラフィアの心配する気持ちが理解出来た。

この平和をパルス国は壊そうとしたのだ。

だから例えどんなひどい仕打ちを受けても、レナンは文句の一つも言えない。

「大丈夫か? 馬車酔いでもしたか?」
耳元で突如囁かれ、レナンは悲鳴を上げかけた。

「だ、大丈夫です。少し考え事をしていて」
赤くなる顔を見せないように、レナンは再び外に目を向ける。

「いずれ落ち着いたら街も案内しよう、これからいっぱい知ってもらいたいからな」
肩に手を回され、ますますレナンは赤くなり、鼓動が早くなる。

馬車の中では逃げることも出来ず、焦るばかりだ。

「レナンには大変な事ばかり背負わせてしまうが、申し訳ない」
唐突な謝罪にレナンは顔を向けた。

「パルスにいた方がよかったと思わせないように頑張るつもりだが、困ったことは何でも相談してくれ。出来る限り叶える」
決意の込めた声にレナンは、嬉しくなった。

言葉だけでもこうした気遣いは心が温かくなる。

「いいのです、人質としてこの国に来る時から覚悟していました。どんなに迫害されようが頑張れます」

「迫害? 誰がそんな事を」
急に温度が下がった。

寒い、というより凍えそうだ。

「俺の大事な妻にそんな事をするものがいたら極刑だが。誰かに何か言われたか?」
真顔で問い詰められ、レナンは思わず身を引いてしまう。

「いえ。ですがわたくしは攻め入った国の者ですし、属国の王女ですし」

「関係ない、レナンはもうこの国の王太子妃だ」
逃げようとしたレナンの体が引き戻される。

「婚姻が結ばれたことで俺は王太子となることが決まった。民への発表はこれからだが、その妻となるレナンを迫害するものなど出るわけがない、俺が出させない」

(こ、怖い)
エリックの迫力にレナンは声も上げられない。

「仮にそのような事があれば二コラに始末させる、だからそんな心配はしなくていい」
二コラとはエリックと一緒にいた柔和そうな眼鏡の従者だ。

薄茶色の髪をした少し気弱そうな青年の顔を思い出すが、始末するとはどういうことか。

考える間もなく抱きしめられ、動く事も出来なくなった。

レナンは目を閉じ、震え、時間が過ぎるのをただ待つばかりだ。

「レナンは何も心配しなくていい、俺が守るから」
一転して優しく声を掛けられ、髪を撫でられる。

こんなにも激しいエリックの感情の差にレナンはだいぶ心配になった。

(大丈夫かしら、わたくし凍え死んだりしないかしら?)
迂闊な事を口にしないようにと、レナンは硬く心に誓うのであった。


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