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4 聖人候補の領地経営
601 トップダウン・ボトムアップ
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601
私の言葉に静まり返る部屋。きっと晴れがましい領主就任の挨拶でどうしてこんなことを言うのだと思われているのだろう。だが、これはとても大切なことで、私にとっても重要なひとつの目標なのだ。少なくとも“マリス領”の地区代表者としてここに来ている彼らには、私の考えていることを、最初から共有しておいてもらわなければならない。
私は“聖女風”の微笑みを絶やさないよう注意しながら、冷静に話を続けた。
「驚かせましたね。でも、これは何ら不吉なことを暗示しているのではありません。私がいなくなるというのは、私がいても、いなくても盤石な体制が維持される領地にしたいということです。
領主の指示がなければ何も話が進まない、といった体制を私は望みません。私の領地に関する裁量権は、できる限り私以外の方々へと委譲したい、それが私の考えです。そして、最終的には領主がいなくとも、領地の運営がつつがなく行われる仕組みにしたい、そう思っています」
皆さんだいぶ混乱しているようで、私の言葉に耳を傾けつつも、理解しがたいという顔をしている。当然かもしれない。私の話は、自分に与えられた権力を最終的にはすべて手放したい、と言っているも同じだからだ。
領主という言わば“王様”が、富と権力のすべてを手中にし、それを自由に使い領地を運営するのがこの世界。貴族にとっての領民は人的資源でしかなく、彼らの生活を慮る領主などほどんどいない。領民たちもそれを当然だと思っている。
(だけどね。それは私がこの世界で望む生き方とは相いれない制度なんだよねぇ……)
この世界の仕組みはすべてトップダウン方式だ。もちろん領主の仕事もそう。
つまり上に立つ人間が裁量権を握り、そこで決められた内容に従って全体が動いていく。すべては決められたこととして“命令”という形で下されてるのだ。
この方式の良い点は、まずひとつ目に意思決定が迅速だと言うこと。ふたつ目に判断する人間がひとりだと方針がブレにくいので、命令を下される側の人間が迷うことが少ないということ。そのためとにかく早く動ける。これはとても重要なメリットだ。
とはいえ、トップダウンという意思決定方法には、大きなリスクがある。上に立つ人間が判断を間違えば、その下にいる人間すべてが間違った方向へと一直線に向かってしまうという点だ。
(トップダウンって、チェック機構が利きにくいんだよね。それに軌道修正する機会もないから、一度間違ってしまうとそれがなかなか修正できないまま、ドツボにはまる可能性もあるし)
領地経営は絶対に失敗してはいけない仕事。ならば、私はボトムアップ方式の領地運営をしていけるようになりたい。上から命令するのではなく、現場に近い人たちみんなの意見を聞き、実際に問題を抱えている人や改善が必要だと感じている人たちから報告してもらい、さらに問題解決のための意見を吸い上げて、みんなで考え検討していきたいのだ。
このやり方がこの世界では非常識なことだとはわかっている。
ボトムアップ方式の運営をすれば、意思決定が遅くなるというデメリットがあることもわかっている。それでも、私はこの方式を進めていくつもりだ。決して方向を間違わないためにそれが一番だと思っているから……というのもあるが、本当の理由は別にある。
この方式が私のために必要だからだ。いかにこの世界で非常識だろうと、私は一生領主としてここにいるつもりはない。それはのんびりライフを求めている私には受け入れがたいし、私がいなくともできることのはずだ、と考えている。
(私としては任期四年ぐらいで交代したいんだよねぇ……。それが無理なら、代行を立てたい。いや、四年なんて待たないで、もっと早くに領主代行を立ててその人に任せられれば、それが一番良いんだけどな)
戸惑う代表者たちに向けて、私は自分がこれから行う具体的な施策について話すことにした。
「私が行う最初の施策は農地の改良と農作物の加工による新たな財源の確保です。それと並行して、それぞれの土地に新たな特産品を作っていきましょう。それらの特産品が売れるごとに税金を徴収し、それを財源とします」
「おっしゃるのは簡単ですよ。モノが売れれば喜んで税も支払います。ですが、そんなに簡単に作物の生産量は増やせません。ここはそんなにいい土地ではないんですよ、お忘れですか?」
あきれたような顔で七区の代表がそう言ったが、もちろん私は“お忘れ”ではない。
「では、具体的な案をひとつ話しましょう。
小麦はとても重要な作物ですね。主食でもありますし、需要が安定しており、多く収穫できればそれはすべてお金にできる。ただ、現状わが“マリス領”では、農地の大きさに比して収穫量が低く、さらに農地を拡大する余裕もない。そうですよね?」
「その通りです。農地を広げるためには金が要る。人手がいる。だが、それに見合うだけの収穫がないのでは、農民は疲弊するだけです」
いいパスを上げてくれたので、わたしは頷きつつ話を続けた。
「いままではそうでしたね。ですが、私には頼もしい味方がいます。じつは私はイスにある研究施設にずっと投資をしてきました。かれらには自由な研究の傍ら、私がお願いした研究もしてもらっていたのです。そのひとつが寒冷地に強い作物の研究でした」
「寒冷地に強い?」
「そうです。この北東部で育った私は、ずっとここで育てやすい品種があるはずだと考えていました。そしてそれは、ちゃんとあったのですよ」
すでにイスの研究所から、私はその新しい小麦の改良ができたという報告は受けていた。ただ、その時点ではまだ、こんなことになると思っていなかったので、手つかずのままにはっていたのだ。しかしいま、大規模な農業改善を行うとなれば、これを使わない手はあるまい。
