4 / 9
地雷と書いて聖女と読む
しおりを挟む
あれからどれくらい歩いたのか、それは定かではない。あの地獄の臭さとぬめりを乗り切った私は、晴れて早朝の陽の光を浴びていた。
「うぉふ、眩しいぃ…」
どこかはさっぱり分からないが、下水道を出てから、私はたまたま見つけた公園の噴水にダイブして身体を清めた。早朝の公園で助かった。それも誰もいない時間で良かった。昼間ならまず逮捕されるだろう。怪しすぎる。
所詮、公園の噴水の水も綺麗とは言い難いだろうと思いつつ、少しでもこの汚れと臭いが落ちるならと藁を掴む気持ちだった。
それがどうだろう。何と、あれほどの臭さと汚れがきれいさっぱりなのだ。臭いについては私の鼻が機能していなかったという可能性がある。しかし、汚れは目に見えて落ち、元々着ていたセーターとジーパンは新品のような色合い、手触りだった。
よく分からないけどラッキー。そのくらいにしか私は考えていなかった。
だが、幸運はそれだけではなかった。
公園で身を清めた後、フラフラと歩いていくと、非常に大きな邸宅に行き着いた。どこぞの金持ちだか知らないが、ここの車庫あたりにお邪魔しよう。車が三台は余裕で入りそうだ。公園も捨て難いけれど、脱獄後にすぐ捜索されそうな場所には留まるべきではないだろうし。
こっそり忍び寄ると、物陰から何かが飛び出して来た。それは、ひどく馴染みのある鳴き声だった。フワフワの毛並みのわんこだ。小さな身体で私に向かって尻尾をブンブン振っている。きゅるんとした瞳はこちらを一心に見つめており、可愛いの言葉に尽きる。
「よしよーし、可愛いなぁ。ごめんね、君のお宅の車庫ちょっとだけ借りるね」
どうぞ!とばかりにわんこは尻尾を激しく振る。多分OKの意だと勝手に解釈して、私はわんこと共に眠りについた。
ーーーー
暖かい繭に包まれ、気持ち良く眠っている。そんな感覚の中、私はうとうとしていた。車庫のくせに暖かいとは何事だと思うが、快適さに思考は上手く働かない。
一緒に寝ていたわんこの気配が隣から消えたかと思えば、ふいに周りが騒がしくなった気がする。
何だもう朝か、目覚ましはまだ鳴ってないよ。
元々夜は明けていたが、そこは無視である。いつもの癖で二度寝に入ろうとした私は、聞こえてきた単語に目をカッと見開いた。
「聖女だ…」
「聖女なわけあるかい!!」
もはや禁句のレベルだ。地雷と言ってもいい。つい条件反射で反論してしまった。
「え」
「ん?」
禁句を漏らしたのは、目の前でわんこを抱っこしている男性に違いない。貴方は誰ですかと問おうとして、私は気づいた。人様の車庫を勝手に間借りした私の方が「誰や貴様」だと。彼はきっとこの家の人だ。
「あ、いえいえ、その、決して怪しい者ではないんです。私は真澄、雨宮真澄と言いまして、かつては営業をやっていた…あっ、営業で来たんじゃないんですよ!?」
まるで、この豪邸に図々しくも早朝から営業に来たような紹介になりそうで、慌てて弁解する。どこからどう見ても怪しい私に対して、男性……(二十代後半くらいの爽やかイケメン)は数秒見つめて言った。
「いや、聖女なんでしょう?」
「だから聖女じゃないっつってんだろ…あ、すみません、すみません!つい脊髄反射で」
喧嘩腰になる自分を抑えるべく、両手を耳の上に揃えて上げる。いわゆる、私は敵じゃありませんポーズでもある。
爽やかさんは顎に手を当てて、少し考える素振りを見せた。その姿すら絵になりそうなもので、私は羨ましさにギリィ…と心の中で歯ぎしりしていた。
「貴方の周りの光の膜は、聖女が身に纏うものだと言われています。お召し物には疑問が残りますが、ウルは家人と女性にしか懐きませんから女性で間違いないはずですが…」
ウルと呼ばれてわんこが反応する。なるほど、お名前はウルなんだね。で、説明からしてオスなのかな。……待ってそこじゃないだろ私。
光の膜。
そう、そこだよ。突っ込むところ!にしても、爽やかさんの笑えないジョーク来た!と苦笑してしまった。私は彼の言葉を全く信じずに、一応自分の周りを見る。
…………あれ、おかしいな。
私の目は爽やかさんの言う光の膜らしきものを捉えていた。身体全身から緩やかに黄金の光が発せられ、私が動く度にその光も呼応する。いやいやいや、まさかね。本物…なわけない。極端に暗い所から明るい所に来たから、一時的に目がおかしくなったのだろう。
「……出会い頭に言うのも何ですけれど、私も貴方も疲労が溜まっているみたいですね。眼科行った方がいいと思いますはい」
爽やかさんの気に障らないように、アドバイスする。二人して同じ幻を見るとは。
それにしても、この意味の分からない世界に飛ばされて初めての女性認定、私は感動に打ち震えていた。例えそれがわんこによる判断だったとしても。
私に完全否定された爽やかさんは、しかしながら強かった。彼に一言断りを入れられた後、優しく手を取られて割りと強引に家に招き入れられたのだ。あわあわしていた私はつるりと家に案内され、すとんと柔らかいソファーに座らされた。その間数分、問答無用であった。
「うぉふ、眩しいぃ…」
どこかはさっぱり分からないが、下水道を出てから、私はたまたま見つけた公園の噴水にダイブして身体を清めた。早朝の公園で助かった。それも誰もいない時間で良かった。昼間ならまず逮捕されるだろう。怪しすぎる。
所詮、公園の噴水の水も綺麗とは言い難いだろうと思いつつ、少しでもこの汚れと臭いが落ちるならと藁を掴む気持ちだった。
それがどうだろう。何と、あれほどの臭さと汚れがきれいさっぱりなのだ。臭いについては私の鼻が機能していなかったという可能性がある。しかし、汚れは目に見えて落ち、元々着ていたセーターとジーパンは新品のような色合い、手触りだった。
