27 / 70
第27話 今までの思い(ローシュ視点)
しおりを挟む
「エカテリーナ=ブルックリンと申します」
綺麗な礼をするエカテリーナを、僕は最初人だとは思えなかった。
同い年なのに洗練されていて、動作も軽やか。顔も人形のように整っており、貴族らしく表情も抑えていたため、余計にそう思えたのだ。
最初はこんな綺麗な子が自分の婚約者なんてとドキドキしたが、段々と側にいて慣れてくると気持ちが変わっていく。
「ねぇ、エカテリーナ。君は僕の事が好き?」
「えぇ、もちろん殿下を敬愛しています」
そう答えるエカテリーナの声は事務的で形式的で、いつしか人と接するというよりも人形に話しかけているような気分になっていったのだ。
別に彼女が僕に酷い事をしたわけではなく、寧ろ人一倍気を配ってくれ、大切にしてくれた。
僕の好物を持ってきてくれたり、体調の事を心配してくれたり、手紙もいっぱいもらって、至れり尽くせりなのだが……。
「大丈夫ですか? 殿下」
体調を崩すとお見舞いにも来てくれる彼女が段々と煩わしくなり、そして怖くなった。
彼女は完璧なんだ。
貴族として淑女として、崩すことのない表情も真面目な言葉も。そして魔石を持たずとも魔法が使えることも怖い。
何も持たずとも生身で戦えるという事を示しており、それは人間凶器のようなものだから。
記憶を失うきっかけになった事件よりも前に、僕は刺客に襲われた事がある。
その際に彼女は魔法で僕を助けてくれた。
その力は強大で、彼女が軽く力を使っただけで人が死んだ。
堪らなく怖かった。
そんな強い力を持っていて、そして無表情で人を殺す彼女の事が。
誰も彼女を咎めないし、寧ろ褒めたたえる。
それに反比例して、僕はもっとしっかりするようにと言われてしまう。
精神的にも身体的にも弱く、病がちな僕には酷な言葉がぶつけられた。
(彼女のように最初から強い人に追いつけるわけがないだろう)
彼女はその件以降更に認められ、僕は頼りない第二王子としてますます縮こまるようになった。
これでもっと彼女を大事にしよう、自分ももっと頑張ろうと奮起したら良かったかもしれないが、そんな気は起きなかった。
しょっちゅう体を壊す僕が、そしてどれだけ頑張っても婚約者においつけない現実が、僕から意欲を奪っていく。
「あのような婚約者様がいるなんて、ローシュ殿下が羨ましい」
褒め言葉はエカテリーナに向けて。自身が褒められることはそうはない。
しかし転機は訪れた。
学園に入ると、様々な者が僕を褒めたたえる。
今まで浴びた事のない賞賛の言葉に、僕は心地よさを感じていた。
そしてあるものが発した言葉が耳から離れない。
「王家の血を引き、そして心も優しいローシュ様の婚約者になれたエカテリーナ様は、さぞ幸せでしょう」
(そうだ、エカテリーナは僕の婚約者だから幸せなんだ)
それを聞いて仄暗くも喜びの気持ちに満ち溢れてしまった。
(僕はこの国で最高位の男だ。いかに優れたエカテリーナでも、王族ではない。そんな彼女よりも自分は偉いのだ)
僕は王子で、両親と兄に次いで偉い。
いかにエカテリーナに力があろうとも彼女は侯爵令嬢、自分よりも下の存在だ。
そう思えば少しは気が晴れた。
下位貴族の中には僕と同じくエカテリーナの事を、「人形のようで怖い」という気持ちになったものが少なからずいる。
またとても規律に厳しく、でも高位貴族で生徒会の一員であるエカテリーナに苦情を言える者はいない。
僕以外には。
「彼女は僕の言う事なら何でも聞く。だから、僕が彼女を正し、道を示していかなければいけない」
僕以外に彼女に命じられるものはいないのだもの。
時に皆の前で叱責し、また僕の仕事を肩代わりさせた。
彼女は強いのだから僕が言わないと止まらない、そして強い彼女は少し仕事が多くなっても平気でこなせるからね。
エカテリーナに仕事をさせて時間が空いた分は皆と話す時間に充てることが出来、とてもいい時間を過ごせた。
皆の悩みを聞いたり、頼りにされるというのは何と嬉しい事だろう。
父も兄もエカテリーナも、大事な話を自分にしてくれることはない。
ならば僕は自分に大事な話をしてくれる、この者達に耳を傾けなくては。
広く皆の意見を聞くことは将来の国の為になる事だ。
僕は新たな自分の役割を見出して、やる気に満ち溢れていた。
綺麗な礼をするエカテリーナを、僕は最初人だとは思えなかった。
同い年なのに洗練されていて、動作も軽やか。顔も人形のように整っており、貴族らしく表情も抑えていたため、余計にそう思えたのだ。
最初はこんな綺麗な子が自分の婚約者なんてとドキドキしたが、段々と側にいて慣れてくると気持ちが変わっていく。
「ねぇ、エカテリーナ。君は僕の事が好き?」
「えぇ、もちろん殿下を敬愛しています」
そう答えるエカテリーナの声は事務的で形式的で、いつしか人と接するというよりも人形に話しかけているような気分になっていったのだ。
別に彼女が僕に酷い事をしたわけではなく、寧ろ人一倍気を配ってくれ、大切にしてくれた。
僕の好物を持ってきてくれたり、体調の事を心配してくれたり、手紙もいっぱいもらって、至れり尽くせりなのだが……。
「大丈夫ですか? 殿下」
体調を崩すとお見舞いにも来てくれる彼女が段々と煩わしくなり、そして怖くなった。