私は相変わらず、なんら不思議なことはないというしれっとした笑顔でこう言った。
「いままでの三倍の収穫量は確実に出せますよ」
私の言葉に静まり返る部屋。きっと晴れがましい領主就任の挨拶でどうしてこんなことを言うのだと思われているのだろう。だが、これはとても大切なことで、私にとっても重要なひとつの目標なのだ。少なくとも“マリス領”の地区代表者としてここに来ている彼らには、私の考えていることを、最初から共有しておいてもらわなければならない。
私は“聖女風”の微笑みを絶やさないよう注意しながら、冷静に話を続けた。
「驚かせましたね。でも、これは何ら不吉なことを暗示しているのではありません。私がいなくなるというのは、私がいても、いなくても盤石な体制が維持される領地にしたいということです。
領主の指示がなければ何も話が進まない、といった体制を私は望みません。私の領地に関する裁量権は、できる限り私以外の方々へと委譲したい、それが私の考えです。そして、最終的には領主がいなくとも、領地の運営がつつがなく行われる仕組みにしたい、そう思っています」
皆さんだいぶ混乱しているようで、私の言葉に耳を傾けつつも、理解しがたいという顔をしている。当然かもしれない。私の話は、自分に与えられた権力を最終的にはすべて手放したい、と言っているも同じだからだ。
領主という言わば“王様”が、富と権力のすべてを手中にし、それを自由に使い領地を運営するのがこの世界。貴族にとっての領民は人的資源でしかなく、彼らの生活を慮る領主などほどんどいない。領民たちもそれを当然だと思っている。
(だけどね。それは私がこの世界で望む生き方とは相いれない制度なんだよねぇ……)
この世界の仕組みはすべてトップダウン方式だ。もちろん領主の仕事もそう。
つまり上に立つ人間が裁量権を握り、そこで決められた内容に従って全体が動いていく。すべては決められたこととして“命令”という形で下されてるのだ。
この方式の良い点は、まずひとつ目に意思決定が迅速だと言うこと。ふたつ目に判断する人間がひとりだと方針がブレにくいので、命令を下される側の人間が迷うことが少ないということ。そのためとにかく早く動ける。これはとても重要なメリットだ。
とはいえ、トップダウンという意思決定方法には、大きなリスクがある。上に立つ人間が判断を間違えば、その下にいる人間すべてが間違った方向へと一直線に向かってしまうという点だ。
(トップダウンって、チェック機構が利きにくいんだよね。それに軌道修正する機会もないから、一度間違ってしまうとそれがなかなか修正できないまま、ドツボにはまる可能性もあるし)
領地経営は絶対に失敗してはいけない仕事。ならば、私はボトムアップ方式の領地運営をしていけるようになりたい。上から命令するのではなく、現場に近い人たちみんなの意見を聞き、実際に問題を抱えている人や改善が必要だと感じている人たちから報告してもらい、さらに問題解決のための意見を吸い上げて、みんなで考え検討していきたいのだ。
このやり方がこの世界では非常識なことだとはわかっている。
ボトムアップ方式の運営をすれば、意思決定が遅くなるというデメリットがあることもわかっている。それでも、私はこの方式を進めていくつもりだ。決して方向を間違わないためにそれが一番だと思っているから……というのもあるが、本当の理由は別にある。
この方式が私のために必要だからだ。いかにこの世界で非常識だろうと、私は一生領主としてここにいるつもりはない。それはのんびりライフを求めている私には受け入れがたいし、私がいなくともできることのはずだ、と考えている。
(私としては任期四年ぐらいで交代したいんだよねぇ……。それが無理なら、代行を立てたい。いや、四年なんて待たないで、もっと早くに領主代行を立ててその人に任せられれば、それが一番良いんだけどな)
戸惑う代表者たちに向けて、私は自分がこれから行う具体的な施策について話すことにした。
「私が行う最初の施策は農地の改良と農作物の加工による新たな財源の確保です。それと並行して、それぞれの土地に新たな特産品を作っていきましょう。それらの特産品が売れるごとに税金を徴収し、それを財源とします」
「おっしゃるのは簡単ですよ。モノが売れれば喜んで税も支払います。ですが、そんなに簡単に作物の生産量は増やせません。ここはそんなにいい土地ではないんですよ、お忘れですか?」
あきれたような顔で七区の代表がそう言ったが、もちろん私は“お忘れ”ではない。
「では、具体的な案をひとつ話しましょう。
小麦はとても重要な作物ですね。主食でもありますし、需要が安定しており、多く収穫できればそれはすべてお金にできる。ただ、現状わが“マリス領”では、農地の大きさに比して収穫量が低く、さらに農地を拡大する余裕もない。そうですよね?」
「その通りです。農地を広げるためには金が要る。人手がいる。だが、それに見合うだけの収穫がないのでは、農民は疲弊するだけです」
いいパスを上げてくれたので、わたしは頷きつつ話を続けた。
「いままではそうでしたね。ですが、私には頼もしい味方がいます。じつは私はイスにある研究施設にずっと投資をしてきました。かれらには自由な研究の傍ら、私がお願いした研究もしてもらっていたのです。そのひとつが寒冷地に強い作物の研究でした」
「寒冷地に強い?」
「そうです。この北東部で育った私は、ずっとここで育てやすい品種があるはずだと考えていました。そしてそれは、ちゃんとあったのですよ」
すでにイスの研究所から、私はその新しい小麦の改良ができたという報告は受けていた。ただ、その時点ではまだ、こんなことになると思っていなかったので、手つかずのままにはっていたのだ。しかしいま、大規模な農業改善を行うとなれば、これを使わない手はあるまい。
私は相変わらず、なんら不思議なことはないというしれっとした笑顔でこう言った。
「いままでの三倍の収穫量は確実に出せますよ」
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