水の主は憂う

コトイアオイ

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1.水底の世界

先生(仮)

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 実のところ、人間界で色々な決まり事があったように、水底の世界でもそれなりに規則があるらしい。騒ぎを起こした者は、土地を永久追放とか何とか。


幸い、人間がこの地に立ち入り禁止という決まりはないようだが、それでも異種族への警戒は消えることは無い。


水底の透き通った床に、あぐらをかいて座る水無月がそう説明してくれた。


「まぁ、人間に対して漠然とした恐怖を感じている者ならば放っておけばいい。それよりも、先日の赤佐や透鯉のような者には気をつけろ」


憎しみを抱いている者は何をするか分からないからな、と水無月が呟く。確かに、こちらの意見を全く聞いてくれなかったしな、あの二人。今度からはもっと気をつけよう。一度人間として死んだような身としては、再度死を迎えるなんて金輪際ごめんである。


「分かった。でも、人間を憎んでいるのに何であの二人は人間の姿をとるの?矛盾してない?」


あんなに人間嫌いなら、ずっと本来の姿でいればいいのに。


「あぁ、それは元々この世界の神々が人型をとっていたことから始まっている。それゆえ、神から派生していった精霊なども同様に人型をとる」


人間が人型ということが当たり前だった琥珀にとっては、初耳のことだった。そもそも、神話などにも詳しくないため、思い当たらなかった。人間の姿を真似ていたわけではなく、あらゆる生物の原型こそ人型だったという。



「へぇ…何だか水無月、先生みたい。色々なこと知っているし」



水津瀬村でも、頭のいい大人が子供達に計算の仕方や文字を教えていたものだ。私は疎まれていたので、そこに参加することはできなかったけれども。しかし、この世界では文字を使う機会がほとんどない上、どの道、水無月達は古代文字を使うらしいので、大して気にしなくても良さそうだ。要するに言葉さえ通じていれば、大丈夫ということである。


 試しに心の中で水無月先生、と呼んでみる。



何故か、水無月はそれを感じ取ったかのように、気だるげに首を振った。どうやら先生呼びはお気に召さなかったようだ。


「…でも、もし水無月みたいな綺麗な人が先生になったら、人気過ぎて私なんか構ってもらえなくなっちゃうよね」


ただでさえ、先生という役は子供達に人気の花形職業だったのだ。村において頭がいいことは、良い結婚や出世のための欠かせない要素だった。もし、水無月が先生役なら普通の比ではないだろう。


有り得ないとは知りつつも、もしそうなったらと考えると寂しいものがある。ここにおいて、琥珀の味方は水無月と小波くらしいしかいないのだから。おまけに、彼らは今までの人生を通しても唯一と言える、琥珀の大切な人達だ。


不安に肩を落とす琥珀の頬を、水無月は優しく包み込む。少し冷たい彼の手が琥珀の顔に触れたかと思えば、すぐさま額を指で弾かれた。軽い衝撃に、琥珀は額を両手で抑えて、水無月に非難の視線を送る。痛いもんは痛い。


「そう心配するな。俺はお前の面倒を見るだけで手一杯だ」


「ちょっと、子供扱いはやめてよね。私だって今年で15になったんだから」


そう抗議したら、水無月からは笑われた。「まだたったの2桁か」と。神様基準で言ったらほんの子供だろうけど、人間社会では成人間近なのに!


頬を膨らませていると、それすらも水無月にとっては子供の仕草だと笑われた。何だか悔しい。


琥珀は早いところ、大人の女になってみせると密かに誓った。
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