337 / 840
3 魔法学校の聖人候補
526 王太子妃の切り札
しおりを挟む
526
「重要なことは、お腹にいる赤ん坊が音を聞いているということでございます」
私の言葉におふたりは、まだピンときていないようだ。周囲の人々も同様のようだったので、私はゆっくりと諭すように話を進めていった。
「お腹の中で過ごされている間も、御子様は音を聴いていらっしゃいます。お母様が悲しみに涙する時も、周囲の人々の不用意な醜い言葉も、何もかもです。そのような〝悲しい音〟〝汚らしい音〟を、この国の新たな希望であられる、これからお生まれになろうとなさっている御子様は聴いていらっしゃるのです。たとえ言葉の意味はわからずとも、その音の心地よさ、不快さ、どちらも伝わっているのです」
私の言葉に周囲は静まり返った。
そして王太子がその沈黙を破り話し始めた。
「そうか……この子にはもう音を感じる力があり、美しい音も醜い音も母の音も、すべてをこうしている時も感じておるのだな」
「はい、その通りでございます」
大きくため息をついた王太子様は、皆の方へと向き直りこう宣言した。
「いまのメイロードの話に疑念を持つものがおるか? いるならば、いますぐ申し述べるが良い。ないのであれば、いま私は我が王妃と我が子のために命じよう。我が妃の周囲では決して誹謗したり貶めたりするような言葉を使ってはならぬ。何も知らぬこの子に、決して憂いを与えてはならぬ!」
王太子様の言葉に、その場にいたすべての人々がこうべを垂れ、その意に沿うことを誓った。
「私も反省いたしました。母は強くあらねばなりませんね。泣いてなどいられません」
ベラミ姫の言葉に、姑である王妃が微笑んでうなずく。
「そうですとも。強くあらねば……それがロームバルトの妃の務めですよ」
先ほどの〝和三盆〟バクラヴァの効果なのか、少し体調も良くなった様子のベラミ妃様は目の力も戻り、生き生きとお姑様と話せるようになってきていた。
(よしよし、これで周囲の人たちはベラミ妃様に対して何重にも気を使わざるを得なくなったし、ベラミ妃様の体調問題もクリア。これで心静かなマタニティ・ライフが送れるようになりそうかな?)
私がミッションクリアにほっとしていると、王太子様が私に何か褒美を与えたいと言い出した。当然、私は単なる使者に過ぎない者なので、恐れ多いと固辞したが、ベラミ妃様、王妃様まで欲しいもの言いなさいとせっつくので、仕方なく〝飴の木〟が栽培できる畑が欲しいと言ってみた。
「そんなもので良いのか? このアンクルーデでは珍しくもなんともないものだぞ?」
「ですが、他の国では〝飴の木〟のような純粋な甘味は得難いものです。私は料理もいたしますし、菓子も作りますので用途は多いのですよ」
私の言葉にベラミ妃様がうなずく。
「先ほどのお菓子もすべて、このメイロード・マリスの考案なのですよ。この可愛い子はきっと〝飴の木〟を生かしたお菓子を作ってくれますわ。新しい料理ができたら、ぜひまた持ってきて頂戴ね、メイロード!」
楽しげに微笑む妻の姿に満足そうな王太子様からも、ぜひまた訪れてくれるようにとのお言葉を頂戴した。
この公式な謁見が終わったところで、今度はベラミ妃様の離宮へと移動してより詳しく〝シスターファリタの育児書〟の内容について話し、妊婦が取るべき栄養についても話した。
「こちらは沿海州の漁港バンダッタで獲れます牡蠣をオイル漬けにしたものです。この中には子供がお腹にいる方に必要な栄養が含まれておりますので、ぜひ少しずつご賞味ください。食べ過ぎのよる体重増加もまたよくございませんので、少しづつでございますよ」
ベラミ妃様は苦笑している。
「このような小さな子供に、子を持つ親になるための説教をされるとは……おかしいわね。ふふ、わかったわ、あなたの言うことならなんでも聞くわ。きっとそうすればこの子は大丈夫っていう気がするもの。ありがとう、メイロード」
