6 / 7
1.水底の世界
訪問者
しおりを挟む
小波がフラリと立ち寄っては、彼女が持ってくるもので遊んだり、色々な話をしたりして日々が過ぎていった。
彼女は初めて会った時から変わらない。人間の娘だと知っても、彼女は屈託なく笑ってくれた。今まで友達がいなかった琥珀にとっては、彼女がもたらすものは何もかも新鮮だった。
そんな彼女は世間通であるがゆえに、噂好きでもあるということを知ったのは今日だった。
水無月と琥珀の元へ新たな訪問者がやって来たのだ。川に住む鯰の化身、赤佐と鯉の化身透鯉と言うらしい。彼らは魚の姿のまま名乗ってきたので、私は少なからず驚いた。
ズカズカと乗り込んできた彼らーー、いや、ビチビチと乗り込んできたの間違いか。えらく活きの良いやつがいると思っていたら、その鯰と鯉はふわりと白い靄に包まれる。
一体何事か、さっぱり理解できない。靄が晴れた先に現れたのは、色黒で赤髪を短く揃えた大男と、色白で長い前髪を顔の片方に寄せている儚げな美少年だった。
赤毛の男は琥珀をギリッと音がしそうなくらい睨みつける。それはまるで、長年探してきた親の敵にでも出会ったかのようだ。…私には彼に睨まれる心当たりがないのだが。
「おい、水無月!話は聞いたぞ、どういうことだ。また懲りもせず、人間の娘なんぞ助けてどうする」
………心当たりありありだった。人間の娘と言った瞬間の彼らの雰囲気は尖りに尖っていた。
そりゃそうだ。この水底で私だけが人間で、皆と違うのだから。水無月や小波は受け入れてくれたから忘れそうになるが、私はどこにおいても決して溶け込めない異質な存在なのだろう。
顔を下に向け、情けなく歪んだ表情を隠す。弱みを見せてはいけない。つけ込む隙を作るな。
あの疎外されてきた村で学んだことを、私は繰り返し念じる。大丈夫、今までだってそうやって生きてきた。今更、何を怖がる必要があるというのだ。
「琥珀、来い」
水無月の声が聞こえたかと思えば、暖かな水の流れに背中を押され、琥珀は水無月の胸元へ飛び込む形となった。正直、顔が隠せて助かった。それに、水無月の穏やかな鼓動を感じ、不安に苛まれていた心も、少しずつ落ち着きを取り戻していた。
「……ありがとう、水無月」
水無月は何でもないことのように、琥珀の頭をくしゃりと撫でた。それから、突然の訪問者達に向き直る。その顔はいかにも面倒と言いたげだ。
「で?何だお前達。俺もそうそう暇ではない。要件はもう終わりか?」
暇ではないと強調しながら、水無月は欠伸を噛み殺している。要するに早く寝たいらしい。
流石にそんな態度を取っていると怒らせてしまうのでは、という私の不安は的中した。赤毛が水無月の緩く着崩した着物を乱暴に掴む。それをひ弱そうな少年が慌てて止めようとしているが、どう見ても彼では止めきれないだろう。
「水無月…!何故お前は人間を庇う?」
「何を今更…。俺のような神にとって、人間の信仰は大きな糧となる。それが分からないほど、お前は頭が悪かったか?」
「本当にそれだけか?その割には随分と面倒を見ているみたいだな」
水無月の説明を聞いても、赤毛は疑わしそうに水無月と私とをジロジロ見比べる。
「五月蝿い…。俺は騒音が嫌いだと知っているだろう?お前の質問には答えた。もう要は済んだはずだな、さっさと帰れ」
水無月が手で追い出すような仕草をしたかと思えば、赤佐と透鯉を激しい水流が押し流していく。問答無用とばかりの力技に、琥珀は目を見開く。赤佐なんて、ひっくり返っていたが大丈夫だっただろうか。
ソワソワと落ち着かない私の横で、水無月は静かに眠っていた。どうやら寝起きで多少?機嫌が悪かったらしい。
