利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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2 海の国の聖人候補

258 タイチと鯛素麺

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258

それから数日は、のんびりマホロでの別荘生活を楽しんだ。

私が購入した素敵な別荘の元の家主が置いていった色々な道具を整理したり試したりしながら新しい家の中を探検したり、沿海州の他の地域を含めた旅行の予定を立てたり、市場にあしげく通って馴染みになり、値切ったりもできるようになった。

あとセーヤには〝潮風が髪に悪いから帽子必須〟と命じられ、髪のパックの回数を増やされた。

私に必要となると俄然張り切るセーヤ。

今度は色々な帽子を作ることに凝り出している。既に部屋には置ききれないので、回廊内に置き場を作ったところ、いつの間にかセーヤによりディスプレイされたそこは、さながら高級デパートの帽子売り場。
しかも、まだまだ増殖しそうな雰囲気。

質量共素晴らしいが……相変わらず本気度がホンモノでちょっと引く。

(私の頭はひとつだよ、セーヤ!)

庭にあった薪窯は、少し改良して本格ピザ窯にしようと、ソーヤと日曜大工中。
私もソーヤも大工仕事は得意分野ではないので、やや苦戦しているが、それもまた楽しい。力持ちの妖精さんもいるし、近日中には完成するだろう。

昨日は魚焼き用の野外グリルを使い、魚介の燻製とカツオのタタキ風の料理にも挑戦して、好評を得た。

(ウチでは酒に合うツマミになる料理は、大抵好評なんだよね)

今日は、朝の魚市場でいい型の鯛のような魚を手に入れた。

(名前は違うけど、ほぼ鯛で間違いないと思う)

お昼に瀬戸内風の煮汁で食べる鯛素麺をしようと包丁を振るいながら、ふと

(そういえば、タイチはどうしたんだろう)

と、思い出した。

サイデム商会を通じて連絡をしたはずのタイチがなかなか現れず、もう数日が経つ。

(忙しいだけならいいけど、なにかあったのかなぁ……)

もう一度、ナギワさんにでも状況を聞きに行こうかと思っていると、鳥籠の鈴が鳴りタイチがサイデム商会へ姿を見せたという《伝令》が入った。

さすがに、帝国を本拠とするサイデム商会の支店ともなれば《伝令》なしに仕事をすることは難しいようで、《伝令》に特化した魔術師を大陸から雇っているそうだ。私も礼を述べる《伝令》を速すぎてびっくりされないよう気をつけて基本術式のみで返した。
それでも距離が近いので、数分で届くだろう。

家までタイチを送ってきて下さるそうなので、お昼でも食べながら話を聞こうと待っていると、家の前でサイデム商会のマークの入った荷馬車が止まり、礼を言った少年がその荷馬車から降りる姿が《索敵》で確認できた。

私が最後に会った時よりだいぶ背が高くなっている少年は、確かにタイチなのだが……

笑顔で出迎えた私に、嬉しそうな笑顔を向けてくれるタイチは、最後に別れた時と変わらないほど痩せていた。

(何かあったのだ、明らかに……)

このやせ細った少年の姿に、私は

〝とにかく食べさせなくちゃ〟

というスイッチが入ってしまった。

「話は食事の後にしましょう。とにかく席についてしっかりごはんを食べてから、話を聞かせて。ごはんがとにかく最優先だからね!」

(えーと、刺身を何種類か盛り合わせて、煮物も何種類かあるわね。お漬物に、おでんもまだあったはず。それから、貝を佃煮にしたやつに、肉は鶏のトマト煮込みに、オーク肉のビーフシチュー風もあったはず、それにえーと……)

私は《無限回廊の扉》に駆け込み、ありったけの常備食を食卓に並べ、具沢山の温かいスープと出来立ての鯛素麺をタイチの前に置く。

戸惑うタイチを席に座らせると有無を言わせずフォークを握らせ、食べるように急かす。

私の勢いに話すのを諦めたタイチは、遠慮がちにひとくち食べ……その途端、目に輝きが増し、ものすごい勢いでガツガツと食べ始めた。

タイチがあっという間に鯛素麺を食べ尽くしそうなのをみて、ソーヤが唸っているが、私は目で制する。

〔またすぐ作ってあげるから、顔に出しちゃダメよ〕
〔う~っ!まだ一口も食べてませんのにぃ! 必ずですよ、メイロードさま!!〕

食い意地妖精の恨みがましい目を、見ないようにしながら、タイチの様子を注意深く見ておく。

常備菜の中には異世界素材を使ったものも多いので、たくさん食べればこの世界の人の回復にはかなり寄与してくれるはずだ。味も沿海州の好みに合いそうなものが多いので食べやすいと思う。

それにしても、この食べっぷりを見ると、またもタイチは食事も満足にできない状況に陥っている、と見て間違いなさそうだ。

(タイチのおじさまはしっかりした身元の漁師頭だと聞いた。タイチを引き取ったぐらいで困る家ではなかったはずなのだけど……)

私は、タイチの血色が徐々に良くなるのを確認し、少し安心しながらお茶を入れ替え差し出した。

「2ー3日食べられなかった、という程度の痩せ方には見えないのだけど……
おじさまの家に何かあった……と思っていいのかしら、タイチ」

咳き込みながらお茶を飲んだタイチは、真っ赤になりながら俯いている。

「食べるまで話を聞かないと言ったのは私なの。恥ずかしがることは何もないのよ。たくさん食べてくれて嬉しいわ。
落ち着いたら、ゆっくり話をしましょう」

私はなるべく落ち着いた声で、タイチに何事もない日常の雰囲気で話しかける。

「本当に久しぶり……すっかり日に焼けてアキツの人になったわね。
キッペイもあなたのことをとても気にかけていたわ」

小さな声で、タイチが話す。

「キッペイは元気にやってます……か」

「ええ、私の背もあっという間に抜かれちゃったわ。今ではサイデム商会でバリバリ働いているのよ」

私の言葉に目を上げたタイチが嬉しそうに微笑む。

「そうですか……よかった。本当に良かった」

私は、湯呑みを掴んだ、働いている傷がたくさんついた全く脂肪のついていないタイチの指先を見ながら、いま彼の身に起こっていることについて、ゆっくりと聞き始めた。

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