419 / 840
4 聖人候補の領地経営
608 歓迎の儀式
しおりを挟む
608
部屋へ入ってきた公爵一行。さすが大貴族だけあってシルベスター公爵の様子は堂々としたものだった。
メイロードは椅子に腰をかけたまま微笑みつつそれを見やる。
もちろん爵位としては公爵の方が圧倒的に高い地位だが、ここは〝マリス領〟、この領地の中では一番偉いのは領主だ。
こういう力関係の場合、この地の主からは歩み寄らず、シルベスター公爵がその側へやってくるのを、ゆっくりと待つ。決してへりくだってはならない。ここでのトップが領主である“メイロード・マリス”であることを常に自覚し、行動においても態度においても相手を優位に立たせてはならないと、メイロードはセイツェから厳命されている。
メイロードは公爵が近づいてきたところで、微笑みすぎないように気を付けながら笑顔を作り、ゆっくりと立ち上がると、軽く膝を折り挨拶をした。
「この遠き土地に、高貴なる御身をお迎えできましたことを心より嬉しく思います。すべての神の祝福を御身に。ようこそおいで下されました、シルベスター公爵様」
(セイツェさんに歩き方からお辞儀の角度まで、ガッチリ教えてもらったんだから死角はない……はず!)
美しい姿勢を保ちながらメイロードは内心の緊張を隠し、歓迎の儀式を進めていく。
“ドレープス”の最新流行を取り入れながらも華美になり過ぎないように品よく仕上げた高価なドレスを身にまとい、セーヤ渾身のキラキラの装飾に彩られた髪を揺らしてお辞儀をするメイロードの姿は、絵物語から抜け出てきた姫君そのものだ。
その可憐な仕草と美しさに両サイドに控えたの召使たちからため息が漏れる。
それほどにメイロードの姿は優雅で、しかししっかりと領主としての威厳をもったものに見えた。
これに対し、こう言った儀式を何度も繰り返してきているシルベスター公爵は、型通りの挨拶を慣れた態度ですらすらと口にする。
「心よりの歓迎に御礼申し上げる。マリス家とこの土地に関わる人々に我らが尊き神マーヴの大いなる祝福を。美しき歓迎の趣向に驚きとさらなる感謝を伝えたい。
我が家の家紋である〝シルベスターローズ〟をあしらわれた見事な出迎えには感服した。この素晴らしき歓迎の御礼に価いするかはわからぬが、我が家からそのお礼として持参した……」
そこでシルベスター公爵は言い淀んだ。
ここまでは、公式な訪問の時にはつきものの挨拶で、言い澱むようなものではないのだが、そこでやっと公爵は気づいたのだ。
(なんだ? なんで、こんなに土産が少ないのだ!)
その部屋には美しい布のかけられたテーブルがあり、シルベスター公爵家からの贈答品が置かれている。だが、その数は十個にも満たない数で、とてもこういった公式な晩餐会に招かれた公爵家の人間が持ち込んでいいような数ではなかった。
その貧相な数の贈り物について話すのは、有り体に言って、赤っ恥もいいところだった。
元々サプライズ訪問をして脅かすつもりだった公爵は、こんな公式な挨拶をするような訪問をするはずではなかった。それが、きっちりと型にはめられ、公式の場でのふるまいをせざる得なくなり、そしていま、自分の失態を自ら宣言するような形になってしまっている。
言葉に詰まった公爵は、それ以上口上を述べることができなくなっていた。
すかさず侍従のクラバが恐れながらと話をする。
「大変申し訳ございません。主人はご領主様にお会いになることを大変お急ぎになりまして〝天舟〟への荷物の積み込みが間に合わなかったのでございます。ご領主様への贈り物は、後ほど到着いたしますので、どうかこの場での贈り物のご紹介はご容赦くださいませ」
クラバにしてみてば、自分の失態として罰を受けることになるかもしれない発言だったが、さすがに自分の主人を公式なあいさつの席で絶句させたままにはしておけなかった。
「そうでございましたか。お気になさることはありません。手土産ありがたく頂戴いたします」
美しい女領主は、何事もなかったかのように口上を進めて、周囲も一切公爵たちを責めることなく、晩餐会会場へと入っていった。
クラバは胸をなでおろしていたが、シルベスター公爵はまだかなりのダメージを負っている様子だ。むっつりとした顔で、言葉少なに晩餐の席へと向かってのろのろと歩いている。
侍従クラバは、何度も言ったにもかかわらず、あの場で品物が乗せられた台の上を見るまで、まったくそのことを忘れていた主人に、ため息しか出なかったが、そういう主人であることを知ってもいた。
もちろん急過ぎて間に合わなかった贈り物は、すぐに後を追って送るよう指示は出してあるし、こちらに着いてすぐに《伝令》でさらに追加の贈り物も発注した。
(これに懲りてくださるといいのだが……ここがパレスより遠い地で、ここでの噂が社交界に流れるようなことはないだろうことが、せめてもの救いか)
大きく出ばなをくじかれた主人が、これで暴走をやめてくれることを祈りながら、クラバはふたりの後に続いて、気の重い晩餐会の会場へと入っていった。
部屋へ入ってきた公爵一行。さすが大貴族だけあってシルベスター公爵の様子は堂々としたものだった。
メイロードは椅子に腰をかけたまま微笑みつつそれを見やる。
もちろん爵位としては公爵の方が圧倒的に高い地位だが、ここは〝マリス領〟、この領地の中では一番偉いのは領主だ。
こういう力関係の場合、この地の主からは歩み寄らず、シルベスター公爵がその側へやってくるのを、ゆっくりと待つ。決してへりくだってはならない。ここでのトップが領主である“メイロード・マリス”であることを常に自覚し、行動においても態度においても相手を優位に立たせてはならないと、メイロードはセイツェから厳命されている。
メイロードは公爵が近づいてきたところで、微笑みすぎないように気を付けながら笑顔を作り、ゆっくりと立ち上がると、軽く膝を折り挨拶をした。
「この遠き土地に、高貴なる御身をお迎えできましたことを心より嬉しく思います。すべての神の祝福を御身に。ようこそおいで下されました、シルベスター公爵様」
(セイツェさんに歩き方からお辞儀の角度まで、ガッチリ教えてもらったんだから死角はない……はず!)