これぞ、触らぬ神に祟りなしというやつか。
彼女は初めて会った時から変わらない。人間の娘だと知っても、彼女は屈託なく笑ってくれた。今まで友達がいなかった琥珀にとっては、彼女がもたらすものは何もかも新鮮だった。
そんな彼女は世間通であるがゆえに、噂好きでもあるということを知ったのは今日だった。
水無月と琥珀の元へ新たな訪問者がやって来たのだ。川に住む鯰の化身、赤佐と鯉の化身透鯉と言うらしい。彼らは魚の姿のまま名乗ってきたので、私は少なからず驚いた。
ズカズカと乗り込んできた彼らーー、いや、ビチビチと乗り込んできたの間違いか。えらく活きの良いやつがいると思っていたら、その鯰と鯉はふわりと白い靄に包まれる。
一体何事か、さっぱり理解できない。靄が晴れた先に現れたのは、色黒で赤髪を短く揃えた大男と、色白で長い前髪を顔の片方に寄せている儚げな美少年だった。
赤毛の男は琥珀をギリッと音がしそうなくらい睨みつける。それはまるで、長年探してきた親の敵にでも出会ったかのようだ。…私には彼に睨まれる心当たりがないのだが。
「おい、水無月!話は聞いたぞ、どういうことだ。また懲りもせず、人間の娘なんぞ助けてどうする」
………心当たりありありだった。人間の娘と言った瞬間の彼らの雰囲気は尖りに尖っていた。
そりゃそうだ。この水底で私だけが人間で、皆と違うのだから。水無月や小波は受け入れてくれたから忘れそうになるが、私はどこにおいても決して溶け込めない異質な存在なのだろう。
顔を下に向け、情けなく歪んだ表情を隠す。弱みを見せてはいけない。つけ込む隙を作るな。
あの疎外されてきた村で学んだことを、私は繰り返し念じる。大丈夫、今までだってそうやって生きてきた。今更、何を怖がる必要があるというのだ。
「琥珀、来い」
水無月の声が聞こえたかと思えば、暖かな水の流れに背中を押され、琥珀は水無月の胸元へ飛び込む形となった。正直、顔が隠せて助かった。それに、水無月の穏やかな鼓動を感じ、不安に苛まれていた心も、少しずつ落ち着きを取り戻していた。
「……ありがとう、水無月」
水無月は何でもないことのように、琥珀の頭をくしゃりと撫でた。それから、突然の訪問者達に向き直る。その顔はいかにも面倒と言いたげだ。
「で?何だお前達。俺もそうそう暇ではない。要件はもう終わりか?」
暇ではないと強調しながら、水無月は欠伸を噛み殺している。要するに早く寝たいらしい。
流石にそんな態度を取っていると怒らせてしまうのでは、という私の不安は的中した。赤毛が水無月の緩く着崩した着物を乱暴に掴む。それをひ弱そうな少年が慌てて止めようとしているが、どう見ても彼では止めきれないだろう。
「水無月…!何故お前は人間を庇う?」
「何を今更…。俺のような神にとって、人間の信仰は大きな糧となる。それが分からないほど、お前は頭が悪かったか?」
「本当にそれだけか?その割には随分と面倒を見ているみたいだな」
水無月の説明を聞いても、赤毛は疑わしそうに水無月と私とをジロジロ見比べる。
「五月蝿い…。俺は騒音が嫌いだと知っているだろう?お前の質問には答えた。もう要は済んだはずだな、さっさと帰れ」
水無月が手で追い出すような仕草をしたかと思えば、赤佐と透鯉を激しい水流が押し流していく。問答無用とばかりの力技に、琥珀は目を見開く。赤佐なんて、ひっくり返っていたが大丈夫だっただろうか。
ソワソワと落ち着かない私の横で、水無月は静かに眠っていた。どうやら寝起きで多少?機嫌が悪かったらしい。
これぞ、触らぬ神に祟りなしというやつか。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる