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1.序章
天使との出会い
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代わり映えのない、私の10年間。その日もまた同じことを繰り返すと私は信じていた。
白の塔は、護衛の人と食事を用意する召使いなど、最小限の人数しかいない。だから、10年も経てばその顔ぶれにも飽きてくる。
最近では、人とつきあうことも億劫になってきた。どうせ、この塔からは出してもらえないのだ。なら、いっそのこと部屋に閉じこもってやる。仕事さえしていれば、誰も文句は言わない。
ひねくれた考えを実践すべく、私は部屋の鍵を掛けた。もう夜ご飯も食べたし、人の訪れもないだろうけど。
気分転換のため、部屋にある唯一の窓を開ける。すると、風がぶわりと部屋に飛び込んできた。風は私の赤毛を巻き上げたかと思うと、すぐに収まる。乱れた髪を適当に整えて、私は窓の外を見やった。
塔の最上階に位置する部屋からは、街並みが一望できる。どの家も既に明かりを落とし、人々は眠りについたようだ。一方、暗い夜空には幾千の星が輝き、暗闇を鮮やかに彩っている。
だけど、私はその光景に不満足だった。
かつて故郷で見た夜空は、こんなものではなかった。もっと星が輝いて見えた。それに、夜に鳴く虫達の息遣いもより近かった。
それが、こんなに高い塔からは生き物達の息遣いなど全く聞こえやしない。まるで、孤独だ。私のために置かれた人はいるけれど、その人達は私が聖女ということで、距離を置いている。
「聖女ってこんなに寂しいのね…」
誰にともなく、弱音を吐く私は気づかなかった。窓に届く月光を遮る白い翼に。
バサリという、鳥にしては大きな羽音に驚いて私は顔を上げる。
こんな夜に、鳥…?
しかし、見上げた私の目に映ったのは、鳥よりも大きな羽を背に持つ、人間だった。いや、より正確に言うならば、天使だろうか。
「君、悲しいの?」
肩に届くか届かないかくらいの銀髪を風になびかせ、天使は私に問いかける。そして、天使が窓に手をかざしたところ、眩しい光が溢れ、私は反射的に目を閉じた。
一瞬だけ、窓がぴかりと光ったが、特に窓に異変は見られない。窓の向こうにいたあの天使も見当たらない。
夢?綺麗な人…。
勝手に夢だと決めつけた私は、窓から目を離した途端、驚きの声を上げそうになった。あの天使が部屋にいる!
私が悲鳴を上げるのを察知して、天使は慌てた様子で私の口を抑えた。儚げな見た目に反して大きな手に私は顔を赤らめる。
「もご…!」
初めは、普段人とここまで近距離で触れ合うことがないので照れていた私だったが、次第に息苦しさを覚えてきた。そこで、天使のお腹辺りに鉄拳を叩き込む。
「うぐ…」
ちょうど弱いところを突いたのか、天使は苦しそうに呻いて、私の口元から手を離した。解放された私は色々な意味で息を切らしながら、恨めしげに天使を睨む。
「い、いきなり何なのよ…。不法侵入だし、近いし、息も苦しかったわ…!」
「あ、ごめんね。でも、君があんまり悲しそうでつい…」
「つい…?夜、乙女の部屋に不法侵入しただけでも犯罪ものよ…。それに、私これでも聖女なの。見つかったら、貴方ただじゃ済まされないわ」
「僕を心配してくれるの?やっぱり君は優しいね。それに、僕の姿に驚かないなんて珍しい」
全然堪えていない。それに、聖女のこともいまいち伝わっていないみたいだ。まぁ、天使が人間の細かいことを知ってるわけがないか。
「確認だけど、貴方は天使?そして、もう1回聞くけど、何をしに来たの?」
天使かと聞いた時は「そうそう」と頷いていたが、続く私の質問に彼は衝撃を受けている。どうやら、自分の言ったことが伝わっていないことにショックを受けたようだ。いや、あんな抽象的なことで納得できないって。
「…君は今、幸せ?」
唐突な質問に、私はそうだと答えることが出来なかった。先程不満や愚痴を零していたくらいだ。とても幸せとは言いきれない。
私の暗い表情を見て、天使も悲しげな顔を浮かべた。そして、私に近づいて優しく頭を撫でてきた。その手から故郷の父を思い出し、私はじわりと目尻に涙を溜めた。
「わ、私は…自由になりたい…!こんな名ばかりの聖女、何の意味もないもの!民を助けるって良いながら、ここから出してもらえない。私は届きもしない祈りを繰り返すだけ…何の役にもたっていない…」
私は今まで誰にも言えなかった自分の想いを吐き出した。皆のためと言いながら、私が直接力を使ったのは王族と、地位の高い一部の貴族だけ。こんな不平等な施しが、本当に聖女のすることだろうか?
