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4 聖人候補の領地経営
693 〝茶話会〟直前
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693
「それでは高位叙勲式典に先立ちまして、領地を司ることとなりましたシド帝国の新たな領主の方々をご紹介させていただきます」
司会がそう声をかけると、待機していた十四名の男女が立ち上がり壇上へと進んでいった。男女とは言っても、女性はひとりきり。しかも、まだ十代の少女だけだった。最新流行の最上級仕立てがなされたドレスに身を包み、輝くばかりの緑の髪をさらさらとなびかせた小柄な少女は、男ばかりの中にあってあまりにも異質で、一瞬で人々の目を釘付けにした。
会場には拍手とざわめきが起こる。
「あれが新しい女伯爵、メイロード・マリス嬢か。まだてんで少女だが、なんとも見事な〝魔術宿る髪〟だな。あれは相当の魔法力を持っているに違いない」
「いや、魔法力がなくたってあれだけの器量だ。公爵家の縁戚だというし、何処へだって好きなところへ嫁げるだろう」
「ところが聞いた話では、大の社交嫌いで、パレスにもまったく来ていないそうだ。いまは領主としての務めを果たすと言って、縁談もすべて断っているらしいぞ」
「ご立派なことだが、もったいないねぇ」
人々は喧しくメイロードの値踏みをする。
「ああ、彼女のことは僕も知っているよ。グッケンス博士の内弟子として、僕が魔法学校にいた頃、学園にいたよ。内弟子とはいっても世話係のようだったし、特に目立った所のない子だと思っていたけれど、まさかあの子がシルベスター公爵家の縁戚だったとはね」
ラスレイ皇子はその横に座るメアリにそう伝えていた。
「私の伺ったお話では、殿下が士官学校へ移られてから開かれた〝魔法競技会〟で、他を圧倒して優勝されたそうですわ。さすがはグッケンス博士の内弟子ですわね。きっと豊かな魔法力もお持ちなのでしょう……うらやましいですわ」
「大丈夫。メアリにも十分な魔法力があるじゃないか。それに君にはそれ以上の魅力がある。僕には十分過ぎるほどだよ」
横で甘々な会話が繰り広げられるのを聞かないようにしながら、ユリシル皇子は壇上に目を凝らす。
(ああ、今日もなんて可憐で、綺麗なんだろう。むさ苦しい男たちの中にひとつ美しい花があるようだ)
この壇上では、領主としてふさわしい装いが必要となるため、メイロードの装いも、極上の生地で仕上げられた貴族仕様のドレスになっている。今回に限っては魔法力についても、誇示するぐらいでちょうど良いため、先端にいくに従って軽くウエーブをかけた長い緑色の髪をこれでもかと見せつけるように流している。その流れ落ちる髪のツヤはユリシル皇子でなくとも目を止めずにはいられない美しさであった。
「何をしたら、あんなに美しい髪になるのでしょう……」
主に容姿についてだが、女性陣からも、メイロードはかなりの注目を浴びていた。
式典は進み、新領主たちにはひとりひとりへ領地の支配を認める旨が書き記された証書が皇帝自ら手渡され、それぞれに盛大な拍手を浴びて退席した。その間中〝少女領主〟メイロード・マリス女伯爵は、場の話題をひとりさらったのだった。
重要な叙勲を受ける者たちの数はグッと少ないため、その後の式典は一時間ほどで終わり、一時には式典は終了。その後は、簡単なパーティーが催されるが、これには皇族方は出席されない。
パーティーを楽しむ喧しい招待客たちの興味は、すでに今日の午後に行われる〝茶話会〟へと向かっていた。
「マビルラード新伯爵様は、この茶話会のためにとびきりの菓子職人をパレスの老舗から招聘したそうですわよ」
「ドムズ新子爵様がそれは素晴らしい調度品を特注されたと伺っておりますわ」
「ササイール新男爵様は、ご臨席は最初からあまり期待していないとはおっしゃっていましたわね。それでも、ずいぶん散財なさったようですけれど……」
どこから情報を得ているのか、やたらとこうした事情に詳しいのが〝宮廷雀〟と呼ばれる、噂好きだ。
「いったいマリス新伯爵様はどんな〝茶話会〟を開かれるのでございましょうね」
「マリス嬢は、まったくパレスでの社交に興味がないようで、お話を聞く機会もございませんでしたしね……」
「でもあの〝カカオの誘惑〟は、マリス伯爵の作られた店だそうですわよ。きっと今回もそれを活用されるのでは?」
「確かに、それだけでも魅力的だが、果たして皇族方にも通用するかな」
パーティーが、そうした噂話で盛り上がる中、新領主たちは足早にそれぞれに与えられた部屋へと向かっていた。当然、着替えもしなければならないし、リハーサルも必要。特に自分では何ひとつ用意していない領主たちは、やんごとなき方に質問を受けたときにしっかりと答えるため、この茶話会についてのあらゆることを頭に叩き込む必要がある。
そうやっていつやってくるのかわからない、来るのかどうかもわからない皆様を、じっと自室で待つのだ。
