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3 魔法学校の聖人候補
420 西と東の味噌蔵 それから
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420
次に向かったのは、沿海州。
エジン先生の味噌蔵は、さらに規模が大きくなり、西ノ森集落は人口も増加、宿泊業も堅調に推移しており、マホロへ続く街道の整備も順調に行われているそうだ。
「メイロードさま、いらっしゃいませ。今回の醤油は、さらにいい出来ですよ。ぜひご試食ください」
このところ、醤油研究にも尽力してくれているエジン先生が、最新作を見せてくれる。
「いい色になっていますね。さすがはエジン先生です」
「いえいえ、まだまだですよ。こちらの世界も奥が深くて……」
そう言いながらも、エジン先生はとても楽しそうだ。今では、研究費用に悩まずとも好きなだけ研究に打ち込めるようになっているので、エジン先生の研究施設ではどんどん新しい研究を始めている。
「何か必要な機材や、手に入りにくい素材がありましたらできる限り用意しますので、気兼ねなく仰ってくださいね」
私の言葉にエジン先生は楽しげに今の状況を話してくれた。
「ありがとうございます、メイロードさま。
おかげさまで、マホロのサイデム商会の方がよくしてくださいますので、必要なものの調達は問題ありません。サイデム様という方は、凄い方のようですね。最近では、空飛ぶ船までお持ちだそうで、商品が届くのが早いこと早いこと。特に、私どものためにはご尽力頂いておりますよ」
味噌ビジネスは、サイデム商会の独占状態で現在も拡大中なので、その立役者であるエジン先生には、おじさまも格別の計らいをしてくれているということなのだろう。いや、単にさらに美味しい味噌ラーメン開発を促すためかもしれないけれど……。
さて、一年目にはすべての材料をダメにするという最悪の結果となり、エスライ・タガローサに打ち捨てられた東の里での味噌作りだが、やはり当初は働く人たちの士気も低く、だいぶ苦戦したそうだ。それでも、新しい体制で皆心配なく働けることがわかってからは協力的になっていった。エジンさんからの技術協力を得たこともあり東の里の味噌蔵も2年目には味噌の量産ができるように改善された。ちゃんと味噌ができるようになってからは、東の里の皆さんも非常に協力的になっており、地域の産業として根付き始めたようだ。
ここで使用されるダンパ豆は、西ノ森と違い選別作業を最低限にして、日常食に使いやすいものを目指している。そのため厳選品質にこだわり、なんども選別を繰り返す西ノ森の味噌には品質では及ばないものの、その代わりかなり価格を抑えて販売できるようになっている。
「この価格でしたら、やや贅沢ではありますが沿海州の方でもお買い求めになれると思います。こうしてメイロードさまが住み分けをして、両者が生き残る道を作ってくださったことで、皆働き場所を失うことなく、仕事に打ち込めます。本当にありがとうございました。慈悲深い御心に感謝申し上げます」
すっかり改心したヘクトルが私に祈りを捧げようとするので、慌てて止める。
タガローサと袂を分かったヘクトルは、東の里の味噌蔵の総責任者として、思った以上に力を発揮してくれた。東の里では、独自に味噌の行商システムを始めたそうで、国内への普及は彼らが担ってくれそうだ。
「すべてはメイロードさまの広きお心を世界に広めることの一環でございますゆえ……」
(今、なんて言った?)
どうやら、驚いたことにヘクトルは行商ついでに、西と東の味噌蔵の話まで広めようとしていて、〝味噌の女神伝説〟の流布まで狙っているようだった。
私は驚いたものの、もう始まってしまっている行商システムをやめさせるわけにもいかず、とにかく絶対に私の名前は出してくれるなとヘクトルに、もう脅す勢いで懇願してなんとかそれだけは了承させた。
「なんという奥ゆかしい女神さまなのでしょう」
ヘクトルは、さらに熱いまなざしだが、勘弁して頂きたい。
タガローサからタダ同然で巻き上げた東の味噌蔵が、実は今では結構な商売になりつつあるということは、マホロ近辺の人間だけが知っていればいいことだ。下手に広まってタガローサの耳にでも入ったら、今は力を失ったとはいえ、何をしてくるか分かったものではない。
「あくまで、物語として語らせるに留め、具体的な名称を使わないように致しますので、ご安心を」
というヘクトルの言葉を信用するにしても、みんなこういう話が好きなので本当に困る。
バンダッタのタイチに聞いたところによると、やはりマホロ周辺ではこの数年で〝聖女の奇跡〟〝女神伝説〟が多く聞かれるようになっているそうで、
「ご活躍のようでございますね」
と、タイチにもにこやかに言われてしまった。
今のところ、ここでは私個人は特定されていないのが救いだが、伝説の流布を止めるすべはないので、あとはひたすら沈静化してくれるのを祈るだけだ。
(ああ、でもヘクトルは広める気満々だしなぁ)
私はマホロの別荘で干物を焼きながら、