「君の心は汚れなく美しいね。それが曇るのは僕も嫌だ。…君は、本当にここから出たい?」
「私は、聖女なんてお飾りの立場はいらないわ。実際に皆のためになる方が嬉しいもの」
なら…僕と共に来るといい。
天使は私の身体をあっという間に抱き上げ、次の瞬間には天使諸共、私は夜空に浮かんでいた。空に浮かぶという人生初の経験に身をすくめたが、天使がしっかり抱えてくれていることに気づき、少し力を抜く。そんな私を見て、天使は悪戯っぽく笑った。
「ふふ、女の子を攫うなんて、僕は悪い天使…だね?さぁ、君がまず行きたい所はどこかな」
「ここから北へ!そこでは隣国の内乱の影響がひどいと聞いたの」
天使の問いに、今度こそ私は自信を持って答えた。
白の塔は、護衛の人と食事を用意する召使いなど、最小限の人数しかいない。だから、10年も経てばその顔ぶれにも飽きてくる。
最近では、人とつきあうことも億劫になってきた。どうせ、この塔からは出してもらえないのだ。なら、いっそのこと部屋に閉じこもってやる。仕事さえしていれば、誰も文句は言わない。
ひねくれた考えを実践すべく、私は部屋の鍵を掛けた。もう夜ご飯も食べたし、人の訪れもないだろうけど。
気分転換のため、部屋にある唯一の窓を開ける。すると、風がぶわりと部屋に飛び込んできた。風は私の赤毛を巻き上げたかと思うと、すぐに収まる。乱れた髪を適当に整えて、私は窓の外を見やった。
塔の最上階に位置する部屋からは、街並みが一望できる。どの家も既に明かりを落とし、人々は眠りについたようだ。一方、暗い夜空には幾千の星が輝き、暗闇を鮮やかに彩っている。
だけど、私はその光景に不満足だった。
かつて故郷で見た夜空は、こんなものではなかった。もっと星が輝いて見えた。それに、夜に鳴く虫達の息遣いもより近かった。
それが、こんなに高い塔からは生き物達の息遣いなど全く聞こえやしない。まるで、孤独だ。私のために置かれた人はいるけれど、その人達は私が聖女ということで、距離を置いている。
「聖女ってこんなに寂しいのね…」
誰にともなく、弱音を吐く私は気づかなかった。窓に届く月光を遮る白い翼に。
バサリという、鳥にしては大きな羽音に驚いて私は顔を上げる。
こんな夜に、鳥…?
しかし、見上げた私の目に映ったのは、鳥よりも大きな羽を背に持つ、人間だった。いや、より正確に言うならば、天使だろうか。
「君、悲しいの?」
肩に届くか届かないかくらいの銀髪を風になびかせ、天使は私に問いかける。そして、天使が窓に手をかざしたところ、眩しい光が溢れ、私は反射的に目を閉じた。
一瞬だけ、窓がぴかりと光ったが、特に窓に異変は見られない。窓の向こうにいたあの天使も見当たらない。
夢?綺麗な人…。
勝手に夢だと決めつけた私は、窓から目を離した途端、驚きの声を上げそうになった。あの天使が部屋にいる!
私が悲鳴を上げるのを察知して、天使は慌てた様子で私の口を抑えた。儚げな見た目に反して大きな手に私は顔を赤らめる。
「もご…!」
初めは、普段人とここまで近距離で触れ合うことがないので照れていた私だったが、次第に息苦しさを覚えてきた。そこで、天使のお腹辺りに鉄拳を叩き込む。
「うぐ…」
ちょうど弱いところを突いたのか、天使は苦しそうに呻いて、私の口元から手を離した。解放された私は色々な意味で息を切らしながら、恨めしげに天使を睨む。
「い、いきなり何なのよ…。不法侵入だし、近いし、息も苦しかったわ…!」
「あ、ごめんね。でも、君があんまり悲しそうでつい…」
「つい…?夜、乙女の部屋に不法侵入しただけでも犯罪ものよ…。それに、私これでも聖女なの。見つかったら、貴方ただじゃ済まされないわ」
「僕を心配してくれるの?やっぱり君は優しいね。それに、僕の姿に驚かないなんて珍しい」
全然堪えていない。それに、聖女のこともいまいち伝わっていないみたいだ。まぁ、天使が人間の細かいことを知ってるわけがないか。
「確認だけど、貴方は天使?そして、もう1回聞くけど、何をしに来たの?」
天使かと聞いた時は「そうそう」と頷いていたが、続く私の質問に彼は衝撃を受けている。どうやら、自分の言ったことが伝わっていないことにショックを受けたようだ。いや、あんな抽象的なことで納得できないって。
「…君は今、幸せ?」
唐突な質問に、私はそうだと答えることが出来なかった。先程不満や愚痴を零していたくらいだ。とても幸せとは言いきれない。
私の暗い表情を見て、天使も悲しげな顔を浮かべた。そして、私に近づいて優しく頭を撫でてきた。その手から故郷の父を思い出し、私はじわりと目尻に涙を溜めた。
「わ、私は…自由になりたい…!こんな名ばかりの聖女、何の意味もないもの!民を助けるって良いながら、ここから出してもらえない。私は届きもしない祈りを繰り返すだけ…何の役にもたっていない…」
私は今まで誰にも言えなかった自分の想いを吐き出した。皆のためと言いながら、私が直接力を使ったのは王族と、地位の高い一部の貴族だけ。こんな不平等な施しが、本当に聖女のすることだろうか?
「君の心は汚れなく美しいね。それが曇るのは僕も嫌だ。…君は、本当にここから出たい?」
「私は、聖女なんてお飾りの立場はいらないわ。実際に皆のためになる方が嬉しいもの」
なら…僕と共に来るといい。
天使は私の身体をあっという間に抱き上げ、次の瞬間には天使諸共、私は夜空に浮かんでいた。空に浮かぶという人生初の経験に身をすくめたが、天使がしっかり抱えてくれていることに気づき、少し力を抜く。そんな私を見て、天使は悪戯っぽく笑った。
「ふふ、女の子を攫うなんて、僕は悪い天使…だね?さぁ、君がまず行きたい所はどこかな」
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