彼女は完璧なんだ。
貴族として淑女として、崩すことのない表情も真面目な言葉も。そして魔石を持たずとも魔法が使えることも怖い。
何も持たずとも生身で戦えるという事を示しており、それは人間凶器のようなものだから。
記憶を失うきっかけになった事件よりも前に、僕は刺客に襲われた事がある。
その際に彼女は魔法で僕を助けてくれた。
その力は強大で、彼女が軽く力を使っただけで人が死んだ。
堪らなく怖かった。
そんな強い力を持っていて、そして無表情で人を殺す彼女の事が。
誰も彼女を咎めないし、寧ろ褒めたたえる。
それに反比例して、僕はもっとしっかりするようにと言われてしまう。
精神的にも身体的にも弱く、病がちな僕には酷な言葉がぶつけられた。
(彼女のように最初から強い人に追いつけるわけがないだろう)
彼女はその件以降更に認められ、僕は頼りない第二王子としてますます縮こまるようになった。
これでもっと彼女を大事にしよう、自分ももっと頑張ろうと奮起したら良かったかもしれないが、そんな気は起きなかった。
しょっちゅう体を壊す僕が、そしてどれだけ頑張っても婚約者においつけない現実が、僕から意欲を奪っていく。
「あのような婚約者様がいるなんて、ローシュ殿下が羨ましい」
褒め言葉はエカテリーナに向けて。自身が褒められることはそうはない。
しかし転機は訪れた。
学園に入ると、様々な者が僕を褒めたたえる。
今まで浴びた事のない賞賛の言葉に、僕は心地よさを感じていた。
そしてあるものが発した言葉が耳から離れない。
「王家の血を引き、そして心も優しいローシュ様の婚約者になれたエカテリーナ様は、さぞ幸せでしょう」
(そうだ、エカテリーナは僕の婚約者だから幸せなんだ)
それを聞いて仄暗くも喜びの気持ちに満ち溢れてしまった。
(僕はこの国で最高位の男だ。いかに優れたエカテリーナでも、王族ではない。そんな彼女よりも自分は偉いのだ)
僕は王子で、両親と兄に次いで偉い。
いかにエカテリーナに力があろうとも彼女は侯爵令嬢、自分よりも下の存在だ。
そう思えば少しは気が晴れた。
下位貴族の中には僕と同じくエカテリーナの事を、「人形のようで怖い」という気持ちになったものが少なからずいる。
またとても規律に厳しく、でも高位貴族で生徒会の一員であるエカテリーナに苦情を言える者はいない。
僕以外には。
「彼女は僕の言う事なら何でも聞く。だから、僕が彼女を正し、道を示していかなければいけない」
僕以外に彼女に命じられるものはいないのだもの。
時に皆の前で叱責し、また僕の仕事を肩代わりさせた。
彼女は強いのだから僕が言わないと止まらない、そして強い彼女は少し仕事が多くなっても平気でこなせるからね。
エカテリーナに仕事をさせて時間が空いた分は皆と話す時間に充てることが出来、とてもいい時間を過ごせた。
皆の悩みを聞いたり、頼りにされるというのは何と嬉しい事だろう。
父も兄もエカテリーナも、大事な話を自分にしてくれることはない。
ならば僕は自分に大事な話をしてくれる、この者達に耳を傾けなくては。
広く皆の意見を聞くことは将来の国の為になる事だ。
僕は新たな自分の役割を見出して、やる気に満ち溢れていた。
210
あなたにおすすめの小説
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
あなたの愛が正しいわ
来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~
夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。
一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。
「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」
悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。
ねーさん
恋愛
あ、私、悪役令嬢だ。
クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。
気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います
ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」
公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。
本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか?
義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。
不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます!
この作品は小説家になろうでも掲載しています
【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる