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3 魔法学校の聖人候補
510 ニパの集落
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510
ともかく、ニパたちの集落へ急いで行かなくてはならない。
あのキングリザードの開けた大穴の場所まで、学校へと戻るときに開けてきた《無限回廊の扉》を使うことも考えたが、現地の状況がわからないまま扉を抜けて、いきなりまたキングリザードに遭遇してしまう可能性もゼロではない。今回はそうしたリスクを避けるため、アタタガ・フライにお願いして山頂まで運んでもらうことにした。
「お久しぶりでございます。メイロードさま!」
久しぶりにあったアタタガは、なんだかとても嬉しそうにしている。どうやら、最近会えなくて寂しかったらしい。とりあえずいつでも遊びにきていいんだからね、と強く言っておく。
「では山頂の集落までよろしくね」
「お任せください」
アタタガのスピードは、以前よりさらにキレを増していた。時々届けている異世界食品混じりのご飯の影響がアタタガにも現れているらしく、一切揺れることもなく私たちを乗せたまま猛スピードで山を駆け上がっていく。
途中《索敵》で上空から発見したキングリザードは、やはり〝王の審判〟による消耗がかなり激しいらしく、私たちが遭遇した場所から数キロ離れた、まだ雪の残る高地の洞窟の入り口で、うずくまったまま微動だにせずにいた。
いまはおとなしいものだが〝王の審判〟で受けた傷が癒えれば〝人喰い〟が復活し大変なことになる。飢えた状態のキングリザードはきっと見境なく人を襲うだろう。
(早くなんとかしなくちゃね)
ニパたちの住む集落もまた、まだ雪が残る高地の中にあった。キングリザードのいる場所からは間に高い尾根を挟んでかなり離れた場所に位置しているため、いまのところ危険はなさそうだ。心なしか空気も薄い気がするほどの高さにある場所だが、寒さをものともせず、集落の人たちはキビキビと動き、夏の本格的な狩猟シーズンの準備を進めていた。
「ニパぁーーーー!!」
綺麗な黒髪をしたお下げ髪の少女が、私たちの姿を見つけ、泣きながら駆けてきた。私より少し年上のその少女は、そのままニパに向かって突進すると、その胸を叩きながら泣き叫ぶ。
「心配したんだからね! あの時私たちを逃がすために残った人たちは誰も帰ってこないし、もうニパも帰ってこないんじゃないかと……本当に、心配したんだから……」
ニパの胸を叩きながら泣き崩れる少女の頭を撫でながら、ニパは悲しげにこう言った。
「子供たちもみんな無事なんだな……よかった。ごめんな、オセオラ。俺だけ生き残っちまったよ。あいつは手負いのしかも〝人喰い〟だったんだ。それを知っていればもっと違うやり方があったはずなんだよ。なのに……」
いつの間にか私たちの周囲に集まってきた集落の人たちが、ニパの言葉を聞き、何人かが泣き崩れた。きっと、ニパと共にキングリザードに立ち向かって亡くなった猟師さんのご家族なのだろう。
そんな人々の間から、長老とおぼしき人物が私たちの元へやってきた。
「ニパ、お前だけでも無事でよかった。こちらの方々に助けていただいたのか?」
「はい、俺も正直死んでいてもおかしくなかったと思います。そこを、このメイロード・マリス様がお救いくださったのです」
ニパの言葉に、そこにいた集落の人たちは一斉に手を止め、膝を折り私に向かって礼をし始めた。
「ありがとうございます、メイロード・マリスさま。猟師はこの村の英雄であり、宝でございます。それをお救いくださったあなた様に一体どうやって報いましょう」
集落全員から一気に感謝と尊敬を込めた瞳で見つめられた私は、内心かなり焦っていたが、それを隠して微笑んだ。
「私はできることをしただけです。お礼など何もいりません。それよりも、これからのことをすぐに話し合わなければ。危険はまだすぐそこにあります」
私の言葉にうなづいた長老らしき人は、私たちを一軒の石造りの家へ案内してくれた。この集落では、基本的に椅子はなく、大きな絨毯を何枚も重ねた上に座るようで、客人の私は重ねられた絨毯のその上の、緻密に独特の文様が刺繍されたふかふかのクッションに座らされ、不思議な香りのお茶とドライフルーツや木の実をたくさん乗せた盆で歓待された。
「私はこの村の長、ガナウと申します。この度は、ニパをお救いいただき感謝の言葉もございません」
「いえ、先ほども申し上げましたが、それはいま重要なことではありません。まず、私がお聞きしたいのは、あなた方があの〝人喰い〟キングリザードと戦われるおつもりなのか、ということです」
