上 下
55 / 202

第55話  セラフィムでの異変

しおりを挟む
パルス国の襲撃事件、そして帝国からの宣戦布告から数日、今度はミューズの元へ手紙が届く。

「お兄様が大怪我を?」
その内容にミューズは驚いた。

セラフィム国の王太子であるミューズの兄が怪我をしたらしい。

「ギリム山脈の薬草取りの時に魔獣に襲われ大怪我をしたそうです。至急戻ってきて私の回復魔法をかけてほしいとかいてありますわ」
ミューズの使用する回復魔法はとても効果が高い、なので他国より呼ぶということは、余程の怪我をしたのだろう

「何故王族が薬草取りを? 部下に頼めばいいんじゃないのか」
王太子自らが取りに行くなんて、不自然だと疑問を口にする。

「ギリム山脈は危険なところですが、貴重な薬草が生える大事な土地です。国が管理しているのもあり、腕の立つお兄様が取りに行くことは多いですわ」
しかし、近衛兵なども一緒だし、これまで此の様な事はなかった。

強い魔獣が移住でもしてきたのだろうか。

「パルス国の事もあるし、俺も行く」
ティタンはそう名乗り出る。

あのようなことがあったのだし、一人では行かせられない。

「くれぐれも気をつけて行くんだぞ」
何が起きるかはわからない。

「はい」
エリックの言葉に殊勝に頷いた。






暫くぶりのセラフィム国だ、穏やかな気候で絶えず何らかの花が咲き乱れている。

国王への挨拶もそこそこに、ミューズはすぐに兄のもとへと向かった。

「皆さん、来てくれてありがとうございます」
ミューズの兄で王太子のフロイドは本当に酷い怪我をしていた。

骨が折れたのだろう、腕を吊り、痛々しく包帯が巻かれている。

「お兄様、大丈夫ですか?」
折れた骨が変な形でつかないように気をつけ、回復魔法を掛けていく。

「手伝うぞ。フロイド殿、失敬する」
ティタンがフロイドの折れた腕を支えてくれて、ミューズはホッとする。

力の入らない人間の身体は結構重く、こうして支えて安定した状態にしてもらえると回復もしやすい。


「ありがとうミューズ。そしてティタン様も」
すっかりくっついて良くなった腕に、フロイドも安心した。

「珍しいですね、お兄様が怪我をするなんて。余程強い魔獣だったのですか?」

「急に襲ってきたんだ。どうやら手負いで気が立ってたらしく、あっという間に迫ってきたよ」
折れていた腕をさすり、フロイドは当時を思い出す。

ミューズの魔法で傷跡も残っていないし、痛みもない。

元のように動かすことが出来てホッとしていた。

「相変わらず凄い魔力だ。ミューズは何でも卒なくこなせて、羨ましいよ」

「そんな事はないですわ」
フロイドの褒め言葉にミューズは苦笑いをする。

「謙遜しなくてもミューズが優れているのは俺達兄弟の中でも話題だ。それで、少し相談もあったのだけれど」
ちらりとフロイドの視線がティタンに移される。

ティタンに聞かせたくないということだろう、セラフィムに関する事かもしれない。

兄妹だけのことにするかとティタンはしばし退室する旨を伝える。

「俺は国王ヘンデル殿ともう少し話をしてきます、先程は挨拶だけでしたので。ただセシルとライカは護衛として置かせてもらいます。何があるかわかりませんから」
帝国についての話もせねばならないだろう。

改めての報告書は父と兄が作成してるだろうから、口頭での注意喚起をするつもりだ。

ティタンに命じられた二人は恭しく頭を下げた。

「何かあればすぐ呼ぶんだぞ」
同じ城内だ、離れていてもすぐに駆けつけられる。

通信石で知らせてもらえれば、辿り着くまでそうかからないだろう。

「分かりました」
二人は威勢良く返事をする。

「ミューズも。何かあったら遠慮なく言ってくれ」
ポンポンと優しく頭を撫でられた。

「お気遣いありがとうございます」
兄の前で子どものように扱われて少々気恥ずかしさを感じ、照れくさくなる。

「夫婦なんだ、遠慮するな。それではまたな」
ティタンが部屋から出ていった後、フロイドは驚いたように話しかける。

「あれが虐殺者って呼ばれた王子なのか? 信じられない」
フロイドはアドガルムで捕虜になっていたので、ティタンの話も間近で聞いている。

犠牲になったものの怨嗟の声も耳にした。

それなのにあのように優しく気遣い、穏やかな声で接する様を見て、噂と違い過ぎて信じられないという気持ちだ。

ティタンの従者達の前だというのも忘れ、思わず妹に確認してしまう。

「本当はとても優しい人なのです。戦いさえなければ、そんな風に呼ばれることもなかったでしょう」
普段は気性が荒い事もなく、とても静かだ。

自信満々な時もあれば気弱な時もあり、いい意味で人間味がある。

「戦、そうだね。あれさえなければ、いつまでも平和だったのだろうな……」
少し遠い目をしてフロイドは外を見た。

草と花に囲まれた自然豊かな国、人々も穏やかなこの国は、変わらずにあり続けただろう。

「ティタン様がミューズを大切にしているとは噂で聞いていたけど、本当なんだな」
ティタンの声掛けなど短い言葉ではあったけれど、仕草や表情は慈愛に満ちていた。

ミューズを本当に想ってくれているのであろう。

「そうですね、とても大事にしていただいております。アドガルムの人たちは皆お優しい方たちばかりですわ。ぜひお兄様も遊びに来てください」
その言葉にフロイドは顔を歪めた。

「幸せ、なんだな。あぁ、それなのにこんな事になってしまって、呼びつけてしまって……本当にすまない」
兄の謝罪にミューズは訝しむ。

「何をおっしゃいますか。お兄様の為に戻って来ることは苦では無いですよ」
怪我をしたのはフロイドのせいではないのだから、仕方ない。

ミューズは首を傾げた。

「違うんだ、本当に申し訳ない」
そう言ってフロイドは項垂れるばかりだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【壱】バケモノの供物

BL / 完結 24h.ポイント:399pt お気に入り:309

引き籠もりVTuber

青春 / 連載中 24h.ポイント:682pt お気に入り:28

【完結】 婚約者が魅了にかかりやがりましたので

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,334pt お気に入り:3,432

鬼上司と秘密の同居

BL / 連載中 24h.ポイント:3,680pt お気に入り:597

死が見える…

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

Blue day~生理男子~

BL / 完結 24h.ポイント:355pt お気に入り:1,733

チート鋼鉄令嬢は今日も手ガタく生き抜くつもりです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:133

セックスがしたくてしょうがない攻めVSそんな気分じゃない受け

BL / 完結 24h.ポイント:4,419pt お気に入り:6

処理中です...