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4 聖人候補の領地経営
688 ユリシル皇子の更生
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688
あまりの驚きについ〝ワガママぼっちゃま〟と声に出してしまった私。さすがにマズかったと口を押さえた。
だが一瞬、目が点になりキョトンとした顔をしたユリシル皇子は、すぐ思いっきり笑い出した。そしてそのまま周囲になんでもないと言って、私の言葉を冗談として収めてくれた。礼法に厳しい人に聞かれたら、まさに〝不敬〟な発言。状況次第では大ごとになってしまうようなものだったけれど、ユリシル皇子が軽く流してくれたおかげで、何事もなく普通に話を続けることができた。
口は禍の元……さすがの私も、ちょっと背中に冷や汗が流れた。
(おじさまにも睨まれたし……うう、絶対後で怒られるな)
「そうかあの姿も見られていたんだね。まいったな……」
相変わらず笑ったまま、ユリシル皇子はバツ悪そうに頭を押さえている。
「でも、そう……そのどうしようもなく自己中心的でワガママな子供が僕だったんだ。人にかしずかれることが当たり前で、通らないこともあるのだという当たり前のことすら思いもしなかった。その実、何ひとつできず、なにひとつ自ら得たものは持たない子供だった僕なんだ……」
(たしか、あのとき私は雑貨店のバックヤードにいたんだよね。おぼっちゃまのワガママに振り回されて難儀していたお付きの方があまりに気の毒だったので思い出せたわ。ユリシル皇子とはあのときは直接会ってはいないから気がつかなくて当然なんだけど。看板は出していたんだけど、そんなの見ても私とは結びつかないだろうし……私があの雑貨店のオーナーだったなんて知らないよね)
シラン村のどこかで私と出会い話したことで、いろいろと考えるところがあったユリシル皇子は、あの遠征から帰還し皇宮へと戻ると、それまでの生活態度を改めたのだそうだ。どうもそのとき、よほど心に残ることを私が言ったらしい。
「そうでございますか……」
その出来事を、それは丁寧に語ってくれるユリシル皇子には悪いのだが、実は、そちらの出会いのことは全然覚えていない。村にきた人にお店を教えるなんてよくあったことだし、何年も前のこと。毎日のように通っている道でちょっと話かけられた相手なんて、さすがに覚えていない。だが、熱心にシラン村の広場での出会いを語るユリシル皇子に、そう言うわけにもいかないので、なんとなく調子を合わせつつ微笑んでおくことにした。
「君は自由であることを、女王のような生活を送ることよりも大切だと言った。その価値観は、皇宮の狭い世界の価値観しか知らなかった僕には、衝撃的で眩しいものだったんだ」
「そうでございますか」
(そんなこと言ったかな、全然覚えてないけど……)
私は相変わらず、話を合わせて微笑むだけだったが、ユリシル皇子には気付かれていない。
私に〝皇子様にはなんの魅力も感じない〟と言う態度を取られたことで、自分が無条件で誰にでも敬われる存在ではないことを突きつけられ、ひどくショックを受けたそうだ。そして、改めて、自分が皇族として誇れる人間なのかどうかを考えさせられ、そうした責任ある未来のための努力は何もしていなかったと反省したのだという。
第五皇子であるユリシルには、国を守り立て兄たちを補佐する将来が定められている。そのためさまざまな教育も受けていたが、それが必要だということの自覚も、このあと芽生えたのだそうだ。
「いままで身が入っていなかった勉強の何もかもが大事だとわかった。そのために使える時間も決して多くないことも理解できた。僕は躰もそう大きくないし、兄たちのような剣技は望めそうもなかったが、それでも必死で稽古をしたし、それを補えるだけの魔法の技術を習うことに時間を使った」
「努力されたんですね。ご立派です、殿下」
私は大人になり更生した不良に再び出会った先生のような心持ちで、ユリシル皇子を見つめた。
「それにしても、お会いしたのは随分昔のような気がするのですが、よく私のことを覚えていらっしゃいましたね」
私の言葉に、パッと皇子の顔が輝く。
「それは、いつかまた会えるかもしれないと思って、どんな少女に成長しているだろうってずっと想像していたし、何よりあれだけ美しい〝魔術宿る髪〟をした者は早々いないからね。実際は、僕の想像を遥かに超えて綺麗になっていたし、髪も信じられないほど美しくなっていたけど……」
そこまで言ってユリシル皇子は真っ赤になった。
「あ、ああ、いつか君にはお礼が言いたいと思っていたから……それで……」
私はコロコロと笑いながらお礼を言った。
「ありがとうございます。覚えていてくださって……あのときは、私は平民でしたが、思いもかけずいまは貴族になりました。それだけの時間が流れたのですね」
「そうだね。不思議な縁だな。もう一度君と会えて嬉しいよ。君はあのとき望んだ自由を手に入れているかい」
そう言われると、ちょっと答えに詰まる。あの頃望んだはずの自由からは、たしかにだいぶ遠ざかってしまってはいるが、これは私が望んで行動した結果なので、後悔はない。それに正直なところ私はずっとこの状態でいるつもりはないのだ。
(それについては、とにかく領内を安定させてからでないとどうにもできないからいまは言わないけどね)
「現状が自由かと問われると、ちょっと違うとは思いますが、領主としては十分自由にやっています。ですから、いまのところ不満はないですね」