よく分からないけどラッキー。そのくらいにしか私は考えていなかった。
だが、幸運はそれだけではなかった。
公園で身を清めた後、フラフラと歩いていくと、非常に大きな邸宅に行き着いた。どこぞの金持ちだか知らないが、ここの車庫あたりにお邪魔しよう。車が三台は余裕で入りそうだ。公園も捨て難いけれど、脱獄後にすぐ捜索されそうな場所には留まるべきではないだろうし。
こっそり忍び寄ると、物陰から何かが飛び出して来た。それは、ひどく馴染みのある鳴き声だった。フワフワの毛並みのわんこだ。小さな身体で私に向かって尻尾をブンブン振っている。きゅるんとした瞳はこちらを一心に見つめており、可愛いの言葉に尽きる。
「よしよーし、可愛いなぁ。ごめんね、君のお宅の車庫ちょっとだけ借りるね」
どうぞ!とばかりにわんこは尻尾を激しく振る。多分OKの意だと勝手に解釈して、私はわんこと共に眠りについた。
ーーーー
暖かい繭に包まれ、気持ち良く眠っている。そんな感覚の中、私はうとうとしていた。車庫のくせに暖かいとは何事だと思うが、快適さに思考は上手く働かない。
一緒に寝ていたわんこの気配が隣から消えたかと思えば、ふいに周りが騒がしくなった気がする。
何だもう朝か、目覚ましはまだ鳴ってないよ。
元々夜は明けていたが、そこは無視である。いつもの癖で二度寝に入ろうとした私は、聞こえてきた単語に目をカッと見開いた。
「聖女だ…」
「聖女なわけあるかい!!」
もはや禁句のレベルだ。地雷と言ってもいい。つい条件反射で反論してしまった。
「え」
「ん?」
禁句を漏らしたのは、目の前でわんこを抱っこしている男性に違いない。貴方は誰ですかと問おうとして、私は気づいた。人様の車庫を勝手に間借りした私の方が「誰や貴様」だと。彼はきっとこの家の人だ。
「あ、いえいえ、その、決して怪しい者ではないんです。私は真澄、雨宮真澄と言いまして、かつては営業をやっていた…あっ、営業で来たんじゃないんですよ!?」
まるで、この豪邸に図々しくも早朝から営業に来たような紹介になりそうで、慌てて弁解する。どこからどう見ても怪しい私に対して、男性……(二十代後半くらいの爽やかイケメン)は数秒見つめて言った。
「いや、聖女なんでしょう?」
「だから聖女じゃないっつってんだろ…あ、すみません、すみません!つい脊髄反射で」
喧嘩腰になる自分を抑えるべく、両手を耳の上に揃えて上げる。いわゆる、私は敵じゃありませんポーズでもある。
爽やかさんは顎に手を当てて、少し考える素振りを見せた。その姿すら絵になりそうなもので、私は羨ましさにギリィ…と心の中で歯ぎしりしていた。
「貴方の周りの光の膜は、聖女が身に纏うものだと言われています。お召し物には疑問が残りますが、ウルは家人と女性にしか懐きませんから女性で間違いないはずですが…」
ウルと呼ばれてわんこが反応する。なるほど、お名前はウルなんだね。で、説明からしてオスなのかな。……待ってそこじゃないだろ私。
光の膜。
そう、そこだよ。突っ込むところ!にしても、爽やかさんの笑えないジョーク来た!と苦笑してしまった。私は彼の言葉を全く信じずに、一応自分の周りを見る。
…………あれ、おかしいな。
私の目は爽やかさんの言う光の膜らしきものを捉えていた。身体全身から緩やかに黄金の光が発せられ、私が動く度にその光も呼応する。いやいやいや、まさかね。本物…なわけない。極端に暗い所から明るい所に来たから、一時的に目がおかしくなったのだろう。
「……出会い頭に言うのも何ですけれど、私も貴方も疲労が溜まっているみたいですね。眼科行った方がいいと思いますはい」
爽やかさんの気に障らないように、アドバイスする。二人して同じ幻を見るとは。
それにしても、この意味の分からない世界に飛ばされて初めての女性認定、私は感動に打ち震えていた。例えそれがわんこによる判断だったとしても。
私に完全否定された爽やかさんは、しかしながら強かった。彼に一言断りを入れられた後、優しく手を取られて割りと強引に家に招き入れられたのだ。あわあわしていた私はつるりと家に案内され、すとんと柔らかいソファーに座らされた。その間数分、問答無用であった。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる
みおな
恋愛
聖女。
女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。
本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。
愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。
記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。
結婚するので姉様は出ていってもらえますか?
基本二度寝
恋愛
聖女の誕生に国全体が沸き立った。
気を良くした国王は貴族に前祝いと様々な物を与えた。
そして底辺貴族の我が男爵家にも贈り物を下さった。
家族で仲良く住むようにと賜ったのは古い神殿を改装した石造りの屋敷は小さな城のようでもあった。
そして妹の婚約まで決まった。
特別仲が悪いと思っていなかった妹から向けられた言葉は。
※番外編追加するかもしれません。しないかもしれません。
※えろが追加される場合はr−18に変更します。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる