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4 聖人候補の領地経営

630 土地神様の力

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630

ほぼ一昼夜が経過した祈祷所は、出た時と変わらない状態だった。いないことがばれたら大騒ぎだろうから、結界が作れる魔法を使えるのは本当にありがたい。油の入った照明の灯りも、もう油が切れかかってはいるが、まだ小さな灯りをともしている。

(建物の隙間から灯りが漏れるので、消すと中に人がいないことがわかっちゃうかもしれないと思って消さなかったんだよね。小さな火だし、なにかあっても、外に影響はないから大丈夫だと思っていたけど、万が一火事になったらどうしようって心配だったんだ。うん、何事もなくてよかった)

しっかり遮音もした結界の中で聞こえるのは、灯りに油がつくときのジジッという小さな音だけ。そんな静けさに包まれた真新しい祭壇には、私とともに戻ってきたかわいらしい魔物のお姿の土地神様の姿がある。

〔それではわしはそろそろ行こうかの。メイロードよ、この土地と人々を頼むぞ。お前ならばきっと良い領主となろう……わしはいつでも見守っておるからな〕

可愛らしい笑顔でプカプカと浮いた土地神様の姿が、祭壇の前から少しずつ消えていく。なんだかとても寂しい気がするが、姿は見えなくてもこの土地をずっと見守ってくれる。それでいいのだろう。

〔ありがとうございました、土地神様。これからもこの土地をどうぞ見守ってくださいね〕
〔ああ、いつでもな〕

土地神様のいなくなった祈祷所で、私は短い祈りを捧げた。犠牲となった動物や魔物たちのために、これからもあの広大な山脈を守っていくのだろう“守護妖精”たちのために、そしてこの地を心から慈しんでくれている土地神様のために……

━━━━

その日の夜、マリス邸で私たちはグッケンス博士に今回の事件の話をしながら、夕食を食べていた。

話の流れ的に、なんとなく今日は和食と日本酒な感じの宴になり、いまも土地神様たちに差し上げたほどではないが、すっきりとした辛口の美味しい吟醸酒で晩酌中だ。

お刺身の盛り合わせに貝のオイル漬け、彩り野菜の和風ピクルスに、お手製のお豆腐の冷ややっこに薬味をたっぷり。味噌漬けのお肉をあぶった香ばしい焼き物も用意した。

「その土地神は、なぜ急に姿を現したのだ 土地神など、霊力も弱いだろうに、姿を現せるほどの力などあるものなのか?」

杯になみなみと注がれたお酒を楽しみながら、グッケンス博士がセイリュウに聞く。

「今回はいくつかの条件が重なったからね」

ふたりの話によると、こうした土地神という存在は、あまり大きな力を持つ者ではなく、まして人前に姿を現せるような力はないのだそうだ。

(まぁ、今回も私やセイリュウでなかったら、その姿は見えていなかったんだけどね)

今回は、私の出資によって魔物殿が新しくなり、それに伴って人々の信仰心がさらに高まったところで、大規模な祈祷がずっと行われ、土地神様の力はかつてないほど高まっていたということのようだ。

「そこに聖なる存在と対話する能力を貰っている私と、強力な霊力を持つセイリュウとが現れたことで、あの超カワイイ土地神様が出現したのね」

私は土地神様から頂いたペンダントを見ながらうっとりとそう言った。

「まぁ、そうだね。それに、メイロードが森の聖地にある湖へと尊き方を導いたとき、聖地周辺はそのお力で、一時的ではあるけどかなり聖の気に満たされたから、それもあって土地神も大きな力が出せたんだと思うよ。もちろん、これの威力も半端なかったけどね」

そういいながら、セイリュウが杯を持ち上げる。

今回のことは、そういったさまざまな条件がうまく重なったことで、大きな被害もなく収拾することができた。ただ、“厭魅エンミ”によってすでに荒らされた土地はかなりの面積で、動物の数の減少もすぐには回復はしない。

「“厭魅エンミ”がいた周辺は、草も生えないぐらいひどい状態だったので、近いうちに私が《緑の手》を使って回復させようと思っていますが、さすがにあの広大な山脈全体は無理ですし、そこは自然に任せるしかないでしょうね」

私の言葉にセイリュウがうなずく。

「それでいいんじゃない? 大丈夫、森は強いよ。いずれ必ず元の姿に戻っていくから、それを“守護妖精”たちと見守っていけばいい」

「そうですね……それが私のお仕事ですね」

しみじみと語る私たちの横で、なんとなくソワソワしているグッケンス博士。

「ところでな、その……“厭魅エンミ”はどうなったのだ? まだ、持っておるのか?」

(出たよ、博士の妖しいモノ好き!)

「ああ、これだよね。これがさぁ……」

博士の言葉にセイリュウは、結界に封じ込められ小さくされたゴルフボール大の“厭魅エンミ”を、こともなげに取り出した。

「大丈夫なの?! こんなところで取り出して!」

私はびっくりしたが、結界でガチガチに固めてあるそれは、もう何の危険もないそうで、セイリュウにとっては、ただの石ころぐらいのモノのようだ。

(ああ、グッケンス博士が少年の目になってる……)
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