長老は私の単刀直入な言葉に、その白く長い眉に隠れた目を見開き、その後強くうなづいた。
「もちろんでございます。我ら一族、決してこの恥辱を雪がずには済ませられません。私たちにも猟師としての誇りがございます。たとえ不幸な遭遇の結果であろうとも、相手が規格外であろうともキングリザードごときに敗れたままではおれません」
私たちの横に座していたニパも大きくうなづいているところを見ると、どうやら彼らの中ではキングリザード討伐は決定事項のようだ。
「いま、この〝人喰い〟のことは、セルツの街でも問題になっています。近いうちに討伐隊も編成されるでしょう。それを待たれるおつもりはありませんか?」
私の言葉に今度はニパが立ち上がった。
「待ちません。これは、俺たちの遺恨です。セルツの街に迷惑をかけるつもりはない!」
「勝機はございますか?」
興奮するニパと対照的に冷静な私の言葉に、長老ガナウは長い髭を触りながら目を瞑った。
「あなた様にここで嘘を申し上げることは、恩人に対して失礼なことでございましょう。正直なところ、今回亡くなった4名はこの村の精鋭たちでございました。彼らを欠いて、キングリザードに挑まなければならない現状では、絶対に勝てる戦いであるとは申し上げられません」
「それでも、討伐隊は待てませんか?」
「……」
私は彼らの決意の固さにため息をつき、こう提案した。
「では、私に最後まで手助けをさせてください。せっかく助けたニパをこのまま再び死地に向かわせては、それこそ救った甲斐がございません」
「あなたさまのような年若い方に、しかも恩人である方に、そのようなことはさせられるものではございませんよ」
長老は、私の姿から小さな弱々しい子供と思ったのだろう。嗜めるような目で脅しをかけてきたが、そんなことでひるむ私ではない。せっかく助けたニパに玉砕覚悟の戦いなんか絶対にさせない。
「あなた方に猟師としての矜持があるというのなら、私にも魔法使いとしての矜持がございます。私のしたことに対して礼がしたいというのなら、私に手伝わせなさい! これでも私は魔法使い、決して皆様の足手まといになったりはいたしません!」
私も立ち上がり睨み返す。すると、驚き見開かれた長老の目がふっと緩み、彼はそのままニパの方を振り返った。
「ニパよ、お前はとんでもない御仁に助けられたようじゃな」
私と長老を交互に見たニパは、頭を掻きながら苦笑いし
「そのようでございます……」
と、ため息をつきながら笑った。
ともかく、ニパたちの集落へ急いで行かなくてはならない。
あのキングリザードの開けた大穴の場所まで、学校へと戻るときに開けてきた《無限回廊の扉》を使うことも考えたが、現地の状況がわからないまま扉を抜けて、いきなりまたキングリザードに遭遇してしまう可能性もゼロではない。今回はそうしたリスクを避けるため、アタタガ・フライにお願いして山頂まで運んでもらうことにした。
「お久しぶりでございます。メイロードさま!」
久しぶりにあったアタタガは、なんだかとても嬉しそうにしている。どうやら、最近会えなくて寂しかったらしい。とりあえずいつでも遊びにきていいんだからね、と強く言っておく。
「では山頂の集落までよろしくね」
「お任せください」
アタタガのスピードは、以前よりさらにキレを増していた。時々届けている異世界食品混じりのご飯の影響がアタタガにも現れているらしく、一切揺れることもなく私たちを乗せたまま猛スピードで山を駆け上がっていく。
途中《索敵》で上空から発見したキングリザードは、やはり〝王の審判〟による消耗がかなり激しいらしく、私たちが遭遇した場所から数キロ離れた、まだ雪の残る高地の洞窟の入り口で、うずくまったまま微動だにせずにいた。
いまはおとなしいものだが〝王の審判〟で受けた傷が癒えれば〝人喰い〟が復活し大変なことになる。飢えた状態のキングリザードはきっと見境なく人を襲うだろう。
(早くなんとかしなくちゃね)
ニパたちの住む集落もまた、まだ雪が残る高地の中にあった。キングリザードのいる場所からは間に高い尾根を挟んでかなり離れた場所に位置しているため、いまのところ危険はなさそうだ。心なしか空気も薄い気がするほどの高さにある場所だが、寒さをものともせず、集落の人たちはキビキビと動き、夏の本格的な狩猟シーズンの準備を進めていた。
「ニパぁーーーー!!」
綺麗な黒髪をしたお下げ髪の少女が、私たちの姿を見つけ、泣きながら駆けてきた。私より少し年上のその少女は、そのままニパに向かって突進すると、その胸を叩きながら泣き叫ぶ。
「心配したんだからね! あの時私たちを逃がすために残った人たちは誰も帰ってこないし、もうニパも帰ってこないんじゃないかと……本当に、心配したんだから……」
