男装聖女と暴走天使

コトイアオイ

文字の大きさ
4 / 32
2.北の街

薬師(仮)の誕生

しおりを挟む
 並々ならぬ覚悟でドアをノックしたが、反応はなく、声をかけても返事はなかった。そのことに出鼻をくじかれた気持ちを抱いたが、めげずに2軒目の家にチャレンジする。


コンコン。



「…………だ」


私の耳には声が届かなかったのだが、その小さな返事に天使がハッと息を呑む。


「シェリマ…!今男性の声が…」


その声に私は「失礼します!」と一声添えて、ドアを開けた。


中に足を踏み入れると、小さな家の隅にぐったりと座りこんでいる男性がいた。家の中は、瓶や何かの袋が散乱している。それらを踏まないように気をつけながら、私と天使は男性の元へ近づく。


勿論、天使は人前なので翼を消して、人間を装っている。


しかし、どの道この男性の場合は翼があろうとなかろうと関係なかったかもしれない。男性の瞳は近付いてくる私達を映すことはなかったのだから。


「……こんな廃れた街に何の用だ。見ての通り、何のもてなしもできやしねぇぞ」


男性はやせ細った腕を軽く振り、帰れと合図するが、私はその腕を優しく掴む。


「何だ、変な同情なんていらねぇぞ。どうせこの目は治りなんてしねぇんだ…」


男性は飢餓に苦しんでいるが、それよりもなにも映さない己の双眸に絶望していた。突然視界が暗闇に変わるのだ、どれだけの恐怖と悲しみを感じただろう。


「…私は貴方を救いたい。いえ、救ってみせます」


 そう言って、私は持ってきた大きな鞄から水筒を取り出す。この水に治癒の力を込めよう。


水を容器に移しながら、力を込めていく。そして、その水を男性に差し出した。


「初対面の者の飲み物など信用できないかもしれませんが…騙されたと思って、この水を飲んでみて下さい」


「…何言ってんだ?それに、あんた、随分と若い嬢ちゃんじゃねぇか」


私の声から、そう判断したのだろう。元々なかった信頼度がさらに下がった気がする。   

   
「どうか、彼女の言葉を信じて下さい。僕からもお願いします」


困っている私を見て、天使が助け舟を出してくれた。天使からも頼み込まれた男性は、訝しげながらも、容器を受け取り一気に水を飲んだ。


「……普通の水だな、だが…何だか目元が暖かい…」


水を飲んだ男性は、瞼を両手で覆う。その手を上から握り、さらに力を送り込む。恐らく、これでもう大丈夫だろう。


「ゆっくり、目を開けてみてください」


私の声に素直に従った男性は、瞼を恐る恐る上げて、私の顔を今度はしっかりと認識した。
 

その目は、驚きに大きく見開かれ、みるみる涙が溢れ出す。


「あ…嘘だろ…見え、た?ぼんやりとだが…あんたの顔が見えた…!俺の家が見えたぞ!」


男性の喜ぶ姿に私も一安心して、そっと緊張の息を漏らした。しかし、1発で治すなど奇跡でしかない。そのため、男性には特製の目薬を渡しておくことにした。これを1週間、毎日3滴服用することを伝える。特製といっても、私の治癒の力を込めた水でしかないが。 


「あんた、すげぇ薬師なんだな!そんなに若いのに!そうだ、街の皆も見てやってくんねぇか?俺以外にも苦しんでるやつらがいるんだ」


男性は喜びもそのまま、興奮した様子で私の手を両手で握る。それは私の目的でもあるので、ありがたい申し出だ。 


そうして、男性に案内してもらい、この街に残った数少ない住民にも、治癒の力をそれとなく行使した。また、彼らの怪我の様子の経過を見守りつつ、荒れた土地を耕す手伝いを行った。


これは一時的な救いであって、無駄に終わるのかもしれない。だけど、私の力はこういう人達を救うためにあるのだと思う。

貴族の人は、大した怪我でなくても、私の元に訪れていた。しかし、彼らが求めていたのは珍しい力を見ることだ。私は聖女と言われながら、高貴な人達の見世物でしかなかったのだ。



北の街で、私は新たな道を歩み出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!

由汰のらん
恋愛
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。 さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった! しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って? いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

異世界召喚されたアラサー聖女、王弟の愛人になるそうです

籠の中のうさぎ
恋愛
 日々の生活に疲れたOL如月茉莉は、帰宅ラッシュの時間から大幅にずれた電車の中でつぶやいた。 「はー、何もかも投げだしたぁい……」  直後電車の座席部分が光輝き、気づけば見知らぬ異世界に聖女として召喚されていた。  十六歳の王子と結婚?未成年淫行罪というものがありまして。  王様の側妃?三十年間一夫一妻の国で生きてきたので、それもちょっと……。  聖女の後ろ盾となる大義名分が欲しい王家と、王家の一員になるのは荷が勝ちすぎるので遠慮したい茉莉。  そんな中、王弟陛下が名案と言わんばかりに声をあげた。 「では、私の愛人はいかがでしょう」

処理中です...