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3 魔法学校の聖人候補
538 職業体験してみる?
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小さな町や村にとって、常駐する魔法使いがいるというのはある意味夢のような幸運だ。もともと数の少ない魔法使いの中でも優秀な者の多くは〝国家魔術師〟となり、それ以外の者たちも引く手数多。その資質にもよるが、防衛、生産・加工、討伐などで常駐を望まれる高額の仕事は数多くある。
当然、こうした高額が稼げる仕事の多い都会が魔法使いたちの主な働き口となり、田舎で暮らす魔法使いはかなりの少数派だ。
「トルル、それを悩んでいるということは、自分でもわかっているのよね……」
トルルの悩みが深いのは、トルル自身が魔法学校の二年生となり、少し難しい魔法にも取り組み始め、卒業までの道筋が見えてきたということだ。そう、以前にもグッケンス博士と話したことだが、魔法学校を卒業しただけの新米魔法使いは、実戦経験のない〝ひよっこ〟に過ぎないのだ。
トルルはそのことを理解している。それだけでもすごいことだ。
「私はさ、魔法学校に入るのもギリギリの魔法力だったじゃない? そりゃ、最初は〝国家魔術師〟になって故郷へ凱旋……なんて夢も見たけど《基礎魔法講座》が始まってすぐそんな夢は、本当に夢だってわかった。それでもマリスさんやみんなのおかげで二年に進めて、風や土の魔法は少しは出来るようになったと思う。でもね……」
勉強が進み知識が増えるほどに、魔法の奥深さを知り、自分の能力の足りなさを知り、トルルは考えてしまったそうだ。
〝果たして、魔法学校を卒業しただけで、私は彼らの望む魔法使いになれるのだろうか?〟
と……。そのトルルの考えは正しい。とかく自信過剰になりがちな者の多い魔法使いの中で、彼女は自らの力に常に不安を持っていたからこそたどり着けた冷静な判断だと思う。
村の人たちを守り、家族と共にこの村で生きることを、トルルも家族も村の人たちも望んでいる。だが、卒業後そのまま村へ戻ったトルルが、その後の人生において魔法使いとして成長できる見込みはとても低いだろう。
「村にすぐ戻っていいのか、それが悩みなのね」
私の言葉にコックリとトルルが頷いた。
「オーライリやクローナみたいなすごい能力が欲しいとは思わない。だけどね、不測の事態に対応できる経験と知恵はつけられるはずだし、それがなかったら意味がない。最高の魔法使いじゃなくたっていい。でも、本当に村の人が困った時、二の足を踏まずに駆け付けられる魔法使いではいたいのよ」
「それなら、もう答えは決まっているよね」
私の言葉にトルルは悲しそうな顔をする。
まだ幼い弟妹に、躰の弱い母と働き者だが仕事の身入りの少ない父。トルルに対して学校を卒業した後はすぐに戻ってきてくれると期待する彼らの気持ちもわかり、言い出しづらいのだろう。
「トルル……酷なことを言うようだけど、聞いて。あなたがいくら家族を心配しても、いつまでもあなたが守ってあげられるわけじゃない。魔法使いの仕事は時に命がけになることもあるし、不意の事故や病気、明日がどうなるかなんて誰にもわからない」
そう、私もあの日ケーキバイキングに行く途中で死んでしまうなんて、思ってもみなかった。人の一生がいつ途切れるかなんて誰にもわからない。
「だから、あなたがどうしたいかをまず考えて。この村の人たちを本当に守れる魔法使いになりたいのなら、そのための最善の道を選ばなくちゃ。大丈夫、みんな待っていてくれるわ」
「うん……うん! そうだね! 私には魔法使いとしての修行が絶対必要!」
それから私はトルルに〝魔術師ギルド〟について話をした。博士の提案から昨年スタートしたこのギルドでは、私が博士に話したインターン制度が取り入れられている。ただ、それがどのように運用され始めたのかについては私も詳細は知らないので、一度〝魔術師ギルド〟を訪ねて見るのも良いかもしれない。
「魔術師ギルドは魔法学校の卒業証書を持っていれば無条件で登録できるけど、それ以外の人でも試験を受ければ登録できることになっているの。〝魔法屋〟の人たちも登録できるのよ。学生でも登録すれば仕事もできるはず……」
「じゃあ、行ってみない? マリスさん」
「え?」
「〝魔術師ギルド〟を実際に見てみたいの!」
トルルは気持ちの切り替えの早い子だ。今度はすっかり〝魔術師修行〟をする気になっている。だが、確かに学生のうちから〝魔術師ギルド〟やその制度についてよく知っておくことは無駄にはならない。
(これもグッケンス博士に進言してもいいかもしれないな)
「じゃあ、体験してみましょうか。ここから一番近い大きな街はどこかな?」
「ここから馬車で7日ほど行くと、セジャムっていう街があるの。〝天舟〟が離発着できる施設もあるのよ。ここは、この辺りのご領主様も住んでいるし、主なギルドはみんなあるはずだよ」
「じゃ、夏休みの後半の10日ぐらい、そこの〝魔術師ギルド〟で、実際の手続きやお仕事を体験してみようか」
「え、マリスさんも一緒に行ってくれるの?!」
「乗り掛かった船だし、私も興味があるから……」
(それにトルルひとりじゃ心配だもん)