マリリア様も本当に満足そうな笑顔でこう言った。
「メイロード……いや、メイロードさま。本当にありがとうございました。感謝の言葉もございません。これで、ベラミ妃様に嫌味を言うような輩は減るはずですし、仮に言ってくるようなことがあれば真っ向から叱責してやることができます。それだけでも、本当にやりやすくなりますよ」
王太子様からの命令が公になされたいま、ベラミ妃様への軽口は明らかな〝王家への造反〟となった。その上、彼らが欲しくてたまらない甘味を手に入れるのも、レシピを教えてもらうのも、すべてはベラミ妃様のお心次第となった。これでベラミ妃様のご機嫌を損ねることを言わないよう、必死で気を使うしかなくなった彼らは、もうシド帝国への対抗意識を口にする余裕はないはずだ。
「〝シスターファリタの育児書〟は、シドで近いうちに簡易版の本を出版するつもりですが、どうぞロームバルトではベラミ妃様から人々にお伝えください。きっと、ベラミ妃様のお優しさが伝わることでしょう。〝バクラヴァ〟のレシピと〝アンクルーデの石畳〟の入手についてのカードも、どうぞ慎重にご活用ください。
ああそれから〝アンクルーデの石畳〟は、シドの感覚からするとものすごい甘さですので、ベラミ妃様もマリリア様もお召し上がらない方がよろしいかと思います」
私の言葉に、おふたりは声をそろえて楽しそうに笑って
「気をつけるわ」
と言ってくれた。それはとても明るく美しい穏やかな笑顔だった。
後日、私に与えられた〝飴の木〟畑は、アンクルーデ郊外の湖と山林を含む広大な土地で、畑というより小さな〝領地〟という規模だった。
(こんな広い土地もらっても困るんだけど!!)
「重要なことは、お腹にいる赤ん坊が音を聞いているということでございます」
私の言葉におふたりは、まだピンときていないようだ。周囲の人々も同様のようだったので、私はゆっくりと諭すように話を進めていった。
「お腹の中で過ごされている間も、御子様は音を聴いていらっしゃいます。お母様が悲しみに涙する時も、周囲の人々の不用意な醜い言葉も、何もかもです。そのような〝悲しい音〟〝汚らしい音〟を、この国の新たな希望であられる、これからお生まれになろうとなさっている御子様は聴いていらっしゃるのです。たとえ言葉の意味はわからずとも、その音の心地よさ、不快さ、どちらも伝わっているのです」
私の言葉に周囲は静まり返った。
そして王太子がその沈黙を破り話し始めた。
「そうか……この子にはもう音を感じる力があり、美しい音も醜い音も母の音も、すべてをこうしている時も感じておるのだな」
「はい、その通りでございます」
大きくため息をついた王太子様は、皆の方へと向き直りこう宣言した。
「いまのメイロードの話に疑念を持つものがおるか? いるならば、いますぐ申し述べるが良い。ないのであれば、いま私は我が王妃と我が子のために命じよう。我が妃の周囲では決して誹謗したり貶めたりするような言葉を使ってはならぬ。何も知らぬこの子に、決して憂いを与えてはならぬ!」
王太子様の言葉に、その場にいたすべての人々がこうべを垂れ、その意に沿うことを誓った。
「私も反省いたしました。母は強くあらねばなりませんね。泣いてなどいられません」
ベラミ姫の言葉に、姑である王妃が微笑んでうなずく。
「そうですとも。強くあらねば……それがロームバルトの妃の務めですよ」
先ほどの〝和三盆〟バクラヴァの効果なのか、少し体調も良くなった様子のベラミ妃様は目の力も戻り、生き生きとお姑様と話せるようになってきていた。
(よしよし、これで周囲の人たちはベラミ妃様に対して何重にも気を使わざるを得なくなったし、ベラミ妃様の体調問題もクリア。これで心静かなマタニティ・ライフが送れるようになりそうかな?)
