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3 魔法学校の聖人候補

386 ある田舎医師の備忘録

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386

ロキ教授からお借りしている大変古い言葉で書かれた備忘録とも回顧録とも取れる内容の古い書物。

失われた《白魔法》のヒントがあるかもしれないが、田舎の医師の何でもない日記のようなものである可能性もある上、解読も極めて困難。すでに大量の解読が急がれる文献を抱えているロキ教授が、後回しにせざるを得ないのもよく分かる代物だ。

だが、私は最初に目にした一文で、この資料を読んでみたいと思ってしまった。

〝……自分の正確な年齢も、もはや判然としないが、まだ二百歳には届いていないだろうとは思う〟

これだけで、この備忘録の筆者が特殊な人物なのは十分に察せられた。
現在よりずっと寿命も短かっただろう古代にこれだけ長く生きたということは、シラン村の村長タルクさんの一族のように妖精族とつながりを持つ人物……他に考えられるとすれば、もしかしたら神の眷属かもしれないし、《白魔法》によって図抜けた長寿を得た人物の可能性もある。

きっとロキ教授もこの一文が解読できていたら、それだけでこの備忘録に強い関心を持っただろう。だが、これは現代の言葉とは全く文法が異なる上、単語も何世代も前にすでに失われたものばかりだ。

その上、どうも書いた本人は中身を簡単に人に読まれたくなかった気配があり、おそらく当時でもあまり普及していなかった言語を選んでいる節が見受けられた。

(これって、この世界のきてから私が読まれたくないものを日本語で記しているのと同じようなことよね。目に触れてもすぐわからないようのするための対策なんだろうな。ここまで念を入れて読みにくい書き方をされているのだから、ロキ教授が匙を投げて後回しにしているのも納得だよね。どんな言葉でも読めるはずの私でも、読み下すのをかなり面倒に感じるもの……)

この人物は、自分の長寿を〝加護〟と書き記していた。
何かの比喩かとも考えたが、どうやらこれは文字通り〝神の加護〟のようだった。

そして、読み進めていくうちに見つけたいくつかの符号から、私はこの備忘録を書いた人物こそ《白魔法》を神から授かり、国を救った伝説の医師、最初の《白魔法》使いだと確信するに至った。

そのことに気づいた時には、さすがに絶句した。

(え? えーーーーー!! マジ? マジですかーー!)

すごく出会いたかった人に、突然遭遇したのだ。一時的にパニックになってしまった私を、誰が責められるだろう。
初めて解読に挑戦した古文書、それでいきなり《白魔法》の祖の文献に当たってしまうとは、自分の引きも強さが恐ろしい。

(うわぁ、とんでもないもの見つけちゃったみたいだ。これは、内容をロキ先生にも簡単に明かせない気がしてきた……どうしよう、わぁ、どうしよう)

私は、あまりにも貴重な資料だと知ってしまった戸惑いに、このまま読み進むべきか、本を閉じてロキ教授にごめんなさいと返却してしまう方がいいのか、かなり傷んだその本を前に小一時間ほど逡巡した。返してしまえばこの備忘録は何事もなかったように、あの本棚に戻され、私は安泰だ。

だが、最初の一文からこの備忘録は私の好奇心をやたらと刺激してくれ、このまま返してしまったら絶対後悔する、という気持ちも強い。そして悩みに悩んだ末、結局、私は好奇心に負けた。覚悟を決め、慎重に解読を進めていくことにする。

(最悪、解読し終わっても、読めなかったってコトにしちゃおう。もう、そうしちゃおう! とにかく読んでみよう!)

方針を決めた私は、ノートを広げ、ペンを片手に、ゆっくり深呼吸してから本に集中していった。

ーーーーーーーーーー

彼は非常に特殊な生い立ちをしていた。

彼の母は許されぬ恋の末、強い権力を持って彼女を追い詰め命を奪おうとまでし始めた恋敵から逃げ延びようと深い森に入った。そしてそこで出会ったその森の精霊たちの力を借りて恋人の子を産み落としたのだという。母となった女性は〝精霊視〟という特殊なスキルを持っており、一年ほどはそこで静かに暮らしていたが、徐々に衰弱し、亡くなってしまった。そこからは、森の精霊とエントが幼児の仮親となり、その子を育てることとなった。

〝私に母の記憶はないが、精霊ファルフェとエントのグラムスは、私の母をとても素晴らしい人だったといつも言っていた。母は美しい魂と深い愛で私を育てようとしていた。我々はその心を引き継いだに過ぎないと〟

彼は精霊たちから森の薬草の知識や初歩の魔法の知識を得て、森の動物たちを癒すようになり、やがて成人すると薬師として人を助けたいと思うようになった。
仮親である精霊ファルフェとエントのグラムスも、彼が人の世界へ戻ることを喜び、快く送り出してくれた。そしてほどなく、彼は人の住む街にほど近い森に小さな小屋を造り、そこで薬屋を開く。

森を知り尽くし大変よく効く薬を処方できた彼は、そこで貴賎なく多くの人々を癒し続け、五十歳を越えた。
多くの人々に感謝され尊敬されたが、貧しい村でのこと、暮らし向きは決してよくはなかった。
それでも、彼は決して治療に手を抜かず、患者に向き合う生活を続けたという。

〝私の命も知識も精霊たちと母が与えてくれたもの。私はそれを与えられるに相応しい仕事ができているだろうか。救うことのできなかった多くの命を前に、五十歳を越えた私は自分の無力さと戦う日々を過ごしていた〟

文章からは、真面目すぎる当時の彼の苦悩が滲み出ていた。

ある日、非常に貧しい風体の旅の男が胸が苦しいといって彼の小屋を訪れた。
その頃には彼自身、すでに老境にあり死が間近に迫っていたが、それでも旅の男を快く受け入れ、懸命に助けようと治療を施した。そして癒しを得たその旅の男は、彼に治療の対価を払いたいと申し出る。

その旅人こそ、彼の献身に関心した神の使いだった。

このとき、彼はこの世界の誰も使えなかった新しい魔法術式《白魔法》、そして若返った躰と健康な長い命を授けられた。

〝近いうちに、この地は混沌に包まれるだろう。その清き心で人々を救っておくれ〟

それが彼に送られた〝神託〟だった。

神によって若い姿を取り戻してしまった彼は、それからは一か所に留まることなく、国中の貧しい地域を転々としながら人々の治療に当たった。もう、彼には薬も必要なく、どんな病気も《白魔法》の力で治療することができるようになっていた。
だが、そのことは極力伏せ、できるかぎり普通の医師として仕事をしようとした。

それでもひとつところに長く留まると、必ず〝奇跡の医師〟の噂が広まり、彼の能力を利用しようとする輩が現れた。わかりやすく彼を金儲けの道具にしようとする者、自分のお抱え医師として屋敷に閉じ込めようとする分限者。ときとしてそれは彼を助けたいという善意であったりもしたのだが、貴賎なく人々を受け入れ治療しようとする彼にとっては、それもまた窮屈でしかなかった。

結果、彼は漂泊の医師として生きることになる。

そして十数年間、その生活を続けてた末に〝救国の英雄〟と出会い、彼を守りこの世界を救うことになるのだった。


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