美しい姿勢を保ちながらメイロードは内心の緊張を隠し、歓迎の儀式を進めていく。
“ドレープス”の最新流行を取り入れながらも華美になり過ぎないように品よく仕上げた高価なドレスを身にまとい、セーヤ渾身のキラキラの装飾に彩られた髪を揺らしてお辞儀をするメイロードの姿は、絵物語から抜け出てきた姫君そのものだ。
その可憐な仕草と美しさに両サイドに控えたの召使たちからため息が漏れる。
それほどにメイロードの姿は優雅で、しかししっかりと領主としての威厳をもったものに見えた。
これに対し、こう言った儀式を何度も繰り返してきているシルベスター公爵は、型通りの挨拶を慣れた態度ですらすらと口にする。
「心よりの歓迎に御礼申し上げる。マリス家とこの土地に関わる人々に我らが尊き神マーヴの大いなる祝福を。美しき歓迎の趣向に驚きとさらなる感謝を伝えたい。
我が家の家紋である〝シルベスターローズ〟をあしらわれた見事な出迎えには感服した。この素晴らしき歓迎の御礼に価いするかはわからぬが、我が家からそのお礼として持参した……」
そこでシルベスター公爵は言い淀んだ。
ここまでは、公式な訪問の時にはつきものの挨拶で、言い澱むようなものではないのだが、そこでやっと公爵は気づいたのだ。
(なんだ? なんで、こんなに土産が少ないのだ!)
その部屋には美しい布のかけられたテーブルがあり、シルベスター公爵家からの贈答品が置かれている。だが、その数は十個にも満たない数で、とてもこういった公式な晩餐会に招かれた公爵家の人間が持ち込んでいいような数ではなかった。
その貧相な数の贈り物について話すのは、有り体に言って、赤っ恥もいいところだった。
元々サプライズ訪問をして脅かすつもりだった公爵は、こんな公式な挨拶をするような訪問をするはずではなかった。それが、きっちりと型にはめられ、公式の場でのふるまいをせざる得なくなり、そしていま、自分の失態を自ら宣言するような形になってしまっている。
言葉に詰まった公爵は、それ以上口上を述べることができなくなっていた。
すかさず侍従のクラバが恐れながらと話をする。
「大変申し訳ございません。主人はご領主様にお会いになることを大変お急ぎになりまして〝天舟〟への荷物の積み込みが間に合わなかったのでございます。ご領主様への贈り物は、後ほど到着いたしますので、どうかこの場での贈り物のご紹介はご容赦くださいませ」
クラバにしてみてば、自分の失態として罰を受けることになるかもしれない発言だったが、さすがに自分の主人を公式なあいさつの席で絶句させたままにはしておけなかった。
「そうでございましたか。お気になさることはありません。手土産ありがたく頂戴いたします」
美しい女領主は、何事もなかったかのように口上を進めて、周囲も一切公爵たちを責めることなく、晩餐会会場へと入っていった。
クラバは胸をなでおろしていたが、シルベスター公爵はまだかなりのダメージを負っている様子だ。むっつりとした顔で、言葉少なに晩餐の席へと向かってのろのろと歩いている。
侍従クラバは、何度も言ったにもかかわらず、あの場で品物が乗せられた台の上を見るまで、まったくそのことを忘れていた主人に、ため息しか出なかったが、そういう主人であることを知ってもいた。
もちろん急過ぎて間に合わなかった贈り物は、すぐに後を追って送るよう指示は出してあるし、こちらに着いてすぐに《伝令》でさらに追加の贈り物も発注した。
(これに懲りてくださるといいのだが……ここがパレスより遠い地で、ここでの噂が社交界に流れるようなことはないだろうことが、せめてもの救いか)
大きく出ばなをくじかれた主人が、これで暴走をやめてくれることを祈りながら、クラバはふたりの後に続いて、気の重い晩餐会の会場へと入っていった。
353
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~
雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。
突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。
多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。
死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。
「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」
んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!!
でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!!
これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。
な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)
【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話
2025.10〜連載版構想書き溜め中
2025.12 〜現時点10万字越え確定
よかった、わたくしは貴女みたいに美人じゃなくて
碧井 汐桜香
ファンタジー
美しくないが優秀な第一王子妃に嫌味ばかり言う国王。
美しい王妃と王子たちが守るものの、国の最高権力者だから咎めることはできない。
第二王子が美しい妃を嫁に迎えると、国王は第二王子妃を娘のように甘やかし、第二王子妃は第一王子妃を蔑むのだった。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。