私がミッションクリアにほっとしていると、王太子様が私に何か褒美を与えたいと言い出した。当然、私は単なる使者に過ぎない者なので、恐れ多いと固辞したが、ベラミ妃様、王妃様まで欲しいもの言いなさいとせっつくので、仕方なく〝飴の木〟が栽培できる畑が欲しいと言ってみた。
「そんなもので良いのか? このアンクルーデでは珍しくもなんともないものだぞ?」
「ですが、他の国では〝飴の木〟のような純粋な甘味は得難いものです。私は料理もいたしますし、菓子も作りますので用途は多いのですよ」
私の言葉にベラミ妃様がうなずく。
「先ほどのお菓子もすべて、このメイロード・マリスの考案なのですよ。この可愛い子はきっと〝飴の木〟を生かしたお菓子を作ってくれますわ。新しい料理ができたら、ぜひまた持ってきて頂戴ね、メイロード!」
楽しげに微笑む妻の姿に満足そうな王太子様からも、ぜひまた訪れてくれるようにとのお言葉を頂戴した。
この公式な謁見が終わったところで、今度はベラミ妃様の離宮へと移動してより詳しく〝シスターファリタの育児書〟の内容について話し、妊婦が取るべき栄養についても話した。
「こちらは沿海州の漁港バンダッタで獲れます牡蠣をオイル漬けにしたものです。この中には子供がお腹にいる方に必要な栄養が含まれておりますので、ぜひ少しずつご賞味ください。食べ過ぎのよる体重増加もまたよくございませんので、少しづつでございますよ」
ベラミ妃様は苦笑している。
「このような小さな子供に、子を持つ親になるための説教をされるとは……おかしいわね。ふふ、わかったわ、あなたの言うことならなんでも聞くわ。きっとそうすればこの子は大丈夫っていう気がするもの。ありがとう、メイロード」
マリリア様も本当に満足そうな笑顔でこう言った。
「メイロード……いや、メイロードさま。本当にありがとうございました。感謝の言葉もございません。これで、ベラミ妃様に嫌味を言うような輩は減るはずですし、仮に言ってくるようなことがあれば真っ向から叱責してやることができます。それだけでも、本当にやりやすくなりますよ」
王太子様からの命令が公になされたいま、ベラミ妃様への軽口は明らかな〝王家への造反〟となった。その上、彼らが欲しくてたまらない甘味を手に入れるのも、レシピを教えてもらうのも、すべてはベラミ妃様のお心次第となった。これでベラミ妃様のご機嫌を損ねることを言わないよう、必死で気を使うしかなくなった彼らは、もうシド帝国への対抗意識を口にする余裕はないはずだ。
「〝シスターファリタの育児書〟は、シドで近いうちに簡易版の本を出版するつもりですが、どうぞロームバルトではベラミ妃様から人々にお伝えください。きっと、ベラミ妃様のお優しさが伝わることでしょう。〝バクラヴァ〟のレシピと〝アンクルーデの石畳〟の入手についてのカードも、どうぞ慎重にご活用ください。
ああそれから〝アンクルーデの石畳〟は、シドの感覚からするとものすごい甘さですので、ベラミ妃様もマリリア様もお召し上がらない方がよろしいかと思います」
私の言葉に、おふたりは声をそろえて楽しそうに笑って
「気をつけるわ」
と言ってくれた。それはとても明るく美しい穏やかな笑顔だった。
後日、私に与えられた〝飴の木〟畑は、アンクルーデ郊外の湖と山林を含む広大な土地で、畑というより小さな〝領地〟という規模だった。
(こんな広い土地もらっても困るんだけど!!)
408
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~
雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。
突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。
多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。
死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。
「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」
んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!!
でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!!
これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。
な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。