ニパの胸を叩きながら泣き崩れる少女の頭を撫でながら、ニパは悲しげにこう言った。
「子供たちもみんな無事なんだな……よかった。ごめんな、オセオラ。俺だけ生き残っちまったよ。あいつは手負いのしかも〝人喰い〟だったんだ。それを知っていればもっと違うやり方があったはずなんだよ。なのに……」
いつの間にか私たちの周囲に集まってきた集落の人たちが、ニパの言葉を聞き、何人かが泣き崩れた。きっと、ニパと共にキングリザードに立ち向かって亡くなった猟師さんのご家族なのだろう。
そんな人々の間から、長老とおぼしき人物が私たちの元へやってきた。
「ニパ、お前だけでも無事でよかった。こちらの方々に助けていただいたのか?」
「はい、俺も正直死んでいてもおかしくなかったと思います。そこを、このメイロード・マリス様がお救いくださったのです」
ニパの言葉に、そこにいた集落の人たちは一斉に手を止め、膝を折り私に向かって礼をし始めた。
「ありがとうございます、メイロード・マリスさま。猟師はこの村の英雄であり、宝でございます。それをお救いくださったあなた様に一体どうやって報いましょう」
集落全員から一気に感謝と尊敬を込めた瞳で見つめられた私は、内心かなり焦っていたが、それを隠して微笑んだ。
「私はできることをしただけです。お礼など何もいりません。それよりも、これからのことをすぐに話し合わなければ。危険はまだすぐそこにあります」
私の言葉にうなづいた長老らしき人は、私たちを一軒の石造りの家へ案内してくれた。この集落では、基本的に椅子はなく、大きな絨毯を何枚も重ねた上に座るようで、客人の私は重ねられた絨毯のその上の、緻密に独特の文様が刺繍されたふかふかのクッションに座らされ、不思議な香りのお茶とドライフルーツや木の実をたくさん乗せた盆で歓待された。
「私はこの村の長、ガナウと申します。この度は、ニパをお救いいただき感謝の言葉もございません」
「いえ、先ほども申し上げましたが、それはいま重要なことではありません。まず、私がお聞きしたいのは、あなた方があの〝人喰い〟キングリザードと戦われるおつもりなのか、ということです」
長老は私の単刀直入な言葉に、その白く長い眉に隠れた目を見開き、その後強くうなづいた。
「もちろんでございます。我ら一族、決してこの恥辱を雪がずには済ませられません。私たちにも猟師としての誇りがございます。たとえ不幸な遭遇の結果であろうとも、相手が規格外であろうともキングリザードごときに敗れたままではおれません」
私たちの横に座していたニパも大きくうなづいているところを見ると、どうやら彼らの中ではキングリザード討伐は決定事項のようだ。
「いま、この〝人喰い〟のことは、セルツの街でも問題になっています。近いうちに討伐隊も編成されるでしょう。それを待たれるおつもりはありませんか?」
私の言葉に今度はニパが立ち上がった。
「待ちません。これは、俺たちの遺恨です。セルツの街に迷惑をかけるつもりはない!」
「勝機はございますか?」
興奮するニパと対照的に冷静な私の言葉に、長老ガナウは長い髭を触りながら目を瞑った。
「あなた様にここで嘘を申し上げることは、恩人に対して失礼なことでございましょう。正直なところ、今回亡くなった4名はこの村の精鋭たちでございました。彼らを欠いて、キングリザードに挑まなければならない現状では、絶対に勝てる戦いであるとは申し上げられません」
「それでも、討伐隊は待てませんか?」
「……」
私は彼らの決意の固さにため息をつき、こう提案した。
「では、私に最後まで手助けをさせてください。せっかく助けたニパをこのまま再び死地に向かわせては、それこそ救った甲斐がございません」
「あなたさまのような年若い方に、しかも恩人である方に、そのようなことはさせられるものではございませんよ」
長老は、私の姿から小さな弱々しい子供と思ったのだろう。嗜めるような目で脅しをかけてきたが、そんなことでひるむ私ではない。せっかく助けたニパに玉砕覚悟の戦いなんか絶対にさせない。
「あなた方に猟師としての矜持があるというのなら、私にも魔法使いとしての矜持がございます。私のしたことに対して礼がしたいというのなら、私に手伝わせなさい! これでも私は魔法使い、決して皆様の足手まといになったりはいたしません!」
私も立ち上がり睨み返す。すると、驚き見開かれた長老の目がふっと緩み、彼はそのままニパの方を振り返った。
「ニパよ、お前はとんでもない御仁に助けられたようじゃな」
私と長老を交互に見たニパは、頭を掻きながら苦笑いし
「そのようでございます……」
と、ため息をつきながら笑った。
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