「そうか、それならいいね」
私たちの間にほのぼのとした優しい空気が流れる。
(パーティーは盛況だし、皇子様の接待もうまく言ってるね。順調順調)
あまりの驚きについ〝ワガママぼっちゃま〟と声に出してしまった私。さすがにマズかったと口を押さえた。
だが一瞬、目が点になりキョトンとした顔をしたユリシル皇子は、すぐ思いっきり笑い出した。そしてそのまま周囲になんでもないと言って、私の言葉を冗談として収めてくれた。礼法に厳しい人に聞かれたら、まさに〝不敬〟な発言。状況次第では大ごとになってしまうようなものだったけれど、ユリシル皇子が軽く流してくれたおかげで、何事もなく普通に話を続けることができた。
口は禍の元……さすがの私も、ちょっと背中に冷や汗が流れた。
(おじさまにも睨まれたし……うう、絶対後で怒られるな)
「そうかあの姿も見られていたんだね。まいったな……」
相変わらず笑ったまま、ユリシル皇子はバツ悪そうに頭を押さえている。
「でも、そう……そのどうしようもなく自己中心的でワガママな子供が僕だったんだ。人にかしずかれることが当たり前で、通らないこともあるのだという当たり前のことすら思いもしなかった。その実、何ひとつできず、なにひとつ自ら得たものは持たない子供だった僕なんだ……」
(たしか、あのとき私は雑貨店のバックヤードにいたんだよね。おぼっちゃまのワガママに振り回されて難儀していたお付きの方があまりに気の毒だったので思い出せたわ。ユリシル皇子とはあのときは直接会ってはいないから気がつかなくて当然なんだけど。看板は出していたんだけど、そんなの見ても私とは結びつかないだろうし……私があの雑貨店のオーナーだったなんて知らないよね)
シラン村のどこかで私と出会い話したことで、いろいろと考えるところがあったユリシル皇子は、あの遠征から帰還し皇宮へと戻ると、それまでの生活態度を改めたのだそうだ。どうもそのとき、よほど心に残ることを私が言ったらしい。
「そうでございますか……」
その出来事を、それは丁寧に語ってくれるユリシル皇子には悪いのだが、実は、そちらの出会いのことは全然覚えていない。村にきた人にお店を教えるなんてよくあったことだし、何年も前のこと。毎日のように通っている道でちょっと話かけられた相手なんて、さすがに覚えていない。だが、熱心にシラン村の広場での出会いを語るユリシル皇子に、そう言うわけにもいかないので、なんとなく調子を合わせつつ微笑んでおくことにした。
「君は自由であることを、女王のような生活を送ることよりも大切だと言った。その価値観は、皇宮の狭い世界の価値観しか知らなかった僕には、衝撃的で眩しいものだったんだ」
「そうでございますか」
(そんなこと言ったかな、全然覚えてないけど……)
私は相変わらず、話を合わせて微笑むだけだったが、ユリシル皇子には気付かれていない。
私に〝皇子様にはなんの魅力も感じない〟と言う態度を取られたことで、自分が無条件で誰にでも敬われる存在ではないことを突きつけられ、ひどくショックを受けたそうだ。そして、改めて、自分が皇族として誇れる人間なのかどうかを考えさせられ、そうした責任ある未来のための努力は何もしていなかったと反省したのだという。
第五皇子であるユリシルには、国を守り立て兄たちを補佐する将来が定められている。そのためさまざまな教育も受けていたが、それが必要だということの自覚も、このあと芽生えたのだそうだ。
「いままで身が入っていなかった勉強の何もかもが大事だとわかった。そのために使える時間も決して多くないことも理解できた。僕は躰もそう大きくないし、兄たちのような剣技は望めそうもなかったが、それでも必死で稽古をしたし、それを補えるだけの魔法の技術を習うことに時間を使った」
「努力されたんですね。ご立派です、殿下」
私は大人になり更生した不良に再び出会った先生のような心持ちで、ユリシル皇子を見つめた。
「それにしても、お会いしたのは随分昔のような気がするのですが、よく私のことを覚えていらっしゃいましたね」
私の言葉に、パッと皇子の顔が輝く。
「それは、いつかまた会えるかもしれないと思って、どんな少女に成長しているだろうってずっと想像していたし、何よりあれだけ美しい〝魔術宿る髪〟をした者は早々いないからね。実際は、僕の想像を遥かに超えて綺麗になっていたし、髪も信じられないほど美しくなっていたけど……」
そこまで言ってユリシル皇子は真っ赤になった。
「あ、ああ、いつか君にはお礼が言いたいと思っていたから……それで……」
私はコロコロと笑いながらお礼を言った。
「ありがとうございます。覚えていてくださって……あのときは、私は平民でしたが、思いもかけずいまは貴族になりました。それだけの時間が流れたのですね」
「そうだね。不思議な縁だな。もう一度君と会えて嬉しいよ。君はあのとき望んだ自由を手に入れているかい」
そう言われると、ちょっと答えに詰まる。あの頃望んだはずの自由からは、たしかにだいぶ遠ざかってしまってはいるが、これは私が望んで行動した結果なので、後悔はない。それに正直なところ私はずっとこの状態でいるつもりはないのだ。
(それについては、とにかく領内を安定させてからでないとどうにもできないからいまは言わないけどね)
「現状が自由かと問われると、ちょっと違うとは思いますが、領主としては十分自由にやっています。ですから、いまのところ不満はないですね」
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