(頼むから魚市場でおっちゃんとやりあいながら値切ったりするのを、普通にできる生活ができますように)
そう、心から祈っていた。
次に向かったのは、沿海州。
エジン先生の味噌蔵は、さらに規模が大きくなり、西ノ森集落は人口も増加、宿泊業も堅調に推移しており、マホロへ続く街道の整備も順調に行われているそうだ。
「メイロードさま、いらっしゃいませ。今回の醤油は、さらにいい出来ですよ。ぜひご試食ください」
このところ、醤油研究にも尽力してくれているエジン先生が、最新作を見せてくれる。
「いい色になっていますね。さすがはエジン先生です」
「いえいえ、まだまだですよ。こちらの世界も奥が深くて……」
そう言いながらも、エジン先生はとても楽しそうだ。今では、研究費用に悩まずとも好きなだけ研究に打ち込めるようになっているので、エジン先生の研究施設ではどんどん新しい研究を始めている。
「何か必要な機材や、手に入りにくい素材がありましたらできる限り用意しますので、気兼ねなく仰ってくださいね」
私の言葉にエジン先生は楽しげに今の状況を話してくれた。
「ありがとうございます、メイロードさま。
おかげさまで、マホロのサイデム商会の方がよくしてくださいますので、必要なものの調達は問題ありません。サイデム様という方は、凄い方のようですね。最近では、空飛ぶ船までお持ちだそうで、商品が届くのが早いこと早いこと。特に、私どものためにはご尽力頂いておりますよ」
味噌ビジネスは、サイデム商会の独占状態で現在も拡大中なので、その立役者であるエジン先生には、おじさまも格別の計らいをしてくれているということなのだろう。いや、単にさらに美味しい味噌ラーメン開発を促すためかもしれないけれど……。
さて、一年目にはすべての材料をダメにするという最悪の結果となり、エスライ・タガローサに打ち捨てられた東の里での味噌作りだが、やはり当初は働く人たちの士気も低く、だいぶ苦戦したそうだ。それでも、新しい体制で皆心配なく働けることがわかってからは協力的になっていった。エジンさんからの技術協力を得たこともあり東の里の味噌蔵も2年目には味噌の量産ができるように改善された。ちゃんと味噌ができるようになってからは、東の里の皆さんも非常に協力的になっており、地域の産業として根付き始めたようだ。
ここで使用されるダンパ豆は、西ノ森と違い選別作業を最低限にして、日常食に使いやすいものを目指している。そのため厳選品質にこだわり、なんども選別を繰り返す西ノ森の味噌には品質では及ばないものの、その代わりかなり価格を抑えて販売できるようになっている。
「この価格でしたら、やや贅沢ではありますが沿海州の方でもお買い求めになれると思います。こうしてメイロードさまが住み分けをして、両者が生き残る道を作ってくださったことで、皆働き場所を失うことなく、仕事に打ち込めます。本当にありがとうございました。慈悲深い御心に感謝申し上げます」
すっかり改心したヘクトルが私に祈りを捧げようとするので、慌てて止める。
タガローサと袂を分かったヘクトルは、東の里の味噌蔵の総責任者として、思った以上に力を発揮してくれた。東の里では、独自に味噌の行商システムを始めたそうで、国内への普及は彼らが担ってくれそうだ。
「すべてはメイロードさまの広きお心を世界に広めることの一環でございますゆえ……」
(今、なんて言った?)
どうやら、驚いたことにヘクトルは行商ついでに、西と東の味噌蔵の話まで広めようとしていて、〝味噌の女神伝説〟の流布まで狙っているようだった。
私は驚いたものの、もう始まってしまっている行商システムをやめさせるわけにもいかず、とにかく絶対に私の名前は出してくれるなとヘクトルに、もう脅す勢いで懇願してなんとかそれだけは了承させた。
「なんという奥ゆかしい女神さまなのでしょう」
ヘクトルは、さらに熱いまなざしだが、勘弁して頂きたい。
タガローサからタダ同然で巻き上げた東の味噌蔵が、実は今では結構な商売になりつつあるということは、マホロ近辺の人間だけが知っていればいいことだ。下手に広まってタガローサの耳にでも入ったら、今は力を失ったとはいえ、何をしてくるか分かったものではない。
「あくまで、物語として語らせるに留め、具体的な名称を使わないように致しますので、ご安心を」
というヘクトルの言葉を信用するにしても、みんなこういう話が好きなので本当に困る。
バンダッタのタイチに聞いたところによると、やはりマホロ周辺ではこの数年で〝聖女の奇跡〟〝女神伝説〟が多く聞かれるようになっているそうで、
「ご活躍のようでございますね」
と、タイチにもにこやかに言われてしまった。
今のところ、ここでは私個人は特定されていないのが救いだが、伝説の流布を止めるすべはないので、あとはひたすら沈静化してくれるのを祈るだけだ。
(ああ、でもヘクトルは広める気満々だしなぁ)
私はマホロの別荘で干物を焼きながら、
(頼むから魚市場でおっちゃんとやりあいながら値切ったりするのを、普通にできる生活ができますように)
そう、心から祈っていた。
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