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3 魔法学校の聖人候補
579 改装した〝大地の恵み〟亭
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579
久しぶりに見た〝大地の恵み〟亭は、増築により規模を三倍に拡大していた。
しかも一階のデリカテッセンは喫茶部を隣の建物に作り、収益の強化を図っている。おかげさまで、このリーズナブルなカフェ〝白いおわん〟も連日大盛況だ。私がやってきた夕方の時間も長い行列ができていて、一向に減る気配がないのだから大したものだ。
すっかりイスの街に定着してきた牛乳は、徐々に値段の落ち着きを見せてきていたのだが、思った以上の急激な普及により、当初の予想を大幅に上回る需要となってしまっている。嬉しいことだが、そのためにまだ乳製品の価格はやや高い水準から下がらずにいる。元々平均的な収入の高いイスでは毎日とはいかなくても週に一回や二回は無理せず食べられるものになりつつあり、いまはそのちょっとした贅沢感も、庶民の楽しみとしていい刺激になっているようだ。
(まぁ、イスの需要が圧倒的すぎて、周辺の村や集落の需要にまで対応できてないところが困りものなんだけど、こればっかりは一気には無理だしね。それにいまの価格じゃ、収入の少ない村や集落じゃ、とても日常食にはできないよね。でも、乳牛が増えるスピード以上の供給はできないんだから、こればっかりは気長に待つしかないよねぇ)
忙しそうな一階のデリの様子を横目で観察しつつ、その角を曲がると高級感のある茶色に金の縁取りが刺繍で施された庇がつけられた二階のレストランへの入り口となる重厚な両開きの扉が見えた。私は顔見知りのドアマンに扉を開けてもらうと、そこで《迷彩魔法》を使って姿を隠した。
いつもは従業員用の勝手口を使って入るのだが、今回の増築が完了してから、お店に入ったことがなかったので、その雰囲気を楽しんでみることにしたのだ。
(でも、ここはイス。私が顔を見せたら騒ぎになるかもしれないので、隠密行動で……)
中央に赤い絨毯が敷かれた、これまた重厚感のある立派な階段を上ると、待ち合わせ場所を兼ねた広いクロークが現れた。これは以前はなかったので、増築した時に取り入れたのだろう。
このクロークと待ち合わせや予約した時間まで暫し待つ人たちのための空間を作るというアイディアは、もちろん私の入れ知恵。最初の内装工事の時から構想があったのだがスペース問題で断念したのを、増築時に取り入れたらしい。
最高級のソファーとローテーブルがいくつか置かれ、やや落とし気味の照明に美しい絵画や装飾品が浮かぶ様子は、どこもかしこも金張りでチカチカするような従来の派手な装飾とはまったく違いながらも、高級感をうまく醸し出している。お酒好きな方はここに根を貼りたくなってしまいそうな、最高の居心地だ。そしてそういう方々のために、もちろん、バーカウンターを併設している。もちろん、ここでもガッチリ稼がせて頂くためだ。
(飲み物は儲かるからねぇ、こちらの世界はお酒にお強い方が多くてとても助かる。ひひひ)
お客様も楽しそうに歓談されているし、ここはいい場所だ。美食の始まりは、優雅でなくてはいけない。私はお客様の様子に満足してレストランに足を踏み入れた。
入り口近くにいた給仕長に一瞬だけ姿を見せて、口に手を当て黙っていてと合図してから、店内の様子を観察していく。お皿はバリエーションを増やしたものの基本デザインは変更なし。カトラリーは〝大地の恵み〟亭のロゴマーク入りのオリジナルのものを特注し、今回すべて入れ替えた。
店内は、前室のバーの落ち着いた雰囲気とは違い、照明も内装も明るく、少し騒々しい。
その理由は、パフォーマンスとしての華やかさを重視した演出だ。目の前で大きな肉を見事な手さばきで切り分け、美しく盛り付けたり、食べられる花で飾ったサラダを出してみたり、何種類ものパンとチーズをいつでも食べられるよう、常に席を巡回したり、デザートの後に物足りない方のために、一口サイズのお菓子を美しく大量に盛り付けたりワゴンを席の横まで持っていき選ばせてみたり……
そうした小さなサプライズのたびに、テーブルで嬌声や驚きの声が上がり座が盛り上がるので、満席の店内は活気に満ちた雰囲気に包まれていた。
(どれも美味しそうだし、楽しそうでいいね)
私はお客様の楽しそうな様子を見て満足し、そのままバックヤードの調理場へと向かった。もちろん、この時間帯、厨房は戦争だ。私は邪魔にならないよう、みんなの姿がよく見える厨房奥の空の野菜箱を椅子がわりにし、姿を隠したまま座ると、持ってきたマジックバッグから取り出したハーブティーを飲みながら、その様子を観察することにした。
最高級の魔石調理器具のおかげで、安定した品質が保てているし、料理の提供までのスピードも満足できるものだ。十人に増えた下働きの子たちも、きびきびと動いているし、料理人たちも無駄のない気持ちのいい働きぶりだ。
(ここはいい厨房だね。うん、とても美味しそうな料理!)