こうして私たちは、夏休みの後半の10日間、〝魔術師ギルド〟体験ツアーをすることになったのだった。
小さな町や村にとって、常駐する魔法使いがいるというのはある意味夢のような幸運だ。もともと数の少ない魔法使いの中でも優秀な者の多くは〝国家魔術師〟となり、それ以外の者たちも引く手数多。その資質にもよるが、防衛、生産・加工、討伐などで常駐を望まれる高額の仕事は数多くある。
当然、こうした高額が稼げる仕事の多い都会が魔法使いたちの主な働き口となり、田舎で暮らす魔法使いはかなりの少数派だ。
「トルル、それを悩んでいるということは、自分でもわかっているのよね……」
トルルの悩みが深いのは、トルル自身が魔法学校の二年生となり、少し難しい魔法にも取り組み始め、卒業までの道筋が見えてきたということだ。そう、以前にもグッケンス博士と話したことだが、魔法学校を卒業しただけの新米魔法使いは、実戦経験のない〝ひよっこ〟に過ぎないのだ。
トルルはそのことを理解している。それだけでもすごいことだ。
「私はさ、魔法学校に入るのもギリギリの魔法力だったじゃない? そりゃ、最初は〝国家魔術師〟になって故郷へ凱旋……なんて夢も見たけど《基礎魔法講座》が始まってすぐそんな夢は、本当に夢だってわかった。それでもマリスさんやみんなのおかげで二年に進めて、風や土の魔法は少しは出来るようになったと思う。でもね……」
勉強が進み知識が増えるほどに、魔法の奥深さを知り、自分の能力の足りなさを知り、トルルは考えてしまったそうだ。
〝果たして、魔法学校を卒業しただけで、私は彼らの望む魔法使いになれるのだろうか?〟
と……。そのトルルの考えは正しい。とかく自信過剰になりがちな者の多い魔法使いの中で、彼女は自らの力に常に不安を持っていたからこそたどり着けた冷静な判断だと思う。
村の人たちを守り、家族と共にこの村で生きることを、トルルも家族も村の人たちも望んでいる。だが、卒業後そのまま村へ戻ったトルルが、その後の人生において魔法使いとして成長できる見込みはとても低いだろう。
「村にすぐ戻っていいのか、それが悩みなのね」
私の言葉にコックリとトルルが頷いた。
「オーライリやクローナみたいなすごい能力が欲しいとは思わない。だけどね、不測の事態に対応できる経験と知恵はつけられるはずだし、それがなかったら意味がない。最高の魔法使いじゃなくたっていい。でも、本当に村の人が困った時、二の足を踏まずに駆け付けられる魔法使いではいたいのよ」
「それなら、もう答えは決まっているよね」
私の言葉にトルルは悲しそうな顔をする。
まだ幼い弟妹に、躰の弱い母と働き者だが仕事の身入りの少ない父。トルルに対して学校を卒業した後はすぐに戻ってきてくれると期待する彼らの気持ちもわかり、言い出しづらいのだろう。
「トルル……酷なことを言うようだけど、聞いて。あなたがいくら家族を心配しても、いつまでもあなたが守ってあげられるわけじゃない。魔法使いの仕事は時に命がけになることもあるし、不意の事故や病気、明日がどうなるかなんて誰にもわからない」
そう、私もあの日ケーキバイキングに行く途中で死んでしまうなんて、思ってもみなかった。人の一生がいつ途切れるかなんて誰にもわからない。
「だから、あなたがどうしたいかをまず考えて。この村の人たちを本当に守れる魔法使いになりたいのなら、そのための最善の道を選ばなくちゃ。大丈夫、みんな待っていてくれるわ」
「うん……うん! そうだね! 私には魔法使いとしての修行が絶対必要!」
それから私はトルルに〝魔術師ギルド〟について話をした。博士の提案から昨年スタートしたこのギルドでは、私が博士に話したインターン制度が取り入れられている。ただ、それがどのように運用され始めたのかについては私も詳細は知らないので、一度〝魔術師ギルド〟を訪ねて見るのも良いかもしれない。
「魔術師ギルドは魔法学校の卒業証書を持っていれば無条件で登録できるけど、それ以外の人でも試験を受ければ登録できることになっているの。〝魔法屋〟の人たちも登録できるのよ。学生でも登録すれば仕事もできるはず……」
「じゃあ、行ってみない? マリスさん」
「え?」
「〝魔術師ギルド〟を実際に見てみたいの!」
トルルは気持ちの切り替えの早い子だ。今度はすっかり〝魔術師修行〟をする気になっている。だが、確かに学生のうちから〝魔術師ギルド〟やその制度についてよく知っておくことは無駄にはならない。
(これもグッケンス博士に進言してもいいかもしれないな)
「じゃあ、体験してみましょうか。ここから一番近い大きな街はどこかな?」
「ここから馬車で7日ほど行くと、セジャムっていう街があるの。〝天舟〟が離発着できる施設もあるのよ。ここは、この辺りのご領主様も住んでいるし、主なギルドはみんなあるはずだよ」
「じゃ、夏休みの後半の10日ぐらい、そこの〝魔術師ギルド〟で、実際の手続きやお仕事を体験してみようか」
「え、マリスさんも一緒に行ってくれるの?!」
「乗り掛かった船だし、私も興味があるから……」
(それにトルルひとりじゃ心配だもん)
こうして私たちは、夏休みの後半の10日間、〝魔術師ギルド〟体験ツアーをすることになったのだった。
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