上 下
341 / 793
3 魔法学校の聖人候補

533 セルツの夏野菜

しおりを挟む
533

「うん、美味しい、すごく美味しいです!」

久しぶりに食べた〝オロンコロ〟亭の鳥肉のトマト煮込みは格段に美味しくなっていた。バジルの香りもとてもいいし、旬のトマトの凝縮された甘味と旨味で煮込まれた鳥は、適度な弾力を残しながらも食べやすい。トマトに含まれるグルタミン酸ナトリウムは、出汁だしの旨みそのものだ。それにほどよく焼きを入れた鳥から出たイノシン酸が加われば旨味は倍増、バジルの香りで獣臭さもなくなり栄養価もアップしている。

「サイデム商会の人が、メイロードちゃんの紹介ならって言ってさ。いくつか香辛料の試供品をくれてね。ちょっと値段が張るから全部は買えないけど、ちょっと取り入れてみようかと思ってさ」

どうやら研究熱心なおかみさんの料理魂を刺激するスパイスがあったようで、いろいろと研究中らしい。うれしそうに、私にも試供品にもらったというスパイスを見せてくれた。

イスの研究施設では継続して、私が見つけたハーブやスパイスについて研究をしてもらっていて、市場に出せそうになったら随時投入することになっているのだが、いまのサイデム商会で扱っているものは、どちらかというと香り系のものが多く、まだ辛味を増やせる胡椒などのスパイスはなかった。唐辛子は少し市場にも出てきているようだが、売り物にできるだけの量を確保するとなると、そう簡単ではないのだろう。

「高地での収穫が可能なスパイスが見つかったら、また苗を頼むといいですよ。きっと、また新しい名物ができますね」

私の言葉に、ちょっとだけおかみさんは顔を曇らせた。一年中営業している店には、それなりに食材の苦労があるらしい。

「そうだねぇ。このトマト煮込みも、一年の半分は同じ味では出せないからね。なんとかトマトを煮たものを保存してはいるんだけど、さすがに冬場まではもたないしね……。冬場はドライトマトを使って、似たような味のものを作っていて、それはそれで評判はいいんだけどさ。やっぱり、旬の味には叶わないんだよ」

確かに、このフレッシュな感じの残るトマトの煮込みは、この時期しか食べられない味なのかもしれない。

(このフレッシュさをそのままキープできればいいのにね。《無限回廊の扉》を持つ私にはなんでもないことだけど、だからって解放してあげるわけにはいかないし……)

「あ!」

私はそこであることを思いついた。

(これは魔法研究に使えるかも!)

それから私はおかみさんと料理談義を楽しくしてから、再び市場に戻った。もちろんソーヤが満足するまでおかみさんの新作トマト煮込みを堪能してから。私は市場を先ほど以上に丁寧に見ながら、さらに大量の食料品を調達した。私の怒涛の買い物のせいで、いつの間にかとんでもない量の野菜を曲芸師のように、しかも平然と担いでいたソーヤが、周囲から注目を浴び始めたので、慌ててこっそりマジックバッグへと荷物を移したりしながら、買い物を終えた。

その後は大量の野菜と一緒に学校へと戻って、そこから一番広いキッチンのあるイスのマリス邸へと荷物を運び込み、買ってきた野菜をすべて広げた。ここからはソーヤと一緒に、この野菜の味見だ。

「メイロードさま……これは?」

「取り敢えずは、セルツの夏野菜を試食するための料理を作ろうと思うの。まずは、ここの野菜のたちを知らなきゃね。まずは、そのまま試食して、それから熱を入れてみましょうか。夜は夏野菜カレーにしてもいいわね。さ、忙しくなるわよ!」

私とソーヤは、買ってきた野菜を片っ端から味見しつつその味を確かめてメモを取っていった。ナス科の野菜やウリ科の野菜、見たこともない色鮮やかな緑の野菜もある。知らない野菜も《鑑定》と歩く食品データベースであるソーヤがいれば、その産地から風味まですぐに知ることができた。

「こちらの〝ダーダーの卵〟と呼ばれている野菜は、ダーダーという大型の鳥の卵ぐらいの大きさのある白い姿からそう呼ばれています。中身はフカフカしていて、甘味がありみずみずしさもありますね。生でも食べられますよ」

「なるほど、大きいね。色は白いけど米茄子っぽいかな。田楽味噌と合わせたら美味しいかも」
「おお、それは素晴らしいですね。田楽味噌……あれはいいものでした」

ふろふき大根がお気に入りのソーヤは、田楽味噌が大好き。この〝ダーダーの卵〟が田楽味噌に合いそうだと聞いてもう食べたくてたまらないようだ。

「大きさを生かして、これを器にしたグラタンもいいかもね。いろいろな夏野菜と合わせるならラタトゥイユにすれば、たっぷり食べられていいかも……」

こうしてこの日は、ずっとふたりで料理三昧。楽しい1日だった。

「どうやら、いいことがあったようじゃの」

夕食時、夏野菜カレーを美味しそうに食べながら、グッケンス博士がそう言った。

「わかりますか? あ、このラタトゥイユもすごく良くできたのでぜひ。こちらの鮮度抜群のトマトとモッツアレラとバジルのカプレーゼも、とても夏らしくて美味しいですよ」

「どうやら、研究の目星がついたようじゃな」
「え、何を研究するの? 今度は、爆発系じゃないといいな」

セイリュウが泡盛をロックで飲みながらチャチャを入れる。

「今度は危なくないですよ。でも、ちょっと実験も兼ねていろいろ仕込みが必要なので、内容についてはしばらく秘密です。ちゃんと魔法の研究になってるといいんですが……まぁ、頑張ります」

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

カジュアルセックスチェンジ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:525pt お気に入り:38

異世界もふもふ召喚士〜白虎と幼狐と共にスローライフをしながら最強になる!〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,043pt お気に入り:1,457

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

BL / 完結 24h.ポイント:631pt お気に入り:2,625

仲良しな天然双子は、王族に転生しても仲良しで最強です♪

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:248pt お気に入り:305

【完結】この胸に抱えたものは

恋愛 / 完結 24h.ポイント:390pt お気に入り:343

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。