時間は二時を過ぎた。そろそろ、先ぶれがやってくる。
「それでは高位叙勲式典に先立ちまして、領地を司ることとなりましたシド帝国の新たな領主の方々をご紹介させていただきます」
司会がそう声をかけると、待機していた十四名の男女が立ち上がり壇上へと進んでいった。男女とは言っても、女性はひとりきり。しかも、まだ十代の少女だけだった。最新流行の最上級仕立てがなされたドレスに身を包み、輝くばかりの緑の髪をさらさらとなびかせた小柄な少女は、男ばかりの中にあってあまりにも異質で、一瞬で人々の目を釘付けにした。
会場には拍手とざわめきが起こる。
「あれが新しい女伯爵、メイロード・マリス嬢か。まだてんで少女だが、なんとも見事な〝魔術宿る髪〟だな。あれは相当の魔法力を持っているに違いない」
「いや、魔法力がなくたってあれだけの器量だ。公爵家の縁戚だというし、何処へだって好きなところへ嫁げるだろう」
「ところが聞いた話では、大の社交嫌いで、パレスにもまったく来ていないそうだ。いまは領主としての務めを果たすと言って、縁談もすべて断っているらしいぞ」
「ご立派なことだが、もったいないねぇ」
人々は喧しくメイロードの値踏みをする。
「ああ、彼女のことは僕も知っているよ。グッケンス博士の内弟子として、僕が魔法学校にいた頃、学園にいたよ。内弟子とはいっても世話係のようだったし、特に目立った所のない子だと思っていたけれど、まさかあの子がシルベスター公爵家の縁戚だったとはね」
ラスレイ皇子はその横に座るメアリにそう伝えていた。
「私の伺ったお話では、殿下が士官学校へ移られてから開かれた〝魔法競技会〟で、他を圧倒して優勝されたそうですわ。さすがはグッケンス博士の内弟子ですわね。きっと豊かな魔法力もお持ちなのでしょう……うらやましいですわ」
「大丈夫。メアリにも十分な魔法力があるじゃないか。それに君にはそれ以上の魅力がある。僕には十分過ぎるほどだよ」
横で甘々な会話が繰り広げられるのを聞かないようにしながら、ユリシル皇子は壇上に目を凝らす。
(ああ、今日もなんて可憐で、綺麗なんだろう。むさ苦しい男たちの中にひとつ美しい花があるようだ)
この壇上では、領主としてふさわしい装いが必要となるため、メイロードの装いも、極上の生地で仕上げられた貴族仕様のドレスになっている。今回に限っては魔法力についても、誇示するぐらいでちょうど良いため、先端にいくに従って軽くウエーブをかけた長い緑色の髪をこれでもかと見せつけるように流している。その流れ落ちる髪のツヤはユリシル皇子でなくとも目を止めずにはいられない美しさであった。
「何をしたら、あんなに美しい髪になるのでしょう……」
主に容姿についてだが、女性陣からも、メイロードはかなりの注目を浴びていた。
式典は進み、新領主たちにはひとりひとりへ領地の支配を認める旨が書き記された証書が皇帝自ら手渡され、それぞれに盛大な拍手を浴びて退席した。その間中〝少女領主〟メイロード・マリス女伯爵は、場の話題をひとりさらったのだった。
重要な叙勲を受ける者たちの数はグッと少ないため、その後の式典は一時間ほどで終わり、一時には式典は終了。その後は、簡単なパーティーが催されるが、これには皇族方は出席されない。
パーティーを楽しむ喧しい招待客たちの興味は、すでに今日の午後に行われる〝茶話会〟へと向かっていた。
「マビルラード新伯爵様は、この茶話会のためにとびきりの菓子職人をパレスの老舗から招聘したそうですわよ」
「ドムズ新子爵様がそれは素晴らしい調度品を特注されたと伺っておりますわ」
「ササイール新男爵様は、ご臨席は最初からあまり期待していないとはおっしゃっていましたわね。それでも、ずいぶん散財なさったようですけれど……」
どこから情報を得ているのか、やたらとこうした事情に詳しいのが〝宮廷雀〟と呼ばれる、噂好きだ。
「いったいマリス新伯爵様はどんな〝茶話会〟を開かれるのでございましょうね」
「マリス嬢は、まったくパレスでの社交に興味がないようで、お話を聞く機会もございませんでしたしね……」
「でもあの〝カカオの誘惑〟は、マリス伯爵の作られた店だそうですわよ。きっと今回もそれを活用されるのでは?」
「確かに、それだけでも魅力的だが、果たして皇族方にも通用するかな」
パーティーが、そうした噂話で盛り上がる中、新領主たちは足早にそれぞれに与えられた部屋へと向かっていた。当然、着替えもしなければならないし、リハーサルも必要。特に自分では何ひとつ用意していない領主たちは、やんごとなき方に質問を受けたときにしっかりと答えるため、この茶話会についてのあらゆることを頭に叩き込む必要がある。
そうやっていつやってくるのかわからない、来るのかどうかもわからない皆様を、じっと自室で待つのだ。
時間は二時を過ぎた。そろそろ、先ぶれがやってくる。
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