私は店が落ち着く時間まで、飽きることなくそこでみんなが真剣に立ち働き料理を作る様子を眺めていた。
久しぶりに見た〝大地の恵み〟亭は、増築により規模を三倍に拡大していた。
しかも一階のデリカテッセンは喫茶部を隣の建物に作り、収益の強化を図っている。おかげさまで、このリーズナブルなカフェ〝白いおわん〟も連日大盛況だ。私がやってきた夕方の時間も長い行列ができていて、一向に減る気配がないのだから大したものだ。
すっかりイスの街に定着してきた牛乳は、徐々に値段の落ち着きを見せてきていたのだが、思った以上の急激な普及により、当初の予想を大幅に上回る需要となってしまっている。嬉しいことだが、そのためにまだ乳製品の価格はやや高い水準から下がらずにいる。元々平均的な収入の高いイスでは毎日とはいかなくても週に一回や二回は無理せず食べられるものになりつつあり、いまはそのちょっとした贅沢感も、庶民の楽しみとしていい刺激になっているようだ。
(まぁ、イスの需要が圧倒的すぎて、周辺の村や集落の需要にまで対応できてないところが困りものなんだけど、こればっかりは一気には無理だしね。それにいまの価格じゃ、収入の少ない村や集落じゃ、とても日常食にはできないよね。でも、乳牛が増えるスピード以上の供給はできないんだから、こればっかりは気長に待つしかないよねぇ)
忙しそうな一階のデリの様子を横目で観察しつつ、その角を曲がると高級感のある茶色に金の縁取りが刺繍で施された庇がつけられた二階のレストランへの入り口となる重厚な両開きの扉が見えた。私は顔見知りのドアマンに扉を開けてもらうと、そこで《迷彩魔法》を使って姿を隠した。
いつもは従業員用の勝手口を使って入るのだが、今回の増築が完了してから、お店に入ったことがなかったので、その雰囲気を楽しんでみることにしたのだ。
(でも、ここはイス。私が顔を見せたら騒ぎになるかもしれないので、隠密行動で……)
中央に赤い絨毯が敷かれた、これまた重厚感のある立派な階段を上ると、待ち合わせ場所を兼ねた広いクロークが現れた。これは以前はなかったので、増築した時に取り入れたのだろう。
このクロークと待ち合わせや予約した時間まで暫し待つ人たちのための空間を作るというアイディアは、もちろん私の入れ知恵。最初の内装工事の時から構想があったのだがスペース問題で断念したのを、増築時に取り入れたらしい。
最高級のソファーとローテーブルがいくつか置かれ、やや落とし気味の照明に美しい絵画や装飾品が浮かぶ様子は、どこもかしこも金張りでチカチカするような従来の派手な装飾とはまったく違いながらも、高級感をうまく醸し出している。お酒好きな方はここに根を貼りたくなってしまいそうな、最高の居心地だ。そしてそういう方々のために、もちろん、バーカウンターを併設している。もちろん、ここでもガッチリ稼がせて頂くためだ。
(飲み物は儲かるからねぇ、こちらの世界はお酒にお強い方が多くてとても助かる。ひひひ)
お客様も楽しそうに歓談されているし、ここはいい場所だ。美食の始まりは、優雅でなくてはいけない。私はお客様の様子に満足してレストランに足を踏み入れた。
入り口近くにいた給仕長に一瞬だけ姿を見せて、口に手を当て黙っていてと合図してから、店内の様子を観察していく。お皿はバリエーションを増やしたものの基本デザインは変更なし。カトラリーは〝大地の恵み〟亭のロゴマーク入りのオリジナルのものを特注し、今回すべて入れ替えた。
店内は、前室のバーの落ち着いた雰囲気とは違い、照明も内装も明るく、少し騒々しい。
その理由は、パフォーマンスとしての華やかさを重視した演出だ。目の前で大きな肉を見事な手さばきで切り分け、美しく盛り付けたり、食べられる花で飾ったサラダを出してみたり、何種類ものパンとチーズをいつでも食べられるよう、常に席を巡回したり、デザートの後に物足りない方のために、一口サイズのお菓子を美しく大量に盛り付けたりワゴンを席の横まで持っていき選ばせてみたり……
そうした小さなサプライズのたびに、テーブルで嬌声や驚きの声が上がり座が盛り上がるので、満席の店内は活気に満ちた雰囲気に包まれていた。
(どれも美味しそうだし、楽しそうでいいね)
私はお客様の楽しそうな様子を見て満足し、そのままバックヤードの調理場へと向かった。もちろん、この時間帯、厨房は戦争だ。私は邪魔にならないよう、みんなの姿がよく見える厨房奥の空の野菜箱を椅子がわりにし、姿を隠したまま座ると、持ってきたマジックバッグから取り出したハーブティーを飲みながら、その様子を観察することにした。
最高級の魔石調理器具のおかげで、安定した品質が保てているし、料理の提供までのスピードも満足できるものだ。十人に増えた下働きの子たちも、きびきびと動いているし、料理人たちも無駄のない気持ちのいい働きぶりだ。
(ここはいい厨房だね。うん、とても美味しそうな料理!)
私は店が落ち着く時間まで、飽きることなくそこでみんなが真剣に立ち働き料理を作る様子を眺めていた。
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